SuG、sleepyheadを経て武瑠がたどり着いたクリエイティブの新境地

アーティスト活動15周年を迎えた武瑠(ex. SuG、sleepyhead)が、自身の活動を総括するベストアルバム「STREET GOTHIC STYLE」をリリースした。

SuG時代の代表曲「dot.0」「桜雨」や、sleepyhead名義で発表した「白痴美」「死んでも良い」など18曲。このベスト盤には、武瑠が15年にわたって紡いできた音楽的な変遷が集約されている。これまでさまざまな名義でプロジェクトを動かしてきた彼が、活動15周年のタイミングで“武瑠”名義の活動をスタートさせた理由はなんなのか? SuG、sleepyheadとしての活動を振り返ってもらいながら、武瑠のクリエイティブに関するこだわりや、今後のビジョンなどを語ってもらった。

取材・文 / 森朋之撮影 / 前田立

今のままでは「センチメンタルワールズエンド」に勝てない

──15周年を記念したベストアルバム「STREET GOTHIC STYLE」がリリースされました。これまではバンド・SuG、ソロプロジェクト・sleepyheadとして活動してきましたが、武瑠名義で活動をスタートさせたのはどうしてなんですか?

まずsleepyheadとしての活動は最初から3年と決めていたんです。コロナの影響で少し延びてしまいましたけど、「センチメンタルワールズエンド」(2021年11月発売の2ndアルバム)と、それに連動した同名の小説(2022年9月発売)を出すことで、sleepyheadとしての活動は完結しました。「センチメンタルワールズエンド」を出したときに「やり切れた」という感覚があったし、「次の作品をすぐ作りたい」という気持ちにならなかったんですよ。今まではずっと「表現しきれなかった」「もっとよくなるはずだ」と次の課題がすぐ見えたけど、このときだけはそうじゃなかった。連動して書いた小説のテーマは「遺書」だったんですが、子供の頃からずっと抱えてきたもの、ずっと書きたかった題材を形にできた手応えがあって。すぐに次の活動に向かうよりも、このタイミングで今までを振り返って、そのうえで新しい場所に向かったほうがいいなと思ったんですよね。シンプルに言うと「今のままでは『センチメンタルワールズエンド』に勝てない」と思ったというか。だからベスト盤を作ることに決めたんですけど、本当の意味であのアルバムに区切りを付けるには、あと1年くらいかかりそうな気がします(笑)。

武瑠

──「センチメンタルワールズエンド」がターニングポイントになった、と。ベストアルバムの選曲、悩みませんでした?

めちゃくちゃ悩みました。5月に開催した「武瑠 15TH ANNIVERSARY LIVE『butterfly BoY』」もベスト的なセットリストで、そのときもギリギリまで考えていました。ベストアルバムの選曲に関しては、今でも「あの曲を入れたほうがよかったかな」と思うものもあります(笑)。リアレンジして歌い直した曲もあるんですけど、選曲中はちょっとムズがゆく感じることも多くて。「なんでここのクオンタイズ、ミスってるんだろう?」とか、いろいろ気付いちゃって。メロディとコードのバランスが不安定だったり、初期の曲に関しては「どうやってもおしゃれにならないな」とか(笑)。昔の曲はかなり粗削りでしたけど、だからこそリアレンジすることでクオリティが上がったものもあると思います。リアレンジとかセルフカバーって、ファンの人たちからガッカリされることもあると思うんですが、今回は単純によくなったし、レベルアップできたという実感があります。エンジニアの方からも「圧倒的に音がよくなった」と言ってもらいました。

──それぞれの収録曲が作られた時期はかなり幅広いですが、ベストアルバム1枚を通してしっかり統一感があるのが印象的でした。

歌詞の根幹は変わってないかもしれないですね。自分としては当然新曲のほうが好きだし、クオリティも高くなっている自負はあって。だからベストアルバムの中で一番好きなのはsleepyheadとして発表した「死んでも良い」です。

SuGは“超・過去”

──ベストアルバムの制作は過去を振り返る機会になったと思うんですが、SuGというバンドに対して、今はどう捉えていますか?

え、難しい質問ですね(笑)。そうだな……バンド時代のファンの人には棘がある言い方になっちゃうかもしれないけど、今の僕にとってSuGは“超・過去”になってるかな。そう思えるようになったのは、sleepyheadでやりたいことが実現できたからだと思うんですよ。海外でのツアーもそうだし、映像やファッションのディレクションもそうだし。だからこそ、SuGを“超・過去”にできたと思うし、当時の映像を観ても「このときはこんな感じだったな。おもろ」って、やっと素直に懐かしく振り返れるようになりましたね。

武瑠
武瑠

──SuG時代はメンタルもフィジカルもめちゃくちゃ大変そうでしたよね、武瑠さん。

やることが多すぎて、シンプルに寝れてなかったので(笑)。ツアーファイナルを万全の体調で迎えられたことはほとんどなかったんじゃないかな。もともとバンドを組んだのは、マンガ「NANA」を読んで影響されたことと(笑)、音楽の知識がまったくなかったから、「バンドをやれば、ほかのメンバーに曲を書いてもらえる」という理由だったんですよ。アートワークやプロデュース、作詞は得意だと感じていましたが、作曲に苦手意識があって、曲を書くのは無理だろうと。でも最初の事務所に入ったときに「全員、曲を書いて。来月までに3曲ね」と言われて、「え、思ってたのと違う」みたいな(笑)。最初は強制でそんなの無理だと思っていたけど、結果として自分で曲が書けるようになったのはよかったですね。

