森山直太朗とミステリアスな映像監督QQQ、「オチビサン」主題歌「ロマンティーク」MVを語る (2/2)

景色を伝える余白

──アナログな雰囲気の映像も印象的でした。

QQQ すべて8mmフィルムで撮りました。もともとアナログな映像が好きなんですよ。あまり見えすぎてほしくないという気持ちもあって。

森山 わかる。

QQQ 観てくれる人に何かを感じてほしいし、思い出してほしい。それが映像を作るときに一番大事にしていることですね。よく「どんな機材や技術を使ってるんですか?」と聞かれるけど、大切なのはそこではないので。

森山 そういうのは視覚的なことだけではなくて、演出もそうだよね。説明がありすぎると、想像の余地がなくなるというか。「ロマンティーク」はそうではなくて、呼吸や心音、気配とか、そういうものが感じられるMVになっている。それは「人の感性をどこまで信じられるか」ということでもあると思うんです。今回の作品に関しては、自分の中でかなり覚悟を持って作れたんじゃないかなと。それはたぶん詞の力なのかな。

取材が行われた森山直太朗のプライベートスタジオの一角。

取材が行われた森山直太朗のプライベートスタジオの一角。

QQQ そうだと思います。直太朗さんのメロディもそうだし、永積さんのギター、OLAibiさんのパーカッションの音もそう。それを映像で表現しようと思っていました。

森山 音を可視化するんだね。

QQQ 直太朗さんの動きもすべてリズムに合わせているんです。ジャンプやダンスもそうですけど、動きの中に音楽が感じられることを大事にしていたので。

森山 僕は傘を持って撮影したんですけど、傘を持つか持たないか、開くか開かないかも全部Qが決めてくれて。也哉子さんの撮影にもいろんな小物を用意したみたいですけど、結局、何も使わなかったんだよね?

QQQ はい。何も持たないほうが彼女らしいし、そこにいるだけでいいと感じたので。景色の一部になっていたというか。それも全部目を閉じると見えるんです。「ロマンティーク」を聴きながら目を閉じて、見る。それをスケッチブックに描けば、それが企画になります。

森山 今の話、一人遊びしている小さい頃のQが思い浮かぶね(笑)。

QQQ 一人遊びは好きでした(笑)。想像すればどこへでも行けるし、なんでも見える。それが今の創作につながっています。直太朗さんの歌声を聴くとすごく想像を巡らせることができるんですよ。ライブを観せてもらったときも感じましたが、声の中にいろんな情報が入っていて。

──8mmで撮った映像とアニメーションを融合したのは、どうしてなんですか?

QQQ 最初はすべて8mmの映像で作ろうと思っていたんですが、途中から「もっと想像の世界に持っていきたい」と思って、アニメーションを入れました。

森山 イラストはQが描いたの?

QQQ 僕はデザインと⾊の指定だけで、あとは先輩のアニメーターの⽅にお願いしました。森川耕平さんというアニメーション作家さんで、めちゃくちゃうまいんです。その⽅にも「⾳を感じてください」と⾔いました。

森山 抽象的な絵だよね。

QQQ 僕も印象派の絵が好きで。色彩によって感情が伝えられると思うんですよね。

森山 色は本当に大事だよね。「ロマンティーク」のジャケットの絵は画家の山崎雅未さんが描いてくれて。サイトヲヒデユキさんのデザインもそうなんだけど、それぞれが「ロマンティーク」から感じ取ってくれた色が合わさってるんだよね。最初は平面だったスケッチを、とっても豊かで、とても繊細で、それでいて奥行きのあるものにしてもらえました。僕はもともと「こういうものを作ってみよう」「こういうビジョンにしよう」と枠組みから作っていくタイプなんだけど、今回はそれがなくて。也哉子さんに歌詞をお願いしたそのときから、人と人と出会い、袖と袖が触れ合うことを楽しみながら制作を進めていて。こういう作り方をしたのは初めてかもしれないです。

──「ロマンティーク」の制作を通して、いろいろな気付きがあったのでは?

森山 そうですね。さっきQが「也哉子さんは景色の一部だった」と言ってたけど、自分もデビュー前後に「景色を伝えるんだ」と考えていた頃があって。いつの間にか感情みたいなものがよりどころになってきたんだけど、感情が立ち上がるのも結局、何かしらの景色を見ているときなんですよ。1つの空間があって、時間の流れがあって……僕はそのことばかりを考えていたんだなとQの話を聞いて思い出しました。そこに淀みや歪みがあると純粋なクリエイティブは立ち上がってこないし、その空間を変に埋めようとするのは不安だからだと思うんです。

QQQ わかります。余白が大事ですよね。

森山 そうそう。「ロマンティーク」のMVは余白があるし、抽象的な色彩を含めて、ちゃんと空間がある。だからこそ「傘を持つ」「ステップを踏む」「空を見上げる」といった行為にちゃんと意味が出てくるし、感情が伝わってくるんです。逆に動きや感情が先に来ちゃうと、行間からにじむものは伝わりづらくなると思うので。

森山直太朗

森山直太朗

みんなのひと筆書き

──“余白”もキーワードですね。安野モヨコさんが「オチビサン」の連載を始めたとき、多忙を極めて、くたびれ果てていた状態から少しでも回復したいという気持ちがあったそうですが、その話ともつながっているような気がします。

