透色ドロップ|コロナ禍の真っ只中にデビューし、今日までの日々に手に入れたもの

5人組アイドルグループ・透色ドロップの新作「透色学概論」が配信リリースされた。

透色ドロップは新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が発令された4月、Zoomを通して行われた記者会見でお披露目されたグループ。6月の無観客ライブでステージデビューを果たすという逆境の中でのスタートとなったものの、透明感あふれる楽曲やパフォーマンスが評判を呼び、徐々に人気を集めている。

音楽ナタリーではメンバーのうち、忽那杏優、橘花みなみ、見並里穂の3人にインタビュー。アイドルを志したきっかけやコロナ禍の中で感じていたこと、「透色学概論」の聴きどころについて話を聞いた。

取材・文 / 真貝聡 撮影 / 塚原孝顕

熊本地震が自分の意識を変えた

──今年6月にステージデビューした透色ドロップの皆さんに、まずはアイドルを志したきっかけやオーディションを受けた経緯を聞いていきたいと思います。まず、最年長の見並さんはお姉さんの影響でアイドルを好きになったとか。

見並里穂 はい。お姉ちゃんがモーニング娘。さんやAKB48さんが好きだった影響で、私もアイドルさんに惹かれるようになりました。

──学生時代はどんな子でした?

見並里穂

見並 小学生の頃から人前に出ることが大好きで、かなりの目立ちたがり屋だったんですけど、思春期にアイドル好きを公言したら「え? アイドルが好きなの?」「あいつなんなの?」とクラスメイトから怪訝な顔をされて。それから自分を出すことが怖くなっちゃって、中学2年生頃から周りに嫌われないように大人しくなったんです。高校生活もそんな感じで、なるべく目立たないように過ごしてました。でもそんな中、自分の意識を変える出来事が起きて……19歳のときに経験した熊本地震です。

──道路、鉄道、空路が一時不通になるほどの大きな被害が発生した、あの熊本地震が。

見並 実家が大規模半壊の被害を受けて、家にいると危ないということで私たちは車に避難したんですが、車内のテレビを付けたら、たまたまアイドルさんが歌ってる映像が流れていたんです。その瞬間、不安で真っ暗だった私の心に一筋の光が差して。救われたというか、「私も絶対にアイドルになるんだ」という生きるための目標ができました。

──それで勤めていた会社を辞めてアイドルを志したと。

見並 ちゃんと動き出したのは22歳の頃で、年齢的にも若くなかったからまずはSNSで知名度を上げようと考えました。それでTikTokやInstagramの投稿を始めて、徐々にフォロワー数も増えてきた頃、事務所の方から「オーディションを開催するので受けてみませんか?」とDMをいただきました。そのメッセージに添付されていた「やさしさのバトン」のデモ音源を聴いてみたら、言葉では表しきれないくらい心に刺さって、「私はこの曲を絶対に歌いたい!」と思ったんです。熊本から1人で上京するのは不安でしたが、やらずに後悔するよりもやって後悔するほうがいいなって。それで勤めていた会社に辞表を提出し、オーディションに合格して今に至ります。

私もアイドル側の景色を見てみたい

──橘花さんは11歳の頃にアイドルという存在と出会ったそうで。

橘花みなみ 小学5年生のときにオンラインゲーム上のメッセージで、ある女の子たちのプロフィールが友達から送られてきたんです。「この中で誰がかわいいと思う?」って。それがAKB48さんでした。最初は興味なかったんですが、気付けばAKB48さんの出演してる歌番組やバラエティ番組を見るようになって、そこからどんどんハマっていきました。

──これまでに何度かオーディションを受けているんですよね。

橘花 乃木坂46さんのオーディションと、AKB48さんの16期生オーディションを受けたんですけど、全然通らなくて……で、今に至ります。

──学生時代はどんなキャラクターだったんですか?

橘花みなみ

橘花 私、幼稚園児の頃から人見知りで、前に立ちたいタイプではなくてお母さんから離れるとすぐに泣いちゃう子だったんですよ。中学生になって、社会の授業で気になった新聞の記事を発表する機会があったんですけど、とにかく人から視線を浴びることが嫌で。卒業までひたすら授業を休みまくって発表を免れました(笑)。

──先生が嫌いだったとかじゃなくて、とにかく注目されるのが嫌だったと。

橘花 前に立ったらクラスメイト40人くらいの視線が一斉に集まるじゃないですか。みんな心の中で何を思っているんだろうと、感情が見えないのが嫌で逃げてました。

──それでInstagramに「勉強が得意じゃない」と書いていたんですね。

橘花 (きっぱりとした口調で)はい。ほかの授業も休んだり、参加しても寝たりしていたので、勉強に付いていけなくなっちゃって。高校進学を機に心機一転がんばろうと思ったんですが、やっぱり授業が難しすぎて……。

