椎名慶治が9月15日に5作目のオリジナルアルバム「and」をリリースした。
2018年のSURFACE再始動後はアルバム「ON」「PASS THE BEAT」のリリースをはじめ、同グループでの活動を中心に行っていた椎名。彼にとってソロ名義ではおよそ3年ぶりのオリジナルアルバムとなる「and」は、現行の海外ポップスとリンクしたサウンドを取り入れた、SURFACEとは一線を画す作品に仕上がっている。音楽ナタリーでは“過去と現在”をテーマにした本作について、椎名自身に語ってもらった。
取材・文 / 森朋之撮影 / 吉場正和
SURFACEが再始動しても、ソロ活動を止めるつもりはなかったんです
──椎名さんは2018年にSURFACEでの活動を再開し、アルバム「ON」「PASS THE BEAT」を発表するなど精力的なユニット活動を行いましたが、手応えはどうでした?
SURFACEの再始動を決めたのは2017年の初めだったのですが、そのときに「こうやって進めていこう」と決めたことがあまり守られなかったんですよ(笑)。正直、永谷(喬夫 / G)と俺で言ってることが食い違うこともあったし。そもそも当初の予定では、自分のソロを止めるつもりもなかったんです。
──椎名さんのソロとSURFACEを同時にやるつもりだった?
はい。ところがそうもいかなくなって、一旦自分の活動を止めて、SURFACEに集中することになりました。まず2019年に「ON」というアルバムを出したんですけど、その後コロナ禍に入り、ライブ活動が止まって。そのタイミングでありがたいことに「もう1枚出しませんか?」とお誘いをいただいたので、2020年には「PASS THE BEAT」をリリースして。思い描いていた形とは違いましたが、2作発表できたのはよかったし、「2人で生み出す作品は、やっぱりソロとは違う。SURFACEでしかできないことがある」と改めて気付かされましたね。その後、ソロアルバムの制作に入ったんですけど、こんなに期間が空くとは思ってなかったです(笑)。
──ソロのオリジナルアルバム、3年3カ月ぶりですからね。ニューアルバム「and」は完全にSURFACEの音楽性とは違っていて、椎名さんらしいメロディラインは健在ですが、サウンドメイクは現在の海外のポップミュージックに近いというか。
そうですね。ソロのオリジナルアルバムはこれまで4枚出しましたが、ずっとSURFACEが存在しない状況の中で作っていたんですよね。自分としては「ファンを裏切りたくない」という気持ちも強かったし、どのアルバムにもSURFACEのエッセンスを入れた曲を収録していて。前作「-ing」には永谷もアレンジャーとして参加しているので、わかりやすいですよね(笑)。でも、今はSURFACEも再始動したし、ソロでSURFACEっぽいことをやったら「同じサウンドじゃん」って思われるじゃないですか。なので共同プロデューサーの宮田‘レフティ’リョウとも「SURFACEらしさは払拭しよう」と話したんです。SURFACEの楽曲はギターの音がしっかり立っているので、今作はできるだけギターを引っ込めて。「ギターが鳴ってない曲もアリだね」という話も最初からしましたね。レフティはSURFACEのアルバムにも関わっていて、これまでの流れやバランスもわかっているので助かってます。
若者に「このおじさん、いいじゃん」って言われたい
──昨年7月に「KI?DO?AI?RAKU?」、8月に「DOUBT!!」を配信シングルとしてリリースしましたが、この2曲はどういう位置付けなんですか?
コロナ禍でマネージャーがちょっと落ち込んでいて、「ファンの皆さんも元気がない人が多いと思うので、椎名さんらしい応援歌を作りませんか?」って言われたんですよ。普段は締め切りの催促しかしないので「珍しいこと言うな」と思ったんですけど(笑)、そのときに作ったのが「KI?DO?AI?RAKU?」なんです。「椎名さんらしい応援歌」ということだったので、あまり気にせず、好きなように作って。なのでギターもガンガン鳴ってます。
──なるほど。
「DOUBT!!」はアルバム制作を視野に入れてから作った曲で、これまでとはまったく違うアプローチになっています。引き算の美学というか、音をできるだけ減らして。Aメロなんてほぼベースしか鳴ってないですから、まあ歌いづらい(笑)。
──(笑)。まさに今の洋楽に近い音作りですよね。
制作中に参考にしたのも今の洋楽なんです。アメリカだったり、K-POPだったり。レフティはスウェーデンの作家が好きなので、あいつが薦める楽曲もかなり聴きました。そういうサウンドで自分が歌うとどうなるか?というチャレンジですよね。
──「DOUBT!!」はディスコリバイバルの潮流を感じる曲ですが、椎名さんのボーカルもすごく映えて。こういうサウンド、似合いますね。
あ、よかった。最初に好きになった洋楽アーティストがマイケル・ジャクソンなんですよ、実は。マイケルのシングルにはアカペラバージョンが入っている作品もあるんですけど、それを聴くと口でビートを鳴らしたり、足を踏み鳴らす音が入っていて。「DOUBT!!」にはその感じを取り入れているんです。デモ音源を録るときも、クリック音だけ聴きながらアカペラで歌ったり。レフティもマイケルに影響を受けたアーティストが好きだし、ルーツにブラックミュージックがあるのも共通点ですね。
