椎名慶治が新曲「Let's HIT」を配信リリースした。この曲は、全世界累計2500万ダウンロードを突破した「HIT」の世界観を継承して制作された、PCおよびモバイル向けMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)「HIT : The World」のテーマ曲。「デバフ」「詰みゲー」「魔法障壁」といった遊び心あふれるワードがちりばめられた、“椎名節”全開のロックチューンとなっている。生粋のゲーマーである椎名が初めてゲーム音楽を書き下ろすまでには、実は長い物語があったという。2002年にリリースされたMMORPG「ファイナルファンタジーXI」にまでさかのぼるサーガをたっぷりと語ってもらった。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 池村隆司
テーマソングってサービス開始と同時に流すやつだよね?
──新曲「Let's HIT」は、PC / スマートフォン向けゲーム「HIT : The World」のテーマソングとして制作されたものですが、どういう経緯で来たお話なんでしょうか。
実は長い話なんですよ。この「HIT : The World」の前に、同じネクソンが運営していた「V4」というゲームがありまして。それを僕がいちプレイヤーとして楽しんでいることをX、当時で言うTwitterでつぶやいていたら、ネクソン側からコンタクトをいただいたんです。4年ぐらい前の話なんですけど、それをきっかけに公式の生配信番組などに呼んでもらえるようになり、その流れで今回もお声がけいただきました。
──なるほど。
ただ、「HIT : The World」のローンチ自体は今年の4月だったんですよ。サービス開始直前の配信にもゲストで呼んでいただいたんですけど、そのときに「テーマソングって興味ありますか?」と急に言われて。「え? テーマソングってサービス開始と同時に流すやつだよね? もう始まっちゃうよね?」とは言ったんですけど(笑)、「タイミングは遅れてしまうんですけど」と熱心にお誘いいただいて、それはもちろんありがたい話なので引き受けた、というのが経緯ですね。
──ネクソンとの関係性がしっかりあったうえでのオファーだったわけですね。
そうなんです。まったく関係のないアーティストに頼むよりは、ちゃんとプレイヤーとしてゲームを楽しんでいる人に歌ってもらうのがいいんじゃないかと向こうも考えたんでしょうね。
──お話に出た「V4」に関しては、椎名さんはどんなふうに出会ったんですか?
これも長い話になるんだけど(笑)、もともと「ファイナルファンタジーXI」という、僕が命を懸けてプレイしていたゲームがあったんです。SURFACEを解散に追い込んだゲームが。
──と、ファンの間でささやかれているゲームが(笑)。
そう(笑)。その「FFXI」のモバイル版を作る権利をネクソンが得たかなんかで、僕は「スマホで『FFXI』ができるようになるんだ!」とずっと注目していたわけですよ。
──「ファイナルファンタジーXI リブート(仮)」ですね。
だけど、待てど暮らせど一向にリリースされない(笑)。結局、最終的にその「リブート(仮)」は制作中止になってしまうんです。その後、ネクソンから改めてオリジナルのMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Gameの略。オンラインで大規模な多人数同時参加ができるRPGのこと)として発表されたのが「V4」だったんですよ。それがかなり「FFXI」を想起させる画面やゲームシステムを備えていたので、そりゃあ「FFXI」のヘビーユーザーとしては興味を持つじゃないですか。だから僕にとって、スマホでプレイする初めてのMMORPGが「V4」だったんです。
──その出会いから順調にハマっていったと。ということは、そもそもMMORPGがお好きだというところからすべてが始まっている話なんですね。
そうですね。「FFXI」に関しては8年間やってたんで。寝る間も惜しんでやってたし、ずっとプレイステーション2の電源をつけっぱなしにしてたので、本体がどんどんダメになっていくんですよ。結局、8年間で5台買い換えました(笑)。
