空音|KMとコラボした新作で描く自身の内面、理想の未来

今年1月に20歳になったラッパーの空音が、“お酒”をテーマにした新作「Alcoholic club」を配信リリースした。

本作は、架空のクラブ「Alcoholic club」に入店した空音が、「TSUMAMI」を食べながら「SPLASH」のチェイサーで酔いをさまし、「crayon」で帰り道にまた酔う……というストーリー仕立ての1枚。今回が初のタッグとなるプロデューサーKMが手がけたロックなタイトル曲では自身の“弱さ”を曝け出したり、「crayon」では死生観について赤裸々に語ったりと攻めた内容となっている。SNSを中心に注目されている気鋭のイラストレーターToy(e)による、禍々しくもどこかユーモラスなアートワークもインパクト大だ。

Z世代の代表格としてシーンを牽引しつつ、すでに次世代にまで思いを馳せている稀有な存在の空音に、本作の制作エピソードや他者とのコラボレーションが引き起こすケミストリーについてなど、さまざまなトピックについてたっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 黒田隆憲 撮影 / 興梠真穂

KMとのタッグで挑戦したロックサウンド

──今回の作品は、「Alcoholic club」のタイトル通り「お酒」がテーマです。今年20歳になった空音さんは、お酒とどんなふうに付き合っていますか?

お酒は好きですね(笑)。ストレス発散で飲むのではなく、本当に“おいしい”と思って飲んでいるから楽しいです。ビールのおいしさも最近わかってきましたし、いろんな種類のお酒を飲んでみたくなっています。

──このご時世ですし、やはり宅飲みがメインですか?

そうですね。部屋で映画を観たり、TVerでバラエティ番組を観たりしながら飲んでいます。音楽を聴きながら飲むときもありますが、リリックを書くときは素面じゃないと無理ですね。思考が鈍くなるし、翌朝読み返したときに絶対後悔するから(笑)。

空音

──あくまでも“嗜み”としてお酒を飲んでいるわけですね。ではさっそく新作についてお聞きしていきます。まずはKMさんがプロデュースを手がけたタイトルトラックですが、最初に聴いたときはとても驚きました。

かなりロックですよね(笑)。今回、初めてKMさんにお願いしたんですが、2018年にリリースされたKMさんの「FORTUNE GRAND」というアルバムを聴いたときから「すごく面白いトラックメイカーだな」と思っていたんです。(sic)boyさんと制作したロックとトラップを融合したようなトラックも面白いし、日本人だとYENTOWNのChaki Zuluさんくらいしか、ほかにこんなトラックを作っている人は思いつかなくて。それと、田我流さんをフィーチャーした「夜のパパ」を聴いたときに「あ、この人お父さんなんだな」とわかって。奥さんとも一緒に曲作りをしているらしく、そういう環境っていいな、めちゃめちゃカッコいい大人だなと思ったんですよね。

──それで一緒にやってみたくなったのですね。

はい。ダメ元で頼んだら快諾してくださいました。今回、この曲と「crayon」をお願いしたんですが、今までの制作の中ではキャッチボールが多かった方ですね。曲に対するコメントもいろいろいただけたし、「フックのある曲の定義も押さえたうえでいい曲を作る」というアーティスト目線のプロデュースをしてくださったので、学ぶこともたくさんありました。

──ロックっぽいアプローチは空音さんのアイデア?

そうです。ちょうど自分が聴いていた音楽もロックっぽいものが多かったし「こういうサウンドもやってみたいな」と。自分でどうなるかわからなかったけど、わからないことにチャレンジしていかないと何も変わらないと思って。僕が想像していた以上にロックサウンドなトラックが上がってきたんですが、リリックがバーッと降りてきたので、うまくいったかなと思います。

──リリックに関しては、どんなことを歌おうと思いましたか?

