「自然とピースがそろっていく」水樹奈々アルバム制作の流れ
──「拍動」は完璧なオープニングだと思います。この「拍動」だけでもかなり攻めているのに、アルバムは4曲目「ADRENALIZED」まで異なる曲調で攻めまくっている。
そうなんですよ。もう鬼ですよね(笑)。4曲ともタイプは違いますけど、ベースには歌謡メロがあるので、攻めてるけど安心感があるっていう、不思議なバランスに仕上がっています。「これだ!」という並びになっていて、お気に入りの流れです。
──でも、これだけ冒頭で攻めると、その後の曲の並びというのも相当考えたんじゃないでしょうか。
激しい曲なのにイントロは穏やかに始まるというものも今作には多いので、脂っこすぎる印象にはしたくなかったですし、かといって置きどころを間違えると前後含めてそれぞれの曲のよさが引き立たなくなってしまう。そこはだいぶ悩みましたし、何回もチーム内で検証しながら組み立ていきました。
──激しい冒頭4曲から「Moment of Truth」「Turn the World」で少し空気が変わり、「シャレード」以降の中盤ではじっくり聴かせるモードに移っていく。すごく自然な流れだと思います。
お昼からだんだんと夜の雰囲気になっていくような流れですよね。「シャレード」もかなり早くに出会っていた曲で、これは水樹の血肉となっている歌謡メロがたまらない、“ザ・歌謡ロック”な1曲。ピアノも切なくて、女の情念を切々と届けるようなテイストだったので、アルバムの場面転換にぴったりだなと思い、真ん中あたりに持ってきました。次の「Sugar Doughnuts」が少しジャズの雰囲気も入っている曲だったので、この流れで聴くと相性がいいですし、さらに続く「Nightfall」も歌謡ジャズ系の曲だから、その次は「Blueprint」しか考えられない。そこから「フロンティアジャッジメント」でまた盛り上がりが増すという、ライブを想定した流れになりました。
──パズルのピースの埋め方が絶妙といいますか。
ありがとうございます。アルバム制作のときは毎回「こういった曲が必要なので、皆さんお願いします!」とコンペシートを作って作家さんにオファーするんですけど、その中に「発注したいテーマ」ともう1つ、「水樹奈々に歌わせてみたい曲」というチャレンジ枠みたいなものもお願いするんです。皆さんチャレンジ曲をたくさん投入してくださるので、本来のオーダーから外れて、そこから選ばれる曲も実は多いんですよ。そんな中から私が直感で「この曲を歌いたい!」と選んでいった結果、自然とピースがそろっていくんです。
──そうなんですね。
予定していた通りにはならないものの、結果それがいい形になるという。そして、足りないピースを最後に埋めるのが、いつも私が書く曲になるんです(笑)。プロデューサーの三嶋(章夫)さんが私にテーマを通達するんですけど、今回もだいたいの曲が出そろったところで「お奈々、今回もマイナー調の曲が多いから、メジャー展開で明るい、みんなで盛り上がれそうな曲がええなあ」と言われて。それで「ですよね、私もそう思ってました」と曲作りに入ります。私が作る曲はいつもそういう形ですが、それ以外は本当に自由に「これ歌いたい!」という直感でそろえています。だから、最初はいつも並べるのが大変そうだなと思うんですけど、最終的にはそれぞれがあるべきところに自然と収まっていくという。
──それもきっと、チームとしてのモードが皆さん一致しているからかもしれませんよね。かつ、ソングライター側としてはオーダーされたテイスト以外にも「自分だったら水樹奈々さんにこういう曲を歌ってほしい」という曲をチャレンジさせてもらえる。それはすごく作家冥利に尽きると思うんですよ。
作家の皆さんも過去の水樹曲を相当分析してくださっていて。そんな情熱が注がれた曲がそろっているという意味でも、みんなの気持ちがひとつになった、入魂の1枚に仕上がったと思います。
MOSHIMOとの出会い、エレガとの絆、自ら紡いだ「最高!」の言葉
──先ほど話題に上がった「フロンティアジャッジメント」ですが、こちらはMOSHIMOの皆さんが楽曲制作に携わっています。