ゲームのテーマソングを手がけるのはまさに夢物語
──そんなヘビーゲーマーの椎名さんからすると、ゲームのテーマソングを手がけるなんて願ったり叶ったりのお仕事ですよね。
もう、夢物語ですよね。過去に一度、ほかの人が作った曲を僕が歌う形でゲーム音楽に携わったことはあったんですけど、今回は全部自分で作って歌ってますから。本当の意味で「ゲームのテーマ曲を手がけた」と言えるのは今回が初めてなので、もちろん前のときもうれしかったですけど、今回は格別ですね。
──制作にあたって、先方からのオーダーは何かあったんでしょうか。
けっこう細かくありました。まず「このゲームを実際に遊んでいるプレイヤーを大勢呼んで、コーラスを録音するイベントを開催したい」というのと、「バックトラックは生演奏にしてほしい」という2つが絶対的なお題として設定されていました。それに加えて、言わずもがなですけどゲームを象徴するようなワードをちりばめたリリックというものも当然求められましたから、そのあたりは意識して書きましたね。
──楽曲テイストについてのリクエストはありましたか? ものすごく“ザ・椎名慶治”なハードロック歌謡に仕上がっていますけども。
担当の方に「僕の曲で、何か好きな曲はありますか?」と聞いたら、まあ想像通りと言いますか、ロックな曲が返ってきまして。「なるほど、まあそうだよな」とは思ったんですけど……でもそれ、打ち込みの曲なんですよ。「生演奏って言ってたのに、リファレンスは打ち込み曲かい!」っていう(笑)。まあ、メロディの雰囲気とか疾走感のことを言ってるんだろうと解釈して、その感じを生バンドでやってほしいということなのかなと。
──取っかかりとしては、やはり印象的なコーラスのラインから生まれた感じですか?
そうですね。あのコーラスのラインはけっこう早い段階からあって、それをBメロとしても使うことも計算にはありました。前提として「大人数コーラスを入れられる曲」というお題があったわけですけど、だからと言って取って付けたようなコーラスパートをイントロに付け足してハイおしまい、じゃつまらないじゃないですか。このコーラスのメロディを自分が歌う平歌のどこかにも入れることで、この曲の中で一番耳に残るメロディになるように計算しながら作りました。で、「そこからどういうサビにつながったらこのBメロが生きるか」と考えながら膨らませていって、Aメロが最後にできた感じでしたね。
──変な言い方ですけど、結果的にBメロがサビのような役割を担っていますよね。「この曲といえば」の象徴的なメロディはあそこだと思うので。
ああ、確かに確かに。大きく言えばそうかもしれない。僕は全部アカペラで作るんですけど、家でボイスメモを録りながらそういうことも計算して作っていきました。したたかな作り方ではあったと思います(笑)。
──あとアレンジについてなんですが、「生演奏で」というオーダーもあったというお話だったので、たぶん入れようと思えばブラスを入れることもできましたよね。
もちろんできましたよ。なんせネクソンさんが制作費を出してくださるということで、予算は潤沢にありましたから(笑)。なので管楽器で派手にすることも全然できたんですけど、それはゲームの世界観が求める音ではなかった。ホーンセクションがパーパラッパーって鳴ると、どうしても明るくなるので。もうちょっとシリアスなムードが求められるゲームだから、ホーンを鳴らすつもりは最初からなかったです。
──なるほど、ゲームの世界観に寄せた結果なんですね。僕はどうしても普通に椎名さんの曲として聴いてしまうので「なんでこの曲にブラスが入ってないんだろう?」と不思議に思っちゃったんですけど、今のお話で合点がいきました。
確かにホーンアレンジはSURFACEのお家芸ではあるし、楽曲自体には絶対に合いますからね。そういうときに僕よくやるんですけど、アルバムバージョンにだけホーンを入れるという手があるんですよ。だからもしかしたらこの曲も、いずれアルバムに入れるときはホーンが足されてるかもしれないです。
──あるいはライブのときだけ入れる、とかもいいでしょうし。
いいっすね! それはぜいたくだなあ。
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僕にバフはかからないですから