ナタリー PowerPush - くるり
新曲「三日月」は時代劇ドラマ主題歌 くるりが語るシングルと音楽配信の現在
シングルパッケージの価値を上げていきたい
──実はここでちょっと話題を広げて、今日は「くるりにとってシングルとは何なのか」という話を伺いたいと思っていまして。あの、いわゆる“アルバムアーティスト”と呼ばれる人がいますよね。シングルはほとんど出さずに、1、2年に1枚アルバムを出して、それで勝負するタイプの人たち。それはそれでかっこいいと思うんですが、でもくるりは、実は意外なほどにシングルを多く出しているということに、ディスコグラフィを見て改めて気がつきまして。
佐藤 「三日月」が21枚目みたいですね(笑)。
──ですよね。この多さはやはりなにか意図するところがあるんでしょうか?
岸田 あの、メジャーで契約するときに、当時の偉い人が酔っぱらいながらですね、若い僕らに、まだ大学生だった僕らに「とにかくアルバムや。アルバムでやりたいことをやりなさい」と。それで「シングルは撒き餌になるぐらいでもいいんや」と。
──撒き餌!
岸田 酔っぱらってたっていうのもあるんでしょうけど、そう言ってらっしゃって(笑)。で、まあ若いながら「なるほど」と思いまして。まあ、そういうことをキラキラしてる若者に言うなよ、とは思ったんですけど。
──そうかも(笑)。
岸田 で、まあ撒き餌っていうと言葉は悪いですけどね、やっぱりちゃんと聴いてもらうためにシングルを出してとっかかりを作るっていうことは、単純にラジオでかけてもらうとか、なんかテレビに出るとかそれだけじゃなくて、自分たち的にも、あるいはスタッフを盛り上げるっていう意味でも、なんか壮行会的な感じっていうんですかね。
──壮行会ですか。
岸田 うん、みんなで頑張りましょう、みたいな。そういう気持ちが大きいんですよね。で、やっぱり当時シングルっていうのは、まあよくパイロットシングルっていう言い方をしますけども、アルバムの先行でパッと出して、そのB面はインストゥルメンタルでもいいやぐらいの、そういう感じやったんですけど、最近やっぱりちょっと変わってきましたね。
佐藤 やっぱりパッケージとして出すからには曲単体で売るのとは違って、やっぱジャケットから中身から、ちゃんと、なんていうのかな、こっちが太鼓判を押して出せるものを作りたいっていうのはありますね、特にここ最近は。
岸田 そう、自分も曲単体なら、例えばiTunes Storeで買ったりすることもあるんですよ。そんな風にどんどんいろいろ変わってきてる。
──今、シングルCDは売り上げ的には厳しいという話をよく聞きますが。
岸田 うん、僕らのシングルもすごく売れる、というわけではないですし。でも、やっぱり僕はパッケージが好きなので、パッケージでいいものを作りたいっていう気持ちはあって。いいもの作ってシングルの価値を上げていけたらいいな、とは思っています。
シングルが軽視されている状況はある
──時代の変化や技術の進化に伴って、音楽を取り巻く状況はどんどん変わってきていますよね。
岸田 うん。特に今は、どこでも試聴ができるようになってるじゃないですか。MySpaceやYouTubeみたいなもんもあるし、レコード会社のサイトでも先行試聴ができるし。それが、まあ僕は使わないですけど携帯電話でもできるっていうことになったら、そこでアルバムへの期待感を高めて、アルバムを買うっていうのが必然の流れになってきているのかなあと。
佐藤 まあ逆の人も全然いてはると思いますけどね。その、シングルだけ買ってればこの人たちオッケーみたいな。
岸田 うん、それはいると思うよ。
佐藤 わからへんけどね。
岸田 でもそれは昔からいるやん。でね、あとシングルは売れないっていうか、やっぱ売ってないっていうのもあるもんね。
佐藤 うん、場所ないもんね。
岸田 例えばタワーレコードとかに行けば僕らのシングルは割と展開してくれてるんですけど。でも地方のちっさいお店とか行くとやっぱりないんですよ。ほんまに売ってなくて。1回僕らのシングルがトップ5とかに入ったかなんかのときにすごい喜んで、どっかの空港のCD屋とか見たんですけど、なかったんですよ!