──なるほど。アルバム収録曲の「I and I」からも、マイケル・ジャクソンのテイストを感じました。
そうかもしれないですね。「I and I」はレフティと一緒にイチから作ったのですが、ベースラインに「ジリジリ」という感じの音が混ざっていて、これまた歌のキーが取りづらいんです(笑)。レフティは「椎名さんなら歌えると思って」なんて言ってたけど。
──この曲はラップも入ってますね。
ラップはBACK-ONのTEEDA(MC)にやってもらいました。僕の9歳下で、地元の後輩なんですよ。と言っても直接知っていたわけではなくて、レフティが紹介してくれて。「同世代で一番ラップがうまい」ということだったんだけど、実際、めちゃくちゃカッコいいラップを入れてくれました。まだ直接会ったことはないんですけどね(笑)。
──リモートの制作もコロナ禍ですっかり定着しましたからね。
ええ。レコーディングの方法も基本的にレフティに任せたんですけど、自分がこれまで経験してきたやり方とはかなり違っていて、めちゃくちゃ新鮮でした。例えばボーカル録りの順番もそう。僕は20年以上、まず楽曲をアレンジして、楽器を録音して、最後にボーカルで命を吹き込む……というやり方を続けてきたんですけど、レフティは「ボーカルも楽器の1つ」という考え方なんです。アレンジの途中でも、「とりあえず歌ってください」ということもあって。最初は「えっ、俺はまだ完成してないオケで歌うの?」って思ったんですけど……。
──アレンジが変わるかもしれないのに、もう歌うの?と。
そうそう。アレンジによって歌のテンションも変わりますよね。ホーンセクションが入っているなら「歌も元気なほうがいいな」とか。それをレフティに伝えたら「ホーンをイメージして歌えばいいじゃないですか」って言われました(笑)。あと、参加してくれたミュージシャンも若くて、メインのギタリストは27歳なんです。アプローチが自分たちの世代とは全然違っていて、最初は「え?」と思っていたんだけど、めちゃくちゃカッコいいフレーズを弾いてくれて。
──そこも任せてるんですね。
これだけキャリアを重ねると、自分の中に「このやり方が正しい」というものもある。でも、それを彼らに強いるのは違うなと。レフティもそうですけど、下の世代の人たちと一緒に制作することで、リスナーの層が広がるかもしれないし。それぞれの世代で聴くべき音楽があると思うので、10代や20代の人たちに受け入れてほしいとは思ってないんだけど、「このおじさん、ちょっといいじゃん」くらいは言ってほしくて。まだモテたいというか(笑)。「こういう人もいるんだ。いいね」と思ってほしい願望はありますね。
過去と現在を「and」でつなげる
──アルバムのタイトル「and」には“現在と過去”という意味合いがあるとか。
このアルバムは成り立ちが異色で、曲を作った時期が分かれているんです。さっき「2018年から2020年まではSURFACEに集中した」と言いましたけど、実は合間にソロのライブをやっていたんです。その中で新曲も披露していたんですが……あえてSURFACEの“せいで”と言いますけど(笑)、ソロ作品の制作はできなかったので、3年の間に新曲が7曲くらい貯まって。「and」には、その中から5曲をピックアップして収録したんです。先にライブで披露して、ファンの間では耳なじみがある曲をアルバムに入れたのは、今回が初めてですね。
──その5曲というのは?
「DOUBT!!」「GOOD GIRL」「『そんなに好きなら好きって言っちゃえば?』」「それだけ」「KI?DO?AI?RAKU?」ですね。で、アルバムのために作ったのが「アイムリアル」「一旦紅茶飲む」「『ここは ぶきや です』」「I and I」「アイクルシイ」。1曲目のインスト「Knock and Opened」を除いて、ちょうど5曲ずつに分かれてるから、最初は「スプリット」というタイトルにしようと考えたんです。でも“隔てる”という言葉は強すぎるかなと思って、「and」に変えました。過去と現在もそうだし、あとは“安堵”という意味も込めたいなと。
──曲を作った時期が分かれていても、アルバムにはしっかり統一感がありますね。
そう感じてもらえたのならよかったです。例えば「それだけ」は、2019年にやった武部聡志さんとSURFACEの共演ライブ「Special Collaboration LIVE『SAIKAI II』」で歌ったんですよ。永谷がステージからハケて、僕と武部さん、バンドメンバーで新曲として披露して。その時点で完成していたんですけど、そのままのアレンジでアルバムに収録するのは違うなと思って、レフティに作り直してもらいました。それも「and」というか、過去と現在がつながってますよね。
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椎名慶治というアーティストの新たな挑戦