大沢伸一のソロプロジェクトであるMONDO GROSSOが、ニューアルバム「BIG WORLD」を完成させた。4年ぶりのオリジナルアルバムとなる本作では、2017年リリースのアルバム「何度でも新しく生まれる」にも参加した満島ひかりや齋藤飛鳥(乃木坂46)のほか、ermhoi(Black Boboi、millennium parade)、どんぐりず、CHAI、suis(ヨルシカ)、中納良恵(EGO-WRAPPIN')、田島貴男(Original Love)、PORIN(Awesome City Club)、中島美嘉、RHYMEをボーカリストとしてフィーチャー。作詞陣にはUAや大森靖子も名を連ねている。
大沢はこのアルバムの制作に際し「変わってしまった世界、さらに変わっていく世界の中で、心の在処を探し続ける音楽の旅」をテーマとして掲げ、時代の様相と真っ向から対峙。そして、多彩なアーティストたちと刺激的で自由度の高い音楽性を分かち合い、コンテンポラリーな大衆性も兼ね備えた最新のMONDO GROSSO像を作り上げた。
音楽ナタリーでは本作の完成を記念して、大沢のソロインタビューとPORINとの対談を実施した。この記事が「BIG WORLD」の真髄に触れるための一助になれば幸いだ。
取材・文 / 三宅正一撮影 / 亜門龍
大沢伸一ソロインタビュー
心の置き場を音楽で探していく
──とても刺激的なアルバムでした。歌詞のテーマも含めて、時代の様相やコンテンポラリーな大衆性とも向き合いながら、音楽的な自由度の高さが遺憾なく解放されているのが素晴らしいし、大沢さんの音楽家としての矜持を全面に感じます。
ありがとうございます。そう言ってもらえるとうれしいです。これはいろんなインタビューで言っているんですけど、アルバムを作るときはコンセプトが先にあることはまずなくて、雲をつかむような状態から制作が始まっているんです。この「BIG WORLD」も作りながらテーマを見出していきました。歌詞はそのテーマが定まってから書いていったし、人に歌詞を提供してもらう曲も「このテーマに沿ったことを書いてほしい」と依頼したんです。こういうやり方は今まであまりやってこなかったんですね。もともと音があって、その音に対して何を思い付くかという発想を重要視してきたので。テーマをあらかじめ設定するという作り方は僕の領分ではないと思っていたんです。でも、今回は資料にも書いてある「変わってしまった世界、さらに変わっていく世界の中で、心の在処を探し続ける音楽の旅」というテーマを皆さんと共有したかった。ただ、これはテーマであって、メッセージではない。あくまで、僕らが共有する1つのテーマとして持っていてほしいんです。受け手がどう解釈してもいいという自由は、絶対に阻害したくないので。
──テーマを事前に設けたのは、やはり世界がコロナ禍に見舞われたというのも大きいですか?
それはありますね。コロナ禍になってから、いろんなことを考えているし、考えなきゃと思っているので。今までの生活が戻ってくるという確証がない以上、自分には何が必要で、どうやって生きていかなくてはならないかを考えたし、今も考えています。現実的なことを言えば、音楽家としてどのように生きていくのか。あるいは、自分から音楽を外したときに、人としてどうやって人生を送っていくべきか。そうやって、どのように世界と向き合っていくかということを、多かれ少なかれ皆さんも考えていると思うんですよね。
──そうですね。こういう世界になったことで大沢さんがクリエイトするサウンドにも影響があったと想像します。
はい。2020年の春に発出された最初の緊急事態宣言の頃は、もっと荒々しい感覚が自分の中にあって。憤りや、音楽だからこそ許される暴力性だったり、破壊から生まれる音楽みたいなイメージが最初にあったんです。MONDO GROSSOが今回表現したものとはまた種類の違う、どちらかといえばSHINICHI OSAWA名義に近い音をスケッチ的に書き留めていたんです。でも、制作を進めているうちにスタッフから「MONDO GROSSOの作品を先にリリースしたい」と提案されて。そこからスイッチを切り替えるのには時間がかかりました。自分の中にあった感覚を抑え込むのではなくて、MONDO GROSSOというフィルターに置き換えてアウトプットするとなったときに思い付いたのが、先ほど申し上げたテーマだったんです。音楽を通してどうやって心の置き場を見つけるか。それは僕の葛藤そのものですよね。僕は怒りを覚えていたけれど、ある人は違う種類の感情を持っていると思う。そういう心の置き場を音楽で探していくにはどうすればいいのか?ということを、自分に投げかける意味でもテーマとして掲げたかったんです。
──今回の多彩なボーカル陣はスタッフとブレストしながら選定し、オファーしていったんですか?
