ナタリー PowerPush - 二階堂和美
「かぐや姫の物語」から生まれたもの
「かぐや姫の物語」と「めざめの歌」の共通点
──そしてシングルとしてもリリースされた主題歌「いのちの記憶」に続いて発表されるアルバム「ジブリと私とかぐや姫」は映画のサウンドトラックではないんですよね?
そうなんですよね。もともとジブリさんの映画には作品に触発された歌集、本編では使われていない、しかし本編をイメージして作られた作品というものが存在していて。打ち合わせのときにその歌集の話をほのめかされていたものの、「映画を観ないことにはイメージアルバムも何も……」と保留にしていたら、無事に出産が済んで入院していた産婦人科にうちの事務所の社長が来て「どうやら歌集のプロジェクトが動くらしいですよ」と。
──まるで他人事のように(笑)。
(笑)。そう、どうやら映画を観ないままで作らないといけないらしい、と。でも一向に曲が書けなくて日ばかり過ぎる。それで高畑さんに作詞を依頼してみたんです、そしたらその代わりに「これまでの高畑作品の曲を二階堂さんが歌うならそれは聴いてみたい」という案をくださって。「カバーなら私大好きです!」ということでアルバム半分をカバーにさせてもらって。それでようやくアルバムの骨組みが見えて、もともとの「かぐや姫の物語」をイメージしたオリジナルにも取りかかれた、という感じです。
──どのようにイメージをふくらませて曲を書かれたんですか?
「かぐや姫の物語」にまつわる私の思いのすべては「いのちの記憶」に集約してしまったこともあるし、新しく書くならミュージカルのように場面場面に曲を付けるしかないなと思って。例えば2曲目の「私の宝」はおじいさん、おばあさんのところに姫が来た喜びを、3曲目の「歩き回って 走り回って」では広い御殿に移った姫の気持ちを、6曲目の「歓喜」は言葉にならない生きる喜びを自由なボーカリゼーションでと、そんな感じで私なりに映画のワンシーンをイメージしながら作らせてもらいました。そして「ジブリと私とかぐや姫」というタイトルはプロデューサーの鈴木敏夫さんが提案してくださったんですけど、タイトルに”私”と入れるからには自分のセルフカバーを入れたいと思ったんです。
──「にじみ」に収録されている「めざめの歌」のオーケストラバージョンですね。
そうですね。この「めざめの歌」は何かの形でもう1回出したいというか、もっと聴いていただきたいと思っていた曲だったんですよ。だから今回このタイミングがいいんじゃないかと。ただ、この曲を入れたのはそれだけではなく「この世のすべてはどうにもならない。それでも生きる」という歌詞が「かぐや姫の物語」にも通ずる歌だと思ったからでもあります。
──ある種の諦めもあるし、同時に生きていくたくましさや生命力も感じさせる、そんな内容ですよね。
そうですね。そういう気持ちを歌っていますし、自分自身も仏教徒としてそういう心持ちで今を生きているので、本当に私の思いそのままですね。
このアルバムが1つの集大成
──そして「めざめの歌」は本作のジブリカバーの1曲として取り上げている高畑監督訳詞による「ケ・セラ・セラ」(映画「ホーホケキョ となりの山田くん」より)と内容的に響き合っているように思いました。
確かにそうですよね。でもそういう意味では「愛は花、君はその種子」(映画「おもひでぽろぽろ」より)もそうだし、ここで取り上げたジブリ作品のカバーはどれも当てはまりますよね。今回歌わせてもらってみて、改めて高畑監督の作品テーマは一貫しているんだなと思いましたし、例えば監督が作詞・作曲された「わらべ唄」の巡る季節と重なる輪廻転生の感覚は、私が歌った「いくつもの花」(2001年リリース「たねI」収録)とも通ずるところがあったり、監督と私は共有しているものがあるんだなって。おこがましいですけど、そんな手応えがありました。
──サントラではなく映画から派生したアルバムであり、オリジナルとカバーが共存している作品ということですが、楽曲制作やアレンジ面ではどんなことを意識しましたか?
