音楽ナタリー Power Push - カバーコンピ「PEACEFUL2」座談会
ほかの人の曲を歌う難しさって何? 参加アーティストが語るカバーアルバム制作のだいご味
CM音楽や映画音楽などを数多く手がける音楽制作会社・MELODY PUNCHが邦楽カバーコンピレーションアルバム「PEACEFUL2」をリリースした。収録曲は「悲しい色やね feat. あきお」「TOKIO feat. HARCO」「センチメンタル通り feat. 王舟」「さよなら人類 feat. TAMA TSUBOI」「トンネル抜けて feat. 太陽バンド」など12曲。橋本竜樹、井筒昭雄といった気鋭のクリエイターがアレンジを手がけ、1970~2000年代の日本のポップスの新しい魅力を引き出すことに成功している。
今回音楽ナタリーでは、本シリーズのディレクターであり前作「PEACEFUL」にボーカリストとしても参加しているナガノトモカ、前作で大貫妙子の「色彩都市」や奥田民生の「イージュー☆ライダー」をカバーした武田カオリ(TICA、川上つよしと彼のムードメイカーズ)、今作で上田正樹の「悲しい色やね」を歌ったあきお(Sugar's Campaignゲストボーカリスト)、アレンジャーの橋本竜樹の座談会を企画。「PEACEFUL」シリーズの制作プロセス、カバー曲の魅力などについて聞いた。
取材・文 / 森朋之 撮影 / 佐藤類
奥田民生の歌の難しさ
──「PEACEFUL」シリーズを企画した経緯を教えてもらえますか?
ナガノトモカ 私たちはMELODY PUNCHという音楽制作プロダクションをやっていまして、普段はCM音楽、映画音楽などをオーダーメイドで作っているんですね。数年前に映画のサントラ用のレーベルを立ち上げたんですが、自分たちがやりたいことをやる作品もリリースしたいねという話が出てきて。あと、最近「歌に救われる」と実感することも多いんですよ。ちょっと疲れているスタッフが上田正樹さんの「悲しい色やね」を聴いて泣いたり……。
橋本竜樹 スタッフの皆さん、大丈夫ですか?(笑)
ナガノ (笑)。普段はテクノ、ジャズ、現代音楽などが好きなスタッフも、つらいときは日本のポップスに救われてるっていう。「日本の歌、やっぱりいいね」と改めて思いましたし、そこからカバーアルバムを制作しようということになったんですよね。普段仕事をさせてもらっている作家の方、ボーカリストにお願いして、女性ボーカルだけで作ったのが第1弾の「PEACEFUL」なんです。スタッフ全員が好きな楽曲を選んで、どなたにアレンジしてもらうか、歌ってもらうか組み合わせを決めさせてもらって。そこに武田カオリさんにもご参加いただいたんですよね。
──前作「PEACEFUL」で武田さんは大貫妙子さんの「色彩都市」と奥田民生さんの「イージュー☆ライダー」をカバーしてますね。
武田カオリ はい。ナガノさんに「これを歌ってくれますか?」とオファーしていただいて。大貫さんの楽曲は以前から聴いていて、ほかの曲を自分のグループ(TICA)でカバーしたこともあったんですよ。だから「色彩都市」は「自分が歌うとこうなる」というイメージができたんですけど、奥田民生さんの曲はあまり知らなくて、歌ったこともなかったんですよね。最初は「どうなるんだろうな?」と思ったんですけど、自分が歌いたい曲とほかの人から「これを歌ったらいいと思う」と言われる曲は違ったりもするし、むしろ後者のほうがいい場合もあるんですよね。ナガノさんとは以前から一緒に仕事をさせてもらっているし、「せっかく“歌ってほしい”と言ってくださるんだから」と思ってお受けしました。
ナガノ ほかのボーカリストの方、アレンジャーの方も反応はいろいろでしたね。「思い入れがないからできない」ということもあれば、「その曲は好きすぎて難しい」ということもあるし、「よく知らないけどやってみます」ということもあって。武田さんに歌ってもらった「イージュー☆ライダー」はすごくよかったと思います。
武田 よかった(笑)。普段は英語詞の曲を歌うことが多いので、日本語の歌詞のアクセントの付け方がよくわかってないんですよね。「イージュー☆ライダー」もかなり苦戦しましたけど、実際に歌ってみて、いろんな発見があったんです。まず、奥田民生さんはすごく歌がうまい! 特に男性が歌うのは大変じゃないかな。