そうです。前作同様ブレストしながら人選していきました。ボーカリストに関しては、僕自身はあまりコンセプチュアルに考えていなくて。スタッフとのブレストで名前が挙がった人、知人を通して紹介された人やオススメされた人を直感で選んでいる感じなんです。
──満島ひかりさんや乃木坂46の齋藤飛鳥さんとは、2017年リリースの「何度でも新しく生まれる」に続いての共演になりますが、それほど前回の手応えがあったということでしょうか。
そのお二人に関しては、スタッフからの提案でもあるんです。僕は常にイレギュラーなことを採用したり、新しいことをやりたいと思っているんですが、「ルールを作らない」というのも1つの信条で。「一度一緒にやったボーカリストは呼ばない」というのもある意味ルールになってしまうので、そこに固執しなくてもいいかなという考え方がありましたね。
自分の曲かもわからないような感覚
──ここからは1曲ずつポイントを聞かせてください。まず「INTRO」ですが、このサウンドスケープからは終末世界のようなイメージも浮かぶし、それと同時にここからポジティブなパラダイムシフトが始まっていく福音のようなイメージさえ浮かびます。
もともと「INTRO」は2曲目の「IN THIS WORLD」の頭に付けていたんです。CDで聴くとシームレスにつながっているのでわかると思うんですけど、「IN THIS WORLD」のイントロであると同時に、アルバム全体のイントロでもある。特に音楽的に何か意味を込めたということではなく、例えば映画を観たときに、映画で鳴っていた音とは違うものが頭に浮かぶ、というようなことがあって。
──劇伴で流れている曲とは違う旋律が頭に浮かんだり?
そうです。この「INTRO」のイメージはまさにそれですね。
──先行配信され、ミュージックビデオも公開されている「IN THIS WORLD」は、作詞でUAさん、ボーカルで満島ひかりさんが参加しています。この曲では坂本龍一さんが弾くピアノがメインフレーズとして鳴っていて、そちらも大きなトピックですね。
曲を聴いた人は、満島ひかりちゃんが歌って、坂本龍一さんがピアノを弾くことをあらかじめ想定して作った曲だと思われるかと想像しますが、実はまったく違って。誰が歌うかも何も決まっていない状態で、ピアノのメロディを作っていたんです。このピアノのメロディを最終的に残すかどうか、僕自身も定かではなかったんですよ。ある時点ではこの曲のことを全然好きじゃなくなって、「こんな曲を出してどうするの?」という状態にまでなってしまって。
──それはどういう感情だったんですか?
