pinoko|病気をきっかけに目覚めたラッパーが多様な視点で描く物語

「リバース」は複数の視点で客観的に描いた物語

──新作となる「リバース」ですが、「Hotel」との大きな違いとして感じたのは、まずラップの感触でした。「Hotel」ではフロウの抑揚がかなり強く出ていましたが、今回はフラットなフロウに変化していますね。

やっぱり「Hotel」は1stということもあって、自分の感情が強く出ていたと思うし、そのときに感じてることとかテンションがラップに反映されていたと思うんですね。だけど今回は1回毒素を出してデトックスしたうえで、落ち着いてリリックやラップを形にできたと思うんです。リリックの内容に関しても自分の物語や経験ではあるんですけど、1つの物語として客観的に書いている部分も強いから、それが声やフロウにも関係しているのかと思います。

──リリックとpinokoさん自身の距離感が、前作は本当に接着していたと思うんですが、今回はよりリリシスト的というか、歌詞をどのように着地させれば、どう伝わるかを客観的に考えながら作っている部分を感じたし、それもあってすごく聴きやすくなっているなって。前回が日記的だとしたら、今回は私小説的な感触を受けました。

「Hotel」に入っている曲の一人称は全部“僕”だったんですが、今回は“私”も入れたり、自分ではないストーリーを表現したりして、いろんなストーリーが1つの物語になる感じを出そうとしました。リリックを書くときに情景が浮かんでいて、その情景に合う一人称や視点があって。この視点だったら“僕”だし、この視点だったら“私”だな、と自分は外から見ながら、アルバムを通して物語を描いたイメージです。

──リリックはどう書き始めるんですか?

基本的にトラック先行型なので、トラックを聴いて「これは自分の感情が抑えられない!」と思ったらそういう内容に進んで行くし、「このトラックは情景が浮かぶな」と感じたら客観的な情景描写を濃くしたり。トラックを聴いて書き分けているかもしれないです。

──それぐらいトラックに導かれる部分が強いと。

「こういうテーマを書きたいな」っていう種みたいなものはあるんですけど、トラックを聴いて感覚で書いていく部分も強いです。だから、トラックが変わったら全然違うリリックになると思います。

──今作では、ライミングも丁寧になっていますね。

ラップにメロディが付くと歌とラップのどっち付かずになる感じがするので、ちゃんと韻を踏んで、ラップであることを守りたいなと。やっぱり韻がなければヒップホップじゃないというか、ライミングありきでリズムやフロウがあるからこそヒップホップだと感じていて。踏み方も変な感じで踏まないよう気を付けて書いています。それに、ちゃんと韻を踏んでいるほうが聴いていて気持ちいいですからね。

──個人的にはNORIKIYO(SD JUNKSTA)さんに近い部分を感じたんですが、影響元としてありますか?

すごく聴いていましたね。あとBRON-K(SD JUNKSTA)さんとか、MACCHO(OZROSAURUS)さん。最初に聴いた音楽って親鳥みたいなものなのか、ちょっと付いていっちゃう感じがありますね、どうしても(笑)。

──お酒がテーマとして多いですね。

お酒は自分にとってなくてはならない、私を構成する1つの要素だと思います(笑)。

pinoko

悩むのは大事だけど最後は前を向いてほしい

──「black flame」での「袖についたweed」のように、清廉潔白な内容ではない部分も興味深かったです。同曲の中に「結婚が成功か?」というリリックがありましたが、それは問題提起なのか、思っただけなのか、どちらの方向性が強いですか?