佐藤 (笑)。
岸田 トップ10が並んでるのに、そこに入ってへんねん。「えーっ」とか思って(笑)。
佐藤 シングルを買われる人らやと思われてないんやね。
岸田 思われてないよね。で、とは言ってもやっぱりファンの方々でシングルを買ってくれてる方っていうのは、好きやから買ってくれてるわけで、すごく気になってるから買ってくれてるわけでしょ。だから僕らはそこに対して、しっかりとしたサービスをしていきたいんです。
──そのサービスというのは?
岸田 うーん、やっぱりジャケットをちゃんと作るとか、そういうパッケージでしか味わえない部分をきっちりやること。あと当たり前やけど、やっぱり作品として一所懸命作ることやと思うんですよね。せやからまあ今回頑張ったのは、どういう曲をこのシングルに入れるのかっていうことと、アートワークですよね。アートワークをしっかりとクリエイティブに、普段アルバムを作るのと変わらんような価値観で作り上げるっていうことです。まあこれってたぶん当たり前のことやったと思うんですけど、なんとなくその、全体の流れとして、やっぱりシングル軽視っていうのはあるんですよ。それはあの、ミュージシャンだけじゃなくてレコード会社もファンの方も絶対あると思うんですよね。
──そうですね。それは確かに感じます。
岸田 でもミュージシャンがそうなってしまうのが一番よくないと。出す以上は思うので。
──それって、シングルのその撒き餌としての役割みたいなものが……。
岸田 うん、もう終わったのかもしれないんですよ。もしかすると。
アルバムだけだとなんか切ない
佐藤 あとなんでシングルを出すかというと、社会やお客さんとの接点を持っていたいという気持ちはあって(笑)。もしシングルも出さんで、こういう取材とかも受けんでいたら、お客さんとのつながりがなくなってしまうしね。ちゃんとしたパッケージが1年とか1年半ごとのアルバムだけってなると、それはなんか切ない。
──切ない?
岸田 山に住んでてもいいわけやから、それは。
──なるほど。
岸田 例えばそれがピカソとかね、ゴッホとか、ストラヴィンスキーとか、そういう人たちやったら時間が経って評価されるわけやから、それを待てばいいと思うねんけど、まあ僕らは即戦力として結果を残す必要もあると思うんですよ。レコード契約があったりとか、たくさんのファンの方が待ってるっていうところもあるし。やっぱりその、音楽が好きである以上は音楽で食いたいとは思ってるので。
──確かにくるりは、山に籠もって自分たちが満足できる音楽さえ作れれば、別に売れなくても誰も聴かなくてもいいっていう、そういうスタンスのバンドではないですもんね。
岸田 ないですねえ。飽きてしまいますよね、そういうことやってると(笑)。
佐藤 あと1年中かけて百何十カ所とかライブするようなバンドでもないと思うし。
岸田 ないよねえ。
佐藤 それをやってたらなんか作りたくなると思いますし。
岸田 何事もバランスで。バランスを取りすぎるのもよくないんですけど、そのへん微妙なところですね。
くるり
1996年、立命館大学のサークル仲間の岸田繁(Vo,G)、佐藤征史(B)、森信行(Dr)により結成。1997年11月にデモ音源を集めたCD「もしもし」をインディーズから発表。1998年10月にはシングル「東京」でメジャーデビュー。2001年9月に大村達身(G)が正式に加入し、翌2002年7月には森がバンドを脱退。その後もサポートメンバーなどを迎え、精力的な活動を展開する。2006年には初のベストアルバムをリリースするも、同年末をもって大村が脱退。現在は岸田と佐藤を中心に活動を継続中。日本を代表するロックバンドとして、常に革新的なサウンドを提示し続けている。2007年6月にはウィーンレコーディングの7thアルバム「ワルツを踊れ Tanz Walzer」を発表。