小袋成彬|宇多田ヒカルとのタッグでメジャーデビュー “分離派”のパーソナリティに迫る

オリジナリティがあるのは歌詞

──確かに日本では作詞、作曲、編曲までを行うシンガーソングライターはそれほど多くないかもしれません。「分離派の夏」を聴いて「この手のタイプの日本人のシンガーソングライターって、あまりいなかったかも」と思ったので、腑に落ちます。

そうですか。

──海外だとジェイムス・ブレイクやサム・スミスなどがそうですけど、モダンなサウンドアプローチやアレンジのセンスを備えたシンガーソングライターはあまり多くないと言うか。「分離派の夏」を聴いて、小袋さんからもそんな一面が感じられました。さらにトラック、リリック、歌声のいずれもが繊細で、未完成ゆえの美しさのようなものをたたえていて。

それはうれしいですね。

──小袋さんの音楽にはトラック、声、歌詞という3つの大きな強みがあると思うのですが、この中から小袋さんがあえて一番生かしたい要素を挙げるとしたら?

僕自身、もっともオリジナリティがあるのは歌詞だという自覚がなんとなくあるんです。でも例え歌詞が出てきたときでも、僕が表現したいものに対して「この歌詞は聴かせなくていい」と思うこともあります。人に対して「こう聴いてほしい」「何かを聴かせたい」というのはまったくないので。

──そうなんですね。

作ることに関して言うと、“降りてくるまで待つ”ことをします。人の曲を聴いたり、絵を観たり、そういうことでインスピレーションを得ると、なんとなく種みたいなものが降りてくるんです。その種を知的な操作として、だんだん作品として作り上げていく。

──このアルバムはそういった種を美しく重ねていった結果なんですね。

あと、究極弾き語りで全然いいやって思えるときもあります。

──弾き語り、成立すると思います。

もちろん弾き語りだと「ドラムがない」とかいろいろな影響があると思うんですけど。なんか僕、感覚としては「神田川」とかああいうフォークソングに近い感じで作っているんです。最近はライブも弾き語りでいいって思えてきて。バンドメンバーも少なくて済みますし。

──自分の曲に限らず、1曲作るのに大体どれくらい時間をかけますか?

まちまちですね。気付いたら12時間没頭して作り上げちゃったりすることもあるし、それこそ3年かかっているのもあるし。飽き性なんで、没頭して飽きて、没頭して飽きてを繰り返して作っています。

──リリックは個人的で内向的な印象です。誰かに向けて音楽を作ったり歌詞を書くことは?

それはあります。僕は特定の個人を強烈に意識して、そこに向けて曲を作っているんです。いわゆる第三者とか、知らない誰か、“They”に向けることはない。子供の頃の自分とかでもない。僕の人生の中にいる特定の誰かを想像して、そこに向けて曲を書いています。

──では、自分の全然知らない世界のことを描くことはありますか?

あります。ある特定の強烈な思い入れとか個人を思い浮かべて作ったはずが、知的な操作を加えていくことで脚色が付いて、「あれ、これは誰について歌ってたんだっけ」「これって本当の話だっけ? 嘘の話だっけ?」とかがだんだんわからなくなってくることがあるんです。でも僕はそれが美しいと思っていて。だからアルバムの序文(参照:ISSUE#1 - 小袋成彬 分離派)で、「主観と客観を音楽という秩序に放り込んだ」という内容のことを書いたんですけど、まさにそういうことです。

小袋成彬

それが芸術のいいところ

──あの序文を読んで思ったのですが、文章が面白いですよね。

ありがとうございます。でも本当の書き手の人が読んでどう思うかわからないです。

──本はかなり読まれますか?

めちゃくちゃ読むようになったのはここ5年くらいですね。今が一番読んでいるかもしれない。昔は野球が忙しくて暇がなくて。大学の頃に読み始めて、卒業前くらいからすごい読むようになりました。トータルではそれほど読んでいないかもしれません。

──影響を受けた作家などは?

影響はいろんなものから受けています。逆に影響を受けていないものはケータイ小説くらい。「自分はああ書かないほうがいいんだろうな」っていうのはあるから、結局影響を受けているんでしょうか。

──(笑)。今後、小説を書くなんてことは? 文学的な雰囲気があるからそういった方面でも活躍できそうです。ほかにも例えば俳優など、いろいろな可能性を感じます。

別に小説家になりたいわけじゃないし、ただ俳優は絶対無理ですね。一連の取材でカメラを向けられるのが苦手なことがすごくわかりました。音楽は旋律とリズムがあるから、音楽じゃなきゃいけない理由があると思うんです。それで表現し切れないものは小説で書けばいいとも思うし、曖昧で抽象的なものは絵を描けばいいとも思う。僕、絵も描くので。

──リリックのセンスがあるから、トラックの深さも増すのだと思います。「行間を読む」じゃないですが、音と音の間に説得力があるような気がしました。しかしこれまでの小袋さんの活動を知っている人は、小袋成彬名義、しかもメジャーデビューということで、どのような作品を仕上げてくるのか注目していたと思います。それで蓋を開けてみたら、聴き手に向けて思いきりド直球の球を投げるようなアルバムで。

