結成20周年プロジェクトを展開中のlynch.が、“2ndリテイクアルバム”「THE AVOIDED SUN / SHADOWS」をリリースした。
「THE AVOIDED SUN / SHADOWS」は今年4月にリリースされた「GREEDY DEAD SOULS / UNDERNEATH THE SKIN」に続く、インディーズ初期作品のリテイクシリーズ第2弾(参照:lynch.結成20周年|入手困難インディーズ作の再録アルバムでアップデートされた初期衝動)。2007年発表の「THE AVOIDED SUN」、2009年の発表「SHADOWS」を再レコーディングした音源と、書き下ろしの新曲「BRINGER」が収録されている。
音楽ナタリーでは今回もメンバー全員にインタビューし、「THE AVOIDED SUN」「SHADOWS」をリテイクした理由や、オリジナル盤の発表時からの変化、20周年プロジェクトの締めくくりとして12月28日に開催される東京・東京ガーデンシアター公演への思いなどを聞いた。
取材・文 / 西廣智一撮影 / 堅田ひとみ
当時やりたかったことがここで完結した
──前作「GREEDY DEAD SOULS / UNDERNEATH THE SKIN」から約半年を経て、今度はアルバム「THE AVOIDED SUN」「SHADOWS」が再レコーディングされました。2ndリテイクアルバムについての情報が公開されたとき、ファンの反響はいかがでしたか?
葉月(Vo) 「THE AVOIDED SUN」「SHADOWS」は前回再録した「greedy dead souls」「underneath the skin」と違って廃盤にはなっていないんですけど、意外と「待ってました!」という声が前作のときよりも多かった印象です。特に「THE AVOIDED SUN」はlynch.の中で重要な作品になっているので、それを今のサウンドで聴けることがうれしいという意見は、耳にして喜ばしい気持ちになりました。
──前回はすでに廃盤になっている入手困難な作品群を今のメンバーで再録するという点が主軸になっていましたが、今でもオリジナル音源を聴ける作品を再録するとなると、意味合いが少し変わってきますよね。
葉月 そうですね。「THE AVOIDED SUN」も「SHADOWS」も、再構築しなくても聴けるクオリティの作品ではあるんだけど、それでも昔と今とでは変わっているところが多い。明徳がメンバーに加わったことも、もちろんそうだし、僕としても再録したいと思っていたので、制作できてよかったです。
──明徳さんはオリジナル音源のリリース時、リスナー側として作品に触れていたんですよね。
明徳(B) はい。激しめの音楽をやっていた僕ら世代のバンドにとっては、この2枚のアルバムはみんな通ってきた教科書のような作品で、体に染み付いている人も多いと思います。なので、自分が参加する形で再録できたのはとてもうれしかったです。当時のlynch.はバンドとしてやりたかったことやレコーディング方法についてまだ模索中だったと思うんですけど、長年活動してきていろいろとやり方がわかった状態で再録しているので、聞こえ方やリスナーの受け取り方もだいぶ変わるでしょうし、メンバーにとっても当時やりたかったことがやっとここで完結したんだろうなという感覚があります。
──悠介さんは「THE AVOIDED SUN」や「SHADOWS」を制作した当時、どんな気持ちでレコーディングと向き合っていましたか?
悠介(G) 当時はまだDTMを取り入れていなくて、自分が考えたフレーズを録音しておくことができなかったので、思いついたアイデアを忘れないようにしながらスタジオに向かっていました。だから、必死にレコーディングしていたことだけはよく覚えています。特に「THE AVOIDED SUN」は僕が参加した初めてのオリジナルアルバムだったので、いかにそのときのベストを尽くせるかを考えながらレコーディングしていた気がします。
自分たちの個性を出せなければ、前に進めないという危機感があった
──僕が初めて触れたlynch.の作品が「THE AVOIDED SUN」で、当時「すごいバンドが出てきたな。ここからまたヴィジュアル系シーンが新しく開けていきそうだ」と感じたのをよく覚えています。そして、「SHADOWS」に関してはLUNA SEAの「MOTHER」(1994年)を初めて聴いたときと似たような衝撃を受けて、「これが売れなかったらおかしい!」くらいに思いました。これらの作品を制作していた時期のlynch.はどういうフェーズだったのでしょう?