橋本 そうかも。カラオケなんかで歌ったら、失敗しそう。
武田 そう、あまり歌がうまくない人が歌ったら、ボーッとした感じに聴こえてしまうと思うんですよ。民生さんの歌のうまさはもちろん周知の事実だと思いますけど、「本当にすごいんだな」と改めて感じて。桑田佳祐さん、井上陽水さんなどもそうですけど、クセが強いボーカリストの方って、そこまで歌のうまさが注目されないこともあるので。
あきお なるほど。自分で歌ってみて、初めて気付くことってありますからね。
ポップスは曲と歌手が近いからカバーが難しい
──ナガノさんご自身も岡村靖幸さんの「だいすき」をカバーしていて。
ナガノ “ご褒美トラック”ですね(笑)。本当に好きな曲なので。
武田 私も歌いたかったです(笑)。
ナガノ そうですよね(笑)。これは私だけではないと思うんですが、その曲を好きすぎるとうまくいかない傾向があるんですよ。その曲に対するボーカリストの愛が強すぎて、聴いてる人が引いちゃったり。「よく知らないけど、いい曲だから歌ってみます」くらいの温度感が一番しっくりくるんじゃないかな。
あきお なるほど。
ナガノ 「だいすき」をカバーするときもいろんなパターンで歌ったんですけど、一番熱くなく、サラッと歌ったテイクが採用されてます。
──あえて思い入れを反映させていない、と。それがカバーコンピとトリビュートアルバムの違いかもしれないですね。
橋本 そうですね。トリビュートは思い入れたっぷりでやってほしいですから。
──あきおさんは今回の「PEACEFUL2」で上田正樹さんの「悲しい色やね」をカバーしています。
あきお はい。原曲が本当にすごいし、上田正樹さんは日本を代表するブルースシンガーじゃないですか。アレンジを担当した竜樹さんから「歌ってくれませんか?」とオファーをいただいんたんですけど、最初は「僕なんかが歌っていいんかな?」と思って。でも、さっき武田さんが言っていたように、自分に合う曲って周りの人のほうがわかってたりするんですよね。それは性格と同じだと思うんですよ。「自分はこんな人間」というのは、周りの人が決めることなので。
橋本 「悲しい色やね」は、大阪出身の人に歌ってほしかったんですよね。友達に聞いたら「Sugar's Campaignで歌ってるあきおくんがいいんじゃない?」って紹介してくれて。本当にやってくれるとは思ってなかったんですけどね(笑)。
あきお いえいえ(笑)。確かに恐れ多い感じはあったんですけど、竜樹さんがアレンジしたものを聴いたら、原曲よりもBPMが速め、ポップな感じになっていて。「これならイケるかも」って思ったんですよね。
橋本 「悲しい色やね」は作曲が林哲司さんなんです。林さんは竹内まりやさんの「SEPTEMBER」などを手がけた方で、「悲しい色やね」も実はシャレた曲なんですよね。上田正樹さんが歌っているからブルースのようになっているけど、そんなに泥臭い曲でははなくて。
ナガノ そうですよね。
橋本 ただ、僕はもともと「ポップスのカバーはやらないほうがいい」と思っているタイプなんです。ポップスって、曲と歌っている人が近い感じがするんですよね。「この人だから、この曲」という結びつきが強いから、カバーしてもよくならない気がしていて。でも今回は「好きなようにしていい」ということだったから、引き受けさせてもらったんですよね。「悲しい色やね」のリリースは1982年だから、「もしかしたら、こういうサウンドもあり得たのかな」と想像しながらアレンジして。
──1980年代のシティポップのテイストが出てますよね。
ナガノ 衝撃的でしたね。途中まで何の曲かわからなかった(笑)。
橋本 ほかの収録曲を聴かせてもらうと、「悲しい色やね」だけコスプレ感が強いような気がしたんですよね。80年代ふうの肩幅が広いスーツを着ているような(笑)。
あきお ハハハハハ(笑)。
武田 インパクトがあるし、すごくいいアレンジだと思います。いきなり大阪弁が出てきますけど、あれは歌っていてどうなんですか?
