ナタリー PowerPush - 中塚武 meets 土岐麻子
旧友が初めて語り合う音楽のハナシ
中塚武の“6カ年計画”
──それではここから新作「Lyrics」の話を。このアルバムはもはや「サウンドプロデューサーのアルバム」ではなく、完全に「ソロアーティスト中塚武のアルバム」ですよね。「歌手・中塚武のアルバム」と言ってもいいほどに。
中塚 そうですね。ようやく。
──「ようやく」というのは、もともとこういう形でのソロアルバムを作ることが以前からの狙いだったと?
中塚 はい。でも、こっちのベクトルで進んだ人ってあまり例がないんですよね。シンガーソングライターとしてスタートして、あとでトラックメーカー、プロデューサーになる人はいっぱいいるんですけど。もともと歌はやってこなかったから、これは何年か必要だなと思って、自分の中でいろんなことを犠牲にする期間を設けたんです。DJの活動とかクラブ通いをやめて。
土岐 そうなんだ。「やめる」って決めてからやめたんですね(笑)。珍しい。
──確かにある時期から、クラブ系のフライヤーで名前を見ないようになりましたよね。
中塚 そうそう、急にいなくなったの(笑)。
──それは意図的なシフトチェンジだったと。それこそ何カ年計画というか。
中塚 もう5カ年、6カ年計画で。子供の頃の習い事って小学校1年生から始めると、大体6年生ぐらいでいい感じになるじゃないですか。ってことは6年必要だなと。
土岐 すごい考え方(笑)。
中塚 時間がたっぷりある小学生でも6年必要なんだから、大人なら相当時間を割いてやんないとダメだなって。
土岐 建設的。なんか四角い感じですよね(笑)。
中塚 ソ連みたいな(笑)。
──同世代のアーティストたちは、どっちかというとそのへんもっとユルく考えている人が多いと思うんですけど、そういう意味でも希有な存在ですよね。
土岐 うん、希有。ストイックというかね。
中塚 それこそ大学の頃から間近で、土岐ちゃんとかNONA REEVESの(西寺)郷太くんのような才能あるボーカリストを目の当たりにしてるわけですよ。ハッと声を出して、0.1秒で心を奪うような声の持ち主が。僕はラッキーなことにそういう方々を間近で見てきたので、逆にナメてかかんなくて済んだというか。
結局骨格なんですよ
──土岐さんは今作における「歌手・中塚武」についてどう感じましたか?
土岐 「Your Voice」で共演したときからまた変わったな、と思いました。進化って言うんですかね。例えばサックス奏者が自分の音を探すように、自分の声の出し方や息の使い方を研究したんじゃないかなって。さっきの話を聞いたからじゃなくて、ホント最初にそう思ったんですよ。1曲目の歌い出しから「あっ、違う」って。曲によって歌い方にも変化があって、ちゃんと歌に向き合ってるんだなという感じはビシビシ伝わってきました。
中塚 あら、うれしいわー。今日はいい酒が飲めそうだな(笑)。もともとシンセを使った作曲から入ってるから、つい「なんとでもなる」と思っちゃいがちなんですよ。鍵盤を押せばどんな音でも出せたのに、歌の場合はちゃんと身体を作ってからじゃないと理想的な音が出ないんですよ。「この人の声いいなあ」と思っても、そもそもの喉の作りや頭蓋骨が違うから、「そういう問題じゃないんだな……」って気付くまでにここまで時間がかかったんだなって。「自分のこの骨格からしか音は鳴らないんだ」って、しっかり頭と身体で理解するまで2年ぐらいかかりましたね。そこからやっとスタートできたみたいな。
土岐 すごい。そう、結局骨格なんですよ。なんですかこの……私10年以上歌ってるのに、もう追い越されそうな感じ(笑)。体調によってお腹に力が入らないときはどうとか、喉の調子が悪い場合はこうとかいろいろ考えたんですけど……結局自分がどんな骨格で、どんな口の開け方をしているのか、その結果どこに響いて声が鳴っているのかがわかったら、そんなに体調には左右されないんですよ。
中塚 すごいわかる!
