玉井詩織(ももいろクローバーZ / 週刊ナイナイミュージック記者)
まだ暑さが残る茅ヶ崎の野球場には、サザンとともに歳を重ねてきたであろう世代、親の影響でサザンに出会ったであろう若い世代など本当に幅広い年齢層の観客が、10年ぶりの茅ヶ崎ライブの幕開けを今か今かと待ちわびていた。
茅ヶ崎のレジェンド、加山雄三さんの「君といつまでも」に乗せてサザンオールスターズのメンバーがそれぞれの肩に手を置いて列車のように登場する。まさに“里帰り”のようなリラックスしたオープニングに、初めてサザンのライブを観る私も緊張が解れていくのを感じる。これが誰も置いてけぼりにしないサザンの懐の深さなのだろう。
ライブは「C調言葉に御用心」でスタートした。私の母はサザンオールスターズの大ファンで、2日目の9月28日にライブに参戦していた。「1曲目は意外な曲からスタートするのよ♪」と“家庭内匂わせ”をされていたので「なるほど、この曲だったのか!」と合点がいった。長年のファンである母でさえ「意外」と言うものを10年ぶりの茅ヶ崎ライブの1曲目に持ってきたのは「予定調和では済まないぞ」というメッセージだろうか? 空がややオレンジ色に染まり出した頃、涼しい海風が会場を駆け抜けていく。「涙のキッス」「夏をあきらめて」という夏の名曲とともに私の2023年・夏が幕を閉じた。
会場のボルテージが一気に上がったのはライブ中盤の「東京VICTORY」だった。
観客が腕に巻き付けた通称“烏帽子ライト”が一斉に点灯し、あたり一面が光の海になる。
レーザーが上空に伸び、観客全員が拳を突き上げ「Ohh ohh」と声を上げる。市民球場がスタジアムになった気がした。ここから一気にアップテンポで畳みかけるのだろうと思ったそのとき、一瞬の静寂の後響いたのは思いもよらない曲のイントロだった。
「栞のテーマ」。1995年6月4日、私がこの世に生を受けたとき、サザンファンの両親は私に「詩織」という名前を付けてくれた。言うまでもなく、由来はこの「栞のテーマ」。今日まで28年間、自宅で、車で何度も聴いたこの曲を、人生で初めて目の前で桑田さんが歌ってくれる。あんなに盛り上がった「東京VICTORY」から「栞のテーマ」なんて、予想だにしない流れだった。照明が私のメンバーカラーでもある黄色だったことに運命を感じずにはいられない。すべてのサザンオールスターズファンの皆さん、どうか今日だけは「詩織のテーマ」だと思うことをお許しください。
私のようにサザンの楽曲から名付けられた人、大切な人との出会いや人生の節目にサザンの楽曲があった人、この会場にいる観客それぞれに「自分のテーマソング」があり、イントロが流れた瞬間脳裏に思い出がよみがえるような、そんな時間だった。聴くだけでその時代に連れて行ってくれるサザンの楽曲は、タイムマシーンみたいだと思った。
アンコールで「希望の轍」のイントロがかかると、「待ってました!」という気持ちと同時に、もう少しでこの夢のような時間が終わってしまうんだという寂しさが押し寄せてきた。その寂しさを打ち消すような「勝手にシンドバッド」! 寂しい時こそ大きな声で笑おうぜ!と言われている気がして力の限りコールアンドレスポンスをした。きっと会場にいる全員がそうだったに違いない。
私にとってサザンオールスターズは両親との「絆」にほかならない。終演後、桑田さんにお会いさせていただいたとき「僕が茅ヶ崎一中の野球部で被っていた帽子だよ」とそっと頭に被せてくださったこと。名前の由来をお伝えしたら「じゃあ俺が名付け親みたいなもんだな」と言ってくださったこと。早く両親に話してあげたい! そうだ、家に帰ったら今度は私がこの野球帽を両親に被せてあげよう。そのとき両親はどんな表情をするだろうか。
プロフィール
玉井詩織(タマイシオリ)
1995年6月4日生まれ、神奈川県出身。2008年結成のアイドルグループ・ももいろクローバーZのメンバーで、イメージカラーは黄色、キャッチフレーズは「ももクロの若大将」。2018年にNHKの連続ドラマ「女子的生活」にメインキャストで出演し、2019年からはフジテレビNEXT「しおこうじ玉井詩織×坂崎幸之助のお台場フォーク村NEXT」のMCを担当。そのほか、映画やバラエティ番組への出演など、個人での活動は多岐にわたる。2023年1月にソロプロジェクト「SHIORI TAMAI 12 Colors」を始動し、12カ月連続でソロ曲を配信リリースしており、9月にリリースした最新ソロ曲「Sepia」では自ら作詞を手がけた。ももいろクローバーZとしては、今年5月に行われた結成15周年記念ライブ「代々木無限大記念日 ももいろクローバーZ 15th Anniversary」のBlu-ray / DVDが10月にリリースされた。
