miletインタビュー|移ろいゆく豊潤で複雑な感情を歌に、3rdアルバムが映し出す変化 (2/2)

衝撃的な地獄のクラブソング

──アルバム終盤に置かれた「HELL CLUB」は、今回のアルバム最大の衝撃で、特に「馬鹿は死ねども踊り続けてる」というフレーズはすごいパンチラインが来たと思いました(笑)。

確かにここで英語に逃げなかった私、成長したなと思います(笑)。これはドックさん(Ryosuke "Dr.R" Sakai)に監修してもらいつつ、主にHiRAPARKと2人で作りました。アルバムの構想を練っているときに「地獄のクラブソングを作ろう」というアイデアがあったんです。それでHiRAPARKくんとスタジオに入るときに、DJである彼のビート感や、ローをしっかり出してくれる音作りが私の好みと合わないわけがないと思ったので、「今日は『HELL CLUB』作ります!」と言ったら、HiRAPARKくんも「いいねー!楽しみ!」と言ってくれて(笑)。

──あはは、楽しそう(笑)。

この曲は古事記とギリシャ神話をモチーフにしています。古事記はもともと好きだったんですけど、ギリシャ神話にはあまり親しみがなくて、ちょうどこのアルバムの制作時期に深く読み込んだんですが、古事記とギリシャ神話は重なるところが多くてびっくりしました。特に地獄の描き方が似ていて、古事記は黄泉の国、ギリシャ神話には冥土がある。どちらも夫が妻を死後の世界から引き戻そうとする話があり、妻が夫に「決して振り返ってはならない」と言うところも同じで、そこまで似ていることに奇跡的なものを感じました。死後の世界に対する潜在的な感覚や、愛の重さ、タブーを破ってしまう愚かさ……そういうものは世界共通なんだなと思ったし、その世界観はすごくロマンチックで、でもえげつなくてドロドロしている。このヘビーさは言葉にしがたいけど、音でなら表現できると思って。

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──神話の地獄は怖いけど魅惑的ですよね。見たい、知りたい、行ってみたい。

でも行ったら最後、戻れないかも(笑)。実は歌詞には検索しても出てこない言葉があるんですよ。間奏部分の「Presto」は音楽用語で「速く」、「Adiuva me」はスペイン語で「助けて」という意味なんですけど、その後の「Testo ramesteco me」は響きだけで作った言葉です。なんか、それっぽくないですか?

──これ造語なんですか? すごく合ってますね。

ですよね(笑)。あえてこの言葉の意味は言わないでおきます。この言葉を希望の言葉として解釈したらこの曲は希望に満ちたものになるし、救いのない解釈にしたら永遠にヘルクラブから出られないことになるので、皆さんぜひご自身で物語の最後を解釈してください。

──これはライブでも重要な曲になりそうですね。あと今回強烈なのが「Clan」や「b r o k e n」で鳴っている歪んだギターサウンド。特に1曲目の「Clan」が重厚なギターソロで始まるのが印象的です。

このギターはいつもライブで弾いてくれている(野村)陽一郎です。去年のZeppツアーも1曲目が「Clan」で陽一郎のソロで始まる演出があったんです。これはパンチがあるから残したいなと思ってアルバムの幕明けに入れました。私を形成した音楽はクラシック音楽とロックとポップスと、いろんなジャンルがあって、自分の深いところで混じっているんですけど、それを少しずつ見せていこうかなと。もっとヘビーなものもあるんですけど、とりあえず今回は導入部分としてロックな部分を出しました。

──それは3作目のアルバムだからこそできたことかもしれませんね。

それはあります。だんだん自分の心の扉が緩くなって、外に対して心の中を打ち明けやすくなってきている感じがする。もちろんまだ固く閉ざしているところもあるんですけど、少しずつ開いているかなと思います。

