くるり「愛の太陽 EP」特集|岸田繁×今泉力哉対談、“似たもの同士”の2人が感じるシンパシー

くるりの新作EPの表題曲「愛の太陽」が、Netflixと全国の劇場で公開中の映画「ちひろさん」の主題歌に採用された。

「ちひろさん」は安田弘之の同名マンガを今泉力哉が実写化した映画。海辺の小さな街にあるお弁当屋さんで働く元風俗嬢の主人公・ちひろを有村架純が演じ、彼女とその周囲の人々との人間関係が描かれる。音楽ナタリーは、映画の劇伴も手がけた岸田繁(Vo, G)と、今泉の対談をセッティング。2人の対話を通じて、くるりと今泉の作品が共有する“温度”や、2人に共通する創作活動に対しての姿勢が浮き彫りになっていった。

取材・文 / 石井佑来撮影 / 垂水佳菜

「きたー!」と思いました

岸田繁 今泉さんと直接お会いするのは、中目黒で劇伴の打ち合わせをしたとき以来ですよね?

今泉力哉 そうですね。撮影終わりだったので、去年の5月頃かな。くるりの音楽は学生の頃にめちゃくちゃ聴いていて。アルバムで言うと「アンテナ」(2004年発表)や「NIKKI」(2005年発表)、楽曲だと「ジョゼと虎と魚たち」の主題歌にもなっていた「ハイウェイ」(2003年発表)とか、あの頃の作品は特に繰り返し聴いていました。なので、いつかご一緒したいなとずっと思っていたんです。それで今回、主題歌を誰にお願いするかという話をプロデューサーとしている中で、くるりの名前が挙がりまして。

岸田 僕も「愛がなんだ」とか、今泉さんの作品はいくつか観させてもらっていたので、主題歌のお話をいただいたときは「きたー!」と思いました(笑)。うれしかったですね。

左から岸田繁、今泉力哉。

左から岸田繁、今泉力哉。

今泉 それはよかったです。ちょうど主題歌をお願いした頃に、僕が演出した「キングオブコント2021」のオープニング映像でくるりの「アナーキー・イン・ザ・ムジーク」を勝手に使わせていただいたんですよね。

岸田 「この曲を使うとは!」と思いましたよ(笑)。

今泉 もともとジム・ジャームッシュの「コーヒー&シガレッツ」をオマージュした映像にしたいというのを考えていて、その雰囲気にどの曲が合うか試していたら「アナーキー・イン・ザ・ムジーク」がぴったりだなと。そしたらファンファン(くるりの元メンバー)さんがリアルタイムで反応してくださって。その節はありがとうございました。

岸田 いえいえ、こちらこそありがとうございます。今泉さんは柔らかい空気の映像を撮る方という印象で、物静かな雰囲気だけど、バーッとエネルギーが出ているようなイメージだったんですね。打ち合わせで初めてお会いしたときは、撮影の佳境も佳境だったから、エネルギーがほとばしってて。まるでスーパーサイヤ人でした。

今泉 (笑)。撮影がだいたい終わって、見せられる状態のものを編集でつないだくらいのタイミングでしたね。

岸田 作品の中にすごく入り込んでいらっしゃってて。「このシーンにこういうイメージの音楽を付けてほしい」ということを、かなり事細かにお話ししていただいた記憶があります。

自分にはわからないけど、ほかの人には見えているんだ

今泉 劇伴を作る際に、曲や音の種類とか、どこで音楽をかけるかとか、どうやって考えているんだろう?というのは聞いてみたいなと思っていて。例えば登場人物が鼻歌を歌ってるシーンだったら、セオリー的にそこでは音楽をかけないじゃないですか。

岸田 そうですね。

今泉 でも今回はいろいろ試したうえで、音楽をかけることにしましたよね。そういう、「ここは音楽がなくても成り立つ」「ここは音楽があったほうが引き立つ」という判断は、何を基準にしているんですかね?

岸田 自分が劇伴を作るときにまず何を意識するかというと、色味なんですよ。最初に作品全体の色味を俯瞰的に見て、楽器の構成などを決めつつ、「どのへんの音域の音楽を聴きたいか」をなんとなく考えていくんです。あと、「ちひろさん」もそうですけど、今泉監督の作品はリアリスティックというか、登場人物の心情のちょっとした変化がセリフ以外の部分に映し出されていると思うので、そういう作品の場合、音楽を流し始めるタイミングにすごく神経を使う必要があると思うんですね。

今泉 はいはい。

岸田 そういうときに自分は、映像の色味や役者さんの顔の筋肉の変化を意識していて。色味が不吉になったり、明るくなったり、あるいは登場人物の表情が微妙に変化したり、そういうタイミングで音楽が始まるようにする。逆に曲終わりはお茶を濁すように終わらせてるケースが多いかもしれないけど(笑)。

岸田繁

岸田繁

今泉 今の「どのタイミングで音楽を流すか」という話とも近いと思うんですけど、僕は自分で音楽を付けるときに、曲が会話にかかることをすごく恐れちゃうんですよ。

岸田 めっちゃわかります。

今泉 そこに関しては潔癖的に避けようとしてしまうんですけど、それが正しいかどうかもよくわからなくて。例えば「ちひろさん」で言うと、マコトがお弁当を食べるシーンで、芝居の途中から曲がかかるじゃないですか。最初はそこで音楽が流れるのが正解かどうかわからなかったけど、そのあとに出てくるシーンの表情を見ると、正解だったと思えるんですよね。そういう、「自分にはわからないけど、ほかの人には見えているんだ」と思うことが映画ではたくさんあって。映画の終盤で、ちひろが面接時にお弁当をおいしそうに食べる回想シーンで流れる音楽も、最初は「え、こんなに明るい曲なの?」と思ったりもしたけど、通して観ると明るい音楽があることで泣けてくる。

