シンガーソングライターの茉ひるが、1月28日に「百日草」でメジャーデビューを果たした。「百日草」は茉ひるがアジアツアーを通じて実感した、国や言語の壁を越えて通じ合う「変わらない愛」をテーマに据え、これまで「私とあなた」という距離感で描いてきた恋愛や感情の物語を、より広く聴き手1人ひとりへと伝える楽曲だ。
TikTokやYouTubeへの投稿をきっかけに注目を浴び、台湾、香港を中心にアジア圏へも支持を広げてきた彼女は今、何を見据えているのか。メジャーデビューに際しての心境から「百日草」に込めた思い、ツアーで得た気付き、そして今後の展望まで、現在進行形の言葉を訊いた。
取材・文 / 黒田隆憲撮影 / 塚原孝顕
きっかけは偶然見かけた路上ライブ
──小さい頃から音楽は好きでしたか?
はい。友達と一緒にカラオケに行ったり、時には1人で行ったりしていました。特に伊藤由奈さんの「Precious」が十八番で、友達や両親からも「聴きたい」とリクエストされることが多かったです。高校時代には、あいみょんさんの「マリーゴールド」もよく歌っていましたね。
──人前で歌おうと思ったきっかけは?
19歳の頃、名古屋を歩いていたときに、たまたま路上ライブを見かけたんです。それまで路上ライブをきちんと観たことがなかったですし、そういうライブのやり方があること自体知らなくて。道端で歌うという行為は、歌う側も聴く側も人目が気になると思うのですが、その方の声には、そういったことを超えてしまう力があり、とても印象に残りました。しかもその日は私、地元の三重から名古屋へ占いに行った帰りだったんです。当時すごく悩んでいて、占い師さんに「私に音楽は向いているんですかね?」と聞いたら、「それが天職になるかもしれないね」と言われた直後で。「こういう形で音楽と出会うこともあるんだな」と、不思議な気持ちになりました。
──当時はどんなことで悩んでいたのですか?
私は高校を卒業してすぐ、地元の工場で働いていたんです。高校時代は陸上部で、社会人になってからも続けていたのですが、コロナ禍で競技場が使えなくなったり、大会が中止になったりして、陸上もできなくなってしまって。だからただ生活のためだけに働いている感覚になってしまっていたんですよね。それで「何か夢中になれるものがないかな」と、ずっと模索していた時期でした。
──そんなときに路上ライブを見たわけですね。
はい。路上ライブが終わったあと、そのミュージシャンに「すごく素敵でした」と声をかけたんです。少しお話しする時間があって、「あなたからは何かを感じるから、もしかしたら音楽をやってみてもいいかもね」と言ってもらって。その言葉がすごく背中を押してくれたというか、その後すぐにスピーカーを借りて自分でも路上ライブを始めました(笑)。最初は三重と愛知を行き来しながら、たまに大阪にも遠征しましたね。そのうちコロナ禍がどんどん深刻になり、路上ライブは一旦お休みすることになって。その代わりに、カラオケで練習している様子を動画に撮ってSNSに投稿するようになりました。
──路上ライブやSNSでは、オリジナル曲も歌っていたんですか?
いえ、基本的にはカバー曲が中心で、その中にオリジナル曲を1曲差し込むようなセットリストでした。当時のオリジナル曲は、路上ライブや配信を通して出会ってくれた皆さんに向けて書いたものだったんです。一方で、1stシングル「I need you」(2021年4月配信リリース)は、本当に自分のためだけに書いた曲でした。その頃に大きな失恋をして、しばらく引きずっていた思いを歌にして。そうすれば思いが相手に届くかもしれないですし、自分の気持ちも少し楽になるんじゃないかと。
──三重で生まれ育ったことは、表現や考え方に影響していますか?
していると思います。私が育ったのは、三重の中でもかなり田舎のほうで。家のすぐ裏には山があって、周囲には田んぼが広がっているような場所でした。家は少ないけれど近所同士の交流があって、音楽を始めたときも「あ、始めたんだね」と自然に受け止めてもらえたんです。「茉ひる」という名前ではなく本名で活動していた頃から、身近な人たちが見守ってくれていたことは本当にありがたかったですね。だから地元のことは、これからもずっと大切にしたい。今回のツアー(「MAHIRU ASIA TOUR 2025-2026 "SeRendipity"」)のファイナル公演を三重で開催したのも、そうした思いからです。
SNSとの向き合い方
──YouTubeやTikTokで再生数が大きく伸びましたが、その理由をご自身ではどう分析していますか?
