貴水博之のヒストリーアルバム「HIROYUKI TAKAMI THE HISTORIES」が8月27日にリリースされた。
浅倉大介とのユニット・accessのボーカリストとして1992年にデビューを果たした貴水。1995年9月1日にはシングル「I&I」を発表して本格的にソロ活動を開始した。そのリリースから30周年を記念して制作されたヒストリーアルバムには、彼自らが選曲した全32曲を収録。DISC 1ではパワフルなロックナンバー、DISC 2ではポップミュージックがセレクトされている。ファンとの絆を育んできた30年の音楽活動がギュッと詰まった本作について貴水に話を聞いた。
取材・文 / ナカニシキュウ
ファンとの絆を育んできた30年
──今回のヒストリーアルバムは、1995年に「I&I」で本格的なソロ活動がスタートしてから30周年の節目にリリースされるものです。ソロ活動を30年続けてきて、現在の率直な思いとしてはいかがですか?
僕はあまり時間の経過というものをそれほど噛みしめながら生きるタイプではなくて(笑)、気付いたらそれぐらい時間が経っていたというのが率直なところなんです。ただ改めて考えてみると、ここまで長くソロアーティストとして活動を続けていられるとは30年前には思っていなかったかもしれない。ファンの皆さんに支えてもらいながら今も活動できているという、達成感というよりも喜びのほうが大きく感じますね。
──自分が刻んできた30年ではなく、みんなが連れてきてくれたような感覚?
そうですね。ファンの皆さんと育んできた30年という感じです。駆け出しの頃は「自分はアーティストとしてどうあるべきか? 何を見せるべきか?」という意識が強かったと思うんですけど、やはり音楽活動というものは聴いてくれる人がいて初めて成り立つものなので。この30年間、山あり谷ありいろいろありましたけど、それを乗り越えて今でもファンの皆さんとライブで一緒に盛り上がれるというのは、いちアーティストとしての使命を少しでも果たせているのかなと。意味のある人生を送れているんじゃないかなと感じますね。だからファンの皆さんには感謝していますし、歌い続けてきてよかったなと思います。
──30年前に「I&I」をリリースしたときの心境などは覚えていますか?
覚えてますよ! あのときはaccessを一旦離れて大ちゃん(浅倉大介)とお互いにソロ活動をしましょうということで、せっかくソロをやるのであれば思い切ってaccessとは対照的な音楽性に挑戦してみてもいいんじゃないかなと考えていた時期でしたね。
──実際、特に初期の頃はデジタルサウンドを意識的に封印していましたよね。
やっぱり「新しいことをやってみたい」という思いの表れですよね。みんなが驚く姿も見てみたかったし……当時、半ズボンを履くミュージシャンってそんなにいなかった気がするんですけど、その中で自らジーンズを破って履いたりとか(笑)。いろいろなことをやっていくうちに、どんどんチャレンジが楽しくなっていった時期でしたね。ミュージックビデオを撮りにキューバへ行ってみたり、いろいろといい刺激をもらいました。
──そうやってさまざまな音楽性に挑戦する中で、「あれ、俺なんでも歌えるじゃん」と気付いた瞬間があったんじゃないかと思うんですけど……。
(食い気味に)いや、そんなことはないですね。
──そんなことはないですか(笑)。
難しいなと思うことばかりでした。当時、SMAPさんなどの仕事で知られる鎌田俊哉さんにプロデュースをお願いしたんですけど、ちょっと歌ってみたら「全然違う!」って(笑)。accessでやっていたような、高音域を繊細に出す手法で歌っていたら「そんなんじゃダメだ! 腹から出すんだ!」と何度も言われました。準備してきた歌い方がレコーディング当日に全部ひっくり返されて、そのとき初めて挑戦する歌い方を試したりもしました。
──プロデューサーさんとしては、おそらく、できるだろうから言っていた面もあると思いますが。
そのへんはちょっとわからないですけど。あの頃はけっこう体当たりでいろいろ挑戦していた時期で、指導していただいて感謝しています。
──accessで積み重ねてきた歌唱法に固執することなく、ということですよね。おそらく貴水さんの中に「“自分はこれ”と決めつけたくない」という思いがあるんじゃないでしょうか。
そうですね。根底にあるメッセージさえブレなければ、その上に乗っかる音とか曲に関しては「こうでなければいけない」という考え方はないです。ポジティブなバイブレーションをお届けするお手伝いができたら、という思いだけはaccessでもソロでもずっと変わっていないですね。
やっぱり歌うことが一番好きなので
──極端に言えば、それは音楽に限らないですよね。貴水さんは歌手活動と並行して、積極的に役者業もやられていますし。
そこがつながるかはわからないけど(笑)。朗読劇や舞台、ドラマ、映画などにも出演させてもらってきましたが……どんな役を演じるにしても、やっぱり自分のエネルギーやパワーというものを感じてもらいたいなという思いは常にありました。ただ、僕だって別に「本当になんでもいい」わけじゃないんですよ(笑)。
──そりゃそうですよね(笑)。
何かしら自分の琴線に引っかかるものであれば、という条件は付きます。そういうものであれば、どんなシチュエーションであっても気持ちは伝わるんじゃないかなという思いで続けてきたところはありますね。
──貴水さんの中では、新たな音楽性に挑むことも役者業をがんばることも同じ“挑戦”の一環であって、特に変わったことをしている意識はなかった?
そうですね。まあ運よくといいますか、いろいろな分野からけっこうお話をいただけたので。演技のお仕事でも、名だたる方々と共演させていただきましたし、今思うと本当におそれ多いことをしていたなと(笑)。非常に勉強になりました。
──バラエティ番組でハネた時期もありましたね。
最初にノリで思いっきりやっちゃいましたね(笑)。それが妙にウケてしまって。僕自身はわりと何も考えずにやってたんですけど、意外と周りの音楽仲間からも好評だったんですよ。何年も会ってなかったエンジニアさんから「貴水さん、僕には刺さりました!」という連絡が急に来たり(笑)。「え、何が?」って言ったら、「バラエティで忖度をしない姿に……!」と熱く語られたりもしましたね。
──そうやっていろいろなフィールドへ出ていったことが、歌に生きた部分などはありますか?
最終的にはそこに全部還元できたらいいなと思いながらやってるんですよ。やっぱり僕は歌うことが一番好きなので、表現の仕方に関して、より貪欲になったかなという感じはしますね。なんでも吸収して糧にしたいタイプではあるので、「もしかしたらこれは失敗かもな」というところにも行っちゃう(笑)。
──最初から「これはなんの役にも立たないだろう」と決めつけず、可能性を切り捨てないという姿勢ですよね。
何かしら学べるものがきっとあるだろう、という思いですね。なかったらなかったで「何も得られなかった」という経験にはなるので。1つのことだけを突き詰めてやり続けるのも素晴らしいことだと思うんですけど、僕はいろんなものを吸収しながら進んでいきたいタイプではあると思います。
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ロックかポップか、いまだに悩んでいる