なとり×じん対談|キャリア差10年、継承される日本の文芸とロックの文化 (2/2)

絶対に途絶えさせちゃいけない文化

──なとりさんはじんさんの作品に触れる中でどのような魅力を感じてきたのでしょうか?

なとり 僕、小さい頃はORANGE RANGEのようなポップスをよく聴いていたんですけど、じんさんに出会って、曲の中で人が死ぬってこんなに儚いことなんだと知ったんです。「アヤノの幸福理論」とか、本当にヤバくて。人がいなくなっていくことって、よくないことなのかもしれないけど、素晴らしいことでもあるんだって……すごく影響を受けました。じんさんは物語も書かれる方だから、曲を通して物語も本当に見えてくるんです。輪郭だけではなく、「○時に○○で」みたいな細部まですごく伝わってくる。そこがすごく衝撃でした。ロックで感動したのはじんさんが初めてかもしれない。

──前に取材させていただいたとき、なとりさんは「ネガティブな感情をネガティブなままでいいと伝えてくれるところが、ネット文化のすごいところ」とおっしゃっていましたが、そういうことをまさに、じんさんの作品から感じてきたということですよね。

なとり まさにそうですね。「臆病なままでもいい」と教えてくれたのが、じんさんだったと思います。

じん ありがとうございます。「アヤノの幸福理論」を書いたのは22歳くらいの頃だったと思います。今、なとりくんはおいくつでしたっけ?

なとり 21歳です。

じん 当時の自分とちょうど同い年くらいですよね。キタニくんと話したりしても、今なとりくんが言ってくれたことと同じような観点を感じることがあって。やっぱり、脈々と受け継がれているんだなと。もちろん、俺よりもずっと前からそれをやっている人たちはいて。例えばTHE BACK HORNとか、筋肉少女帯とか。僕はそういう人たちのことがめちゃくちゃ好きで、なとりくんが俺の曲を聴いていたくらいの年齢の頃、俺はTHE BACK HORNや筋肉少女帯ばかり聴いていたんですよ。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTとかね。日本の文芸とロック……そこには、ちょっとずつ変わりながらも、ひとつ同じものが受け継がれている感じがしますよね。

なとり 本当にそう思います。

じん ヒトリエもそう。wowakaさんの文法には、名状し難い、でも受け継がれている何かがあるんだよね。キタニタツヤにもそれを感じる。

なとり めっちゃ感じますね。僕が今音楽をがんばっているのは、もしかしたら、この文化を引き継ぎたいという気持ちがあるからなのかもしれないです。僕、この文化だけは絶対に途絶えさせちゃダメだと思うんですよ。ここはAIに任せちゃいけない。これは魂の話なんですよね。見えないけど、確実にある。

じん 今、ロックはトレンドに上がりにくいかもしれないけど、「絶対零度」を機にこの文化に触れてほしいです。お金を払って聴いていただく価値のある、嘘のない曲になっていると思うので。ふさわしい曲を、嘘つきじゃなく、ちゃんと持ってきました。

なとり 誰も嘘がなかったですよね。みんな純粋だった。

音楽は不条理であるべきだと思う

──「絶対零度」によって、なとりさんのこの先の楽曲がとても楽しみになったし、どんなものが出てくるのか未知数な部分も増えました。まだまだ底知れない方だなと。

じん なとりくんのスタッフさんが別の人だったら「今ロックでは人気出ないから、ダンスナンバーにしようよ」とか言っていたかもしれないけど、なとりくんのよさがよくわかっている人たちなんでしょうね。なとりくんのいいところって、この先どんなジャンルの曲をやろうと結局、なとりくんになる。そういうところにあると思うから。あと、なとりくんのよさは「絶対零度」にも出ているけど、「凍てつくほど燃えている」みたいな逆位置の感覚ですよね。「絶対零度」は、逆のことを「どちらも本当だ」と言い張っている曲だと思うんですけど、それってすごくなとりくんっぽいと思うんです。なとりくんのほかの曲は、冷たく見えてめちゃくちゃ熱い曲が多いと思うんだけど、今回は逆で、めちゃくちゃ熱く見えて、すごく冷たい。

なとり 僕、曲の中で「これ」と言い切るのがすごく嫌なんです。「絶対零度」も「熱いけど寒いよ」みたいなことを言っているんですけど、どちらとも言い切らず、でもどちらの状態もある、というか。「絶対零度」ではそれを歌詞で出しましたね。

じん 今までのなとりくんの曲を知っている人ほど、この曲は聴いてほしいよね。ピアノを弾きながら歌っていた人が、歌で伴奏をやりながらピアノでメロディを弾き始めたくらいのイメージ(笑)。真逆なんだけど、同じことをやっている。真逆なことをやるのって、面白いですよね?

