ナタリー PowerPush - 牧野由依
ハイブリッドアーティストの本質は? 多彩な光を放つ新作「ホログラフィー」に迫る
個人的に「pal@pop×斎藤ネコ」のコラボが見てみたくて
──「hologram」は、牧野さんの作曲なんですよね。作曲家・牧野由依が作ったアルバムタイトルトラックと言える楽曲がこのダークなテイストだった、というのはなかなか興味深いです。
元々フランスというところにすごく憧れがあったんですけど、ここのところヨーロッパに行かせていただく回数が結構多かったんですね。フランスはもちろん、ドイツやイタリアにも。学生時代から勉強してきたクラシックの本場を実際に目で見て肌で感じて、それを自分なりに表現したのがこの曲なんです。
──アレンジについてはどのように?
岩崎琢さんにアレンジをお願いしたのは私の希望です。岩崎さんは少し前に劇伴集を出されたんですけど、その作品を聴いたときに、クラシックに通じるものとデジタルな音楽の融合が本当に素晴らしくて! ぜひ「hologram」を岩崎さんの世界で彩ってほしいなと。岩崎さんは手法がバッハみたいなんですよね。弦のリズムも古典的、バロック的な感じで。「いびつなものこそ美しい」というバロックの根源は、まさに私が思っていた「hologram」のイメージだったんです。この曲が完成したのは本当に岩崎さんのお力のおかげですね。
──「Merry-go-round ~Album ver.~」は、シングル(「お願いジュンブライト」カップリング)では歌詞のキラキラした世界観を表現したようなポップなアレンジでしたけど、アルバムバージョンでは岩崎さんの編曲による生のホーンとストリングスが加わり、ミシェル・ルグランを思わせる華麗なジャズワルツに生まれ変わりましたね。
シングルでは「近未来的なメリーゴーランド」みたいな雰囲気で、アルバムのほうは「今動いているメリーゴーランドの中で世界最古です」みたいな(笑)。
──アルバム全体に言えることですけど、この曲は特に、1990年代にいわゆる“渋谷系”と呼ばれる音楽を熱心に聴いてた人は思わずハッとすると思います。
あー、後ろでニヤけてるスタッフさんがいますね(笑)。
──間違いなくその世代の方ですね(笑)。「春待ち風」「二度目のハツコイ」のアレンジを手がけている河野伸さんは1stアルバムの頃から参加されていますが、「crepuscular rays」「Brand-new Sky」の斎藤ネコさんは初共演ですよね?
私は斎藤ネコさんの音楽が大好きで。ポップスだと椎名林檎さんとのコラボ(椎名林檎×斎藤ネコ「平成風俗」)がすごく印象的で、ぜひ一度お願いしたいなと思ってたんです。すごく優しい方で、レコーディングまでの1年ぐらいの間に、ライブにお誘いいただいたり、一緒に飲んだり。ちょっと遊んでもらいつつ、みたいな感じで。
──あの柔和な雰囲気を持った方から、どうしてこうスリリングな音がくるんだろう、という感じがしますよね。あの独特の世界と牧野由依の世界がぶつかるとどうなるのかなと。
私もそう思って、自分で作詞・作曲した「crepuscular rays」のアレンジをお願いしました。曲としては、sus4(コードの構造形式)で完結させると落ち着くんですけど「できる限りsus4を使わずに曲を進めたい」ってネコさんと打ち合わせをして。最後に一度だけ出てくるから「最後の最後に完結した!」みたいな気分になれるんです。
──「Brand-new Sky」のほうはpal@popさんの作曲ですが、別の方のアレンジで聴くのは新鮮でした。pal@popさんと言えば、規則正しく音符が整列したメロディとアレンジが特徴だと思うので、音が鳴ったとたんつい身構えてしまうぐらい(笑)。
モニョンとしますよね(笑)。これは私が個人的に「pal@pop×斎藤ネコ」のコラボが見てみたいなと思って。ネコさんは打ち合わせでピアノを弾きながら「どこに行くのがいいんだろうなあ」「うーん、こっちはどうだろう」といろいろな方向を試してくださって、結果このアレンジに落ち着きました。
──この曲は5月のコンサート「Yui Makino Concert ~So Happy~」ですでに披露されていましたけど、あのときはもう少しビートの強いアレンジでしたよね。
コンサートのときはすごく激しい疾走感のある感じで「ちょっと今から戦いにでも行きますか」みたいなアレンジで歌ったんですけど、アルバムの中に入れるとなると、もしかすると浮いちゃうかもって思ったんです。キーもコンサートのときより低くして。余裕を持った歌声のほうがこのメロディにしっくりくるし、あえて歌い上げないように、落ち着いた感じを出すようにしました。
“NOTリア充”の恋愛作詞術
──それでは「作詞家・牧野由依」についてお訊きします。今回のアルバムでは、既発曲も含め5曲作詞されていますけど、これまでよりも肌感のあるラブソングというか、恋愛がストレートに描かれているように感じました。これはきっと、リアルが充実してるのではないかと思ったのですが。
NOTリア充ですね。アハハハ!