いくつかきっかけはあったと思っています。コロナ禍に入ったばかりの頃、カラオケで練習している様子をアップしたときは正直すごく疲れていて。「もう体育座りでもいいから歌おう」という状態で撮ったんです(笑)。そうしたら一気に再生回数が伸びて。体育座りで歌っている姿とか、低めの話し声なのに歌うと急に声が高くなるギャップに注目してもらえたのかなと思っています。それを見てくださった作曲家さんから連絡をいただくなど、さまざまな出会いにもつながっていきましたね。
──気合いを入れて撮影した動画より、少し気の抜けた動画のほうが注目を浴びたというのは面白いですね。
誰かが車の走行動画に私の楽曲を使ってくれたことも大きかったです。それをきっかけに、映像と一緒に曲を使ってくれる方が増えていって、カーイベントに呼んでいただく機会も増えました。そこから私自身も走行動画を作って投稿してみたら、なぜか台湾や香港の方に見てもらえるようになっていって。いろんな出来事が連なって、今につながっている感覚があります。振り返ると、どこかひとつでも抜けていたら、そこで止まっていたかもしれない。再生回数を狙っていたというより、本当に偶然の積み重ねでしたね。
──そこからは、再生回数を伸ばすために意識的な工夫もするようになりました?
動画の内容を工夫したり、中国語で歌詞を載せて、よりわかりやすく曲が伝わるようにしてみたり。曲の広がり方が再生回数という数字で見えることで、「こんなに見てくれる人がいるんだ」と実感できるのは率直にうれしかったです。ただ、再生数そのものよりも、「どんな人たちが見てくれているのか?」のほうが気になるようになって。どういう層に届いているのか、どういう伸び方をして、どういうタイミングで落ち着いていくのか、毎回しっかりチェックしています。台湾や香港の方に見てもらえるようになったときも、「どんな人たちなんだろう」「何に惹かれているんだろう」と、その人たちの“顔”を知りたいと思っていました。そのうえで、何が好きで、私のどんなところに魅力を感じてもらっているのかを考えるのが楽しいんですよね。
──SNSでは、できるだけファンの方に返信するようにしているそうですね。
はい。長く応援してくれている人もいれば、最近知ってくれた人もいる中、「ずっと愛してくれること」って当たり前じゃないとすごく感じるんです。なにしろ私自身がかなり飽き性なので(笑)、好きでい続けることは並大抵じゃできないと思います。だからこそ、以前からずっと応援してくれている人には、それに見合う何かをお返ししたい。一方で、新しく知ってくれた人には、その段階に合った形で何ができるだろう、と。自分のキャパシティの中で考えながら、少しずつここまで来た、という感覚ですね。伝えたい思いが増えてきた分、ライブパフォーマンスをもっとよくしたいという気持ちが強いです。
──これまで台北などで何度かライブをされていますが、日本のオーディエンスと反応は違いますか?
違います! 一番驚いたのは、曲の捉え方がまったく違うということでした。例えば日本の場合、BPMが少し高めの曲であっても、失恋の歌詞だったら、その部分を聴き込んでくださっているんです。歌っているときのお客さんの表情や、歌い終わったあとの拍手の雰囲気から、それがすごく伝わってくる。でも台湾など海外でアップテンポな失恋ソングを歌うと、めちゃくちゃ盛り上がるんですよ(笑)。一緒に歌ってくれたり手を大きく挙げてくれたりして。だから歌詞の意味というよりも、メロディのわかりやすさや日本語の響きそのものに惹かれてくれているのかな、と感じました。
──ファンの方からの反応で、特に多いものは?
「声がいいね」と言ってもらえることが多いです。音源で聴いてもらっているときもそうですし、ライブに来てくださった方からもよく言われます。素直にすごくうれしいですね。私、しゃべり声がけっこう低いので、「意外な歌声ですね」と言われることも多くて。「そのギャップに好感を持った」という声もあります。特に国内だと、この低いしゃべり声が女性の方に刺さることが多い印象です。なぜなのかは自分でもよくわからないんですけど(笑)。
次のページ »
愛ってどこに行っても生まれる