土岐 何も考えずにスパーン!と声が出る人とか憧れますけどね。
中塚 でもそういう人って、生活のどこかが犠牲になってるような気がしない?
土岐 どういうことですかそれ(笑)。
中塚さんはスティーヴィーみたいだなって
──あと今作では「作詞家」としての面もかなり重要な要素だと思います。これも同じ作詞家として、土岐さんはどう感じましたか?
土岐 びっくりしましたよ、ホント今回は。最初は歌詞カードを見ないで聴いたんですけど、ときどき怖い言葉が入ってくるから(笑)。でもやっぱりサウンドには“JOY”や“FUN”の要素があふれてるから、楽しく聞こえるんですよ。次に歌詞を読みながら聴いてみると、また違った聞こえ方をするんですよね。スティーヴィー・ワンダーの曲を初めて聴いたときは、子供だったから何を歌っているのかまったくわからないままハッピーな音楽として楽しんでたんですけど、大人になって和訳に目を通しながら聴いて初めて「あれ、この人こんなに怒ってたの?」って気付いたんですね。それに似たものを感じました。中塚さんはスティーヴィーみたいだなって(笑)。
──感情がすごく出ているし、明朝体が似合う言葉というとヘンですけど、言葉の使い方に静かな怖さがあるというか。
土岐 どこか怖いんですよね。でも根底には深い愛情とか優しさがあって。何回も何回も同じことを考えて、ある境地に行き着いた人ってこういう感じかなと思ったんですけど。この和尚さん厳しいなあみたいな(笑)。
中塚 あはははは(笑)。
土岐 考えに考え抜いて行き着いた答えがたくさんあって、そこまで行ってようやく歌詞にしてるんだろうなと感じました。だけど歌だけを聴いてるとそういう圧迫感はまったくなくて。
中塚 すごいね。何回か聴いただけでそんなにわかっちゃうんだったら、もう作る必要ないかもしれない(笑)。やっぱり内容的に相当ヘビーだし、人によっては引くかなと思ったので、音としてはちゃんとエンタテインしたいなと思って。耳には心地よく、目を通したときは少しグサッときてもいいかなという感じにしたかったので。
土岐 歌詞カードのアートワークもいいですよね。言葉の雰囲気が曲ごとに表現されていて。
- 中塚武 ニューアルバム「Lyrics」 / 2013年2月6日発売 / 2800円 / Delicatessen Recordings/P.S.C. / UVCA-3016
- 中塚武 ニューアルバム「Lyrics」
収録曲
- 冷たい情熱
- 虹を見たかい
- 愛の光、孤独の影
- 涙に濡れた夢のかけら
- 月を見上げてた
- すばらしき世界
- 白い砂のテーマ
- ひとえ、ふたえ。
- むかしの写真
- トキノキセキ
- 恋とマシンガン
- 終わりは始まり
中塚武10th Anniversary Live
2013年6月23日(日)
東京都 Shibuya O-WEST
<出演者>
中塚武 / and more
※詳細は後日発表
土岐麻子 ワンマンライブ
2013年6月25日(火)
大阪府 大阪BIG CAT
2013年6月30日(日)
東京都 日本青年館
※詳細は2月8日(金)にオフィシャルサイトおよびFacebookにて発表
中塚武(なかつかたけし)
1998年、自身が主宰するバンドQYPTHONE(キップソーン)でドイツのコンピレーションアルバム「SUSHI4004」に参加。国内外での活動を経て2004年にアルバム「JOY」でソロデビューを果たした。その後はCM音楽やテレビ&映画音楽、アーティストへの楽曲提供など活動の幅を広げ、2010年には自身のレーベル「Delicatessen Recordings」を設立。2011年にはレーベルオフィシャルサイト内にて新曲を定期的に無料配信する「TAKESHI LAB」をスタートさせた。2013年2月6日には約3年ぶりのオリジナルアルバム「Lyrics」をリリース。
土岐麻子(ときあさこ)
1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースし、ソロ活動をスタートさせた。2011年12月に初のオールタイムベストアルバム「BEST! 2004-2011」をリリース。2012年10月には邦楽アーティストのカバー集「CASSETTEFUL DAYS ~Japanese Pops Covers~」を発表した。