修士論文で書き上げた新しい作曲やリミックスの技法
──大学院ではどんな研究をされていたんですか?
政策・メディア研究科というところで、音楽系の研究室にいました。ゼミ以外ではIT企業などをマッピングしながら、新しいビジネスを考えていくリサーチを行いつつ、修士論文はクラシックピアノの特殊技法にヒントを得て書きました。例えば、肘でバーンと鍵盤を叩いてクラスター(密集音塊)を鳴らしたり、超絶技巧の速弾きだったりすると、ミスタッチしても聴いてるほうはわからないんじゃないかと思ったんですよ。なので、クラシックの曲を64音符よりも短く切り刻んで、ランダムに並べ替えたものをビートの上に配置してみたんです。そうすると、大半の人は「ビートがあれば踊れる」という調査結果が出たんですね。これはおそらく、人間の一般的な聴覚を越えると聴き分けられないということを意味しているんです。これを応用して、新しい作曲やリミックスの技法が成立するかどうか考察するという内容でした。
──そういった研究が、LOWBORN SOUNDSYSTEMの活動にフィードバックされる部分はありましたか?
やれることの選択肢が増えて、自分の作曲上での表現の再現性が高くなったと思います。曲の発想があっても、オールインワンシンセとサンプラー中心で作っていた高校の頃は技術的な処理の仕方がわからないことも多かったので。
──「なんかうまくいかないからボツだな」というような。
そうですね。曲作りは、編曲が一番難しいと思うんですよね。音色も音圧も絡みますし。旋律が思い浮かんだとして、それを楽曲全体でどう処理するか。場合によっては管弦楽の知識も必要になるので。シンセサイザー自体が、もともとは管弦楽の音色をシミュレーションするところから始まっていますから。才能ある人だと独学で作曲できるようになるんでしょうけど、自分のような凡人はちゃんと勉強してからじゃないと十分に処理できないなと思っていました。そのへんの経験をもとに、新作の「It's a show time」では徳島民謡をアレンジして「Yatto-Sa!(阿波踊り)」という曲にしました。元の民謡の三味線の音階が長調でも短調でもない、おそらく昔の西洋音楽の教会旋法でいうところのフリギアに近い。そんな響きのフレーズです。もっと言うと楽器のチューニングも厳密には12平均律でもない、つまり西洋音楽の基準では測れないものなんですけど、今まで自分が培ってきた経験と感覚を生かして、自分たちなりの音に仕上げることができたというところが手応えとしては大きかったです。私が高円寺近辺に20数年ほど住んでいるので、今回は馴染みが深い阿波踊りを題材にしましたが、今回の経験をもとに今後は全国各地の盆踊りや民謡などを自分たちなりにアレンジする楽曲をシリーズ化しようと思っています。もちろん現地まで行って肌で感じて、自分なりに咀嚼したうえで、それらの取り組みをライフワークとして実践しようと思います。それは私が管弦楽の室内楽を作曲する際に影響を受けたバルトークとコダーイが、祖国のハンガリーを2人で旅しながら各地の民謡を採譜していた取り組みと近いと思います。また遠藤ミチロウさんも晩年にライフワークとして盆踊りの企画を長年、地道に続けられていたので、それらの取り組みにも通ずるものがあるかもしれません。
音楽活動と仕事は、クリエイティブの制作やサービスを発想するという点で同じ
──それにしても古澤さんの活動は越境的ですよね。20年近く続けられている主催イベント「ギリギリシティ」は音楽ライブ、DJ、お笑いがごった煮状態ですし、ご自身もオシリペンペンズの石井モタコさんが主演している映画「堀川中立売」などに俳優として出演されたりしているという。
「堀川中立売」は石井モタコさんのほかにも関西のスタッフやキャストがたくさん参加している映画なんですけど、僕は大阪に親戚がいて行く機会も多かったんです。微妙に同年代とのコネクションができて、その人たちが関西ゼロ世代と呼ばれるようになったという感じで。LOWBORN SOUNDSYSTEMの今回のアルバムに入っている「Bring the gain」には掟ポルシェさん、ポチョムキン、ZIGHT、サイプレス上野という面々にフィーチャリングで参加してもらってますが、活動しているうちにだんだん自然と知り合った、付き合いが長い仲間たちなんです。ZIGHTに関しては、私がトラックを作ったり、彼のライブのバックDJを務めたりもしています。