なとり 面白いです、本当に。

じん なとりくんは、メロディも、歌詞の角度も、海賊版のようなものではない。どんな音楽も模倣だとは思うけど、その中でも海賊版みたいなものはあって。でも、なとりくんの音楽は正統なものだと思うし、正統たらしめているのは、ある意味での不条理があるからなんですよね。基本的に、音楽は不条理であるべきだと思うんです。新しい不条理がニュースタンダードになって、それがどんどん変わっていけばいいと思う。なとりくんの音楽には、いい不条理さがあるんです。「Overdose」を聴いていても、「Aメロからなんで急にこんなファルセットでいくんだろう?」と思う。誰にでもわかるようなことをやっていない。ちゃんと不条理なことをやっている。周りを見ていて、なとりくんみたいな人は増えてきていると思うけど、なとりくんはなとりくんだなと思う。

なとり うれしい……。

じん 面白いですよね? 音楽って。

なとり 面白いです。

じん なんでもありだから。その中でも、なとりくんの音楽は「なとりくんだな」と思わせる力がある。聴く時間が、いい時間になる。アルバム(昨年12月にリリースされた、なとりの1stアルバム「劇場」)も何周も聴きましたよ。

なとり ありがとうございます。アルバムである必要性をめちゃくちゃ考えるようになったのは、じんさんの影響だと思います。

常に怖がっていてほしい

──なとりさんは昨年上京されましたが、東京はどうですか?

なとり 人が冷たいです。人が冷たいから、温かい曲が書けない。「絶対零度」が熱量のピークかもしれない(笑)。でも、人に会えるのはめちゃくちゃいいですね。上京してすぐに、じんさんにも直接会えたから。僕、上京して最初の思い出はじんさんとごはんを食べに行ったときのことなんです。僕が「ギターが欲しい」という話をしたら、じんさんがオススメのギター屋さんに連れて行ってくれて。そこで、じんさんが「夜咄ディセイブ」を試奏で弾いていたんですけど、マジであれは感動しました。オススメされたジャズマス(Fender Jazzmaster)があったんですけど、「恥ずかしいので弾いてみてもらえますか」とじんさんにお願いしたら、あの音が聴こえてきて。

じん 僕、楽器屋さんで自分の曲を弾くんですよ。自分の曲で使うんだから、自分の曲で試さないとわからないなと思って。「じんさんですか?」って、何回かバレたこともあるんですけど(笑)。なんなら、まだ公開していない新曲を楽器屋さんで弾くんです。それで使うために選ぶわけだから。なので、この記事を読んでいる方で、もし楽器屋さんで「夜咄ディセイブ」を聴いたことがある人がいたら、それを弾いていたのはたぶん俺です。そして次に流れてきた知らない曲は、俺の新曲です(笑)。

──(笑)。じんさんは、今のなとりさんと同じ年齢だった頃のご自分を振り返ると、どのような思いを抱きますか?

じん なとりくんと同じくらいの年齢の頃は、できないことが多くて悔しい時期でしたね。ほかの人のいろんな曲がうらやましくて、「なんで俺はこんなに何もできないんだろう?」と思って。そこから少しずつ、いろんなことをできるようになっていくんですけど。僕は、デビューする瞬間とアーティストになる瞬間って、違うものだと勝手に思っているんです。人間って、バッジを付けられたらいきなりその役職になれるわけではないから。ヒットが出て、リアクションがあって、でも、その瞬間にはまだアーティストにはなれないんですよね。そのちょっとあとにアーティストになる感じがある。咀嚼して、消化して、事の重大さを知る。