MOSHIMOの皆さんもコンペに参加してくださったんですけど、めちゃめちゃキャッチーでライブで盛り上がれそうな素敵な曲だったので、「ぜひ歌わせてください!」とお願いしました。しかもハンドクラップができそうなフレーズがあったり、「このサビは絶対タオルを回すよね」というリズムだったりして、私の曲をいろいろ聴いたうえで考えて作ってくださったことが伝わってきてうれしかったです。「鬼さん手の鳴る方へ 私は可愛い女王様」から始まる歌詞も面白いし、女性ボーカルバンドらしいキュートさがたまらなくて、私もかなり砕けたニュアンスで歌っているところがたくさんあります。サウンド自体はけっこうゴリッとしたロックなのに、ポップさとキャッチーさがあって。そこは水樹曲のレコーディングでギターをよく弾いてくださっている山本陽介さんが編曲に入ってくださったからこそだと思います。
──そのあとに、Elements Gardenの藤間仁さんによる「Trailblazer」が続きます。この曲といい藤田淳平さんによる「Moment of Truth」といい、クレジットにElements Gardenの名前を見つけるとホッとします。
「Moment of Truth」と「Trailblazer」に関しては、実は決め打ちでお二人にお願いしました。やっぱり25周年という節目なので、ずっと水樹を支えてくださったElements Gardenの方々の曲は外せないということで、今回は「変態曲を書いてください」というオーダーを淳平さんに、「水樹奈々にこんな曲を歌わせてみたい」というテーマを藤間さんにお願いしました。
──ただ、全体からエレガらしいテイストはもちろん感じられるものの、今までになかった味付けも随所に見つけられて。まさに今作のテーマである「安心感とチャレンジ」が、どちらにも詰まっています。
さすがのひと言ですよね。ただ、両曲ともブラッシュアップをかなり重ねたので、完成までに1年近くかかりました。歌うことを考えて「これ以上やっちゃっていいの?」と思ったそうですけど、そこはスパルタモードでも大丈夫ですと振り切ってもらいました。その結果、「これはライブで歌うのが大変だ……」という曲になりました(笑)。でも、今までもそうやって自分を更新してきましたし、これからも前進し続けたいと、より気合いが入りました。
──「Awsome!」は水樹さんが作詞作曲を手がけた1曲です。先ほどのお話からすると、制作終盤に取りかかった曲なのかなと思いますが。
そうですね。この曲は25周年をテーマに、ファンの皆さんへの感謝の気持ちとこれからも一緒に歩んでいってほしいという思いを込めて作りました。「最高!」という言葉がサビに登場しますけど、25周年という節目を迎えられること自体が最高なことで、皆さんといつもパワーのやりとりをライブでやらせていただいているのも最高の瞬間ですし、これからも自分史上最高を更新し続けていきたいという思いも込めて、このワードをそのまま英訳してタイトルにしました。もちろん、これまでの道のりは決して最高な瞬間ばかりではなく、何度も心が折れそうになったこともありましたけど、そんなときでもあきらめることなく「最高の瞬間を目指すんだ!」というポジティブな言葉を暗示のように自分に言い聞かせて進んできたところもあるので、この「最高!」にはいろんな意味が込められています。
ステーキやカツ丼なのに後味スッキリ
──アルバムのラストはオーケストラをフィーチャーしたバラード「ツバサ」で締めくくられます。これは完璧な流れだと思います。
「拍動」から「とんでもないアルバムが始まったぞ!」と大忙しになるんですけど、不思議とここまで聴き終えるとホッとできる、という構成になっています。「ツバサ」は本作の制作において、最後の最後に収録が決まった曲なんですよ。どうしてもバラードは1曲入れたいなと思っていたんですけど、当初エントリーしていた曲が「これだ」というものに仕上がらなかったんです。なので、急遽別の曲を制作することになり、吉木(絵里子)さんから以前いただいていて「いつか完成させられたらいいな」とストックしていたデモを三嶋さんが掘り起こして、「これがぴったりじゃないか?」という話になりました。
