引きこもって将来を妄想してた
──アルバムのジャケットアートワークには、長澤さんのご実家の写真が使われているそうですね。
そうなんです。マネージャーに自分の部屋の写真を見せる機会があったんですけど、そこからデザイナーに渡って「これをジャケットに使ったらどうか」という話になって。最初はちょっとイヤだったんですけどね。思春期を過ごした部屋なので、思い出もたくさんあるから。
──よくない思い出のほうが多い?
もちろん。思春期の思い出って、楽しくないことのほうが多いから。僕は福岡出身なんですけど、中学、高校の頃って……小学校もそうだったかな。クラスの中にヒエラルキーみたいなのもがあって、僕は真ん中から最底辺のあたりでトップの人たちを眺めていたんです。それはすごくきつかったし、そういうシステムみたいなものが自分には無理だったんですよ。だから友達がいなかったんですけど。それでこの部屋に引きこもって、音楽を聴いたり、テレビを観たり。ギターを弾いて、曲も書いてました。この部屋で書いた曲は今回のアルバムにもたくさん入っています。あとは将来のことをいろいろと妄想して。「あそこでライブをやって」みたいなことを。
──そのときの妄想、かなり実現してますよね。当時はどんな音楽を聴いてたんですか?
親の影響で、小さい頃は讃美歌を聴いていて。自分で聴いて「素敵だな」と思ったのは、光GENJIの「ようこそ、ここへ~」っていう……。
──「パラダイス銀河」、ASKAさんが作詞作曲を手がけた曲ですね。
そう、あとになってASKAさんの曲だって知ったんですよ。CHAGE and ASKA、米米CLUBも好きでした。同じ時期にThe Beatlesやポール・サイモンも聴くようになって。The Beatlesは親父も聴いていたと思いますね。確か親父から赤盤(「The Beatles / 1962-1966」)を借りたので。
「好きなメロディに変えられたらいいのに」が作曲の始まり
──さまざまな音楽に出会うと同時に曲も書き始めたと。
そうですね。いろいろと聴いていく中で「自分が好きなメロディに変えられたらいいのに」と思うようになったのが、曲を書く始まりなんですよ。例えばThe Beatlesの「Please Please Me」を聴いているときに、もちろんすごく好きなんですけど「ここがマイナーコードだったらもっといいな」とか思ったり。「自分だったらこうする」の延長線上ですね、曲作りは。だから自分から出てきたメロディラインには全然飽きないし、嫌いなものもないんだけど、しばらく経つと「ここを変えたい」って思うんですよ。ずっと完成しないんですよね、自分の曲は。音源はとりあえず「こういう形です」と提示しているというか。
──なるほど。本作を聴いて感じたのは、楽曲が持っている普遍性でした。10年前の曲と最近の曲が違和感なく並んでいるし、流行やトレンドに左右されない力を持っているなと。
そう言ってもらえるのはありがたいです。ずっとそうあってほしいなと思っていたので。The Beatles、ポール・サイモンもそうですけど、自分が好きなメロディってやっぱり普遍的なものですからね。
「宇宙のピロピロした感じ」
──サウンドメイクに関してはどうですか? 長澤さんの音楽は単に“いい歌をシンプルに届ける”というだけではなく、サイケデリックだったり音響系に振り切ってみたり、かなり実験的な要素も含まれているのと思うのですが。
(サウンドプロデューサーの)益子樹(ROVO)さんをはじめ、今まで制作に関わってくれた方々に教えていただいた部分が大きいですね。サウンドのことは詳しくないので、自分が作ったミニマムなものに対して「こういう音が欲しい」ということをお話しして。それで音のフォーメーションが変化すると鳴り方がどう変わるとか、1つひとつ教えてもらって。
──なるほど。サウンドのイメージは長澤さんの中に思い浮かんでいるんですね。
それは曲を作ってるときからあります。歌詞に付随して浮かんでくるものもあるし。ただ、それを伝えるのが難しいんですけどね。音楽的な用語はわからないから「宇宙のピロピロした感じ」とか(笑)、幼稚な言い方しかできないので。それでわかっていただけるのもすごくありがたいです。
──自分でアレンジまで構築してみようと思ったことは?