──バラバラのような一貫性があるような、絶妙なラインナップです。
「ギリギリシティ」もそうですけど、自分自身としては自分がピンとくるものをやっているだけで、それを客観的に見ると振り幅が広いように言われることも多いですね。自分がお客さんだった場合に「こういう音楽、イベントがあればいいのに」というものを自分でやっているというか。優秀な人だったら誰かが資金を出してくれるんでしょうけど、私の場合は自分で知恵を使って行動してコツコツやってます(笑)。
──「こういうのがあればいいのに」の純度がずっと高い状態で活動しているのもすごいなと。
逆にそこが原因で大衆に迎合できずに、間口を狭めているのかもしれないですけどね。YouTubeでも、LOWBORN SOUNDSYSTEMの動画の再生数は9割以上が海外なんです。お膝元である日本国内での認知度につながらない点が歯痒いところでもあります。
──システム開発や広告代理業務などを行うご自身の会社O-lineを設立されたのも、「こういうサービスがあったらいいのに」というのが根幹ですか?
それもなくはないですね。事業開発を軸にサービスの設計から相談を受けることが多いんですけど、それを具現化するときにITの開発もしますし、サービスがローンチする際にはクリエイティブの制作やPR施作も含めてマーケティングまでワントップでやります。最近ではARやプロジェクションマッピングの延長で空間プロデュースや不動産、内装の相談をされることもあって、「こうやってもらえたら助かるんだけど」というクライアントの要望に自分が対応できる中で応えていったら、結果的にそのような事業形態になったというか。
──会社経営に関しては、むしろ自分よりも人から求められるものに従ったということですね。ある意味で音楽活動とは相反しているようにも見えるし、相互補完的でもあります。
相互補完で言うと、「ギリギリシティ」も150回近くやっていると、ここ3、4年ほどは各地の行政からイベント制作について相談されるようになってきたんです。まだアイデアベースで相談されることが多いので具現化しているわけではないのですが、将来的には自分たちがやってきた知見をもとに地方創生などに還元できればと思っています。
──音楽活動と仕事という、違うベクトルに向かっていたものが、ここにきて集約されつつあると。
クリエイティブの制作やサービスを発想するという点においては、その時々でアウトプットが異なるだけで、物作りにおける考え方やロジックは、自分自身では同じ感覚で手がけているので。音楽のほうは自分のアンテナが大衆に向いていないから、どうしてもニッチにはなってしまうんですけど。でも、ハービー・ハンコックにしてもKraftwerkにしてもNew Orderにしても、自分たちが影響を受けてきたグループは世界的に見れば認知度も人気もあるわけで、日本に来日しても広い会場でやりますしね。うちのグループ名の由来にもなったLCD Soundsystemだって、本国アメリカだったらアリーナクラスですからね。自分が好きなものが全部ポピュラリティがないわけではないので、世間とうまくリンクするポイントを活動しながら見つけていくしかないのかなと。
自分が経験してきたことを、道標として示せれば
──2021年からは尚美学園大学で准教授も務められています。
幸いなことにご縁がありました。現在は放送史や音響、クリエイティブ制作の授業を担当しています。自分が経験してきたことを、これから経験を積んでいきたい人に道標として示せればいいなと。例えば、自分が高校生のときはどうやったらライブハウスに出られるかもわからなかったし、ノルマ制度があることも知らなかった。また制作上で、どういう意図や思考回路で、どのような技術を活用して作品を形にしているかなどのロジックも重要です。逆にそれが明示されていれば、それに向けてどうやって、そのハードルを段階的に超えていけばいいのかという考え方ができますよね。情報がないとがんばりようや動きようがないので、これからやっていく人たちにそのルートや考え方を教えてあげられればという気持ちが強いです。
──それと並行して、日本リズム学会の運営に理事として携わっているそうで。