──先ほどおっしゃった、水樹さん側と作家側のタイミングがここにきて合致したと。
私も聴いた瞬間に「これ! これを歌いたい!」と求めていたものが見つかった気がして。原曲は10年近く前に作っていただいたものだったので、ほかのアーティストさんに提供されてしまっている可能性もありましたが、運よくまだ使われていなかった。吉木さんも「見つけてくださってありがとうございます!」と言ってくださり、昨年12月から急ピッチで制作に取りかかり、そこから1カ月で完成しました。
──制作が長期にわたった理由がここで納得できました。1曲1曲にこだわり続けたからこそ、最後の最後までそれを全うしたかったわけですものね。
あんなに時間があったのに、最後の1カ月でこんなに追い込みするなんて(笑)。「本当のデッド(締め切り)はいつですか?」と確認しながら、ギリギリまでブラッシュアップを重ねてなんとか完成に漕ぎ着けました。
──濃厚でバラエティに富んだ内容なのに14曲で52分強という、水樹さんのアルバムの中ではかなりコンパクトな仕上がりで。特に前作以降は1曲が4分を超えない楽曲が増えており、特に今作は3分台の楽曲が中心。これは意図的なものなんですか?
自然とそうなってきました。音楽業界全体が数年前からこの方向にあるじゃないですか。それがもしかしたら知らない間に体に入り込んでいて、自分もそれを心地よいと感じて求めてしまったのかもしれないです。特に今作では、パンチはあるけど何回も聴きたくなる、何回も味わいたくなるというシンプルなものを求めていて。今までは特盛りにしてドカーンとやり切るのが水樹楽曲のやり方だったんですけど、だんだん大人になって「ちょっとやりすぎだな」と感じるようになり(笑)、シンプルな方向に行きたくなったんです。それはスルメっていう意味ではなく、ステーキやカツ丼なのに後味スッキリ、みたいな感じで。メロディやアレンジは今まで通り振り切っていますが、構成を変えることでその要素を強めていった。その結果、どんどんコンテンポラリー(現代的)なコンパクトさが際立っていったんだと思います。
──そこがアルバムタイトルの「CONTEMPORARY EMOTION」にもつながっていった?
そうなんですよ。ベースにあるものは変わらず、その時代ならではの要素を常に取り込みながら化学変化を楽しみたいと思っているので、特に今作はそこが色濃く出たアルバムになった。だから「コンテンポラリー」という言葉は絶対使いたいねということで、このタイトルになりました。
──水樹さんのアルバムは2ndアルバム「MAGIC ATTRACTION」(2002年)以降は60~70分前後の作品が大半ですが、実は今作と1stアルバム「supersonic girl」(2001年)は52分強という共通点があるんです。僕はてっきり25周年だから原点回帰の意味もあったのかなと、ちょっとだけ邪推してしまったんですが。
たまたまです(笑)。1stアルバムの頃はフェードアウトの曲が多いんですよね(笑)。そこからDメロやリピートするパートが増えて、間奏などが長くなって、1曲の尺が長くなっていったのかな。そう考えると、今は潔さが大事なのかもしれませんね。
「今やりたいことを全部」で駆け抜けた25年
──このアルバムが3月に発売されるものの、本作を携えた全国ツアーは12月スタートと、ちょっと先になります。
本当は夏にやりたいところだったんですが、ツアー初日を12月6日のデビュー記念日に合わせたかったというのが一番の理由です。ちょっとお待たせしてしまうんですけど、今回はひさしぶりの北海道から始まり、地元の愛媛にも行くことができ、神戸はGLION ARENA KOBE、東京はTOYOTA ARENA TOKYOとそれぞれ新しい会場でライブをすることもできる。14公演もひさしぶりで、デビュー記念日から始まって自分の誕生日週に終わるという、お祝いモード満載で気合い入りまくりのツアーになっています(笑)。
──“なな(7)”ということで言えば、ツアーが始まるまでの間に7月もありますが。