ありますけど、ダメでしたね。ライブのときもそうなんですけど、心を込めて、本当に楽しんで歌ってるときって、それ以外のことを気にしてられないんですよ。制作中はアレンジや音のことも考えますけど、基本的なベクトルは誰かにお任せしたほうが、僕は歌に集中できることがわかったんです。歌ってギターを弾くだけで精一杯だし、それ以上はキャパオーバーなので。だから、そこは役割分担ですね。
──ギターも大事な要素ですからね。
……でも、そんなにギターのことはわからないんですけどね。
──あくまでも「歌のためのギター」という感覚ですか?
うん、始めたときからそうです。自分の部屋の中で「Love, Love me do~♩」(The Beatles「Love Me Do」)って歌ってるときから、ギターはずっと伴奏だったので。今もその延長線上だし、ギタリストという意識はないですね。素晴らしいギタリストはたくさんいらっしゃいますから。
──ALではギタリストとしての魅力も発揮してると思いますが。
あ、そうですね。ギタリストの意識がないなんて言ったらALに失礼か(笑)。ただギターに関しては、やっぱり歌と付随している感じなんですよね。特にALでは「歌のメロディに対して、どうアプローチするか」という感覚なので。そこは迷うこともないし、スランプもないです。
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自分のバランスを保つのに必死なんです
- 長澤知之「Archives #1」
- 2017年4月12日発売 / AUGUSTA RECORDS
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[2CD]
3300円 / POCS-1552~3
- DISC 1
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- あんまり素敵じゃない世界
- フラッシュバック瞬き
- 夢先案内人
- バベル
- センチメンタルフリーク
- スーパーマーケット・ブルース
- STOP THE MUSIC
- バニラ(2014 Acoustic)
- MEDAMAYAKI
- 誰より愛を込めて
- 消防車
- R.I.P.
- マンドラゴラの花
- 犬の瞳
- 享楽列車(2014 Live)
- 三年間
- 蜘蛛の糸
- DISC 2
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- P.S.S.O.S.
- THE ROLE
- JUNKLIFE
- 狼青年
- 片思い
- 零
- RED
- ねぇ、アリス
- 風を待つカーテン(2007 Demo)
- EXISTAR
- スリーフィンガー
- 茜ヶ空
- 明日のラストナイト
- はぐれ雲けもの道ひとり旅
- 回送
- ベテルギウス
- 僕らの輝き
- 長澤知之「-10th Anniversary Anthology- Nagasawa Tomoyuki Band Tour 'Kumo No Ito' 2017」
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- 2017年4月18日(火)大阪府 BIGCAT
- 2017年4月20日(木)福岡県 DRUM Be-1
- 2017年4月24日(月)東京都 LIQUIDROOM
- 長澤知之(ナガサワトモユキ)
- 1984年福岡県生まれ。10歳でギターを始め、18歳の頃にデモテープオーディションでその才能を認められライブ活動を開始。2006年8月、シングル「僕らの輝き」でメジャーデビューを果たす。2011年4月に1stフルアルバム「JUNKLIFE」をリリースする。ライブ活動と楽曲制作を重ね、2013年11月に2ndアルバム「黄金の存処」を発表。2015年には以前から楽曲制作やライブを行っていた小山田壮平(Vo, G)とのプライベートプロジェクト・ALに藤原寛(B, Cho)と後藤大樹(Dr, Cho)が参加。本格的に活動をスタートさせ、2016年4月に自主レーベル・Revival Recordsから1stアルバム「心の中の色紙」をリリースした。同年12月にはミニアルバム「GIFT」を発売。2017年4月12日に10年間の活動をまとめたアンソロジー盤「Archives #1」を発表し、約3年ぶりとなるバンドツアーを行う。