ナタリー PowerPush - 指田郁也

渾身の新曲「バラッド」が生まれた背景

必要以上に気持ちを込めずに歌いました

──歌い方に関してはどうですか?

この曲ではいつもと歌い方を変えているんです。例えば「花になれ」は陰と陽で言うなら陽で、けっこう情熱的な歌い方をしているんですけど、「バラッド」は歌い手と聴き手の距離が0mのところでフラットに歌いたいというのがあって。冒頭から気持ちを込めて歌うことも可能でしたけど、フラットな地点から乾いた感じで歌うのがいいだろうと思ってやってみたんです。そして最後の「君には聞こえる気がしているから」というところだけは自分の感情を込めようと。そこでようやく自分のいつもの歌い方に戻るんですけど、Aメロから間奏にかけてまでは無心というか、必要以上に気持ちを込めずに歌いました。

指田郁也

──「花になれ」のようにエモーショナルに歌うのは、これは違うと。

はい。「花になれ」は大衆に訴えかける曲でしたけど、「バラッド」は1人ひとりの心の中に訴えかけるような曲で、こっちのほうがもともと自分の得意とする分野でもあるんですよ。ライブで弾き語りで歌ったら、もともと曲の持っていた素朴なよさがもっと出せて、いい感じになるんじゃないかと思っているんですけど。

──ここではストリングスも加わってドラマチックに展開していきますが、もともとはシンプルな弾き語りのイメージだったわけですね。

そうです。でもバンドっぽいものもいつかやってみたいと思っていたので、サウンドプロデューサーとそういう話をして。ドラマに使われるということで、ストリングスもあとから加えたんです。

──そうしたことで、「寂しさも痛みも欲も涙も 今ならすべて知りたい」という部分の肯定性がなおさら生きてきてますね。

もともとはその部分から書けたんですよ。逆に言うと、全体をこのサビみたいに強くしないで伝えるにはどうすればいいかってことを考えながら、それ以外の部分を書いたんです。

──そしてまたこの歌では、“僕は愛がわかった”とか“理由がわかった”というふうにはどこにも歌われていなくて、ただ「今ならすべて知りたい」とだけ歌われている。だからこそ説得力が生まれているんだなと思いました。

そうですね。この歌詞で最後に「伝わったよ」とか、そういうことを歌ってしまったら根底から覆ってしまう。さっきも言いましたけど、ただ投げかけるだけの歌にしたかったんです。だから、ここでは僕自身が「僕」の感情で歌ってますけど、聴いてくれる人が自分に置き換えてくれてもいいし。

──孤独と向き合っていながら、最終的にどこかに光が見える。答えを歌わないことで、余白からそれが少しずつ見えてくる。「君とさよなら」もそうでしたけど、その感じが指田節なのかも。

もともと僕は「君はこうだよね」とか「こうしなさい」みたいな歌詞が好きじゃないんです。音楽って結局それを聴いた人がそこから何をどう感じてどう行動するかだと思うので、具体的に「君はこうだよね」とかって言いたくない。そのぐらいのものであってほしいんです、音楽には。だから、そこから先は聴いてくれたその人次第。確かにそういう自分の考え方がいろんな曲に反映されているかもしれないですね。

今はもっと表現の幅を出していきたい

──さて、カップリング曲はガラリとムードが変わって、シティポップス的なタッチの「○月×日なぜか海へ向かう。」。表題曲とカップリング曲はなるべく対称的なものにしようと意識しているんですか?

いや、僕自身はそれほどこだわってるわけではないんですけどね。ここでは、単純にライブで楽しめる曲を入れたいなと思って入れたんですけど。

──歌詞はどこか70~80年代の片岡義男の短編小説を思い出させますね。

ああ、懐かしい感じですよね。はい、わかります。

──なんてことない会話で進みながら情景が見えてくるという。

そうですね。こういう書き方をやってみたかった。歌詞もいろんな書き方をしていきたいと思ってるんですよ。今はもっと表現の幅を出していきたいので。

──音楽的には、しばらくこうしたライトなAORタッチと深みのあるバラードの両方でバランスをとりながら表現していこうと考えているんですか?

もともとの自分の資質としては、ライブで歌っている「笑ってよ」という曲とかがそうですけど、情念を表したような曲のほうが強みというか、そこの部分はずっと表現していきたいんです。でもそれだけだと広がっていかないし、いまはAOR的なサウンドの表現も楽しんでいる。今アルバムを作っているところなんですけど、その中でまた新しいサウンドが欲しくなるかもしれないし、もしかするともっと先のアルバムの頃には全然違った音を欲しくなるかもしれない。その時々で自分が欲している音を表現していければと思ってます。でも、そうなっても情念的な表現に関してはひとつの芯として出し続けていきたいですね。やっぱりそこが自分の核だと思っているので。

指田郁也
ニューシングル「バラッド」/ 2013年8月7日発売 / Warner Music Japan
初回限定盤 [CD+DVD]
通常盤 [CD] 1050円 / WPCL-11535
CD収録曲
  1. バラッド
  2. ○月×日なぜか海へ向かう。
  3. バラッド(instrumental)
  4. ○月×日なぜか海へ向かう。(instrumental)
初回限定盤DVD収録内容
  • ラブソング(@shibuya duo MUSIC EXCHANGE(2012/12/21))
  • 明日になれば(@shibuya duo MUSIC EXCHANGE(2012/12/21))
  • 花になれ(@7th Floor(2013/6/20))
指田郁也(さしだふみや)
指田郁也

1986年東京生まれ。3歳からクラシックピアノを習い、15歳から作曲活動を開始。2010年にワーナーミュージック・ジャパンが主催する「VOICE POWER AUDITION」で、約1万人の応募者の中からグランプリを受賞する。同年10月にシングル「bird / 夕焼け高速道路」でデビュー。同時期に東京・日本武道館で開催された「WARNER MUSIC JAPAN 100年MUSIC FESTIVAL」ではオープニングアクトとして出演し、新人とは思えない堂々としたパフォーマンスを披露した。2013年8月、1年2カ月ぶり通算4枚目のシングル「バラッド」をリリースする。