森山 僕も「オチビサン」はモヨコさんが「自分のために描いたところもある」という話を伺いました。

QQQ 「自分のためにやることで、誰かに伝わるかも」とは僕もよく思いますね。そこに純粋な気持ちが出てくるというか。

森山 自分のためとか、すごく手前の近くにいる人のためとか。それってたぶん“みんな”を意識するより強いんだよね。

QQQ そう思います。「みんなのために世界平和を……」みたいな感じはちょっと大きすぎるんだけど、自分の純粋な感覚はたぶん、いろんな人とつながっているんじゃないかなと。直太朗さんとはそれを最初から共有していました。

森山 うん。「オチビサン」には日本の四季や風情が描かれるでしょ。それはモヨコさんの中にあるものでもあるし、同時に外の世界でもあるけど、その隔たりがない感じがするんだよね。たぶんQもそうなんだけど、境がないんですよ。日本とかアジアとか地球という分け方があるけど、実は丸ごと全部自分の中にある気がして。変な話、この部屋ももしかしたらQの胃袋の中かもしれない……みたいな(笑)。

QQQ 超わかります、その感じ。

森山 まあ、実際は雑居ビルなんだけどね(笑)。でもそうやって境を取っ払ったところにクリエイティブが生まれてくると思うし、潜在的な意識でつながれるんじゃないかなって。

QQQ 僕もすべては意識のつながりだと思います。人間は意識で動いているし、目を閉じたら世界が見えるのもそう。そのことによって現実もいろいろ変わってくるんじゃないかなと勝手に思ってます。

森山 「ロマンティーク」はみんながひと筆書きだったんですよ。也哉子さんの歌詞も3、4日くらいで送られてきたし、山崎雅未さんの絵もまさにひと筆書きで。演奏もほぼ一発録りだったし、誰も消しゴムで消したりしなかった。だからこれはもう「立ち止まっちゃいけないな」と思って。MVもデジタルなら撮り直すことは簡単だけど、フィルムだと撮れる量が限られているから、そういう状況がよかったのかもしれない。

「オチビサン」のページをめくる森山直太朗。

「オチビサン」のページをめくる森山直太朗。

QQQ おかげで景色に馴染む映像が撮れました。

森山 僕のあとに也哉子さんも撮らないといけなかったから、本当にちょっとずつしか回してくれなかったんですよ。新潟まで来てるのに「このシーンは5秒でいいよ」「ここは3秒」とか(笑)。でもできあがったMVを観たときに、Qがどれだけこの曲のことを考えてくれたかが伝わってきて。僕ら以上に向き合ってくれたし、これ以上ないほど振り絞って考えてくれたことがすごくうれしかったです。

QQQ 僕からは感覚的なことしか伝えていなかったんですけど、企画を受け入れてもらえてうれしいです。

──いろいろと貴重なお話を聞かせていただきましたが、リスナーの方々にはまず、あまり事前情報を持たないでMVを観てほしいですね。

森山 そうですね。也哉子さんの歌詞から始まって、タカシくん、OLAibiがバトンをつないでくれて。そこにQが共鳴してくれてMVができあがったわけだけど、観てくれる人もたぶん、そのつながりを感じてもらえると思います。

QQQ 冒頭から観てもらえれば、その世界に入っていけるんじゃないかなと。直太朗さんが雪の中で空を見上げて、飛行機雲や電車が映って、ハナレグミさんの顔が光の中で浮かび上がって。最後のほうのアニメーションもいいんですよ。小さな穴をのぞき込んでみると、そこにはいろんな色がある世界が広がっていて……けっこう好き……!

森山 いいね、Qの「けっこう好き」(笑)。

QQQ それも想像力によるものだと思います。曲もMVもそうだけど、「ロマンティーク」を鑑賞することでその人の意識の中に余白ができて、閉鎖していた生活がちょっと変わったらいいなと思っています。

森山直太朗

森山直太朗

プロフィール

森山直太朗(モリヤマナオタロウ)

1976年4月23日生まれ、東京都出身のフォークシンガー。2002年10月にリリースしたミニアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビュー。独自の世界観を持つ楽曲と唯一無二の歌声が幅広い世代から支持を受け、定期的なリリースとライブ活動を展開し続けている。近年は俳優としても活動の幅を広げ、NHK土曜ドラマ「心の傷を癒すということ」、NHK連続テレビ小説「エール」、テレビ東京ドラマ「うきわ ―友達以上、不倫未満―」に出演した。2022年3月にデビュー20周年アルバム「素晴らしい世界」をリリース。同年6月から“全国一〇〇本ツアー”と銘打ったアニバーサリーツアー「素晴らしい世界」を101公演行った。2023年1月に自身初となる弾き語りベストアルバム「原画Ⅰ」「原画Ⅱ」をライブ会場限定でリリースし、3月に映画「ロストケア」の主題歌「さもありなん」を発表。2023年10月よりNHK総合で放送中のアニメ「オチビサン」主題歌「ロマンティーク」を2024年1月に配信、2月にアナログ盤でリリースした。

QQQ(サンキュー)

映像監督。藤井風「grace」、eill「WE ARE」、≠ME「秘密インシデント」、ELLEGARDEN「Strawberry Margarita」など多彩なアーティストのミュージックビデオでディレクションを務めている。