しぐれういが2ndアルバム「fiction」をリリースした。
しぐれういはイラストレーター兼Vtuberとして活躍し、2022年に音楽活動をスタート。同年に発売された1stアルバムの収録曲「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」のミュージックビデオの再生回数は1億回を超えている。カバー曲が主体であった1stアルバムに対して、今作に収録された9曲はすべてオリジナルの新曲。Aiobahn +81、いよわ、Q-MHz、じん、DECO*27(OTOIRO)、TeddyLoid、ナナホシ管弦楽団、にゃるら、堀江晶太(PENGUIN RESEARCH)、松井洋平、MIMI、睦月周平といったクリエイターが楽曲を提供している。
音楽ナタリーでは、2ndアルバムの発売を記念してしぐれういにインタビュー。幅広く活動する彼女にとっての音楽活動の位置付けや意味、表現について率直に語ってもらった。
取材・文 / ナカニシキュウ
2足のわらじだとは思っていない
──今日は2ndアルバム「fiction」について伺うんですけども、しぐれさんの場合、ここに至るまでのストーリーがけっこう特殊ですよね。
そうですね。
──「イラストレーターとして活動してきて、このたび2ndアルバムをリリースすることになりました」って、その文面だけだと無理問答みたいに見えるというか。
うふふふ、そうですよね。そもそも1stアルバム(2022年5月リリースの「まだ雨はやまない」)のときも「“イラストレーターがアルバムを出す”ってなったら、あまりにも変で面白いな」と思ってお引き受けしたんですよ。ただ、その中でけっこう私にとって学びがありまして。曲を通じて何かを伝える、絵とは違う手段で何かを表現することに大きな魅力を感じたんです。なので2ndアルバムは“1つの作品として人に見せる”という目的で作らせていただきました。
──つまり、1stアルバムとは少し意味合いが違うということですよね。“やってみた感”の強かった前作に対して、今作はもうちょっと“音楽の表現者として何ができるか”にフォーカスしたものになっている。
そう見えてたらうれしいんですけどね。
──今作の収録曲「ひっひっふー」にも「二足のわらじ 履いちゃって」というフレーズが出てきますけど、そんなふうにイラストレーターとアーティストという2足のわらじを履くことの喜びや困難については、どんなふうに感じていますか?
実のところ、あんまり2足のわらじだとは思っておらず……私は音楽に関しては圧倒的に素人ですし、アーティストとして何かをやりたいというよりは、イラストレーターとして作る作品の延長線上にあるものとして音楽を捉えていまして。なので、自分ではそこまで違うことをやっている感覚はないんですよ。
──なるほど。音楽専業の方、それこそボカロPの皆さんはイラストや動画といったビジュアル表現を“音楽表現を拡張するもの”と捉えている方が多いと思うんですけど、しぐれさんはちょうどその逆というか。
あ、そうですね! 結果は同じなんだけど手段が逆、みたいな感じだと思います。
──例えば、ライブのステージに立つときの意識はどうですか? 絵描きの方がお客さんの前で何かをするって、そんなにはないことですよね。
実は、そこでもそんなに意識の違いはなくて。私はもともとデザインやエンタメを学んでいたところからイラストレーターになっているので、ずっと「人を楽しませるには」という思想が根底にあるんですよ。イラストを描くこととステージで歌うことは、確かに表面上かけ離れた行為ではあるんですけど、根本的には近いところにあるものだなと感じています。
──これは想像にすぎないんですが、もし僕がしぐれさんの立場だったら、ステージで歌っていて「あれ、俺何やってんだろう?」と我に返る瞬間がありそうだなと思ったんです。でも、それはないんですね。
ないです(笑)。やっぱり自分のことをミュージシャンだと思っていなくて、作品を見てもらっている気持ちでステージに立っているからかなと思います。
──自分すらも作品の一部だ、みたいな感覚?
そうですそうです。
──でも確かに言われてみれば、そもそもVtuberとしての活動がそういうものですもんね。
そうなんです。Vtuber・しぐれういはイラストレーター・しぐれういが作った1つのオリジナルキャラクターだと思ってやっているので、自分自身がそのステージに立っている意識とはちょっと違うんですよね。
しぐれういがやるからこそ意味のある歌にしたい
──しぐれさんはどんなふうに音楽と触れ合って育ってきたんですか?
小さい頃からインターネットの音楽を聴いて育ってきました。もともと二次元コンテンツがすごく好きだったこともあって、アニメソング、キャラクターソングなどもすごく好きでしたね。
──ということは、やはりビジュアルと密接に結び付いた音楽をずっと好んできたわけですね。
当時はそんな意識はまったくなかったですけど(笑)、言われてみればかなりそうですね。
──特に好きなアーティストなどはいましたか?
やっぱりボカロ全般を好きで聴いてきたので、ボカロPさんは幅広くいろんな方が好きでした。それこそ今回アルバムに参加してくださった皆さんなんかは、その中でも特に好きな方々ですね。DECO*27さん、Q-MHzさん、じんさん、睦月周平さん……全員そうだ(笑)。
──(笑)。そんな中、歌を歌うことに関しては自己表現の手段としてはあまり発想にないものだったのかなと思うんですが……。
まったくなかったですね。ピアノを一応習ってはいたんですけど、あんまり得意じゃなくて。それもあって、音楽にはそんなに向いてないんだろうなと思ってました。
──そんなしぐれさんが歌の活動を始めるにあたっては、相当な決意が必要だったのでは?
そうですね。もともと人前で歌うなんてことはまったく考えておらず、苦手意識もあったので。でも、Vtuberとして活動していた中で、あるとき罰ゲームで歌わなければいけなくなったんですよ。「最悪だー!」と思いながら渋々歌ったら、けっこういろんな方に聴いていただけて。そこから音楽関係者の方に「コンピレーションアルバムに参加してみないか」とお声がけいただいたりして、あれよあれよと。
──……という始まり方の人とは思えないほど、ボーカリストとして確固たるものをお持ちですよね。歌声に独自のカラーがちゃんとあって。
えー! ホントですか?