何かあるかもしれませんし、ないかもしれません(笑)。先日このアルバムのリリース前インストアイベントがあったのですが、それも3rdシングル「The place of happiness」(2001年)以来24年ぶりだったんです。今後、東名阪でやらせていただくのですが、店舗にお邪魔して直接ファンの皆さんと触れ合う機会があるのも原点回帰で。周年だからこその企画もあると思いますので、春以降も楽しみにしていてほしいです。
──デビューから25年経とうとしている今も、水樹奈々というアーティストはがむしゃらに走り続けていて、ここから先もその歩みを止めることなく走り続けるんだろうなということが、今回のアルバムからもしっかり伝わります。改めて言うのも変な話ですが……本当にすごいアーティストになりましたね。
いやいや。ただ欲張りなだけです(笑)。いろんなことを常にやっていたいし、やらないともったいないと思ってしまう。次があるかわからないし、だったら今やりたいことを全部やっちゃおうみたいな。その精神で出し惜しみなく走ってきた結果こうなりました。なので、かなり暑苦しいかもしれないですけれど(笑)、ここから次の30周年へ向けて成長、進化していけるよう、守りに入らずがんばっていけたらと思います。
──長く活動していると、自分のやり方もある程度固まって経験則もできてくる。それによって想像以上のものが生まれにくくなることもありますものね。
そうですね。これからもいろんな方にビシバシ鍛えていただいて、まだ見たことのない世界を目指したいと思います。実は、今年のお正月におみくじを引いたら「もっと学べ」と書いてあったんです(笑)。神様から見たらまだまだひよっこなんだなと思ったので、もっといろんなことを勉強して、さらに進化できるようにがんばります。
公演情報
水樹奈々 ライブツアー(タイトル未定)
- 2025年12月6日(土)北海道 真駒内セキスイハイムアイスアリーナ
- 2025年12月13日(土)愛媛県 松山市民会館
- 2025年12月14日(日)愛媛県 松山市民会館
- 2025年12月20日(土)兵庫県 GLION ARENA KOBE
- 2025年12月21日(日)兵庫県 GLION ARENA KOBE
- 2025年12月27日(土)広島県 上野学園ホール
- 2025年12月28日(日)広島県 上野学園ホール
- 2026年1月10日(土)愛知県 Niterra日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
- 2026年1月11日(日)愛知県 Niterra日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
- 2026年1月17日(土)福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール
- 2026年1月18日(日)福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール
- 2026年1月23日(金)東京都 TOYOTA ARENA TOKYO
- 2026年1月24日(土)東京都 TOYOTA ARENA TOKYO
- 2026年1月25日(日)東京都 TOYOTA ARENA TOKYO
プロフィール
水樹奈々(ミズキナナ)
愛媛県出身の声優アーティスト。1997年に声優としてデビューし、「魔法少女リリカルなのは」「ハートキャッチプリキュア!」「NARUTO -ナルト-」といったアニメ作品で人気を集める。2000年にはシングル「想い」で歌手デビュー。2009年6月にリリースされたアルバム「ULTIMATE DIAMOND」で声優アーティストとして初のオリコン週間ランキング1位を獲得した。同年12月には「NHK紅白歌合戦」に初出場。2011年12月には声優アーティスト初の東京ドームコンサートを2日間にわたって開催し、大成功に収めた。声優として第一線で活躍しながらコンスタントに作品を制作し続け、2025年3月に通算15枚目のオリジナルアルバム「CONTEMPORARY EMOTION」をリリース。デビュー25周年記念日の12月6日より全国ツアー(タイトル未定)を行う。
水樹奈々オフィシャル (@NM_NANAPARTY) | X