そうですね。

──小袋さん自身は誰か特定の個人を強烈にイメージして曲を書くとおっしゃいましたが、聴き手は自分のことのように感じてしまう作りです。

それが芸術のいいところなんじゃないでしょうか?「僕は君ではないし、僕はただ自分が思い描く彼・彼女に対してつづっているだけ」……そういう作り方なんです。

──聴き終える頃には疲れすら感じました。

でもわかります。「何かを与えてやろう」とかも「自分の名前で出すからこういう表現で」とかもなくて、制作は本当にただただ、自分から湧き出たものをつかんでいくような作業でした。これまでの活動で僕は変名を使っていたし、歌詞を書くことも稀なんですけど、それで人に曲を提供するうえでどこか責任感が薄れていた気がして。でも今回に関しては僕に全部責任がある。だから責任感と、背筋が伸びる思いはあります。

小袋成彬

それって、僕が歩むはずの道だった

──アルバムには「042616 @London」「101117 @EI Camino de Santiago」という、誰かの1人語りをフィールドレコーディングしたトラックが2つ収められています。これらはアルバムのティザー映像にも使用されていますね(参照:小袋成彬 1stアルバム「分離派の夏」ティザー映像 - YouTube)。これらのトラックをアルバムに入れた意図は?

しゃべっているのはそれぞれ僕の友人なんですが、語られている内容は普段僕らが話していることに近くて。僕、20歳くらいの頃にパルコのセールで初めてアナログレコードを買ったんですけど、それがYMOの「サーヴィス」で。その作品には三宅裕司さんのショートコントが入っているんですけど、それを聴いて「ああいうのいいな」ってなんとなく思っていたんです。それからさらに、ケンドリック・ラマーの「To Pimp a Butterfly」に、2Pacがしゃべっているの(「Mortal Man」)があるじゃないですか。表現方法として、あれがけっこうグサッときて。

──2Pacのインタビュー音源をサンプリングしているトラックですね。

そういったことが頭の片隅にある中で友達と何気なく話していたら、「これは僕が言っていることと同じだ」と思うことがあって。それに100%同意なわけではないけれど、今回のアルバムに必要だと感じたんです。例えば「101117 @EI Camino de Santiago」の彼は小説家を目指していた男で、就職をしたんですね。で、就職したけど会社を辞めて、また小説家を目指しているんです。それって僕が歩むはずの道だったんですよ。僕は就職すべきだと思って就活をやって、結局ダメで今は音楽をやっている。就職はしたけれど業務委託みたいなものだったから、内定式とかに出たりもしていないんですよ。一方で彼は内定式にも行って、でも辞めた。そんな彼の人生は僕がたどるべき人生だった気がしていて、まるでパラレルワールドみたいに感じたんですね。意図と言うと違うかもしれませんが、必要だと思ったんですね、アルバムに。奇をてらっているわけではなく、ただただ入れなきゃダメだと思って。

──あの2つのトラックが入っていることで、このアルバムが一般的な音楽作品とは少し違ったアートとして表現されたように思います。さらに楽曲の合間にふとフィールドレコーディングっぽく録られた語りが入ることで、それだけで音楽的にも作用していますね。

そうですね、非常に重要だと思います。語りも飾らない感じで、最高ですよね。

──ちなみに先ほどアナログレコードの話が出ましたが、このアルバム、アナログレコードやハイレゾの音質に合いそうです。

僕、どっちも聴かないんです。たまにBandcampとかでハイレートの音源を聴くことはありますけど、家にすごくいいリスニング環境があるわけじゃないし、そもそも最後まで44.1kHzで作っているし。

──そうなんですね。今はハイレゾでのリリースを見越して、もう少しハイレートで制作する方も多いですけど。

Logicで作っているんですけど、セッションファイルのデフォルトの設定を44.1kHzにしているんです。だから共作している人が48kHzとかで作業しているとマスタリングのときに大変で。それで統一しようって話をしたときに、僕が「48kHzにするくらいだったら、44.1kHzのままか96kHzにしたい」ってなって。

──CDクオリティでいいし、それを変えるくらいならもっと上げたいと。

はい。僕が表現すべきものはCDの中にあるものだし、CDを作るためにがんばるだけなので、だったら44.1kHzでいいじゃんと。でも最近いいオーディオインターフェースとスピーカーを買ったんです。それで仕事で96kHzのセッションファイルを開いたら、最高だなって思った。今回も96kHzで作ればよかったです。

小袋成彬「分離派の夏」
2018年4月25日発売 / EPICレコードジャパン
小袋成彬「分離派の夏」

[CD]
3000円 / ESCL-5045

Amazon.co.jp

収録曲
  1. 042616 @London
  2. Game
  3. E. Primavesi
  4. Daydreaming in Guam
  5. Selfish
  6. 101117 @El Camino de Santiago
  7. Summer Reminds Me
  1. GOODBOY
  2. Lonely One feat. 宇多田ヒカル
  3. 再会
  4. 茗荷谷にて
  5. 夏の夢
  6. 門出
  7. 愛の漸進
ライブ情報

小袋成彬@渋谷WWW

  • 2018年5月1日(火)東京都 WWW
小袋成彬(オブクロナリアキ)
小袋成彬
1991年4月30日生まれ。2013年にR&BユニットN.O.R.K.を結成し、ボーカルを担当。ユニット解散後の2014年4月に音楽レーベルTokyo Recordingsを設立し、水曜日のカンパネラへの歌詞提供のほか、adieuなどさまざまなアーティストのプロデュースを手がける。2016年、宇多田ヒカルのアルバム「Fantôme」収録曲「ともだち with 小袋成彬」にゲストボーカリストとして参加し、幅広い音楽ファンから注目を集めることとなった。2018年4月に1stアルバム「分離派の夏」でEPICレコードジャパンよりソロアーティストとしてデビューする。