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“届ける”ところまでを一連に

──ラストの「December」はラブソングでしょうか? 穏やかな中に切なさを感じます。

これはお母さんを思って作った曲です。私とお母さんは2人で乗り越えてきたものがたくさんあって、なんかもう親子の関係を超えてるんじゃないかなと思うときもある。以前と比べて少しずつ関係性も変わってきて、いつもお母さんに慰められていた私が慰める立場になったり、今では私のほうがお母さんのことを理解している部分もあったりして。あなたは私にこの歌を作らせる人になったんだよ、来世では私がお母さんのお母さんに生まれたいと思うほど、あなたに感謝をしているんです、ということを優しい音で伝えたくて。

──お母さん、うれしいでしょうね。

すごく個人的な歌で、すべてのお母さんに向けた歌というわけではないんですけど、子供にはこんなふうに思う瞬間があるということを知ってもらいたいなとも思います。この曲、まだお母さんに聴かせてないんですけどね。

──そうなんですか?

だって「なんで私の曲をこんな暗い曲にするの」って言いそうだから(笑)。でもきっと気に入ってくれると思います。昔お母さんがしてくれたことで、今になってその意味がわかることがたくさんあるんですよね。あるときに握り返してくれた手の感触が今でも私の中に残っているし、それにどれだけ助けられているか。「そういう意味で握ったわけじゃないんだけど」って言われることもあるけど、私が感じたことが正解だから。

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──そのときどきの思いが大事ですよね。

そう。それを言語化することが何より大事かなと思ってます。今この瞬間にも何十もの感情が生まれては消えていって、そこに対して常に敏感にいたいんです。人が何かを伝えてくれたら、その意図をちゃんとキャッチして、自分が感じ取ったことをちゃんと伝えたい。例えば私、ごはんを食べているときもよくシェフの人に話しかけちゃうんです。私も作り手として、感想を言われるとすごくうれしいので。

──なるほど。

その感想が作り手側の意図と違ったとしてもいいと思うんです。「この人にはそんなふうに届いたんだ」といううれしい気付きとモチベーションになるから。だから感じたことを言語化して人に届ける。“伝える”じゃなくて“届ける”ところまで一連にしようと最近思うようになりました。

──この言い方が正しいのかわかりませんが、すごく解像度の高い生き方だなと思います。それだけ1つひとつの感情に集中するとなると疲れるんじゃないかな……とも。

疲れます(笑)。でも感情をシャットアウトすることのほうができなくなってきてる。

──心の中がすごいデータ量になっているんだろうなと。

確かに解像度は上がる一方で、心の中はパンクしそう(笑)。でも歌にするとスッキリしますね。デトックスとは思っていなかったけど、苦しかったものをひとつの形にしてシェアして共感してもらえると、あの感情も無駄じゃなかったなと思える。だから自分の中に歌があってよかったなと実感します。

miletが5amに読みたい1冊は

──今miletさんの中で歌がどんな存在なのか、少しわかったような気がします。さて、先ほどmiletさんは「5am」によく本を読むというお話がありましたが、どんな本を読まれているのか、今日はそのうちの1冊を持ってきていただきました。

私が今日持ってきたのは、ルソーの「孤独な散歩者の夢想」です。

miletの愛読書、ルソー「孤独な散歩者の夢想」。

miletの愛読書、ルソー「孤独な散歩者の夢想」。

──哲学書ですか?

哲学の本って難しそうと思われるかもしれませんが、この本は柔らかい文章で読みやすく、すごく面白いんです。ここにはルソーがたどった思考の道筋が書かれていて、彼はすごくネガティブだけどポジティブなんですよ。自分のどん底のところをしっかり見据えることができているから、その立ち直り方と、立ち直らなくてもいいことの理由をすべて分析している。「なるほど」と思う部分も「違うな」と思う部分もあるんですけど、ふと自分と重なる文章に出会えるんです。例えば(とページを繰る)……「人がたえず不幸であるというのは、どんな境遇にあっても、ただ自分だけによるものだからである」。つまり不幸とは自分の中で作り出されるもので、その感情を芽生えさせるのも、課せるのも、自分だけであると。

──なるほど。

「彼ら人間が僕をいかように見ようと欲しても、彼らは僕の存在を変えることはできまい」……自分というものは自分の中で形成していくことしかできないもので、他人の言葉は聞く価値がないよ、ということを書いているんですね。

