手塚治虫生誕90周年記念 火の鳥 COMPILATION ALBUM「NEW GENE, inspired from Phoenix」特集 浅井健一×手塚るみ子|「火の鳥」とロックを語る

手塚作品には正義がある

──生前、手塚治虫さんは「火の鳥」をライフワークとおっしゃっていたそうですが、浅井さんのライフワークは?

浅井 別にライフワークとは思ってないけど、曲を書いたり絵を描いたりすることがそうなんだと思う。ただ浮かんできたアイデアを、大ヒットさせようと思って必死にやり続けてきたらいつの間にか54歳になったという感じかな。まだ大ヒットには至ってないけど、たくさんの人に届けたいなって。手塚先生にも絶対そういう思いがあったと思う。ものを作る人だから。

手塚 手塚治虫は常に子供たちの好みを意識して作っていこうと、時代に合わせて表現や作風を変えていました。それで多作になったんですけれど、根底にはブレない信念があったと思います。晩年は特に「次世代に何を伝えたいか」を考えていて、そこは変わりませんでした。

浅井 そうですよね。手塚作品には絶対ちゃんとした正義があって、ずっと変わらない骨の部分がある。俺も正義というか、嘘をついてはいかんということを次世代に伝えたいね。今年の初めに宝島社が「敵は、嘘。」というキャッチコピーの新聞広告を出していたんだけど、あれは偉いと思った。人類の敵は嘘をつくこと。嘘がすべての災いの元になってるというのは、本当にその通りだなと思う。

左から手塚るみ子、浅井健一。

手塚 「火の鳥」でも、人間のエゴが強調されていくと嘘が出てきます。いい人が権力を持つことによって黒い部分が出てしまったり、逆に悪人が何かのきっかけでものすごく純粋になったり。この入れ替わりも人類の特徴で、繰り返される業のループからどう脱出するかは「火の鳥」のテーマの1つでした。ループから抜け出すには、浅井さんがおっしゃるように誠実であること。正義とは何かを問うことで自分をしっかり持つ人がいることが、ループから抜け出す救いになるのかなと。

浅井 るみ子さんから見て手塚先生はどんな父親でした?

手塚 毎日マンガを描いていましたし、周囲から有名なマンガ家だと聞かされていたのでマンガ家と認識はしていたのですが、家にいるときは普通にだらしのないお父さんでしたよ。忙しかったですけど家族で遊ぶ時間は作ってくれたので、「お父さんと一緒にいる時間は楽しい」という感じです。大人になるにつれて「この父に認められたい」という気持ちが芽生えたのですが、それが叶わないうちに亡くなったのでこじらせてしまいましたね。ファザコンだったもので(笑)。だから手塚作品を元に何かプロデュースするのは、亡き父へのラブレターを綿々と出している感じなんです。もう本人から返事はもらえないんですけど、やり続けないと認めてもらえないんじゃないかという気持ちがどこかにあるので。

手塚治虫はロック

──先ほど手塚さんがおっしゃった“孤独”というワードはロックにも共通しますね。ロックには、世間に媚びないがゆえに孤高を背負ってしまうところもあると思っていて。それが「火の鳥」に通じるかと。

手塚るみ子

手塚 手塚治虫自身が孤高のクリエイターというか、社会から外れた部分を叩かれることも多かったです。浅井さんが作品を「いろんな人に聴いてもらいたい」「たくさん売れてほしい」とおっしゃったのは意外でしたが、手塚も常にそこを意識していました。少しでもファンがついてくれないとすごく悩んだりして……それでもマンガが好きで、この道しかないと戦ったところがロックかなと。昔、忌野清志郎さんも手塚治虫はロックだとおっしゃってくださったんです。ロックをやっている方にそう言っていただけたのはとても光栄でした。

──「火の鳥」はこれまでにアニメーションやサウンドトラック、小説などさまざまな形で展開されてきました。今回はロックをはじめ多様なジャンルの音楽で表現されたコンピレーションアルバムということでまた新しい世界が見えてくるかと思うのですが。

手塚 私は「火の鳥」をロックだと感じていたのですが、これまでにはあまりロックさが表に出てこなかったんですよね。それを今回ジャンルはさまざまですが一同にロックスピリットで表現していただけたので、新しい「火の鳥」が手塚マンガ読者の方にも伝わるじゃないかと思います。

──手塚治虫先生は音楽がお好きだったのですか?

手塚 はい。好きだったのはクラシックと映画のサウンドトラックで、原稿を描くときには必ずレコードをかけていました。頭の中で自分の絵に音があるのを想像して、紙の上に映画のように演出していく。音がないと描けないようでした。

──手塚先生が生きていたら、このアルバムを聴いてなんとおっしゃると思いますか?

手塚 父はロックについて何も知らない人だったので、どうでしょうね。生きていたら私が解説するんですけれど(笑)。でも、自分の表現の遺伝子がこういう形で表れるのはきっと面白がってくれると思います。浅井さんがこういうコンピレーションに参加するのは珍しいですよね。

浅井 そうですね。

手塚 だから浅井さんのファンの方は、どんな曲なのかドキドキ感があると思いますよ。

浅井 自分としては大好きな曲を渡せたので満足しています。手塚治虫さんという人は世界中にいい光をたくさん放った人だし、それが作品として残っているし、すごく尊敬している人。自分の納得のいく作品でその人に関わることができたから、るみ子さんに声をかけていただけたのがすごくうれしい。アルバム全体を通して聴いて、自分が一番カッコいいと思いたい。ミュージシャンって、そう思うことで自分を磨くから。それに自分は「ブラック・ジャック」とか「どろろ」とかほかの作品もすごく好きだから、これからも手塚先生の作品がもっと世の中に広まったらいいなと思います。

左から手塚るみ子、浅井健一。