MAN WITH A MISSION|10周年記念企画、Jean-Ken Johnnyが選ぶベストニュース10

2016 スキー場でライブパフォーマンス

──そして道頓堀でのフリーライブの2日後に、福島・星野リゾート アルツ磐梯スキー場でのライブ開催が発表されました。

そういえば、道頓堀の直後だったんですね。同じ2016年の2月ですか。これもバカですよね。なんで真冬に野外のスキー場でやるんだよという(笑)。極寒で指がかじかんで動きにくくなってしまうのに。でもまあ、僕らはありえないシチュエーションを満喫しました。観ている方々は大変だったかもしれないですが。アミューズメントもある状態でのライブっていいですよね(MAN WITH A MISSIONはイベント「アルツ磐梯×CHANNEL SQUARE冬祭り」のライブアクトとして出演した)。エリア内でいろんな催しが行われていて、ストリートの匂いがするようなスケボーランプが設置された会場とかも自分たちは好きなので、こういうアクティビティと音楽が共にある形のイベントに出演させていただけたのは楽しかったです。

──マンウィズはイベントや企業とのコラボもたくさん行ってきていますよね。

我々の場合、人間たちのバンドとは違って、見た目がアイコンに近いような感じがあるんじゃないですかね。ビジュアルが功を奏して、企業側も扱いやすいのかもしれません。案外イメージが固定されないんですよ、オオカミって。今となっては、音楽そのものが逆に届きやすくさえなっていると思います。究極の生命体であるがゆえに、より楽曲にフォーカスしてくれる……そんな状況がこの10年の活動の中で生まれたんじゃないかなと。

──ライブの翌日には「マンウィズがゲレンデ溶かす熱演、Tokyo Tanakaは華麗な滑りも披露」というニュースも出ています(参照:マンウィズがゲレンデ溶かす熱演、Tokyo Tanakaは華麗な滑りも披露)。

「JR SKISKI」ティザービジュアル

「ゲレンデ溶かす熱演」ってかなり昭和な香りで、センスを感じる素晴らしい見出しですね! スノーモービルに乗ったり、スノボパフォーマンスがあったり、とにかくいろんなことが初体験でした。「JR SKISKI」のCMソングになった「Memories」も演奏しましたね。山本舞香さんと平祐奈さんが「JR SKISKI」のモデルに起用された一方で、うちのSpear Rib(Dr)とDJ Santa Monica(DJ)もティザーポスターに登場させていただいたんですけど、こっちは叩かれたりもしましたよ。「山本舞香ちゃんと平祐奈ちゃんが見たいのに、なんでお前らが出てくるんだ!」みたいな(笑)。それにしてもこの2匹の写真、ちょっと加工してるんじゃないかってくらい毛並みがいいですね。

──(笑)。こういうパフォーマンス1つ取っても、マンウィズがさまざまな垣根を越えようとしてきたバンドなのが伝わってきますね。

フットワークとマインドは軽くいられているんじゃないですかね。音楽そのものに真摯でいたい気持ちは大前提にあるので、いろいろなことに関わっても大丈夫なんですよ。逆に言うなら、関わった結果、音楽が影響を受けてしまうのはあってはいけないと思います。どんなコラボであろうが、そこはブレちゃダメ。でも例えば、めちゃくちゃシリアスな音楽をやっている人がポップなメディアや媒体に出ちゃいけないかというと、本質的には絶対そんなことはなくて。それはただ単に、見る側や受け手側の好みじゃないですか。だから、発信側はあまり気にする必要はないんだろうなって。我々は自信を持って“音楽は音楽”という線引きをちゃんとしてますし、その線引きをすればするほど肩の力が抜けてフットワークは軽くなっていく感じがします。どのコンテンツや媒体に乗っかろうが、あくまで手段なので。それに耐え得るフォーマットが一番大切なんです。この10年を通して、実はすごく意識してきた部分でもありますね。

2016 中野雅之プロデュースの「Hey Now」で迎えた転換期

──BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之さんがプロデュースを手がけた「Hey Now」もやはり印象深いですか?

大島こうすけさん、akkinさん、ドン・ギルモアと、我々は本当に数多くの素晴らしいプロデューサーにお世話になってきたんですけど、音楽的に大きな変化が表われた瞬間を1つ挙げるとするならば、中野さんとの「Hey Now」なんですよね。単純に、僕らがBOOM BOOM SATELLITESをリスペクトしているということもありますし。BOOM BOOM SATELLITESは海外のシーンでも絶大なる支持があって、「NME」誌ではThe Chemical BrothersやThe Prodigyの再来と言われるほどの評価を受けているじゃないですか。そんな日本人アーティストってほかにあまり見たことがないので、この制作でご一緒できたのはとてもうれしかったです。これまでにはない別ベクトルをMAN WITH A MISSIONに注入してもらった気がしますね。

──というのは?