──パっと見は清楚な雰囲気で、勉強ができそうなイメージがあるんですけどね。

橘花 ファンの方からも優等生キャラだと思われてて、別にそんなでもないのに「ちばなちゃんは真面目で偉い!」と言われます。まあ、そう見えるようにがんばっているんですけど(笑)。

──目立つのが苦手だった子が、なぜアイドルを目指すことになったんですか?

橘花 乃木坂46さんの「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」を観に行ったとき、目の前で楽しそうに歌ったり踊ったりしている推しメンの姿を目の当たりにしたら、私もあっち側の景色を見てみたいと思うようになって。それでアイドルを目指そうと思いました。

──透色ドロップのオーディションのことはどういう流れで知ったんですか?

橘花 透色ドロップに入る前、別のアイドルグループに所属していたんです。そこが解散することになり、いろんなグループから「うちに入りませんか?」とお誘いがあったんですけど、どれもピンと来なくて。そんなときに関係者の方から「オーディションがあるんだけど、受けませんか?」と言われて、一度は断ってしまったんですが、ここなら自分の目指すアイドルになって大きなステージにも立てるかもしれないと思い、「やっぱり受けます」と答えてオーディションに参加しました。

思いがけないきっかけで1歩踏み出せた

──忽那さんは子役をやっていたとか。

忽那杏優 2歳くらいから中学3年生の頃までやってました。

──じゃあドラマや映画に出たこともあるんですね。

忽那杏優

忽那 ドラマは「水戸黄門」や朝ドラの「どんど晴れ」、映画は「眉山」も出させていただきました。

──僕の地元にも小さい頃から芸能活動をしている子がいたんですが、ニュース番組にちょろっと映ったり、バラエティ番組の再現VTRに少し出たりしただけでスターみたいな扱いを受けていたんですよ。忽那さんも相当だったでしょう。

忽那 でしたね(笑)。「あの子、○○って作品に出てるらしいよ」とめっちゃ言われました。中学校では入学式の段階ですでに噂が一人歩きしていて、「うちの新入生にすごい子がいる」みたいに言われて。そこまで超有名子役とかじゃないので、なんだか肩身が狭かったです(笑)。

──オーディションはどういう経緯で受けることになったんですか?

忽那 今まで誰にも言ったことがなかったんですけど……友達が「これいいじゃん! 受けなよ!」みたいな感じで、私の携帯から勝手に写真を送って応募したんですよ。私、そのときは目立つことがそこまで好きじゃなくて、学校でも陰キャだったんですけど、実は歌もダンスも好きで、アイドルをやりたい気持ちはすごくあって。思いがけないタイミングで、1歩踏み出せなかった私の背中を押してもらった感じです。

──なるほど。インタビューに参加してないほかの方についても簡単に紹介していただきたいのですが、藍田萌さんはどんなメンバーですか?

見並 自分というものをしっかり持ってるし、アイドルのポテンシャルが一番高いと思います。

橘花 私、同い年なのもあって萌ちゃんと一緒にいる時間が長いんですが、5月頃に「どうしてアイドルをやろうと思ったの?」と聞いたんですよ。そしたらすごく真面目な答えが返ってきたことにビックリして。あまり表には出さないけど本当にアイドルが好きなんだなって。

忽那 なんか自分と似ているんですよ。MCであんまりしゃべらないところとか、本番前に「めっちゃトイレ行きたい」とかくだらない話をできるところも似ていて。女子校みたいなノリがかわいいなって思います。

左から見並里穂、忽那杏優、橘花みなみ。

──最年少18歳の藤咲ゆきあさんは?

見並 いい意味でおバカなんです(笑)。リモートを「モリート」と言ったり、内面を「うちめん」と言っちゃったり。

忽那 ビブスのことを「ギブス」って言ったり、いい意味でアホさがある(笑)。

見並 グループにとって必要不可欠な存在で、その場を明るくする天才なんです。

橘花 みんな仲よくなる前はレッスン中もなんだか気まずい空気が流れていたんですけど、藤咲さんのおかげで雰囲気が明るくなったよね。

忽那 リハーサルで「この動きはこうしない?」と積極的に提案してくれるし、最年少なのに偉いなと思っていて、私も見習いたいです。