猫背のネイビーセゾン「ICE GLEAM」インタビュー、バンドに一番必要なものは「愛」

猫背のネイビーセゾンの3rdミニアルバム「ICE GLEAM」がリリースされた。

2019年に神戸で結成され、コロナ禍に翻弄されながらも“ネオンロック”というコンセプトを打ち出し着実にリスナーを増やしてきた猫背のネイビーセゾン。新作「ICE GLEAM」はネオンロックに付随する、「愛すグリーム≒煌めきを愛そう」という思いが込められた作品だ。

本稿では音楽ナタリーの特集初登場となる猫背のネイビーセゾンより、井上直也(Vo, G)と、すべての楽曲の作詞作曲を手がけるおかともき(B, Cho)の2人にインタビュー。バンドの成り立ちやメンバーの音楽ルーツ、「ICE GLEAM」の収録曲に込めた思いを語ってもらった。

取材・文 / 森朋之撮影 / 山崎玲士

おかくんに断られたらヤバかった

──猫背のネイビーセゾンを結成したきっかけは、井上さんがおかさんを誘ったことだとか。

井上直也(Vo, G) はい。高校の軽音楽部でちょっとバンドをやってたんですけど、卒業したあと「もう1回バンドをやりたい」と思って。僕がドラム(石坂圭介)、おかくんがギター(横山大成)を連れてきて結成したのが、猫背のネイビーセゾンです。

おかともき(B, Cho) 井上とはもともと軽音楽部の先輩、後輩でした。ギターの横山は僕の同級生、ドラムの石坂は井上の同級生なんですけど、高校のときはほとんど交流がなかったので“はじめまして”でした。

──井上さんがおかさんに声をかけたのはどうしてなんですか?

井上 とにかくバンドがやりたくて(笑)。卒業後も音楽を続けていたヤツがあまりいない中、「そういえば、おかくんってベースうまかったよな」と思い出したんです。

おか 僕は音楽の専門学校の、ミュージシャンとスタッフの技術の両方を学べるコースに通ってました。ミュージシャンになるなら、スタッフさん側の気持ちがわかったほうがいいだろうなと。ちょうどバンドもやりたいと思ってたから、一番いいタイミングで誘ってもらいました。

井上 おかくんが曲を作れることを知らなかったんですけどね、そのときは。僕は将来のことも正直考えてなくて。「高校卒業したあとどうするの?」と先生に聞かれて、芸事に関わりたいという思いだけはあったので「芸能事務所でマネージャーやります」って言ってたんですよ。でも、結局そういう道には行かず。

──で、バンドをやろうと。向こう見ずな感じがいいですね。

井上 ありがとうございます(笑)。おかくんに断られたらヤバかった。

おか (笑)。何も見えてなかったですからね、そのときは。

左からおかともき(B, Cho)、井上直也(Vo, G)。

左からおかともき(B, Cho)、井上直也(Vo, G)。

──おかさんは猫背のネイビーセゾンのほぼすべての曲を手がけていますが、曲作りはいつ始めたんですか?

おか 高校のときから作ってましたね。高校の文化祭でユアネスのコピーバンドをやったのが、DTMを始めたきっかけです。ユアネスは演奏がテクニカルだから、なかなか一緒にコピーするメンバーが集まらなくて。しょうがないから一番うまいボーカルを誘って、音は全部自分で打ち込んだんですよ。で、2人だけでライブをやって。それがなかったからDTMをやってなかったかもしれないです。

井上 そうなんや。初めて聞いた。

おか まあ、最初は右も左もわからなかったし、だいぶ試行錯誤しましたけどね。

──なるほど。音楽的なルーツはメンバー皆さんで共通しているんですか?

おか だいぶ違うような気がしますね、もともとは。

井上 うん。僕は中学の頃に音楽を好きになって。湘南乃風から入って、その後、ONE OK ROCKなどを聴き始めました。高校の進学のとき、バンドがやりたくて軽音楽部がある学校を選んだんですよ。

井上直也(Vo, G)

井上直也(Vo, G)

おか 僕はいわゆるバンドキッズで、邦ロックがめちゃくちゃ好きです。いとこが聴かせてくれたマキシマム ザ ホルモンやONE OK ROCKからハマり、お兄ちゃんにRADWIMPS、sumikaとかを教えてもらって。最初はバンドそのものではなく、楽曲が好きで聴いていた感じでしたが、その後フレデリックに出会って、どんどんのめり込みました。ライブにも行くようになったし、バンドをやりたいと思うようになったのはフレデリックの存在が大きいですね。

──フレデリックは皆さんと同じ神戸出身のバンドですね。

おか そうなんですよ。最初は出身地を知らずに聴いてたんですけど、ライブに行ったときに初めて「神戸のバンドなんや!」って。勝手に運命を感じたというか(笑)、さらに好きになりました。最近は井上とも「このバンドいいよな」みたいな話をよくしてますね。

勇気付けられた“先輩”たちの活躍

──2019年の結成後すぐにコロナ禍になってしまったので、当時はライブ活動が思うようにできなかったのでは?

