音楽ナタリー Power Push - 野水いおり

野水いおり×大槻ケンヂ×橘高文彦 “ジョイント”される3つの才能

総体的なパフォーマンスとしての音楽

──そしてカップリングは野水さんの自作詞曲「水底のremains」。跳ねるリズムが印象的だし、メロディも比較的明るめなんだけど、ヒロインはあまり幸せな恋愛をしていません(笑)。

野水いおり

ふふふふふ(笑)。でも実はこの曲は「野水の新機軸」だと自負しているんです。確かに最初は水底に沈んでいく人魚姫をモチーフにバッドエンドのラブストーリーにするつもりだったんですけど、書き進めるうちにネガティブな私にしては珍しく気持ちに光明が差しまして(笑)。詞の最後にある通り「呪いのような 魔法は解けたの」と少しだけハッピーになれそうな兆しが見えてきたんです。

──何か心変わりがあったんですか?

いえ、私自身はネガティブなままですね(笑)。作詞をする前に「バッドエンドとハッピーエンド、どっちがいいですかね?」ってマネージャーさんと話をしていて、「たまには違うことを歌ってみようかな」という気持ちになったんです。

──これまでにも作詞をなさってますけど、基本的にそういう作り方なんですか? 自分の感情や日々のことを歌うよりも、人魚姫のようなすでにある物語を再構築してみたり、自分とは別のヒロインの物語を描いてみたりしたい?

徐々にそうなってきた感じです。最初のミニアルバム「月虹カタン」の「Predawn Song」や、シングルの「*** パショナート」のカップリングだった「Signalize」の詞は自分の伝えたいことに重きを置いて書いたんですけど、最近はメロディやアレンジから受けたイメージを言葉にしてみたり、何か1つテーマを決めて小説を書くようにストーリーを考えてみたりするようになっています。「水底のremains」はまさにその小説のようなストーリーを書いてみた1曲ですね。

──実際に失恋したから、みたいな話では……。

ないですね(笑)。私の歌はライブで観ていただくものでもあると思っているからこういう詞になった感じなんです。音楽ってCDで聴いていただくものであると同時に、衣装であったり、ダンスであったり、ステージ演出であったり、バンドの演奏であったり、そういう総体的なパフォーマンスとして観ていただくものでもあるんじゃないかと思っていて。それなら曲そのものにも小さなドラマがあったほうが、パフォーマンスがより面白くなるんじゃないかと考えているんです。

王子様ってどんな人?

──では今回はなぜ人魚姫というドラマを参照することに?

この詞を書き始める前後になぜか王子様の気持ちが気になったんです。よくよく考えてみると人魚姫ってただの押しかけ女房みたいなところがあるんじゃないか?っていう気がしたというか……。

──確かに人魚姫って、勝手に難破した王子を助けて、勝手に王子に惚れて、勝手に声と引き替えに足を手に入れたように見えなくもない(笑)。

そうなんですよね(笑)。それで、もしも王子様が私みたいにネガティブなタイプだったとき、声と引き替えに足、それも歩くたびに痛い思いをする不完全な足をもらってまで押しかけ女房をした人魚姫は何を思うんだろう?って考えてみることにしてみたんです。

──それでも詞の中の人魚姫は「あなたの寂しさを 私が抱き留めて 海の底に沈めばいいと」「あなたの悲しみが 私を突き刺して 息も絶えてしまえばいい」と王子の感情を引き受けようとしてますよね。

野水いおり

たとえ王子様がどんなタイプであっても、大切な人である以上やっぱり手を差し伸べようとするんじゃないかと思っているので。私も冗談半分ではあるんですけど「ああー、もうやだー! ツラい!」って口にしては、周りの人から「ホントにネガティブなんだから」と怒られつつも助けてもらうということがしょっちゅうありますから。そして「もしそれでも私がネガティブなままだったらその人たちはきっとツラいだろうし、私もそういう私ではいたくないな」って考えたら、最後の一筋の光が差すようなフレーズが出てきたんです。あと私自身はネガティブなくせに、友達が「もうダメだ……。人生終わった……」みたいなことを言い出すと、反論してしまうタイプなので(笑)。