──それはなぜなんでしょう?と本人に聞くのもちょっと変ですけど(笑)。
いえいえ(笑)。もちろん私もよくわかってないですが、たぶん自分自身が音楽的なスキルを持ち合わせていないので、「イラストレーターかつVtuberのしぐれういがやるからこそ意味のある歌にしたい」とはずっと思っていて。たぶん、そこなんじゃないですかね。
──その意識は明確にあるんですね。
ありますね。やっぱり素人がやるからには素人がやる意味というものを見出せなければいけないですし、そうでないとちゃんとやってる人たちにも失礼ですから。
──ちょっと哲学的な話になりますけど、「そもそもなぜしぐれういは歌うのか」という問いにはどんな答え方をしますか?
哲学的ですね(笑)。なぜ歌うのか……たぶん、歌でしか言えないことがあるからだと思います。Vtuberとしてキャラクターをやっていると、やっぱり何を言っても茶化されやすいんですよね。なので、もっと伝えたいことをちゃんと伝えられる場を手に入れたかったんじゃないかなと思います。
できるかできないかわからない、ギリギリのラインに挑戦したくなっちゃう
──では本題に入ります。2ndアルバム「fiction」は、カバー曲中心だった前作とは打って変わって全編オリジナル曲で構成されています。これはどんな意図で?
もともと「しっかりしたコンセプトを固めてアルバム作りをしたい」という気持ちはあったんですけど、カバー曲を交えてそれをやるのは難しそうというのがあって。今回は「全部オリジナル曲にしてもいいですよ」というお言葉をいただいたので、「じゃあぜひ!」と。「9曲全部で意味が生まれるようなアルバムにしたいです」とお伝えして作らせていただきました。
──ということは、最初から「こういう曲がこういう並びで入って、この曲はこの人に書いてもらう」みたいな設計図をしっかり固めたうえで臨んだんですね。
そうですね。ただ、ご参加いただいたクリエイターさんに関しては「ダメ元でお願いするだけしてみよう」って冗談ベースでお声がけした感じで(笑)。「まさかなあ」みたいな感じでお願いしたら、皆さんにご快諾いただいてしまって。びっくりなアルバムでございます。
──そのクリエイター陣の人選はどんなふうに?
今回、大きく分けて2つの方向性でお願いしていまして。人生の核としてずっと聴いてきた方と、曲のコンセプトに合うだろうと思って選ばせていただいた方に大別される形になっています。それで言うと、けっこう象徴的なのが「勝手に生きましょ」を書いていただいたいよわさんで。このアルバム自体がVtuberデビュー5周年施策の一環としてリリースするもので、“イラストレーターとVtuberの境”を表現するというコンセプトなんですね。その両方を表現できる方にお願いしたかったので、イラストレーターとしても活動されているいよわさんを当初から熱望していました。
──いよわさんを軸に固めていった人選なんですね。4番バッター・いよわみたいな。
そうですそうです(笑)。
──“ずっと聴いてた枠”と“コンセプト枠”に分けると、どの方がどちらになるんですか?
えーと……今、一覧を見ますね(笑)。“コンセプト枠”は、堀江晶太さん(「ハッピーヒプノシズム」)、ナナホシ管弦楽団さん(「うい麦畑でつかまえて」)、じんさん(「ひっひっふー」)、MIMIさん(「二人模様」)、にゃるらさん(「ういこうせん」)、Aiobahn +81さん(「ういこうせん」)。で、“ずっと聴いてた枠”がDECO*27さん(「あいしてやまない」)、Q-MHzさん(「微炭酸SWIMMER」)、睦月周平さん(「Paint it delight!」)ですかね。でも、どっちの要素もある方が多いです。特に、ナナホシさんとかじんさんは“ずっと聴いてた枠”色もかなり強いので。
──クリエイターさんとのやりとりの中で、特に印象に残っているエピソードがあったら教えてください。
一番印象に残っているのは、じんさんの「ひっひっふー」ですね。事前にお打ち合わせをして、「私がイラストレーターとして生きていくうえでのお守りになるような、自分への応援歌になる曲をお願いしたいです」というふうにご依頼したんです。そのイメージに近いリファレンス曲もいくつかお出ししたんですけど……後日、全然違うデモが上がってきて。「あれ? なんかバチバチのラップだぞ?」みたいな(笑)。
──発注とまったく違うものが(笑)。
そうそう(笑)。じんさん曰く、私の活動にすごく感情移入されたそうなんです。彼も小説と音楽の2足のわらじでやってらっしゃることもあって、「今までにないものを作らなければいけない」「殻を破らなければいけない」という使命感に燃えてしまったようで。
──表現者としての強いシンパシーが、発注を超えるものを作らせたわけですね。
で、私も私で「発注とは全然違うけどめちゃくちゃカッコいい曲だし、自分にこれが歌えるかどうかはさておき、面白そう!」と思ってしまって。「これはやるしかないな……!」とドキドキしましたね。じんさん自身もラップを書くのは初めてとおっしゃっていたので、じんさんが新しい引き出しを開けているなら私も開けなければ!って。
──お話を伺ってると、しぐれさんって“やるべきこと”よりも“面白そうなこと”を優先しがちですよね。
そうですね。もちろん得意なことをすれば絶対にいいものになるので、それはやるべきではあるんですけど、結果が見えてしまうものでもあるじゃないですか。やっぱりクリエイターという人種は、できるかできないかわからないギリギリのラインに挑戦したくなっちゃうものなんだと思います。