あきお 「泣いたらあかん 泣いたら」のところですよね。関西出身の人間から言わせてもらうと、あれが普通ですから(笑)。ずっとネイティブな関西弁をしゃべっていたし、何もビビることはないというか、すごく自然なんですよ。
武田 そうなんだ。聴いてるとドキドキするんですよね、大阪弁が出て来ると。
橋本 でも、やっぱり関西の人のほうがいいよね。東京出身のボーカリストが歌ったら、たぶんギャグっぽくなると思う。
あきお そうですね。僕も博多弁の歌は歌えないと思います(笑)。
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収録曲 / アーティスト名
- 悲しい色やね feat. あきお
- TOKIO feat. HARCO
- さあ冒険だ feat. 太陽バンド
- 情熱 feat. TAMA TSUBOI
- センチメンタル通り feat. 王舟
- さよなら人類 feat. Fab Cushion
- トンネル抜けて feat. 太陽バンド
- ここではない、どこかへ feat. TAMA TSUBOI
- 恋しくて feat. 王舟
- エイリアンズ / THE CHARM PARK
- RIDE ON TIME feat. Fab Cushion
- 海の声 feat. Michael Kaneko
収録曲 / アーティスト名
- 夏なんです / 児玉奈央
- 色彩都市 / 武田カオリ
- ずっと前 / イシイモモコ
- 家族の風景 / Cana
- 孤独な旅人 / エルー
- イージュー☆ライダー / 武田カオリ
- だいすき / ナガノトモカ
- ラブレター / 櫛引彩香
- プライマル / 小池光子
- 瞳を閉じて / イシイモモコ
- チェリー / Adi Nada
- ぼくらが旅に出る理由 / Cana
ナガノトモカ
Les MAUVAIS GARCONNESのボーカルとして、エディット・ピアフのカバー「愛の賛歌」で2001年5月にメジャーデビュー。同曲は当時JT「桃の天然水」のCMソングとして話題になった。現在はCM音楽や映画音楽などを手掛ける音楽制作会社・MELODY PUNCHに所属し、同社が制作した2015年発売の邦楽カバーコンピ「PEACEFUL」にボーカリストとして参加した。
武田カオリ(タケダカオリ)
宮城県仙台市出身の女性ボーカリスト。1999年にギタリストの石井マサユキと共にTICAを結成し、2003年から川上つよしと彼のムードメイカーズに参加している。ゲストボーカルを務めたゆらゆら帝国「恋がしたい」や、映画「人のセックスを笑うな」の挿入歌になった武田カオリ with HAKASE-SUN「ANGEL」といった楽曲も話題に。近年はサックス奏者の田中邦和、LA-PPISCHのベーシスト・tatsuと共にtrio fascinationのメンバーとしても活動している。
あきお
Sugar's Campaignの初期メンバーであり、Avec AvecとSeihoの2人組になった現在もSugar's Campaignのゲストボーカリストとして活躍。「ネトカノ」「ホリデイ」といった代表曲でボーカルを務めている。2016年春よりソロ活動を開始。2016年11月に発売される冨田ラボのオリジナルアルバム「SUPERFINE」にゲストボーカルとして参加する。
橋本竜樹(ハシモトタツキ)
作曲家&アレンジャー。カジヒデキやHARVARDのサウンドプロデュースなど、プロデューサーやエンジニアとしてさまざまな作品制作に携わる。自身のソロプロジェクト・Nag Ar Junaとしても活動。またアナログリリースを中心とする自主レーベル・de.te.ri.o.ra.tionの主宰も務めている。