音楽で生活できたら最高、それが実現しつつある
──最初の曲を発表してから1年半を待たずにメジャーレーベルでインタビューを受けてることについては?
それはもうびっくりです(笑)。高校のときは、単純に音楽でごはんを食べていけたら万々歳だなと思っていたので。もっと大きな夢を抱くこともありましたけど、現実として音楽で生活できたら最高だなって。それが実現しつつあるのは本当に幸せです。
──1曲目の「喩えて」は比喩をテーマにした曲です。
曲を作ったり歌詞を書いたりするときは、比喩表現をかなり使うんです。「オッドアイ」や「モナリザ」はまさにそうですけど、あるとき「比喩そのものを曲にできないかな」と思って。そこからいろいろ考えて、誰かを何かにたとえるときは、その人をちゃんと理解する必要があるんだなと気付きました。例えば“犬っぽい”“猫っぽい”もそうですけど、相手のことをわからないとたとえることはできない。その感覚をもとにしたのが「喩えて」ですね。
──面白い。そういう哲学的な思索って、普段からやってるんですか?
そうですね。「なんかこじれてるな、自分」と思いながら(笑)。シャワーを延々と浴びながら考えごとをしていることもあるし、前に「この考えを求めるまで風呂を出ない」と思って6時間入ってたこともあります。
──ヤバい集中力ですね(笑)。「ユダ」は、裏切りをテーマにした楽曲。この曲はベースラインがカッコいいなと。
いいですよね! 1番のサビ、2番のサビ、3番のサビとだんだんスラップが増えて。かなりアグレッシブに弾いてるんですけど、しっかりドラムのビートと共存できているのもいいなと。ピアノのフレーズも正確に弾くのはかなり難しいんですけど、すごくいいグルーヴが生まれました。
──この曲に限らず、生楽器とDAWの融合もOSHIKIさんの特長だと思います。
それは常々やりたいことでもあって。僕のようなDTM世代の感覚の中に、生の楽器の仕草を混ぜることをすごく意識しています。「ユダ」のように生のベースやピアノでグルーヴを作るのもそうだし、「モナリザ」のように生演奏をチョップ(断片を並べ替えて再構築する手法)している曲もあって。そこはこれからも試していきたいですね。
100回に1回の出会い
──「メイラード」はテレビアニメ「フェルマーの料理」のオープニング主題歌です。アニメに向けて楽曲を作るのはもちろん初だったと思いますが、手応えはどうでした?
ひと言で言えば、めちゃめちゃ楽しかったです。アニメ作品にどうやって自分を複合させるか?を考えるのも楽しかったし、自分の意見だけが含まれていないのも面白かったですね。
──楽曲のテーマであるメイラード反応も興味深いですよね。焦げがおいしさにつながる、つまり、やりすぎたことが好転することがあるという。音楽制作でも「やりすぎたけど、それが味になる」ということもあるのでは?
そうですね。逆に「がんばって緻密に作ったけど、やっぱりダメだなって全部消す」みたいなこともありますけど(笑)。100回でも200回でも試した先に「いいな」と思える何かに出会えることもあって。「メイラード」でいうと、冒頭に入っている書く音(紙に鉛筆を走らせている音)。テレビアニメ「フェルマーの料理」は、数学者になりたかった主人公が料理の世界に挑むというストーリーだし、紙に書くところから始めるのがいいなと思いついて。あの音、自分で録ってるんですよ。フリーの音源素材とかもあるんですけど、リズムに乗せることを考えると自分で録ったほうがいいなと。だんだん曲が華やかになっていく中で、ペンの音も楽器の一つみたいに聞こえる。それも100回のうちの1回くらいに出会える「これはいいな」と思える表現です。
──「Reverse」にも楽器以外の音が入ってますね。
生活音的な音を入れてます。生活を曲のテーマにしているところもあるし、単純に生活感を出したいなと。この曲、琉球音階を使ってるんですよ。4つの循環コードの中でちょっと大人びた雰囲気のフレーズを入れつつ、琉球音階の要素を取り入れると浮遊している感じが出て。夢の中に入りそうな混濁感というか、それがすごくいいなと。作ったのはちょっと前なんですけど、気に入ってますね。
──「花札」は四季の巡り、“ずっと隣にいたい”という思いが描かれています。どうして「花札」をモチーフにしたんですか?