中野さんがどんな精神で音楽を作っていらっしゃるのかも伝わってきたりはしたんですが、そういったマインドの部分というよりはサウンド感の話ですね。当時、バンドとしてどこに軸を置こうかものすごく悩んでいたんですよ。さっき言ったように、ソニーと契約して海外の現場で仕事をさせてもらう中で苦しんだ時期があって、この2016年のタイミングでもまだそれは続いていたんです。「自分たちはブレていないつもりだけど、もっとわかりやすい軸を作り上げるべきなんじゃないか」「だとしたら、どういうサウンドがいいんだろう」みたいな。

──この頃も悩んでいらっしゃったんですね。

ええ、苦悩の時期は長かったです。でもこの頃、自分の血にBOOM BOOM SATELLITESの音楽が通っていることを思い出したんですよね。そこで「MAN WITH A MISSIONとBOOM BOOM SATELLITES、双方の血をうまくミックスできたら素晴らしいものになるんじゃないか」という予感がぼんやり生まれて、曲ができあがってそれが実現したとき、少なくとも僕の中では100点満点以上と言えるほど合点がいったんです。そのくらい「Hey Now」はバンドに変化を与えてくれたんですよ。もちろん、今も試行錯誤しながらいろんな新しいことに挑戦しているんですけど、「Hey Now」が突破口になったのは間違いなくて。もともと大好きだったUKロックのテイストやデジタルな無機質っぽさをここまで全面的に出したのも初めてで、やってみたら「これは……!」と核心に迫れた手応えがあったのを覚えています。

2016 「Dead End in Tokyo」でパトリック・スタンプと
コラボ

──Fall Out Boyのパトリック・スタンプがプロデュースを手がけた「Dead End in Tokyo」はJean-Kenさんの中でどんな感触がありました? 先程の「Hey Now」とはまた異なるアプローチだったと思いますが。

自分の中ではFall Out Boyって、20世紀と21世紀をまたいでオーセンティックなロックからデジタルなロックに移っていく時代を生きた最後のスタジアムロックバンドというイメージがあるんですよ。そんな偉大なバンドのフロントマンであるパトリックと一緒に制作させていただいたというのは、本当にかけがえのない経験でした。「Hey Now」で何かしらの音楽的な軸に触れられた直後でしたし、この頃は再確認と新発見がとても多い時期だった気がします。パトリックとの作業も「こういうことか!」みたいな衝撃があって。

──どんな衝撃だったんですか?

パトリックは言葉の強さを教えてくれました。映画「新宿スワンII」(2017年1月公開)の主題歌タイアップが決まっていたので、我々は日本に住んでいるオオカミとして彼にまず新宿の街について説明したんですね。パトリックも「ツアーで日本に来たときによく行くよ」「めっちゃギラギラしてるところでしょ?」みたいな感じでもちろん知っていて、「東京の袋小路をイメージして書きたいな」なんていろいろ話す中、彼が発したのが「Dead End in Tokyo」というワードで。それを聞いたとき、もうスパーンと世界が広がっちゃった! なぜならこの言葉1つだけで、夢を見て東京に出てきたやつ、人生に疲れちゃったやつが瞬間的に浮かぶんですよ。

──確かに、想像力が一気に掻き立てられますね。

しかも、新宿じゃなくて「Tokyo」を使っているのが肝で。例えば日本のバンドが海外で自分たちの曲を聴かせようとするときって、もっとアメリカ人やイギリス人っぽい英語で歌おうとすることが多いと思うんですよ。でも、そんな努力も超えてしまうくらい、この言葉からはものすごいパワーが出ていると思ったんです。

──「Tokyo」という言葉1つで。

そう! 「Tokyo」のたったひと言で、ブラジルにいようが、ドイツにいようが、アメリカにいようが「あっ、知ってる」「日本語だ」というのが瞬時に伝わる。パトリックから出てきたその国際的なイデオロギーのパンチ力とセンスにもう衝撃を受けてしまって……! 圧倒されたというか、この感覚のほうが大事だと思っちゃったんですよ。みんなが抱いている言葉の認識を理解して、どう楽曲に引っ張ってくるか。言葉の持つイメージ力ですよね。そこの純度には敵わないなと。本当に考え直させられるやり取りでした。