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──自分主体でいいんだと。

そう。ルソーの思考はすごく小さなエピソードから始まっていたりして、「そんなことで悩むなよ」って思うこともあるんですけど(笑)、その小さな出来事がきっかけとなり自分の思考に潜り込めるなら、それは彼にとってかけがえのない事象なんですよね。そういうことは私にもあると思う。ほかの人から見たら小さいことでも、自分にとって大事なことを大事なものとしてそのまま捉えるのは大切なこと。その思考を続けるのはしんどいし疲れるけど、それによって自分の人生の価値観や命の重さは変わってくると思います。

──それは「5am」のテーマと通じるものだと思います。9月からのツアーも濃い内容になりそうですね。

今回のツアーでは熟成発酵させたmiletの「5am」という世界観をお見せしたいと思っています。そしてみんなが思う「5am」、人生の時間を持ち寄ってほしい。「私にはこんな5時が見えてるよ、みんなはどう?」というのを感じ合いたいし、そうすることでそれぞれに感じることや、いろんなものの見え方が変わるかなと思うので、ぜひこの「5am」の曲たちをしっかり聴いてきてくれるとうれしいです。

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ライブ情報

milet live tour “5AM” 2023

  • 2023年9月10日(日)千葉県 森のホール21
  • 2023年9月17日(日)三重県 四日市市文化会館
  • 2023年9月18日(月・祝)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
  • 2023年9月22日(金)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール
  • 2023年9月24日(日)京都府 ロームシアター京都 メインホール
  • 2023年10月1日(日)大阪府 フェスティバルホール
  • 2023年10月7日(土)石川県 本多の森 北電ホール(旧:本多の森ホール)
  • 2023年10月9日(月・祝)新潟県 新潟テルサ
  • 2023年10月14日(土)静岡県 静岡市民文化会館 大ホール
  • 2023年10月15日(日)神奈川県 神奈川県民ホール 大ホール
  • 2023年10月17日(火)東京都 昭和女子大学人見記念講堂
  • 2023年10月22日(日)高知県 高知市文化プラザ かるぽーと
  • 2023年10月28日(土)広島県 広島文化学園HBGホール
  • 2023年10月29日(日)岡山県 岡山市民会館
  • 2023年11月3日(金・祝)宮城県 仙台サンプラザホール
  • 2023年11月4日(土)岩手県 盛岡市民文化ホール 大ホール
  • 2023年11月11日(土)福岡県 福岡サンパレス
  • 2023年11月18日(土)東京都 東京国際フォーラム ホールA
  • 2023年11月23日(木・祝)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru

Hey Taipei,I'm milet

  • 2023年11月29日(水)台北 Zepp New Taipei
  • 2023年11月30日(木)台北 Zepp New Taipei

プロフィール

milet(ミレイ)

ハスキーかつ重厚感のある歌声が特徴の女性シンガーソングライター。思春期をカナダで過ごし、現在は東京都内に在住している。2018年に本格的に音楽活動を開始。同年10月にパリ、ニューヨーク、ソウルなど世界各国で開催されたイヴ・サンローランのイベント「YSL BEAUTY HOTEL」の東京・表参道ヒルズ会場でライブパフォーマンスを披露した。2019年3月にドラマ「スキャンダル専門弁護士 QUEEN」のオープニングテーマ「inside you」を含む4曲入りの「inside you EP」でデビュー。その後もドラマ「偽装不倫」の主題歌や、「ヴィンランド・サガ」「Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-」といったテレビアニメのテーマソングを担当し幅広いリスナーを獲得する。2020年6月に1stフルアルバム「eyes」を、12月にシングル「Who I Am」をリリース。年末には「NHK紅白歌合戦」に初出場を果たす。2022年2月に2ndフルアルバム「visions」を発表。2023年春にはMAN WITH A MISSIONとのコラボレーションでテレビアニメ「『鬼滅の刃』刀鍛冶の里編」の主題歌「絆ノ奇跡」「コイコガレ」を発表し、国内外で話題に。5月には東京・日本武道館公演を2日間にわたって開催した。8月に3rdアルバム「5am」をリリースする。