1989年発売のゲームボーイ用ソフト「魔界塔士サ・ガ」以降、数々のヒットタイトルを生み出し、2019年に30周年を迎えたスクウェア・エニックスのゲーム「サガ」シリーズ。河津秋敏が総合ディレクターを務める本シリーズは、独特なゲームシステムや世界観とともに音楽面でも熱狂的な支持を集めており、最近では「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」の開会式でシリーズの楽曲が演奏されたことも大きな話題となった。「サガ」の楽曲を数多く手がけるのは、1990年にスクウェアに入社し、2001年にフリーとなった音楽家の伊藤賢治。彼が生み出すメロディは“イトケン節”と呼ばれ、長年にわたり多くのゲームユーザーを虜にしている。
今回音楽ナタリーでは、「サガ」シリーズの音楽特集として2本のインタビューを掲載。1つは、2018年12月にリリースされたスマホ向けRPG「ロマンシング サガ リ・ユニバース(以下、ロマサガRS)」のサウンドディレクター・岩﨑英則と伊藤へのインタビューで、2.5周年を迎えた「ロマサガRS」の魅力を音楽の側面から語ってもらった。そしてもう1つが、2020年に結成された「サガ」オフィシャルバンド・DESTINY 8のメンバーである伊藤(Key)、上倉紀行(Key)、森空青(G)、坂田善也(G)へのインタビュー(池尻晴乃介[B]、岡島俊治[Dr]はスケジュールの都合で欠席)。「サガ」の楽曲をバンドアレンジするDESTINY 8の成り立ちや目指す音楽性、8月11日にリリースされた2ndアルバム「DESTINY 8 - SaGa Band Arrangement Album Vol.2」について話を聞いた。
取材・文 / 西川友貴
“イトケン節”のルーツ
──お二人が「サガ」シリーズに関わることになったきっかけを教えてください。
伊藤賢治 僕は1990年3月1日にスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社したんですが、当時スクウェアでは「ファイナルファンタジーIV」と「サ・ガ2 秘宝伝説」の制作が進んでいました。どちらも音楽は植松伸夫さんが担当していたところ、「サ・ガ2 秘宝伝説」の作曲は僕が半分担当させてもらうことになったんです。それが最初に手がけた「サガ」シリーズの楽曲であり、僕が「サガ」に関わることになったきっかけですね。
岩﨑英則 1998年にスクウェアに入社した僕は、「チョコボレーシング 〜幻界へのロード〜」というレースゲームの曲にシンセサイザーオペレーターとして参加して、伊藤さんと一緒に曲を作ったんです。そのときに伊藤さんが僕のことを気に入ってくださって。2005年に「ロマンシング サガ -ミンストレルソング-」でお声がけいただいたときは、残念ながらスケジュールの都合でお断りすることになったのですが、その後もずっと「一緒にやりたいね」という話はしていたんですよ。それから月日が経ち、2015年に「インペリアル サガ」で、ようやく「サガ」シリーズに関わることになりました。
──「サガ」シリーズはゲームシステムや世界観だけではなく、音楽面でも高い人気を誇ります。その要因はどこにあると思いますか?
伊藤 入社したときは、ゲーム音楽のことなんて何も知らなかったんですが、目標とする植松さん、すぎやまこういちさん、羽田健太郎さん(「ウィザードリィ」シリーズなどのゲーム音楽も手がけた作曲家 / ピアニスト)に追いつきたい、できれば追い越したいと、必死にやってきたんです。追い越すなんて恐れ多い、若気の至りな考えではありましたが、その中で自分のオリジナリティが生まれて、いわゆる“イトケン節”として確立されたんじゃないでしょうか。
──岩﨑さんから見て、伊藤さんの楽曲にはどんな魅力があると思いますか?