岸田 その回想シーンは、原作を読んだときからすごく印象に残っていて。自分の中では、あそこがこの映画のピークだったんです。作中で最もフラットな気持ちで観れるシーンというか、積み重なった感情が全部洗い流されるような感覚があって。

今泉 でも自分の中にあるイメージとはけっこう違ったんですよ。有村(架純)さんの演技もリアリティ寄りじゃなく、少し過剰に演じてくださっていて、正直「これって成立するのかな?」と思ってましたし。それで、カメラマンさんに「別方向からも撮っていいですか?」と提案してみたりしたけど、「その方向からの視点は散漫になるし、意図がわからない」と撮ってもらえなくて。冷静に考えたら確かに使いようがないんですよ。で、いざ編集して音楽を乗せたらちゃんと成立したので、やっぱり役者さんにもカメラマンさんにも岸田さんにも、自分が見えてないものが見えているんだなと。自分の感覚だったら芝居も音楽ももっと静かにしちゃうけど、ほかの人に委ねることも大事なんだなって。

岸田 意味付けが難しいシーンでもあると思うので、抑えた演出にしたくなる気持ちもすごくわかります。だからこそ音楽でいい仕事ができてよかったです(笑)。

くるりの音楽と今泉作品に共通する“温度”

今泉 以前「愛がなんだ」で主題歌を担当してもらったHomecomingsにもこの話をしたんですけど、自分はうれしいことがあったときでも、100%うれしい気持ちになれないんですよ。罪悪感と言ったら大袈裟かもしれないけど、うれしかったり楽しかったりするときでも、その“楽しさ”を羨む人の視点を思ってしまう。もちろん「100%元気! 最高!」みたいな作品も存在するべきだと思うし、そういうものを信じている人もたくさんいると思うけど、自分はそれとは別の作品の在り方を信じているんですよね。寂しさや孤独が絶対的に悪いものだと思っていないし、感情が1つの方向に振れていないもののほうが好きで。くるりの音楽が好きなのも、そういう温度を勝手に感じているからなんです。だから単純にくるりが好きだから主題歌をお願いしたわけではなくて、自分の映画とくるりの音楽はきっと合うだろうなと思っていて。特に「ちひろさん」には合うだろうなと。

今泉力哉

今泉力哉

岸田 なるほど。今監督がおっしゃったようなことは、僕も曲を作るうえで普段から考えてますね。

今泉 例えば「ハイウェイ」の「何かでっかい事してやろう」という歌詞って、実際に何かでっかいことをしようとしてる人の言葉ではないじゃないですか。

岸田 そうですね(笑)。

今泉 でっかいことなんてできないってわかってる人の温度というか。本気で「やってやろうぜ」と思ってる人の温度だと自分は冷めちゃうんですよ。できない、でも口にする、というか。そこが本当に好きで。

岸田 諦念とかではないんですけど、すぐには実現できなかったり、おそらくこのままでは成功しないだろうということを「でも希望があるから!」と歌うのって、僕はできないんですよね。「がんばれば明日がくるから」みたいなことはなかなか言えない。

今泉 どうしても嘘っぽくなっちゃいますもんね。

岸田 そう。嘘だなって感じちゃう。これは歌詞だけじゃなくて、和声進行を書いてるときなんかもそうなんですけど、基本的に僕は目的地を決めないんですよ。無責任にぽいっと投げかけても、だいたいのものは粘り強くやっていけば収束していって、然るべき目的地に着くと思っているので。野球選手がプロとして球団入りするときに目標を書くんですけど、意外と「世界遺産巡りをしたいです」とかふざけたことを書いてる人のほうが、いい結果を出したりする。それと同じ感覚というか。

今泉 ははは(笑)。

岸田 本当に具体的な道筋があるなら、それを口に出して実現していけばいいと思うんですけど、何かの渦中にいるときって、たいていの人はそんな具体的なプランは考えないでしょうから。

左から岸田繁、今泉力哉。

左から岸田繁、今泉力哉。

今泉 作品のゴールを先に決めたくないという感覚は、自分もすごくわかります。僕も「先に結末を考えて、そこから逆算して脚本を書く」というやり方は基本的にしないんですよ。

岸田 あ、そうなんですね。

今泉 先にゴールを決めちゃうと、登場人物全員がそのゴールのために動いてしまうので。発言も行動も結末ありきのものになってしまう。「ラストはこんな感じかな」という漠然としたイメージはあっても、そこから逆算することはしないです。それは「ちひろさん」の原作者の安田(弘之)さんも同じらしくて。

岸田 今泉さんは結末を決めてから書く、“スピルバーグ型”だと思ってました。

今泉 まったくノープランですね(笑)。

岸田 それにしてはよくできすぎてるわ……。

今泉 「何をしゃべらせたいか」ではなくて、例えば「この2人だったら何をしゃべるか」を考えて書くようにしてるんです。