なとり はい。

じん 自分の役割の正体が見えてくる、というか。今のなとりくんもその時期なんじゃないかと勝手に思っているんですけど。

なとり 僕もまだできないことが多くて悔しいし、まだアーティストの実感が全然なくて。趣味で音楽を作っていたあの頃から何も変わらずにここまで来ている感覚がありますね。その感覚を乗り越えたら成長が待っているのかなと思うんですけど、悩んでいます。「このまま音楽活動を続けてもいいのか?」とか。自分の音楽に変に責任を感じてしまう部分もあるし。

じん めちゃくちゃわかる。俺も趣味で音楽をやっていたので、デビューして、CDが出てアニメのタイアップ曲になったりしても、変に自覚がなかったです。あと、俺の現状の話をすると、まだアーティストの実感はないですね(笑)。

なとり えっ!

じん まだ趣味でやっている感覚がある。吹っ切れるんだよ、「もういいや、趣味で」って(笑)。趣味って「趣」という漢字を使う言葉ですけど、音楽をやっていくうえで必要なのって、逆にそういうことなのかなと思ったりします。俺が発見したのはそういうことだったけど、なとりくんがこの先どういう発見をするのかは、めちゃくちゃ楽しみ。たぶん俺と同じ答えは出ないと思うから。

なとり 音楽をやってきた中で、今までで一番心にきた話かもしれないです。

──じんさんから、この先のなとりさんに期待することはありますか?

じん いろんな挑戦をしていってほしいです。そういうときに出てくるものを聴いてみたい。そして、常に怖がっていてほしいです。萎縮するのではなく、怖がっていてほしい。

──怖がることは大事なことですか?

じん はい。人に届けるということにおいては。「何をやってもいい」の中でも、「なんでやっているか」という考えだけは持っていてほしい。なとりくんは、「人に届く」ということがどういうことかをすごくわかっているし、それが才能だと思うんです。それこそが、なとりくんの音楽が“選ばれている”理由だろうし、人に届いてしまう曲を作る人なんだと思う。だからこそ、「音楽で嘘は言えないな」とか、「嘘を言うなら最後まで騙そう」とか、いろんな答えがあると思うんですけど、なとりくんが今後どんな答えを出すのか、楽しみです。

なとり 本当にありがとうございます!

対談後にスケッチブックに2人で書き残したサイン。

対談後にスケッチブックに2人で書き残したサイン。

プロフィール

なとり

2021年5月より活動開始。2022年5月に投稿された楽曲「Overdose」はTikTok上の関連動画が60万本を超え、総再生回数も20億回を突破している。同曲のYouTube再生回数は1億3000万回を突破。各アーティストによる“歌ってみた”動画も多数投稿され、大きな話題を呼んでいる。2023年はSpotifyブランドCMソング「フライデー・ナイト」をはじめとした配信シングルをリリース。12月に1stアルバム「劇場」を発表した。2024年3月に東京・Zepp Haneda(TOKYO)、4月に大阪・Zepp Osaka Baysideで1stワンマンライブを開催。4月にアニメ「WIND BREAKER」のオープニングテーマ「絶対零度」を配信リリースした。10月にワンマンライブ「なとり 2nd ONE-MAN LIVE『劇場~再演~』」を大阪・オリックス劇場、神奈川・パシフィコ横浜 国立大ホールで開催する。

じん

北海道出身のボカロP。2011年にニコニコ動画に投稿した「人造エネミー」でデビュー。瞬く間にニコニコ動画ユーザーの間で話題を集め、数々の楽曲で動画ランキング上位入りを果たす。2012年5月、それまでに発表した楽曲の世界観を1枚のアルバムに集約した1stフルアルバム「メカクシティデイズ」をリリース。「カゲロウプロジェクト」と題したメディアミックスプロジェクトを展開し、自身で執筆を担当した小説版「カゲロウデイズ -in a daze-」で小説家としてもデビューを果たす。2013年5月には、音楽版の「カゲロウプロジェクト」完結版として2ndアルバム「メカクシティレコーズ」を発表した。2018年11月、約5年半ぶりのアルバム「メカクシティリロード」をリリース。2022年2月に活動10周年を記念してミニアルバム「アレゴリーズ」を発表した。2024年10月よりシーズン2が放送されるテレビアニメ「カミエラビ GOD.app」のシリーズ構成・脚本を手がけている。

※記事初出時、本文に誤りがありました。お詫びして訂正します。

2024年4月24日更新