おか そうですね。高校のときはギターの横山とフェスやいろんなライブに行ってたんですけど、専門学校1年の終わりくらいでコロナ禍になって。バンドを始めてからは、スカスカのライブハウスでやってましたね。

井上 キツかったですね。

おか それに、コロナ禍だったから対バンで一緒になってもバンド同士で接する機会がなくて、対バン相手と全然仲よくなれなくて。もちろん打ち上げもないし、「なんのためにライブやってんやろ?」って感じでした。ネットでの活動をメインにしようか?みたいなことを考えたりもしましたけど、やっぱり根がライブキッズなんで、とにかく続けようと。アホなのかもしれないけど(笑)、「やってたらなんか起こるんちゃう?」と思ってたんですよ。

井上 もともと「いけるんちゃう?」という感じで始めたバンドなので(笑)。

おか ライブが軌道に乗り始めたのは、フェス出演のためのオーディションで(MUSIC ZOO KOBE)太陽と虎に出たことですね。そこでガガガSPさんやKNOCK OUT MONKEYさんとつながって。めちゃくちゃお世話になってます。

井上 それから太陽と虎によく出させてもらうようになって。それが結成2、3年目くらいですね。

──神戸には音楽フェス「COMING KOBE」もあるし、たくさんのバンドを輩出してますからね。

おか そうですね。アルカラさん、女王蜂さん、Fear, and Loathing in Las Vegasさん、兵庫県で言うとキュウソネコカミさんもそうだし。地元から全国に発信してきたバンドの皆さんには勇気付けられてるし、そのおかげで前向きに活動できるところもあると思います。

おかともき(B, Cho)

おかともき(B, Cho)

音楽性も見た目もポップに変化

──楽曲の制作は、おかさんがデモ音源を作るところから始まると思うのですが、その時点でかなり作り込んでいるんですか?

おか はい。歌詞はあとから書くことが多いんですけど、サウンド自体はまず僕が作り込んで、それをメンバーに投げてドラムのフィルとかギターソロをアレンジしてもらってます。5年以上一緒にやってきて、メンバーの演奏のクセもわかってきたし、そのうえで各々のエッセンスも出してほしくて。

井上 楽曲のテイストもだいぶ変わったと思います。初期の頃はおかくんが作曲、僕が作詞という形だったんですけど、バラードや変拍子の曲が多くて。たぶんユアネスの影響もあったと思うんですけど。

おか そうやな。

井上 曲はすごくよかったんですけど、歌うのが難しかった。リズムも複雑だし、「こんなアレンジあるんや?」って。

おか 井上は高校までベースボーカル担当で、ギターボーカルになったのはこのバンドを始めてからなんですよ。僕の曲はコードが複雑だったし、押さえ方も難しかったと思います。

井上 「指、絡まるんちゃうか?」とか言ってました(笑)。

──今はノリやすい曲やポップな曲も多いですよね。

おか 曲調が完全に変わったタイミングがあったんですよ。バンドを始めて2、3年くらい経った頃、リスナーからの反応があまりなくて「音楽性が自分たちに合ってないのかもしれない」と思ったんです。もちろん自分たちが好きな曲を作ってたんですけど、1回リセットしてみようと。

井上 そこから曲の感じがガラッと変わって。

おか ファッションも変えたんですよ。それまでは黒スキニーばっかりで、僕の髪も黒髪マッシュだったんですけど、曲調を変えたタイミングでめちゃカラフルな服装にして。見た目からしてもだいぶポップさが増しましたね。

左からおかともき(B, Cho)、井上直也(Vo, G)。

左からおかともき(B, Cho)、井上直也(Vo, G)。

井上 おかくんは服も好きだから、メンバー全員でおかくんの服を借りてました(笑)。

おか いまだに借りパクされたままの服もあります(笑)。その頃からお客さんの反応も変わってきて。

──今年の6月から7月にかけて行われた初の東名阪ワンマンツアー(猫背のネイビーセゾン pre. ONEMAN LIVE TOUR「究☆極☆対NEOS!!」)のチケットは2公演がソールドアウトしました。自分たちの音楽が届いているという実感があるのでは?

井上 そうですね。TikTokやインスタにショート動画を上げてるんですけど、以前は多くて1万再生くらいだったのが最近は3万、4万くらいはいくし、一番回ってる動画は30万再生を超えてます。ライブの反応もそうですけど、いろんな人に観てもらって、聴いてもらえてるんやなって思いますね。

おか 猫背ネイビーセゾンは、一歩一歩、地道に踏んできたバンドだと思ってて。サブスクやミュージックビデオの再生数も、気付いたら増えてた感じなんですよ。特に今年に入ってから、知ってくれてる人がいっぱいいるなと実感するようになりました。神戸で声をかけられることも増えたし(笑)。

井上 「背が高くて金髪だったんで、直也さんだと思いました」と言われたりしました(笑)。