サウンド面に関して、全体のバランスよりも曲単位で考えて、その曲に対して自分が思う最良のアレンジを施していったんです。いつもそういうやり方なので、例えば今回も「バケツのおひさんつかまえた」(テレビアニメ「じゃりン子チエ」より)だけが突出してアッパーになっていたりもするんですけど(笑)、とっ散らかったアレンジを参加してもらった方の演奏力や表現力だったり、自分の中の一貫する何かによって成立させる今回の作業は「またおとしましたよ」と「ニカセトラ」と「にじみ」を1枚に盛り込んだような、私にとって1つの集大成でもありましたね。
言葉にならない声を形に
──今回の「いのちの記憶」、そして「ジブリと私とかぐや姫」は、今まで以上にたくさんの方に聴かれることになる作品という意味で、二階堂さんが志向する普遍的なポップスを追求する絶好の機会ですよね。ただいわゆる一般的なポップスタンダードには「歓喜」のようなフリーフォームなボーカリゼーションや「君をのせて」にフィーチャーされているのこぎりのような楽器が含まれることは稀ですし、そういう意味で今回の作品はあくまで二階堂さんの個性を前提にポップスタンダードを追求した作品だといえるんじゃないかと。
そうだといいんですけどね(笑)。「ここはのこぎりの揺らいだ音が欲しいな」とか、私の音楽は基本的には思いつきだし、最初に頭で鳴っているのは言葉にならない声なんですよ。だからそれを形にする際、楽器ができないからこそ、そしてバンドに縛られていないからこそ自由に広がるし、そうやって自由に作らせていただいて、本当にありがたく思います。
──そんな今回の作品制作を通じて、二階堂さんが高畑監督から触発されたもの、あるいは得たものとは?
今回の作品において、自分が今まで漠然とテーマにしてきたことを、抽出、精製して進めることができたのは、監督と共有できたことに背中を後押ししてもらえたからだと思っています。そして高畑監督が「にじみ」というアルバムにおいて、私が自信を持っていなかった歌詞を気に入ってくださったことは、今後も作詞・作曲をやっていくうえできっと大きな力になるはずです。
──最後に。映画「かぐや姫の物語」と今回の作品制作を通じて、二階堂さんが掲げる「人の生死や別れ」という大きなテーマはさらに深まったのではと思うのですが、人の生死や別れと音楽の結びつきについて、今どんなことを思われますか?
生きていたらそういうやりきれない思いに誰しもぶつかると思うんです。そんな際に、歌で寄りそうことができたらいいな、と思って曲を作っていましたが、今回の「いのちの記憶」の制作において、それがより積極的に「できる」と思えたんです。歌を信じられるようになった、というか。音楽や芸術は言葉の代わりに働くところに強みがある。だから講演会で話をするのではなく、歌でもって、心の中にぽっとぬくもりを置いたり、ラブレターの代わりにラブソングを渡してみたり、人生の節目節目にそんなふうに聴かれる歌を今後も作っていきたいですね。
収録曲
- あの山のむこう
- 私の宝
- わらべ唄(映画『かぐや姫の物語』より)
- 歩き回って 走り回って
- 月の使い
- 歓喜
- めざめの歌<オーケストラ・バージョン>(アルバム『にじみ』より)
- いのちの記憶(映画『かぐや姫の物語』より)
- 君をのせて(映画『天空の城ラピュタ』より)
- あしたはどんな日(テレビアニメ『赤毛のアン』より)
- 愛は花、君はその種子(映画『おもひでぽろぽろ』より)
- バケツのおひさんつかまえた(テレビアニメ『じゃりン子チエ』より)
- ケ・セラ・セラ(映画『ホーホケキョ となりの山田くん』より)
- いのちの記憶<オーケストラ・バージョン>
- はにゅうの宿(映画『火垂るの墓』より)
収録曲
- いのちの記憶
- いのちの記憶(オリジナル・カラオケ)
CD収録曲
- 歌はいらない
- 女はつらいよ
- 説教節
- あなたと歩くの
- PUSH DOWN
- ネコとアタシの門出のブルース
- 麒麟
- 蝉にたくして
- 岬
- ウラのさくら
- Blue Moon
- 萌芽恋唄
- とつとつアイラブユー
- いつのまにやら現在でした
- お別れの時
- めざめの歌
- 足のウラ
DVD収録内容
- お別れの時(ミュージックビデオ)
- 女はつらいよ(ミュージックビデオ)
- とつとつアイラヴユー(ミュージックビデオ)
- ネコとアタシの門出のブルース(Live @ SHIBUYA CLUB QUATTRO “にじみの旅”ファイナル)
- お別れの時(Live @ STUDIO COAST, カクバリズム 10years Anniversary Special)
二階堂和美(にかいどうかずみ)
1974年生まれ。広島出身の女性シンガーソングライター。高校時代からバンド活動を行い、1997年からソロとしてのキャリアをスタートさせる。1999年に1stアルバム「にかたま」をリリース。ジャズ、エレクトロニカ、ポップスなど多彩なジャンルの音楽と融和する歌声が多くのファンに愛され、他アーティストの作品やライブでの客演も多数。2004年からはtenniscoatsのさやとのユニット・にかスープ&さやソース(現・にかさや)としても活動を展開。同年より実家のある広島に拠点を移し、2011年7月に全曲本人作詞作曲によるアルバム「にじみ」をリリースした。2013年7月にはスタジオジブリの劇場用映画「かぐや姫の物語」の主題歌「いのちの記憶」を発表。現在は実家の寺で僧侶をしつつ、1児の母として音楽制作を行っている。