岩﨑 とてもピュアなんです。音楽論的にどうとか、コード進行がどうとかは後付けで言えるとは思いますが、そういった部分ではなく、伊藤さんは「このゲームを遊ぶプレイヤーは、どんな音楽で一番気分が盛り上がるだろう?」ということをすごく大事にしていて。そこに魂を感じるんですよね。
伊藤 そんなことを言われると恥ずかしいですが、ありがとうございます(笑)。
岩﨑 伊藤さんはいつも作曲が終わったあとに電話をくれるんですけど、ドッと疲れているのがわかるんですよ。なんとなくいいメロディが浮かんだから作ったとか、そういう感じではなくて、楽曲に全身全霊を注ぎ込んで、気力を使い果たしたという感じが伝わってきて。本当に心を込めているんだなと毎回感じていますね。
──ファンからの反響は、どう受け止められているのでしょうか?
伊藤 思わぬところを好んでくれたり、こちらの狙い通りの反応を示してくれたり、多彩な目線をくれるので、気付かされることが多いですね。
──「サガ」シリーズの楽曲の中でも、ゲームの戦闘シーンで流れるいわゆる“バトル曲”が特に人気ですが、伊藤さんはバトル曲を作るのは苦手なんですよね?
伊藤 はい、苦手です。僕はさだまさしさんやオフコースなどの音楽で育ってきたので(笑)。
──(笑)。苦手と感じていながらも評価の高いバトル曲を生み出す秘訣はなんですか?
伊藤 自分がそのときそのときに感じた、気持ちを高揚させるようなフレーズやサウンドを思い起こして、イメージをしていく……というところでしょうか。そのときに読んでいたマンガのワンシーンからインスピレーションを得ることもあって、「幽☆遊☆白書」「シュート!」「魔法先生ネギま!」などから生まれた曲もありましたね。
──音楽のジャンルでいうと、伊藤さんが「サガ」で手がけてきた楽曲は、クラシック、ロック、メタル、ジャズ、テクノなど、本当に幅広いですよね。なぜこんなにも多彩なジャンルの曲を作ろうと思ったのですか?
伊藤 作ろうと思ったわけではなく、ゲームに合わせて作らされたんですよ(笑)。例えば1995年に発売された「ロマンシング サ・ガ3」の世界には、ジャングルや砂漠があったり、動くゆきだるま、ぞう、ザリガニみたいなキャラクターも住んでいたりして、シンプルな王道ファンタジーの世界じゃないんです。さらに1997年発売の「サガ フロンティア」は、ロボットが登場するSFの世界がある中で、「ベルサイユのばら」のような世界もあるなど。提示された世界に合わせて音楽を作るには、どうしても曲のジャンルを広げないといけなかったんです。
──「サガ」シリーズの総合ディレクターを務める河津秋敏さんからそういったオーダーがあったんでしょうか?
伊藤 いえ、河津さんからは特にオーダーはありませんでした。もちろん作ってから細かいやりとりはありましたが、あくまで自分の中で考えて「この世界観にはこのジャンルだろう」と判断して作っていきましたね。とはいえ、先ほど言ったように僕はもともとゲーム音楽に詳しくないですし、普段聴いている曲も偏ってたので、新しいジャンルに挑戦するにあたっては、とにかくCDを買い込んで勉強していました。
──今はインターネットで気軽に多彩なジャンルの曲に触れられますが、やはり当時はCDを買っていたと。
伊藤 ええ。タワーレコードやHMVなどに行って、しこたまCDを買って、それらすべてを聴きこんで、自分なりの解釈で「このジャンルはこう作ればいいのかな」と、取り組んでいった感じです。もともとの好みからすれば「絶対聴かないよね」という曲も聴いていたわけですが、“音楽”という大きなジャンルで言えば同じなわけですから、自分の中に引っかかるものをたくさん見つけられて。作曲家としての幅が広がった、本当にいい経験だったと思います。
──勉強をしていく中で、特に影響を受けたアーティストや作曲家などはいたのでしょうか?
伊藤 YMOの細野晴臣さんですね。雑誌のインタビューで読んだ細野さんの言葉に気付かされたことも多かったんですよ。民族音楽の魅力ですとか。
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「ロマサガRS」の楽曲制作は“実験場”