麻雀を題材にした曲ってけっこうあると思うんですけど、そういう遊びをテーマにした曲を作ってみたいなと思ったときに「花札の曲ってないな」と。歌詞に“こいこい”の役の名前をちりばめつつ、花札から花や季節につながって。伝えたいことは「一緒にいたい」というシンプルな思いなんですが、相手と自分だけではなく、外的な要因──それこそ季節とか、咲いている花とかも含めて、その人を愛せたらなという感じを曲にしました。
実は飛行機に乗ったことがない
──「ダサめのステップ」は80'sテイストのダンスチューンで、本作の中でもかなり異色の楽曲ですね。
この曲はROLANDのJX-3Pというシンセサイザーを買ったのがきっかけで。Spotify限定コンテンツ(「Go Stream」)としてアップされている星野源さんのライブ映像があるんですけど、その中で使っていたシンセの音がカッコよかったので、探して買ったんですよ。でも、自分の曲として使うには音がフィットしないというか。せっかく買ったし、音自体は好きなのでどうにか入れたかったんですけど、このシンセを使った曲を聴いた人たちに「この音をカッコいいと思ってるのかな。古いな」と音のよさが伝わらないのがイヤで。タイトルに“ダサい”を入れちゃえば、「このダサさがいいでしょ?」と捉えてもらえるかなと。
──なるほど(笑)。
ダンスミュージックを作りたいという気持ちもありました。YMO(Yellow Magic Orchestra)の「君に、胸キュン。」みたいな無機質なグルーヴを出してみたかったので、それができたのもよかったです。現代人の多くが普段、いろんなルールやしきたりを守ったり、同じようなサイクルで生活していて。そこにも美しさがあると思うんですけど、身を粉にして働いて、家に帰ってきたときくらいはルールや枷を外していいんじゃないかな。気を許した相手といるときはルールを気にせず、むしろダサいところを見せて笑い合うほうがいいし、もしかしたらそういうメッセージを込めた“ダンス”こそ魅力的なんじゃないかなと。
──そして「モナリザ」は絵という創作を音楽に持ち込んだらどうなるか?という発想から始まった曲だそうで。「BOARDING PASS」はOSHIKIさんにとって初めてのミニアルバムですが、今やりたいことを具現化できたのでは?
このミニアルバムによって、自分が形作られた感覚がありますね。「オッドアイ」を作ったときは、自分のアイデンティティを確立するという意識はそこまでなくて。そこから「BOARDING PASS」に入っている曲を作っていく中で、自分が大切にしたいこと──ちょっとこじれた哲学だったり(笑)、「自分が音楽をやる意味はなんなのか?」ということを突き詰める段階だったのかなと。一気に0から100になったわけではなくて、だんだん形作ってきたという気もする。この先、僕のアイデンティティをさらに形成していくための「BOARDING PASS」(搭乗券)を手に入れたということですね。実は僕、飛行機に乗ったことがないんですけど(笑)。“コロナ世代”というか、修学旅行が中止になったりして、飛行機に乗る機会がなくて。そんな自分も重ね合わせた結果の「BOARDING PASS」だと思います。
──大丈夫、これからめっちゃ飛行機に乗ることになると思います。11月には初ライブが控えていますが、どんなステージにしたいですか?
その質問に答えることが一番困難ですね。楽しみ半分、不安半分という感じです。
──期待してます! 新たな曲も作ってます?
はい、ここ数日はいい感じになってきました。ワンコーラス作って、それを無視してまた新しい曲を作ったりもしてて。「これでいい」と簡単に納得できる人間ではないし、相変わらず迷いながら制作しているんですけど、「こんなことやりたかったんだ!?」と自分で気付いたり。楽しく作ってます。
公演情報
OSHIKIKEIGO First Free One-man Live "BOARDING PASS"
- 2025年11月27日(木)大阪府 Music Club JANUS
- 2025年11月29日(土)東京都 UNIT
プロフィール
OSHIKIKEIGO(オシキケイゴ)
ソングライティング、トラックメイクなどセルフプロデュースで楽曲制作を行うソロアーティスト。2024年にSNSで楽曲投稿を開始すると、ユーザーから大きな反響を呼ぶ。2025年4月にユニバーサルミュージックから「モナリザ」でメジャーデビューし、各音楽ストリーミングサービスの主要プレイリストに多数選出される。同年7月にはテレビアニメ「フェルマーの料理」のオープニング主題歌「メイラード」を、10月には「メイラード」も収録したミニアルバム「BOARDING PASS」を配信リリースした。11月には東京と大阪でキャリア初のワンマンライブ「OSHIKIKEIGO First Free One-man Live "BOARDING PASS"」を行う。
OSHIKIKEIGO - UNIVERSAL MUSIC JAPAN
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