玲央(G) 「THE AVOIDED SUN」を作った当時、ヴィジュアル系シーンのバンドの数はおそらく今よりも多くて、普段は関わりが少ないバンドとイベントで競演することもありました。その中で自分たちが頭ひとつ抜けられていないという自覚のもと、攻めの姿勢で作ったのが「THE AVOIDED SUN」だったんです。このアルバムタイトルは「太陽になりたい」という意味を込めて僕から提案したものなんですけど、太陽は太陽でも“避けられた太陽”……イベントで一緒になったときに「あいつらと対バンしたら絶対に負けるから、一緒にやりたくない」と思われるぐらい強い存在にならなければこの先には進めないと認識していて、それを実現するためにこのタイトルを付けました。月並みな言葉で言うと差別化ですよね。シャウトメインで、ギターのチューニングはC#という、俗に言うラウド系と呼ばれるバンドが増えてきた時期だったので、その中で自分たちの個性を出せなければ次の年に自分たちはシーンにはいないだろうという危機感を持っていました。その気概がサウンドにも反映されているのかなと思います。
晁直(Dr) 激しいサウンドのバンドが多かったあの時代において、この2作品は静と動のコントラストがくっきりしている曲が中心で。その結果、聴き手にすんなりと受け入れてもらえるような作品になったんだと思います。今のlynch.の基盤となるような作品だったんだと、あとになって感じました。
──葉月さんが作るメロディの質感が初期とはだいぶ変わった印象も当時ありました。1stアルバム「greedy dead souls」は曲ごとに表現したい色がくっきり分かれていましたが、「THE AVOIDED SUN」や「SHADOWS」ではアルバム1枚を通してグラデーションのような流れが作られていて、かつ1曲1曲の密度がより濃くなっていますよね。
葉月 当時は激しさや重さといった要素を打ち出しているラウド系バンドばかりで、奥行きや深みを感じさせるバンドが少なかったんですよね。激しい曲の中に美しいコード進行を入れたり、さらにその上にシャウトを乗せたりすることでほかとの違いを出そうと意気込んで制作したのが「THE AVOIDED SUN」でした。それまで複数の曲で表現してきたことを1曲の中に融合させるという。そういう実験をいろいろやったことをよく覚えています。そして「THE AVOIDED SUN」を完成させたことで「やってやったぞ!」と自信が付き、さらにその先に行こうという気持ちで制作に向き合ったのが「SHADOWS」。さっきLUNA SEAの「MOTHER」を例に挙げていただきましたが、僕も当時ああいうスケール感のあるアルバムを作りたかったんですよ。まだライブハウス規模で活動していた時期でしたが、ホールツアーを回ってるバンドの気持ちで作ったアルバムというか。だから、当時の自分たちの状況的に作るのがちょっと早すぎた作品かもしれないですね。
──今、葉月さんがおっしゃったような姿勢で、インディーズという環境下で最善を尽くして制作に臨んだ結果が、オリジナルバージョンの「THE AVOIDED SUN」と「SHADOWS」だったと。
玲央 そうですね。あの頃は知識も少なかったですし、メンバーとエンジニアさんだけというコンパクトなチームで制作をしていたので、やはり限界があったと思います。その中でベストを出してはいましたが、今よりも選択肢が少なかった。でも、メジャーデビューしてからはプロフェッショナルな人たちと一緒に仕事をするようになり、「こういうところに気を付けると、こういった仕上がりになるんだ」とか、いろいろと勉強することが増えた。その経験を今回の再録には反映させられたんじゃないかなと思います。
リテイクアルバムは「同じものだけど別もの」
──確かに、メジャーデビュー作に当たる4thアルバム「I BELIEVE IN ME」(2011年)を初めて聴いたとき、全体のクオリティが急激に上がったことに驚きました。そう考えると、「THE AVOIDED SUN」と「SHADOWS」はメジャーデビューへの“爆発前夜”が刻まれているのかもしれませんね。そんな2作品の再録に、葉月さんはどんなことを意識して臨みましたか?
葉月 「基本的なところは変えるべきではない」という思いが8、9割くらいありました。好きなアーティストのリテイク作品を聴いたときに、原曲よりテンポが落ちていたりすると寂しい気持ちになるんです。当時の刺激感みたいなものは絶対に損なわないようにしたいなと。あと、収録曲の間(ま)にも当時こだわっていましたし、ファンの人もそれに聴き慣れていると思うので、その点もだいぶ気を使いました。
──悠介さんと玲央さんはギターのレコーディングに関して、どのように向き合いましたか?