お酒で失敗することの怖さのようなものもテーマです。「視界はBlackout」というフレーズは、記憶がなくなる寸前まで飲んだときの感覚というか。自分が経験したわけじゃないんですけど、酒に飲まれてしまった若者のことを想像しながら書いています。「酒で現実から逃げたくはないよね?」ということが言いたかったんだと思いますね。今こうやって話しながら、そのことに気付きました。

──「毎日お迎えに来る悪魔が 禍々しいぜ 全くな」というラインも印象的です。

ここでいう「悪魔」は、自分の中にあるネガティブな思考のことですね。コロナ以降、朝起きると天井が迫ってくるような気がして、「家から出なきゃ」という強迫観念みたいなものに囚われてしまうことも多かったし、周りが一生懸命動いているのを眺めながら「お前ももっとできることあるだろ?」と自分を責めてしまうこともあったので、そのことを歌っています。

──なるほど。空音さんにしては、珍しく弱い部分を赤裸々に曝け出していますね。

確かにそうですね。だいたい1人でいるときにネガティブモードに入ってしまうんですよね。考えたくないことを考えてしまうとか、そういう自分らしくない部分が出てきてしまう瞬間が、やはりコロナ以降は増えたし、みんなもきっとそうなのかなと思うんですよ。そういうネガティブな面とも戦っていきたいなという思いも込めて作りました。人生、失敗することもあるし、落ちるときだってあるのだから、そこは今後も正直に曝け出していきたいです。

ヘイトは気にも留めていない

──続く「SPLASH」は、「BOAT RACE 2021」のテレビCMソングとして先行リリースされましたね。この曲はどんなイメージで制作しましたか?

CMソングであることは、実はそんなには意識していなくて。制作サイドからは「若い子が持つボートレースへのマイナスイメージを払拭したい」というリクエストがあったのですが、「若い世代へのメッセージソング」なら自分がいつも作っている感覚でも問題ないのかなと(笑)。トラックはRhymeTubeさんにお願いしたんですが、とてもスムーズに作業が進んでいきました。これまでの僕の曲でいうと、「space shuttle」や「Brighter」のときと同じような感じです。

──途中、トラップを挟んでサビがフューチャーベースになるなど構成もドラマチックですよね。

聴いていて飽きないようにしたかったし、サビが一番印象残るようなアレンジにしたかったのもありますね。サビの爆発力を、歌詞だけでなくトラックも含めて打ち出したかったというか。そうすることで、イメージソングとしての強度も上がるし「空音といえば『SPLASH』」みたいなイメージも付くといいなと思いました。J-POPのサウンドに寄せたところもあるし、そういう意味では自分としても挑戦はしていて。ヒップホップという概念に囚われずにトラックもリリックも作っていますね。

──「TSUMAMI」は、空音さんらしい強気な曲ですよね(笑)。「ヘイターの悪意さえエネルギーに変えてやる」という意思表示でもあった「scrap and build」に近い内容というか。

確かにそうですね。ただこの「TSUMAMI」は、自分に対してヘイトを投げてくる人間をもはや気にも留めていないということの意思表示でもあります。「俺はこんなに楽しく生活していて、君たちだってそうなれるはずなのに、他人の俺にヘイトを投げるくらい気になっているの、人生もったいなくない?」というメッセージをストレートに表現できたなと。すごくお気に入りの楽曲になりました。

──「横取りばかりの商売敵にゃ食わせない この極上のツマミ」というラインも意味深ですね(笑)。

空音

というか、最近はコピーキャットが確実に増えてきているなと思っていて。僕は自分のオリジナリティって誰にも取られないものだと思っているし、「今後もし僕のことを真似しようとする子がいたら、そんなことしないほうがいいよ?」と言いたかったんです。海外のラッパーが思いっきり稼いでフェラーリを買ったり豪邸を手に入れたりするように、自分たちでつかんだものをお金に替えて、それでうまい酒を買って飲むことこそ成功じゃないですか。

──なるほど。「コロナ太りしてる Hater」「数年前 言われた 『夢ばっか見んな』ってお前は噂 聞かん 姿も見ねえな」というラインもなかなか辛辣だなと思ったのですが、空音さんはしっかり夢を追いかけてきたからこそ「今、ここにいる」と感じますか?

そう思います。「夢を追ってきた」というか、それを口に出してポジティブな気持ちで引き寄せてきたことが、一番の結果になっているのかなと思っています。だから、このラインもかなりリアリティあるし気に入っていますね。

──「TSUMAMI」のドープなトラックは以前「Future skin」を手がけたA.G.Oさんですね。

最近聴いた、アミーネの「Woodlawn」(2020年8月発売アルバム「Limbo」収録)という曲がすごく好きで、そういったサウンドにしてほしいと思い、制作の現場にも立ち会わせてもらって作った曲です。「TSUMAMI」と「Woodlawn」を聴き比べてみたら面白いんじゃないかな。それでいてA.G.Oさんの持ち味もちゃんと出た楽曲に仕上がりました。