──ラブソングの題材は、やはり前回のインタビュー(シングル「お願いジュンブライト」発売時)のときにおっしゃっていたように……。
友達に電話をかけまくるのと、「夜な夜なゼクシィ」です。
──夜な夜なひとりで結婚情報誌を読んで想像をふくらませるんですよね(笑)。
夜な夜なゼクシィと、夜な夜な賃貸情報サイト、ですね。マンションの間取り図を見るのが好きで、間取り図を使って妄想するんです。「ゼクシィ」を読んだ後に間取り図を見て、ここにこういう家具を置いて、ベッドはダブルじゃなくてシングルを2つ置いて、ゴミ出しはやっぱり当番をしてもらって……っていう細かい設定をして詞を書くと、楽しい(笑)。
──楽しそうですけど、虚しくなりはしませんか(笑)。
そうですね。夜が明ける頃になると泣きたくなります(笑)。
──「二度目のハツコイ」も「夜な夜なゼクシィ」ですか?
これはNOTゼクシィですね。自分の経験プラス、友人の恋バナのちゃんぽんですね。知識や経験がまったく通用しない恋、どうしたらいいかわからない恋。20代、30代と年齢を重ねてもそんな恋ができたら、どんなに幸せで楽しいだろうなって。
──アーティスト活動を始めた5年前なら出てこなかった歌詞ですよね。
そうですねー。この曲の前に書いた「碧の香り」(2010年11月発売の9thシングル)は、まず最初に「きれいな日本語を使いたい」という目標があったから、わりと硬めな、作詞的な手法を使って書いたんです。その後「もっとストレートなものも書いてみたら?」というアドバイスをもらって、それを受けて挑戦してみたのが「二度目のハツコイ」の歌詞。ただの「初恋」でも良かったんですけど、タイトルでガラッと意味が変わるような歌詞を書きたいなというのがあって。「わかりやすすぎるのはちょっと性に合わない!」みたいな。たぶんテレ隠し的な気持ちもあると思うんですけど。
──牧野さんの作品って、まさに「ストレートすぎず、かつポップ」というのが特徴だと思うんですけど、それって周りから作り上げられたイメージではなく、案外牧野さん自身の資質なんですね。
たぶん。19歳ぐらいの頃に書いた「幸せのため息」(1stアルバム「天球の音楽」収録)の歌詞は「自由に書いていいよ」と言われて書いたものなんですけど、今読み返すととんでもない内容で。「理想と現実の差にため息が出ちゃう。でも、そのため息こそが幸せのため息なんだ」ということを延々語ってるんですよ。「嘘をつかれてるのが心地いい」とか。19歳なのに(笑)。
──アハハハ。
「やめときなさい」って言いたくなるような恋の歌を書いていたのを最近読み返してて「恐ろしい!」って。きっと元々そういう人間なんだと思います。
CD収録曲
- 春待ち風
- お願いジュンブライト
- Merry-go-round ~Album ver.~
- ふわふわ♪
- Cluster
- Precious
- hologram
- crepuscular rays
- 二度目のハツコイ
- Brand-new Sky
- 碧の香り
- 未来の瞳を開くとき
- その先へ
初回盤DVD収録内容
- 「お願いジュンブライト」ビデオクリップ
- Yui Makino Concert ~So Peace~@キリスト品川教会 グローリア・チャペル2010.12.16 ライブ&ドキュメンタリー映像収録
牧野由依(まきのゆい)
7歳で岩井俊二(映画監督)に才能を見出され、同監督の大ヒット作品「Love Letter」「リリイ・シュシュのすべて」「花とアリス」3作品に、8歳から17歳にかけてピアニストとして参加。2005年にシンガーデビューを果たし、同年には声優としての活動もスタートさせた。 2008年春に東京音楽大学ピアノ科を卒業し、2009年には事務所およびレコード会社を移籍。アーティストとして新たな第一歩を踏み出した。2010年3月3日にEPICレコード移籍第1弾シングル「ふわふわ♪」をリリース。同年8月には日本青年館でコンサートを行い、1200人の観客を集め大成功を収めた。2011年4月、EPOの作詞作曲によるニューシングル「お願いジュンブライト」をリリースする。この曲は資生堂「エリクシールホワイト」のCMソングとして、幅広い層に彼女の魅力をアピールするきっかけとなった。2011年7月、移籍第1弾アルバムとなる「ホログラフィー」を発売する。