悠介 “変えない美学”として「ここは絶対に変えないほうがいいな」と思う部分はそのまま残しつつも、スキル的にオリジナルのときにできなかったことを入れ込みたいなという思いもありました。2000年代後半と比べると機材面も進化しているので、そういう部分での変化もありますね。同じことを繰り返すのではなく、自分が飽きないように冒険しよう、決め打ちすることなく思いついたら変えてみようと、フラットな気持ちでレコーディングに臨んだ気がします。ただ、あまりにもオリジナルからかけ離れると聴き手に違和感を与えてしまうので、そこのバランスはもちろん大切にしました。
──オリジナルバージョンがリリースされたのは今から15年以上前ですが、音の質感やフレージングにおいて「今の時代的に違うかな」と思って変えた部分もありましたか?
悠介 そこはあまり意識していないかもしれないですね。奥行き感とか、当時表現しきれなかったことが今では余裕でできるようになっているので、当時よりも深みは出せていると思いますし、そこに関してはかなり意識的に臨みました。
玲央 僕に関しては……オリジナルバージョンの「THE AVOIDED SUN」や「SHADOWS」が好きで、「そこからファンになりました」という方をがっかりさせたくない思いが一番にあったので、曲自体の色は変えたくなかった。ただ、色の濃淡に変化があったり、差し色が入ったりと、そういう話であればチャレンジするべきだなとは考えていたので、基本は当時のままではあるものの、プレイの精度や音作りの面での変化をつけました。「本当は当時、こうしたかったんだよ」という本来の理想に近付けたことはすごくうれしかったです。あと葉月が言っていたように、世の中にはBPMが下がったことで寂しく感じてしまうリテイク楽曲もありますが、今回の作品には逆に「これ、BPM上がってるんじゃない?」と思う曲がいくつかあるんです。「これ、もともとは全部ダウンピッキングだったけど、練習しないと追いつかないぞ」としっかり練習してからレコーディングに臨みました(笑)。
──ドラムに関してはいかがでしょう?
晁直 僕は当時のテイクから、そこまで大きくアレンジを変えてないかな。オリジナルは音を詰め込みすぎたかなと感じて、今回あえて音数を減らした曲もあれば、逆に「当時は技術的にできなかったけど、今ならできる」と思って音を詰め込んだ曲もある。ただ、全体的には当時のイメージを崩したくなかったので、変わったという印象をそこまで与えない仕上がりだと思います。オリジナルの音源が好きでファンになった人たちに「リテイクのほうがいいよ」と言うつもりもないですし、そういう人たちにはオリジナルへの思いもありますよね。でも、今回の作品はメンバーそれぞれが得た知識や技術を盛り込んだいい作品に仕上がったという絶対的な自信はあるので、変な言い方をすると「同じものだけど別もの」として聴いてもらうのが一番いいのかなと思います。
──明徳さんは「THE AVOIDED SUN」と「SHADOWS」の楽曲をライブで何度もプレイしてきたと思いますが、音源として残すとなるとどこまでオリジナルに忠実に弾くか、どこに自分らしさを落とし込むか、いろいろ考えたのではないでしょうか。
明徳 僕はもともとこの2枚のアルバムが大好きなので、オリジナルに忠実に弾くことを心がけました。ただ、意図的にアレンジを変えなくても、自然と変化する部分はある。みんな年を重ねているし使っている楽器も違うので、同じことをやっても絶対に変わるんですよね。だから“2025年版”をレコーディングしたという感覚です。「今のlynch.が出す音で、15年前の曲を録音するとこうなります」というだけで、アレンジやフレーズについてはすでに正解があるし、無理して色を変えようとは考えなかったです。もちろん、ベースに関しては弾いている人間が当時と変わっているので、演奏のニュアンスや癖に違いが出ていますが、全体としてはバンドが年を重ねたことによる変化が一番大きいですね。
──先ほど玲央さんが「BPMが上がっている曲もある」とおっしゃっていました。「DAZZLE」などがまさにそうだと思いますが、それ以外のBPMが上がっていない曲も疾走感が強まっている印象を受けました。
玲央 さほどBPMが変わらなくても、速くなっているように感じさせる手法や技術を身に付けたので、そのへんも影響しているのかな。
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オリジナルのキーに戻した理由