みゆな「眼」 PR

みゆな「眼」インタビュー|“眼”を見開いて進め 宮崎で芽吹いた16歳の才能

宮崎県在住、16歳の現役高校生シンガー・みゆなが、2月6日に初のミニアルバム「眼」をリリースした。作品にはみゆなが初めて作曲した楽曲「ふわふわ」をはじめ、2018年に本格的に音楽活動をスタートさせてからまもなく決まったテレビアニメ「ブラッククローバー」のオープニングテーマおよびエンディングテーマ「ガムシャラ」「天上天下」、そしてRADWIMPS「なんでもないや」のカバーなどが収録され、彼女の現時点でのアイデンティティが詰め込まれた1枚に仕上がっている。

音楽ナタリーではリリースを記念し、みゆなにインタビューを実施。彼女の生い立ちから「眼」に込めた思いまでを語ってもらった。

取材・文 / 真貝聡 撮影 / 映美

小さい頃から負けず嫌い

──みゆなさんが音楽を始めたきっかけは、小学生のときに音楽の授業でみんなとうまく合唱できなかったことが理由だったとか。

そうなんです! 小学1年生のときに「声が大きいわりにガサガサしてる」って怒られたんですよ。

──誰にですか?

みゆな

先生に(笑)。それで悔し泣きをして、家でそのことをお母さんに話したら、合唱部に入るのを勧められました。そこでボイストレーニングを受けるようになって。

──自分だったらきっと歌うことを避けたいと思ってしまいますが、そこでみゆなさんが積極的に歌うことを選んだのが驚きです。

小さい頃から負けず嫌いなところがあったし、「意地でも歌えるようになってやろう」と思ったんですね、きっと。続けたら声も徐々に安定するようになって、小学6年生のときにあった合唱コンクールの練習では、体育館のど真ん中に台を置かれて、先生から「あなたはここで歌って」と言われました。

──それはなぜですか?

みんなのお手本になったんです。先生が「みんな、みゆなさんの歌い方をマネして」と言って、みんなが私に続いて歌ってくれて。メチャクチャ恥ずかしかったと同時に「やったぜ!」みたいな気持ちでした(笑)。

──すごいことだと思います。合唱部に入る前は、音楽に関心はありましたか?

はい。小さい頃から天童よしみさんとか美空ひばりさんの歌をめちゃめちゃ歌っていました。小学1年生ですかね、人生2度目のカラオケへ行ったときに、私が美空ひばりさんの「愛燦燦」を歌う動画が残っているんですよ。それをこの前観て、本人に寄せて歌っている感じとか「ああ、今と変わってないな」と思いました(笑)。

──1年生で「愛燦燦」を歌うとは驚きです。

母とおばあちゃんがよく聴かせてくれていたんです。小学5年生になると、お母さんに「これ聴きなさい」って「悲しい酒」も教わりました(笑)。

──お母さんも音楽をやられていたんですか?

本格的にはやっていなかったけど、「のど自慢大会」のような歌番組で歌ったことがあるみたいです。自分が叶えられなかった分、娘に夢を託している感じなのかなと思います。

腰の骨は折れていたけど東京へ

──話を戻しますが、6年生の合唱コンクールのあとは、音楽とはどんな付き合い方を?

いろんな音楽に触れたいと思って、合唱部を辞めました。地元に音楽スクールがあったので、そこに通って本格的にトレーニングをするようになりました。

──ただ、中学校の部活動は陸上部に入ったんですよね?

はい。陸上は小学2年生のときからやっていたんですよ。一応、6年生のときにはリレーで全国大会へ行って……。

──そんなに速かったんですか!

みゆな

でも中学1年生のとき、陸上大会で監督から「ロボットみたいな走り方をしている」と言われて。病院へ行ったら腰を骨折していることがわかったんです。治療には6カ月くらい時間がかかってしまって。で、その治療中に歌のオーディションを受けたら全国大会へ進めたので、腰の骨は折れていたけど東京へ行って、ステラボールで歌いました。なんだか、思い返すと濃い日々ですね(笑)。

──小学生のときに全国大会へ出場した陸上少女が、中学で骨折してアスリートの道を絶たれ。リハビリ期間中に歌のオーディションを受けたら、そちらで全国へ行けたという。

そうなんです!

──ドラマチックなストーリーですね。

オーディションでは賞を取れたわけではなかったんですが、その場にいた関係者の方に声をかけていただいて。そこからレッスンに通うようになりました。福岡を中心にいろんなイベントへ出させてもらってギターを始めて……そんな中でオリジナル曲の「ふわふわ」をスタッフさんに聴いてもらったら「すごいぞ!」と言っていただいて。そこからトントン拍子に「アニメのテーマ曲に決まったぞ!」みたいな感じだったので、声をかけていただいてから今日までは、あっという間だった感覚です。

──「ふわふわ」は何歳のときに作ったんですか?

中学3年生ですね。ギターを触りたての頃に椎名林檎さんの「丸の内サディスティック」を簡単なコードで練習してたらメロディが浮かんで。最初は1番しか考えてなかったんですけど、ライブで歌うから急遽歌詞を2番まで考えて歌ったら、周りの方に褒めてもらえて。今回のミニアルバムにも入っていますが、初めてフルで作った曲がこんな形で作品になるとは思っていなかったです(笑)。

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