漢字の並びへのこだわり
──個人的にはアルバムの中でも「うさぎの耳」が特に印象に残りました。
前に住んでいた街で、雨が降っていたときに電車が通って、踏切がカンカン鳴って、5時のチャイムが流れて……その全部の音が同時に聞こえたことがあったんですよ。今まで聞いたことがないような不協和音で、「誰かと共有したいな。でもできないな。二度とこういう景色には出会えないな」と思って。この曲ではそのときの景色が描かれています。
──どの曲について語ってもらっても面白いですね。いろいろ仕掛けもありそうですし。
仕掛けとはちょっと違うかもしれないんですけど、漢字の並びが好きで。「プルシアンブルー」の歌詞は、行の1文字目を縦に読んでも面白くなるようにこだわりました。
──いわゆる縦読みですね。Aメロを見ていくと、“土吹独花”に“図海冷丸”と。
ちょっと自然界を感じるような文字をそろえたいなと思ったんです。並んでて汚くはないじゃないですか。
──2番の“野冷怯流”もそうですね。
はい。あと、サビの“段嗄新君”も。ここは4文字目の“溶夜果み”の並びも気に入っています。こういうのを考えるのがすごく楽しいんです。1番のA'メロ4~6行の“貝溶かす”とかも。
──あー、1文字目の縦読みだけじゃなく、縦横をいろいろつないでもいいと。パズルみたいですね。
そうしたら歌詞カードを見ても楽しいかなって。
──絵を描いているような感覚で歌詞を作っているんでしょうか。
そうかもしれないです。堀口大學さんの日本語には絵を描いてる感じがあるんですよね。私、まったく絵を描けないんですよ。何回か挑戦したことはあるんですけど(笑)。だから歌詞でがんばってます。
──「うさぎの耳」のAメロ1文字目の縦読みもいいですね。“踏夢帰妙”。
新しい四字熟語みたいな。偶然、アルバムタイトルも四字熟語ですね。
──ちょっと漢詩っぽさもありますね。
ちなみに、大学時代の漢文の授業は私の黒歴史なんです(笑)。予習しないで行ったら、みんなの前で「あなたは迷惑な人間だ」みたいにめっちゃ怒られて泣いちゃって。でも、なぜかその授業はSの評価をもらえたんですよ。たまに漢文が書いてあるトレーナーを着て行ってたからかもしれないです。“登万里長城”みたいな(笑)。
初めて高層ビルを見る人みたいに
──編曲も自身でやっていらっしゃいますが、DTMは独学ですか? それとも誰かから教えてもらったんでしょうか。
独学です。バンド時代、メンバーに「ここはこうしたい」という意見を伝えるとき、一番手っ取り早いのがDAWソフトで打ち込んで聴かせるってことだったので。やってるうちにいろんな機能を知って、どんどん楽しくなっていきました。
──共同アレンジャーの本田優一郎さんや白井良明さんとの作業はどのように?
本田さんは初めて編曲作業をお願いした方で、デモを送って肉付けしてもらった感じですね。実はまだお会いしたことがないんですが、本田さんに手がけていただいた「隕石」「シャボン」「ハネムーン」はかなり前に作った曲です。そのあと「木馬」で良明さんに携わっていただいて、「自分1人でもやってみたいな」と思い、残りの曲は全部自分で編曲しました。
──編曲クレジットがももすさん1人になっている曲は新しい曲なんですね。
はい。「アネクドット」「桜の刺繍」「プルシアンブルー」ではギターを弓木英梨乃さん、ベースを御供信弘さんに弾いていただいたんですけど、それを見て「私が何気なく考えたリフが、弾く人が違うだけでこんなにカッコよくなるんだ!」と感動して、学ぶことが多かったです。あと「火星よ、こんにちは」や「シクラメン」のギターは宅録なんですが、ミックスやDTMの技術でこんなにいい音になるんだと驚きました。それも学びでしたね。
──良明さんと共同アレンジした「木馬」には生のストリングスの音も入っていますね。
そこに関しては谷崎舞さんがアレンジをしてくださって。なんだか初めて高層ビルを見る人のような気持ちになりました。「はああ……(ため息)」って。「コントラバスって大きい……」みたいな。
──さすが比喩が上手ですね(笑)。
普通に言っても面白くないですし、やっぱり人を楽しませたいじゃないですか。普段は変なことを言わないように気を付けてるんですけど(笑)。
弱いけど、強くありたい
──編曲は家や街を作るゲームのような感覚でやっていると聞きました。
「窓でかすぎたな。壊してちょっと小さくしとくか」「カーテンはキレイなほうがいいな」とか、逆に「ここは誰も入らない場所だからいっぱいゴミを置いちゃえ」とか。いろんな部屋を作ってるような感覚かもしれないです。
──自分自身を俯瞰しているのかもしれませんね。
自分の中に何人もの人がいる感覚なんです。吾妻ひでおさんのマンガに出てくるような女の子もいれば、ぶっきらぼうな男の子もいるし、ちょっと冷静な人もいる。そういう自分の中にいる人たちのことは俯瞰できるんですけど、肝心の表に出てる自分のことはあんまり見えてないんですよね。
──表に出ている自分を面倒くさく感じないですか?
面倒くさいです。最近、私に対する批判をよく目にするようになって。人に好かれようと思ってやっても、自分が好きなことをやってもどちらにしろ批判を受けるんだし、だったら自分の好きなことだけやろうと思うようになりました。
──人前に出る仕事はそこが大変だろうな、といつも思います。
最近、ようやくその実感が湧いてきました。インターネット社会だからいろいろ言われてることも見えちゃうし、それを見たくなっちゃう自分もいるし。見ると傷つく反面、ちょっと快感みたいな、サイコパス的な気持ちもあるけど、やっぱり最終的には落ち込んで「もう知らんわ!」ってなります(笑)。
──ミュージックビデオなどを観て、ギターを弾いて歌う姿は単純にカッコいいと思いましたけどね。
それを「よくない」と言う人もいるんですよ。一方で、「カッコいい」と言われるとうれしいですね。最近「カッコよくなりたい」と思うようになってきたんです。自分が強く生きることによって、それを見た人が視野を広げて、ちょっとでも生きやすくなれたらいいなって。弱いけど、強くありたいなって思います。
──今後はどんなことに挑戦していきたいですか?
猫を飼いたい、パリに行きたいということ以外だと、ワンマンツアーでいろんなところに行きたいです。海外でもライブをやりたいですね。私、映画を観るのがすごく好きで、面白い映画を観たあとの“どこかに飛ばされちゃう”ような感覚を、ライブでもお客さんに味わっていただけたらいいなと思います。