斉藤朱夏|素顔をさらけ出して、届ける言葉

斉藤朱夏が8月14日にソロデビューミニアルバム「くつひも」をリリースする。

2015年より「ラブライブ!サンシャイン!!」から生まれたスクールアイドルグループ・Aqoursのメンバーとして活動し、このたび満を持してソロデビューすることとなった彼女。ソロデビュー作品を作るうえで斉藤は全曲の作詞を手がけるハヤシケイ(LIVE LAB.)と話し合いを重ね、半年以上にわたって全力で制作に取り組んだ。明るく元気なキャラクターで知られる彼女だが、本作ではこれまで見せてこなかったような素顔をさらけ出し、自身の思いを歌っている。音楽ナタリーではそんな斉藤にインタビューを行い、これまでの音楽との関わり方、そしてミニアルバムに収録されている6曲に懸ける思いを聞いた。

取材・文 / 中川麻梨花 撮影 / MARCO

人前に出たい! センター取りたい!

──音楽ナタリー初登場ということで、まずは斉藤さんがこれまでどのように音楽と関わってきたのか聞かせてください。斉藤さんといえば、素晴らしいダンスパフォーマンスのスキルをお持ちですが、そもそもダンスを始めたきっかけは?

小学校4年生のときに、うちの母親から「チアダンスかヒップホップダンスのどちらかの体験に行ってみない?」と勧められたのがきっかけでした。どちらも興味はあったんですが、ヒップホップダンスの体験に行ってみたらすごく楽しくて、「これは習いたい!」と思ったんです。

──お母様はどうしてダンスを勧めたんでしょうか?

母親も高校時代にチアダンスをやっていて、子供にもダンスをやらせてあげたいなという気持ちがあったらしいんですよ。うちは4人きょうだいで私が末っ子なんですけど、上の3人はどちらかというと人見知りで、人前に出るのがあまり好きじゃないようで。でも私だけちょっと違って、性格が母似というか、人前に出たいタイプだったんですよね。

斉藤朱夏

──当時から人前に出るのが好きだったんですね。

幼稚園のときからずっと「人前に出たい! センター取りたい!」みたいな感じでした(笑)。だから母親も私にダンスが合うんじゃないかと思って、誘ってくれたみたいです。結果、今の仕事にもつながる形になったし、母にはすごく感謝していますね。

──当時からステージで踊る機会は多かったんですか?

多かったですね。初めて立ったステージは新木場STUDIO COASTだったと思います。確か、小学校5年生のときでした。ダンススクールでオーディションがあって、選ばれた子たちが出演できる発表会があったんです。

──いきなり大きなライブハウスですね。

大きいところで経験を積んでいくような、ちょっと特殊なダンススクールだったんですよ。ステージをどうやって盛り上げるのか、どういう形でパフォーマンスを見せるのが一番いいのかということを、小学5年生のときからずっと考えていました。

ここでくじけちゃダメだ

──歌に対する興味はいつ頃から湧いてきたんですか?

もともと幼い頃から浜崎あゆみさんが大好きで、アーティストに対する憧れは持っていたんですけど、本格的に歌うことを考え始めたのは高校1年生のときでしたね。それまではずっと、ダンスで生きていこうと思っていました。

──ダンサーを目指していたと。

ダンサーだったり、振り付けを作る人だったり、ダンスに関わるお仕事をしようと考えていました。でも、どこかで私は裏でアーティストを支える側じゃないなという気持ちもあって。そんなときに「アーティストになれば自分が一番目立つじゃん!」と思ったんです(笑)。

──前に出たいという気持ちは幼い頃から変わらなかったんですね。

はい。やっぱり私は一番目立てるようなポジションに行きたかった。それでアーティストになろうと決意して、ボイストレーニングに行ったり、本格的に歌と関わりを持つようになりました。

斉藤朱夏

──実際にアーティストやダンサーになるために、オーディションはいろいろと受けていたんですか?

あー、いっぱい受けましたね。オーディションを受けて、書類が通って、1回審査員の人と会って、落ちて、その繰り返しでした。何回受けたのかわからないくらい。私は天才肌というわけじゃなくて、いろいろ経験して、努力を積み重ねてきて、やっと手にできるというタイプだったので。だから苦労はしたし、ダンスを嫌いになってしまった時期もたくさんありましたね。オーディションを受けては不合格っていうのを繰り返していると、だんだん自信がなくなってくるんですよ。なんでこんなにいっぱい受けてるのに不合格なのかとか、何がダメだったのかを探すのがすごく大変で……。

──そういった苦労の中でそれでも夢を追い続けてこられた、その根底にあるものはご自身で何だと思いますか?