──SuGはヴィジュアル系のシーンで活動を始めたものの、音楽的には明らかに逸脱していましたよね。オーディエンスから求められるものとのギャップにも苦しんでいるように見えましたが……。

打ち込みやブレイクビーツを使った曲もあったし、「ヴィジュアル系では売れにくい」と言われたこともありました。インディーズの頃、シングルのカップリングにSUPERCARっぽいテイストの曲を入れたことがあるんですが、それをライブでやったら「シーン」となっちゃったことがあって。「え、マジ?」とビックリしたし、当時は「リスナーを教育しないといけないのか」と感じてしまったり。そうは言ってもSuGで音楽的にやりたいことはやれたし、悔いは感じていないですね。SuG時代で言うと特に「dot.0」がお気に入りで、ベスト盤収録にあたってはmaeshima soshiさんにアレンジしてもらえたのもすごくよかったですね。4s4kiの編曲をやっているクリエイターなんですけど、4s4kiはもともとSuGのファンだったみたいで。そのループ感もいいな、と。

──影響を与えた世代のクリエイターと一緒に制作できるって、素敵ですよね。

SuGを聴いてた人はバンドじゃなくて、ラッパーになる人が多いんですよ。(sic)boyもそう。「子供の頃、自分は武瑠さんのポスター、お兄ちゃんはロナウジーニョのポスターを貼ってました」と言ってました(笑)。コロナ禍になってほかのアーティストのMVやプロデュースを手がける機会が増えたんですけど、現場で会ったカメラマンさんとかに「武瑠さんのスタイルブック(2017年8月発売の書籍「VISION LIFE STYLE BOOK」)持ってました」とか。以前、清春さんに「カッコいいことを続けていたら、ファンが(クリエイター、アーティストとして)育って、一緒に仕事するようになるよ」と言われたことがあるんですが、15年やって、ようやくそれを感じる機会が増えてきました。

武瑠

キャリアとともに増してきた説得力

──SuGと並行して、2013年から16年にかけてはソロプロジェクト・浮気者というものもありました(参照:浮気者「I 狂 U」特集)。武瑠さんと交流のあるアーティストとのコラボを中心としたプロジェクトでしたが、ベストアルバムには浮気者として発表した「I 狂 U」も入っていますね。

バンドの活動休止中にノリで始めたのが浮気者なんですが、「武瑠のプロジェクトの中で一番好き」と言われることもあるし、海外からの反応もけっこうあったんですよね。今だから言えますけど、ワールドツアーのオファーもあって。チリのチャートでランクインしたこともあって、「ぜひ来てほしい」と声をかけてもらったんですが、バンドのスケジュール的にどうしても無理で。すごく心残りだったけど、それが今の原動力につながっているところもあります。

──武瑠さんはアーティスト活動に限らず、アパレルブランド「million dollar orchestra」の運営もしていますよね。多才がゆえに「何をやりたいの?」と批判されることもあったのでは?

それ、ずっと言われてました(笑)。ブランドを始めたときは「名前だけ貸してるんじゃないの?」と言われたし、小説を出したら「本当に書いてるの?」とか。ただ、年齢やキャリアとともに説得力が増してきたというか、少しずつ結果も付いてきて、いい話をいただける機会も増えたんですよね。そのことによって、僕自身も生きるのがだいぶ楽になりました。まあ、SuG時代の写真とか映像を見ると、「このボーカルの人、自分でデザインやってるってウソでしょ?」と思ってしまうのもしょうがないかなと(笑)。

武瑠
武瑠

──武瑠さん自身のクリエイティブの進化もあるからだと思います。楽曲に関してはどうですか? 納得できる曲を作れるようになったのは、やはりsleepyhead以降ですか?

いや、SuGのときも点在はしてましたね。さっき言った「dot.0」もそうだし、ベストに入っている曲では「Howling Magic」「桜雨」もけっこう手応えを感じていた曲です。15年かけて少しずつ成長してきたという感じもあるし、最初のレベルが低かったのも、今になってはよかったのかも。歌もそう。SuGを始めたときはまったく自信がなかったし、「下手だな」と思っていたので。

──少しずつ向上してきたんですね。

そうですね。歌がすげえうまい人って、自分が歌えることに対する実感がないような気がするんです。そういう人って「みんなが喜んでくれるから歌う」みたいなこと言ってて、「この人、自分のすごさがわかってないのかな」と思ったり。俺は全然そうじゃなくて、ちょっとずつ経験を重ねて、ここ数年でようやく「ギリギリ聴けるかな」と思えるようになりました。なので、ベストアルバムで歌い直せたのがすごくよかったですね。特に「不完全Beautyfool Days」「無条件幸福論」はベストのコンディションで録れました。

──最初から全部やれたわけではない、と。

むしろできることのほうが少なかったです(笑)。よく「器用だね」って言われるけど、全然そんなことない。この前も撮影している途中で家の鍵がないことに気付いて。不安なまま家に帰ってみると、ドアに鍵を差したままだったという。考えごとをしていると、ほかのことが何もできなくなっちゃうんですよ。

──武瑠さんはクリエイティブな側面だけではなく、ビジネス的なこともご自身で担っていますからね。

自分的には苦手だけど必要だからなんとかこなしてるだけなんです。ただSuGのときから、契約内容などを決める場にも参加させてもらっていて。その経験は独立してからもすごく役立っているし、今の活動につながっていると思います。そういう経験をさせてくれたレーベル、事務所の関係者には本当に感謝していますね。