──だからネガティブなままでは終わらせたくなかった、と。それにしても多くの人がヒロインの悲恋モノとして読んでいる人魚姫を、王子のキャラクターを通じて再解釈してみるって面白い思考実験ですよね。

ただ私がヒネくれてるだけなんだと思います(笑)。でもそのヒネくれてる感じこそが私らしさではあるのかなという気はしていて。なので人魚姫という物語を借りてはいるんだけど、ちゃんと私らしい詞になったな、とも思っていますし。

──悲しい恋の歌のようでありながらも、でも最後に少しだけ光明が差すこの詞は、ひらがなの“いおり”が書くべきものだった?

はい。“野水いおり”って明らかに変な人だし、そうやっていろんなものが入り組んだ面倒くさい人ですから(笑)。皆さんは果たして私という存在を受け入れてくれるのか? いっつも不安になっているくせに、ライブのMCやトークイベントではまさに素の私になっていて。バカなことばっかり言ってみたり、manzoさんと一緒にヘンなダンスを踊ってみたりするし、それでいて歌を歌うときはすごくシリアスだし。「傍から見たら面倒くさいだろうなあ、私」っていう気がしています(笑)。

──ギャップ萌え狙いとかではないだけに、我がことながら面倒くさいなあ、と(笑)。

不安になってる私も、踊ってる私も、歌に対してまっすぐに向き合いたい私も全部素なだけに、本当にそうですね(笑)。なので私のことを面白がってくださるファンの方のことは、本当にありがたいなと思っています。

──野水さんが音楽活動を続けていられるのは、ご本人の魅力と同時にファンの度量の大きさゆえ(笑)。

こんな私の姿を魅力と受け取ってくださる、ホントに海のように心の広い人たちだなあ、と思ってます(笑)。

ニューシングル「D.O.B.」 / 2015年7月29日発売 / FlyingDog
初回限定盤 [CD+DVD] / 1944円 / VTZL-97
通常盤 [CD] / 1404円 / VTCL-35204
CD収録曲
  1. D.O.B.
    [作詞:藤林聖子 / 作曲:ミライショウ / 編曲:CHOKKAKU]
  2. 水底のremains
    [作詞:野水いおり / 作曲・編曲:雅大]
  3. 球体関節人形の夜
    [作詞:大槻ケンヂ / 作曲:橘高文彦 / 編曲:橘高文彦・manzo]
初回限定盤DVD収録内容
  • 「D.O.B.」MUSIC VIDEO
野水いおり(ノミズイオリ)
野水いおり

北海道出身のボーカリスト、声優。2010年アニメ「そらのおとしもの」で本格的に声優としてのキャリアをスタートさせる。そして2011年、自身がヒロイン・ハルナ役を務めたアニメ「これはゾンビですか?」のオープニングテーマ「魔・カ・セ・テ Tonight」でアーティストデビューを果たす。以降アニメ「問題児たちが異世界から来るそうですよ?」のオープニングテーマ「Black † White」(ブラック・ホワイト)や、「デート・ア・ライブ」エンディングテーマ「SAVE THE WORLD」などのシングルやミニアルバム「月虹カタン」、フルアルバム「Hat Trick」などを発表する。またその傍ら、アニメ「うぽって!!」で共演した声優の富樫美鈴、佐土原かおり、味里とともにユニット・sweet ARMSを結成し、また幼少の頃から愛好しているホラーマンガの作家を迎えるトークイベント「宵闇倶楽部」を不定期開催するなど幅広い活動を展開。2015年7月にはアニメ「空戦魔導士候補生の教官」のオープニングテーマとなる表題曲や、ファンだと公言する筋肉少女帯の大槻ケンヂ(Vo)と橘高文彦(G)が制作に参加した「球体関節人形の夜」が収められたシングル「D.O.B」をリリースする。