うーん……それはもう、自分は表に出る人間になるんだなと確信していたというか。自分にとって芸能以外のほかの仕事はありえなかった。絶対にステージにずっと立ち続ける人間であるんだろうなって、小さいときから思っていたから。自分の未来を想像して、きっとこうなるんだろうなというイメージがあったからこそ、ここでくじけちゃダメだなと思って。それがダンスを嫌いになったときも、「辞める」と言わなかった理由ですね。

ずっと自分と殴り合ってました

──Aqoursのメンバーとして活動し始めてからのこの4年間も、いつかソロアーティストとしても活動してみたいという気持ちはあったんでしょうか?

それはずっとありましたね。高校生のときからアーティストになるのが一番の目標であり、夢だったので。まだまだ未熟者だけど、いいご縁があったら、いつかやってみたいなと思っていました。

──そして、今回そのいいご縁があったと。

Aqoursのライブに来てくださったSACRA MUSICのスタッフさんが、私のMCを聞いて「なんかあの子、ちょっと変だぞ」と思ったらしいんですよ。

──MCですか。

そうなんです(笑)。自分では全然普通のことしか言ってなかったつもりなんですけどね。この子としゃべってみたいなと思ってくださったみたいで、そこからSACRA MUSICさんといろいろとお話をしていく中でこういう形になりました。

──アーティストを目指してきて、実際にソロデビューが決まったときの心境はどうでしたか?

冷静に驚きましたね。はしゃぐようなことはなく、「ついに来たか、ヤバいぞ……」みたいな。「やったー!」っていうよりは、緊張感やプレッシャーが大きかったです。「やります」って言った瞬間から、ずっと何かに縛られて、どう自分自身と向き合うのかということに直面して……自分と常にケンカしている感じでした(笑)。ずっと殴り合ってるという。

──壮絶な制作期間だったわけですね。

本当にひどかったですよ(笑)。ずっと殴り合ってます。ボコボコですよ。

──ユニットとソロアーティストでは、音楽との向き合い方やエネルギーの使い方に違いはありましたか?

斉藤朱夏

今まではもちろん渡辺曜役として歌うというのが大前提だったわけで。曜ちゃんだったらどう歌うのかなとか、曜ちゃんだったらこれをどう表現するのかなという考え方で、ずっと曲と向き合ってきたんです。だからソロアーティストとして自分の曲を受け取ったときに、「あれ? 私ってどう歌うのかな。今までカラオケとかでどうやって歌ってたっけ?」って戸惑っちゃって。4年間、曜ちゃんとして歌っているから、自分の歌い方というのが、知らない間になくなっていたんですよ。だからまず、「私ってどういう人間なんだろう? “斉藤朱夏”ってなんなんだろう?」というところから制作は始まりました。

──斉藤さんのダンススキルから考えると、ライブパフォーマンスを想定したバキバキのダンスナンバーで固めたデビューミニアルバムというのも1つ予想としてあったのですが、今回“言葉”を軸にした、歌がしっかりと真ん中にある作品になりました。ソロデビューするにあたって、斉藤さんの中にはどういった作品にしたいというイメージがあったんですか?

今回ミニアルバムというぜいたくな形でソロデビューさせていただけることになって、「私はアーティストとしてみんなに何を伝えていきたいんだろう?」と考えたときに、大袈裟な言葉かもしれないけど、みんなの人生を支えてあげたり、背中を押してあげられたらいいなと思ったんです。ダンスについてはアーティスト活動をしていく中でどこかでできたらいいなと。私は言葉というものを本当に大切にして生きているので、まずは言葉で表現できるような作品を作りたくて、こういったソロデビューミニアルバムになりました。

──今回ミニアルバムに収録されている6曲すべての作詞をハヤシケイ(LIVE LAB.)さんが手がけていますが、制作に入る前にケイさんとはどういうお話をされたんですか?

ケイさんとは本当にいろんな話をしましたね。私はこういう人間です、こういうことがしたいです、これが好きでこれが嫌いですという自己紹介から始めて……ある意味、一種のオーディションみたいな。あとは「私はこう思っています」というポエム的なものも何個かケイさんにお渡しさせていただいて、それを素敵にまとめてもらいました。