ナタリー PowerPush - ピロカルピン
手が届きそうで届かない 「蜃気楼」を探す旅の始まり
1曲目はバンドの決意表明
──アルバム全体のコンセプトとしては、具体的にどのようなものを掲げて作っていったんですか?
松木 まずは後にタイトル「蜃気楼」につながっていく“理想郷”というキーワードが上がって。それをコンセプトに制作を進めていきました。
──その“理想郷”というキーワードはどこから生まれたものなんですか?
松木 元々アルバムを作るに当たって入れたいと思っていた曲があったんです。その曲のイメージが「理想郷を目指していく」っていうもので、生まれたきっかけはそこからですね。
──そう言われてみると、私は多くの曲に“理想郷”、言い換えるなら希望のようなものを感じました。1曲目「メトロ」では、「これから新たな道を進んでいくぞ」といったバンドの強い意志が伝わりましたし。
松木 「メトロ」は人生の上りと下りについて歌った曲で、聴いた人がそれぞれ自分の状況と照らし合わせて楽しんでもらえたらと思っています。でも確かにバンドの現在も反映されているかも。
岡田 まさに「今から行くぞ」っていう感じの曲で、僕はバンドの決意表明が込められてるなって感じて。イントロの尺がちょっと長いので1曲目としては重いんじゃないかという意見もあったんですが、どうしても1曲目に持ってきたかった曲ですね。
──これは1曲目だからこそ意味がありますよね。
松木 そうなんです! 私は1曲目じゃなきゃ入れなくていいとまで思ってました。
──楽器隊の皆さんは、この曲の演奏面についていかがですか?
スズキ 僕はその決意表明という部分も含め、「メトロ」は今までにない感じの曲だなと思っていて。とても新鮮さを感じながら演奏しています。基本的にアレンジは元のイメージを壊さないよう進めてるんですが、この曲のベースは結構こだわりましたね。
岡田 「メトロ」はベースやドラムがわりと淡々としたフレーズなんですが、その分ニュアンスや質感はいろいろ試行錯誤してるんです。
荒内塁(Dr) スネアひとつにしても曲のイメージに近いものをいろいろ試して、「これだ!」っていうものを決めて。そういうこだわりが、ドラムだけでも結構詰まっている曲ですね。確かにパッと聴いたときは淡々としててつまらないかもしれないけど(笑)、プレイヤー側からすると気持ちも入るし、すごく楽しいんですよ。ライブではそれが伝わればなって思います。
──実はさっき地下鉄の先頭車両に乗りながら「メトロ」を聴いてて、線路がバーッと広がっていく感じが音とすごくリンクしたんです。
松木 この曲はヘッドフォンで聴くと、よりその世界観に浸ってもらえるかもしれないですね。
岡田 僕たちもまさにそういう地下鉄のイメージを共有しながら作っていたので。「銀座線じゃなく、ニューヨークな感じ!」とか言いながら(笑)。
歌詞は少し親切になっている
──2曲目「未知への憧憬」は「メトロ」からの流れがすごく素敵で。ここは絶妙な曲順ですね。
松木 その2曲は、絶対この順番だって思ってました。
岡田 イメージとしては、「メトロ」でトンネルを抜けて世界がパーッと開いて、そこへ「未知への憧憬」がスッと入る感じ。1曲目と2曲目の曲間も普通より少し短めになってるんですが、その絶妙なタイミングにこだわったんですよ。皆さんはシャッフルで聴いちゃうかもしれないけど(笑)、ぜひ一度はオリジナルの曲順で聴いてほしいと思いますね。
──この歌詞で描きたかったことはなんですか?
松木 テーマとしては、目には見えないもの、まだ知らないことに対する希望やワクワクする気持ち。ただ、わりといろんなふうに解釈できる歌詞だと思うので、自由に想像しながら聴いてもらえたらと思います。
──以前のインタビューで、「歌詞はサウンドのひとつと捉えている。だから(自分の書くものは)あまりわかりやすい歌詞ではないかもしれない」と松木さんはおっしゃっていましたね。でもこの曲に関しては、純粋にストレートなメッセージが伝わってくるなって思いました。
松木 確かに今回、「歌詞を今までよりわかりやすくする」っていうのは作品全体としてのひとつのテーマではありました。
岡田 文章って少し語尾を変えたり主語を足したりするだけでも伝わりやすくなるじゃないですか? 今回の松木の歌詞は、言ってることの本質は変わらないんですけど、傍から見ててそういう部分でわかりやすくなってる気がしますね。
松木 はい、だから少し親切になってると思います(笑)。
──あとこの曲は、厚みのあるバンドサウンドもすごくカッコよかったです。
岡田 じつはアレンジにかなり時間をかけたんですが、新たなチャレンジというところでは薄くビートのループを重ねてて。それって、今までのピロカルピンだったらナシだったと思うんです。基本的に4人で出せる音にこだわっていたし、プラスアルファの音があったとしてもほんの少しシンセが入ってるっていう程度だったので。「未知への憧憬」は本当に味付け程度ですが、そういったいろんな施行錯誤もして完成した曲になってます。
荒内 「ストレートなようでストレートでない」っていう楽曲紹介の表現があると思うんですけど、これはまさにそうで。例えばリズムでいうと、わざとらしくないんだけど「あれ? なんか不思議」みたいなところを意識して作りましたね。
ピロカルピン(ぴろかるぴん)
松木智恵子(Vo, G)、岡田慎二郎(G)、スズキヒサシ(B)、荒内塁(Dr)からなる4人組ギターロックバンド。2003年に松木と岡田が出会い、バンドの原型が誕生。2009年7月にタワーレコード限定シングル「人間進化論」とHMV限定シングル「京都」を同時発売しデビューした。
2010年11月から2カ月連続でシングル「存在証明」「終焉間際のシンポジウム」を発表し、繊細な世界観とダイナミックなサウンドで話題を集める。2011年3月、3rdアルバム「宇宙のみなしご」をリリース。このアルバムのタイトルは森絵都の同名小説にちなんだもので、森の快諾により名付けられた。
2011年5月にはドラムが荒内にメンバーチェンジ。7月3日に東京・渋谷CLUB QUATTROでワンマンライブ「幻聴シンポジウム vol.1」を行い、成功を収めた。11月には初の3曲入りシングル「青い月」を発売。そして、12月に行われたワンマンライブにてユニバーサルJへの移籍を発表した。2012年5月にメジャーデビュー作となるアルバム「蜃気楼」をリリース。