「black flame」は自分ではなくて、ある友達の感情をモチーフにした曲なんです。その友達が結婚式に行ったときに、新郎新婦の幸せな姿を見てつらくなったという話を聞いて。確かに結婚って幸せそうだし、社会的には成功なのかもしれないけど、本当にそうなのかなってことを書きたかったんです。インスタとかSNSで「結婚しました」「子供ができました」みたいな投稿を見ると、1人でいる自分がすごくダメな人間に思えてきて、みんなは家庭を築けているのに私は欠陥品なんじゃないか……って感じたりしてしまう。そう思ってる人は、もしかしたら少なくないんじゃないかなって。

──最近は「結婚したら子供がいるのが正常」みたいな、旧来的な正常性に対して疑義を感じる人が多くなってきているし、その意味でも、全体的に時代とシンクロしたテーマ性を感じました。

多様性の時代になっていると思うし、いくつになったら結婚しなきゃいけないとか、女の人は家に入らなきゃいけないとか、そういうのって違うかなと思っているので。それがリリックにも反映されますね。

──恋愛をテーマにする部分が散見されますが、そこで性別を特定されませんね。男女でも成り立つし、同性同士でも成り立つような構成になっています。

pinoko

恋愛や愛情って異性にだけ向くものじゃないと思っていて。お互いを愛おしく思うことに男女って分ける必要はないし、好きだと思う人と一緒にいられるならそれが一番いいなって。私もセクシャリティとしては男性が好きではあるんですけど、初恋は女性だったり、女の子と付き合ったりとかもあって。だから特に男性が好き、女性が好きとかそういうのがあんまり決まってないので、それが出ているのかもしれないです。

──「koakuma」もジェンダーを特定しないまま終わりますね。

もともと男の人に書いているとか女の人に書いているとかそういう気持ちがないので中性的になっているのかもしれないです。男の人も女の人も、日本人も外国人も、失恋したらつらいし、人間みんな同じ気持ちだと思うので。

──「誰か以上私未満」のリリック、特にフックの「これから先 誰か以上私未満で 人を愛していけよ そして 誰か以上私未満で 幸せになって壊れてしまえよ」には本当にすごみを感じました。ほかのパートとの構成も含めて、解釈の余地を残していることによって、恋慕にも呪いにも取れる構造は本当に面白いなと。

フッたフラれたっていう状況ではあるんですけど、もう1つの視点としては、1つ失恋したからって腐らないでほしいってことをすごく言いたくて。1つの恋愛が終わっても、誰かを好きになることもあるし、腐ってそのままダメになっちゃうことはしなくていいんだよって言いたくて。

──「jenga」も悲しい話なんですけど、壊したら作ればいいって話でもあって。

ジェンガって子供の遊びだし、「遊びだったんだからさ」くらいの気持ちでいこうよ、みたいな(笑)。悩むのは大事だけど、やっぱり最後は前を向いてほしい。自分も前を向いていかなきゃって気持ちがあるので。

──冗長にならない範囲で、しっかり言い切るセンテンスの長さも重要な要素だと思いました。

ラップで全部言っちゃうと、種明かしをしてるみたいでつまらないじゃないですか。その塩梅を調整するために長く書いたのをあえて消したりとかは、どの曲でもありますね。このくらいで言っといたほうがいいかな、みたいな。「何を言うかが知性で、何を言わないかが品性」って言葉をどこかで知ったんですが、“品”があるような構成することはすごく気にしてます。私の書いている題材がリアルでエグい内容も多いので、それをどこまで表現してどこからは言わないかっていう、その加減は気にして書いてますね。

──アルバムとしては全体的にメロウなトーンがありますが、最後の「Re:birth」は2ステップ的なビート感があり、内容的にも自分の意思を強く表現しています。この曲で終わらせた意味は?

この曲のタイトルの「Re:birth」と、アルバムタイトルの「リバース」には2つの意味があって。1つは戻るという意味の“reverse”、もう1つは生まれ変わるという意味の“rebirth”なんです。生まれ変わって新しい道に進むのか、戻ってクラブに行ったりするような夜の生活をするのかっていう2つの選択肢を提示したかったんです。

──ご自身はどう考えていますか?

もちろん前に進みたいなと思ってるし、生まれ変わるからみんなも付いてきてという気持ちですね。今後は今までの感じの曲ももちろん、例えば社会的な事象に対するリリックだったり、ちょっと違う題材を書いてみたいなと思うし、違う活動もできたらいいなって。例えばnoteとかで文章を書いたり、曲に限らず、広い意味での制作に携われたらなと思います。だからこのアルバムで起きた変化とこの先の変化を楽しみにしてもらえると、すごくうれしいですね。