もう10年近くになりますね。リズム学会は、設立当初は音楽以外の分野の発表をする方も多かったそうです。教育や社会におけるリズムとか、言語分析とか。最近は音楽に関する分析や発表が多いです。私は、DJがどういう思考でプレイしているかの分析と実演をやったり、デトロイトテクノがどういう文脈の中で発生、発展したかというような発表をしてきました。来年は、LOWBORN SOUNDSYSTEMで「Yatto-Sa!(阿波踊り)」を作る際に研究した成果を生かして、阿波踊りの主要流派によるリズムや拍節の取り方の違いをまとめて発表しようと思っています。「Yatto-Sa!(阿波踊り)」では、初めて64分音符のクオンタイズを利用しました。例えば2021年にリリースした前作「LAST GAME」に入っている「中央線の歌」だと、ベースの跳ねた感じを出すために、ベースラインをシンセで手弾きして、あえてクオンタイズをかけないで処理しています。普通だったら打ち込みの曲だと、大抵は16分でクオンタイズをかけるのが通常なのですが。「中央線の歌」でクオンタイズをかけなかったのは、かつてDJ KRUSHさんがDJ SHADOWとの対談で「うまく打ち込めた際はクオンタイズをかけないこともある」と語っていたので、それを実践してみたかったからです。その結果、「中央線の歌」ではエレクトロディスコなベースが再現できました。でも今回の「Yatto-Sa!(阿波踊り)」では、その完全に手弾きするやり方を試しても合わなかったんですよね。私が長年使っているCubaseも然り、今のシーケンサーにはシャッフルという機能があって、それを60数%とか70%前後でかけると跳ねた感じが出せるんです。だから普段はその機能もわりと使うのですが、シャッフルはジャズのスウィングっぽい感じになるので、阿波踊りのような民謡には合わなかったんですよ。そこで16分、32分と段階的にクオンタイズを試しながらだんだん分解していって、最終的に64分音符のクオンタイズにしたところ、微妙に跳ねつつきっちりとクオンタイズされて、四つ打ちのトラックとうまくハマったんです。そんなに細かい拍で分解したのは自分でも初の試みでしたね。そのあたりの制作上の経緯も解説しながら、リズム学会で発表すればいいかなと思っております。
──そのあたりの話も含めて、今回リリースされる「It's a show time」も、古澤さんのこれまでのさまざまなキャリアが結実したものになっています。
先ほど触れた2曲もそうですし、ほかの曲の前作から一貫した部分もありつつ、音のバリエーションも増えているので。表題曲「It's a show time」は自分たちなりのパーティチューンなんですけど、クラブミュージックにおけるシンセサイザー特有の鳴りとかリズムマシンの太いキック、テクノやハウス、ヒップホップの要素などを駆使して、ほかのグループだったら作らないような音で表現できたと思います。「ギリギリシティ」も来年20周年で第150回も近いので、タイミングを見てアニバーサリーのスペシャル版もやりたいですね。
プロフィール
LOWBORN SOUNDSYSTEM(ローボーンサウンドシステム)
会社経営者であり、日本リズム学会の理事を務め、大学でも准教授としてレコーディングや映像制作などを指導している古澤彰(Vo, G, Programming)、俳優の山田孝之の実姉であり女優・モデル・映像監督などマルチに活躍する椿かおり(Vo)、マンガ家でタレントとしても活動している神無月ひろ(Vo)、海外のテクノレーベルから無数にリリースを重ねる本間本願寺(G, Programming)からなるオルタナティブエレクトロバンド。2008年に初のCD作品「卑しい生まれの音響装置」を発表した際に、大型CDショップにて「スターリン、プラスチックスの再来」と評されたPOPが並び、音楽誌では「21世紀版のZIN-SAY!」とレビューされた。2006年からは打ち込みを主体としたライブと、DJ、お笑いが渾然一体となったイベント「ギリギリシティ」を主催し、まもなく第150回の開催を迎える。2021年8月リリースの配信EP「LAST GAME」は並いるビッグネームを抑えてiTunesエレクトロニックチャート3位を記録。同作収録曲の「CHANGE」のユニークなミュージックビデオは海外を中心に視聴され30万回再生を突破。2025年3月に最新作であるデジタルEP「It's a show time」をリリース。