ピアノのメロだけがある、本当に曖昧なオケだったので、このピアノのループをどう着地させていいかもわからなかったんです。でも、マネージャーがすごく気に入って「この曲を完成させましょう」とずっと言っていて。僕自身はその間に3曲目の「FORGOTTEN」を作っていたんですね。それでも彼は「この曲がアルバムを象徴する曲になると思う」と言い続け、「この曲で坂本さんにピアノ演奏を頼んで、満島ひかりちゃんに歌ってもらいましょう」と提案してきたんです。それで、僕は「坂本さんはやってくれないと思うけど、そこまで言うならオファーしてみたら?」と返したんですね。それは投げやりな意味ではなく、坂本さんは人の作ったメロディを弾いてくれないと思っていたからで。でも、ダメ元でオファーしてみたら快諾していただいて。
──そんな流れがあったんですね。
そうなんです。今でもこの曲は冷静に聴けなくて、自分の曲かもわからないような感覚があるんです。人によっていろんな受け取り方ができる不思議な曲だと思います。
──UAさんのリリックも、このアルバムのテーマを象徴するような筆致ですよね。
はい。彼女にもテーマをきちんと説明して歌詞を書いてもらったし、僕が提案した微調整にも真摯に向き合ってくれて。タイトルを決めるところまで一緒にやりました。素晴らしい仕事をしてもらいましたね。
「BIG WORLD」を象徴する曲
──「IN THIS WORLD」同様に先行配信され、MVも公開中の3曲目「FORGOTTEN」には、ermhoi(Black Boboi、millennium parade)さんをボーカルに迎えています。この曲には抑制の美学というものを強く感じました。
それは狙い通りですね。僕はこの曲が、一番このアルバムを象徴していると思います。僕が書いたリリックは、なくしてしまったものや忘れてしまったもの、見返すべきものを列挙するような感じで。ストーリーを説明するのではなく、感情や行為を言語化して、「FORGOTTEN」と言いながら「思い出そうよ」と提案している曲ですね。
──人を人たらしめるための行為や感情を。
そう。2017年以降のMONDO GROSSOは僕が持っている叙情性の代名詞にもなっているんです。そういうモードがふんだんに出ている曲だと思いますし、ゆえにフロアでガンガンに踊るというようなビートは、そこまで親和性がないのかなとも思っていて。
──音にもリリシズムが乗っている。
その通りですね。
──続いて、どんぐりずを迎えた4曲目の「B.S.M.F」。ビートにはスペイシーなエレクトロファンクやブギーのようなニュアンスがあり、上モノにはサンプリング的な気持ちよさがあります。
近年のMONDO GROSSOで封印してきた「90年代のMONDO GROSSOらしさ」をイメージしながらベースやギターを弾いてみたら気持ちよくて。最初はアンビエントとパンクをイメージしていたのですが、途中でパンクの要素が全然なくなっていったんです。アンビエントの要素は残ったまま、スペイシーなイメージが広がっている中で、ちょうど「もし月がジオラマティックで巨大なミラーボールだったら」という映像を観て。それに感化されて、この曲をスペイシーなファンクにしたいと思ったんです。そういったサウンドに誰の声を乗せたらいいか全然思い付かなかったのですが、m-floの☆Taku(Takahashi)くんに「誰かいい人いない?」と相談したら、バーッといろんなアーティストの名前を送ってくれて。その中に、「どんぐりず」とひらがなで書いてあったんですよ。「どんぐりずって何!?」と気になって、ストリーミングで音源を聴いたらすごくご機嫌で。すぐにスタッフに「彼らと一緒にやりたい」と相談して、オファーしてもらいました。僕は大好きですね、彼らのこと。彼らにリリックを書いてもらううえでアンビエントなパンクからスペイシーなファンクに移り変わった経緯も説明しましたし、アルバムのテーマもお伝えしました。大好きな曲になりましたね。
──CHAIを迎えた5曲目の「OH NO!」は、彼女たちが持っているニューウェイブ節と、MONDO GROSSO節が不思議なバランスで融合していると思います。
僕はこの曲を、SHINICHI OSAWA色の強い曲だと思っているんです。「エレクトロ時代の僕が90年代のMONDO GROSSOをプロデュースしたらどうなるんだろう」とイメージしながらオケを作って。
──リリックはCHAIのユウキさんが書いたものですが、元来CHAIが提唱し続けているメッセージとこのアルバムのテーマが呼応しているなと。
僕が出したお題に対して的確な答えを出してくれていると思います。「変わり続ける」と歌ってくれたのもよかったなと。あまりCHAIのことを探究しすぎずにオファーしたんですけど、だからこそ生まれた親和性があると思います。
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誰かにMONDO GROSSOを引き継いでもらってもいい