矢部浩之(週刊ナイナイミュージック編集長)
サザンオールスターズのライブは、誰もが涙するロマンティックなバラードと、桑田佳祐という「エッチなおじさん」が悪ノリしちゃう曲が混在する、ジェットコースターのような展開が何よりの魅力だと僕は思う。
10年ぶりに開催される茅ヶ崎ライブの1曲目はなんだろう? やっぱりデビュー曲の「勝手にシンドバッド」かな……? もしかしてバラードで始まるなんてこともあるかも……? 観客全員がそれぞれに思いを巡らす中、この伝説のライブは「C調言葉に御用心」「女呼んでブギ」という意外な楽曲で幕を開けた。「意外だ」と感じたのは「10年ぶりの茅ヶ崎ライブ」というものにこちらが構えすぎていたからで、サザンとしては至って通常営業。「女呼んでもんで抱いていい気持ち」ってどないやねん!と思いながら観客みんなで合唱する気持ちよさ。そうかと思えば、まだまだ序盤というところで惜しげもなく「涙のキッス」のイントロが流れてくるとどよめきが起こる。この緩急こそがサザンなのだ。
ヒット曲を立て続けに連発する怒涛のセットリストの中で球場の雰囲気が一瞬にして変わったのは、ライブの中盤を過ぎたあたりの「真夏の果実」だった。すっかり陽が暮れて暗闇に包まれる中、「太陽は罪な奴」で上がりきった観客がシーンと静まり返り曲に聴き入る、「あ、ここで1回このライブは締まるんだ」と思うほどその場の空気を変える強さがあった。そこで一度、マルが打たれたライブはフィナーレに向けて加速していく。「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)」、この鉄板のヒット曲のあとに繰り出された新曲「盆ギリ恋歌」では不思議な高揚感に包まれた。
「みんなのうた」は我々ナインティナインにとって青春の酸いも甘いもが詰まった曲で、コワモテの演出家がカラオケで歌っている姿、そのカラオケを盛り上げることができず怒らせてしまったこと、その演出家が番組の最終回で曲を流したことなどいろんな思い出が頭をよぎっていったが、いざ目の前で桑田さんが歌ってくれると思い出は全部吹っ飛んで、周りのお客さんと一緒に大きく手を振りながら大合唱するだけだった。桑田佳祐の歌声は思い出に勝る。今日ここで「みんなのうた」が聴けてよかった。きっとこれからも僕にとって忘れられない1曲であり続けるだろう。そして本編ラスト、先ほどは「真夏の果実」で観客を全員黙らせた人が、今度はヅラを被ってダンサーのお姉ちゃんのパンチラを狙っている。「マンピーのG★SPOT」のあの演出、もうテレビのコント番組でもできないことですよ、桑田さん(笑)。でも僕は「マンピーのG★SPOT」や「女呼んでブギ」の世界が大好きなのだ。原坊がモニターに映ると、その微笑みの横に(バカねぇ……)という吹き出しが見える。そんなサザンオールスターズがたまらなく愛おしい。
男たるもの、いくつになっても「色気」は持っていたいなとしみじみ感じた夜だった。
プロフィール
ナインティナイン
岡村隆史、矢部浩之からなるお笑いコンビ。1990年NSC大阪校9期生で、1990年4月結成。1992年に「第13回ABCお笑い新人グランプリ」最優秀新人賞を受賞。以降数々の人気テレビ番組にレギュラー出演し、人気を博す。現在は日本テレビ「ぐるぐるナインティナイン」やニッポン放送「ナインティナインのオールナイトニッポン」に出演。2023年10月にフジテレビ系で新たな冠番組「週刊ナイナイミュージック」がスタートした。
プロフィール
サザンオールスターズ
1975年に青山学院大学の音楽サークルで結成。現在のメンバーは桑田佳祐(Vo, G)、関口和之(B)、松田弘(Dr)、原由子(Key)、野沢秀行(Per)の5名。1978年6月にシングル「勝手にシンドバッド」でデビューし、独自の音楽性が当時のシーンに衝撃を与える。1979年3月に3rdシングル「いとしのエリー」の大ヒットにより幅広い層に受け入れられ、名実ともに日本を代表するロックバンドの仲間入りを果たす。その後も時代の変化に伴い、さまざまなアプローチで革新的かつ大衆的な楽曲を発表。1992年7月のシングル「涙のキッス」が初のミリオンヒットを達成し、1999年発表の「TSUNAMI」は293万枚の売り上げを記録する。その後デビュー30周年を迎え、バンドは2009年から無期限活動休止期間に突入していたが、2013年6月に活動再開を発表。2023年6月にデビュー45周年を迎え、7月から3か月連続で新曲を配信リリース。9月から10月にかけ、4日間の日程で茅ヶ崎公園野球場での野外ライブを開催した。