金田康平、ニッポンの社長・辻、東村アキコ座談会|3人のハートのコアにあるもの (2/2)

承認欲求より表現欲求が大事

──皆さんのお話を伺っていて、「かくかくしかじか」のモノローグ「根性論とか 体育会系のそういうのって もう古いかな」(5巻P128)を思い出しました。

東村 やりたいことがコロコロ変わる人っているじゃないですか。器用だったり、才能があっていいもの作るけど一箇所にとどまれず、次々と違うことをやっていく。そういう人を20代、30代、40代でいっぱい見てきたんですが、それだとやっぱりダメなんですよね。嫌でもなんでも1つのことをしつこくやってた人が結局それを仕事にできる。これは才能の良し悪しではなくって、芸事だから続けたもん勝ちってところがどうしてもあるんです。

金田 めちゃくちゃわかります。俺、さっきも言ったけど13歳でバンドを始めて、ずっとオリジナルソングを書いて、10年間毎月ライブをやってたけど、同じ人が2回観に来てくれたことがなかったんですよ。だから今やってるバンドがダメなのかと思って、23歳でNeil Young & Crazy Horseみたいな感じで、金田康平&I Love YouっていうTHEラブ人間の前身バンドを組んだんです。そしたら初めてまたライブに来てくれる人が現れて。

東村 自分ではファンが付いた理由はなんだと思ってるの?

金田 俺が書く曲は当時からあんまり変わってないから、やっぱりメンバーと曲の相性だったんだと思います。何かが噛み合って伝わったんだと思う。ライブをリピートしてくれた人のことをファンとして認識してるんですけど、最初のファンの顔はいまだに覚えてますよ。ライブが終わったあと、「次も必ず来ます!」と話しかけてくれて、本当に次も来てくれた。ただ、俺はファンが1人もいなかった10年間、自分の才能を疑ったことは一度もないし、その頃からやってることは変わらないんですよ。

 僕もや。野球は全然あかんけど、何かしらの才能はあるやろと思ってた。それでバンドをやろうと思ったけど、誰も一緒にやってくれなくて(笑)。僕は、芸術は表現の仕方は違えどどれも同じやと思っているんです。小説家もミュージシャンもマンガ家もみんな似たような何かを持っていて、それをどう表現するかなんだって。お笑いはNSCに入れば、養成所があって、相方の候補もおって、身ひとつでステージに立てた。一番簡単に始められたんですよね。

東村アキコを“先生“と慕う金田康平と辻皓平。

東村アキコを“先生“と慕う金田康平と辻皓平。

──金田さんが音楽を始めた理由に、野球部精神が融合した感じですね。

 ホンマや(笑)。それまでの人生がおもんなさすぎたんですよ。あんなに理不尽に耐えたんだから、そろそろ見返りあってもええやろみたいな。当時は別に死んでもいいやという気持ちでお笑いの道に行ったんです。まったく売れてない時期もあったけど、きっと誰かに刺さるはずやと思いながら自信を持ってやってました。

──何かを表現すると、ファンの存在を意識する瞬間があると思います。だけど「ハートのコア」も「かくかくしかじか」も「新入部員」も、いい意味で自分との葛藤の中から生まれた作品で、ファンに向けた創作物ではない気がして。

東村 マンガ家になるのは簡単だけど、実は競争の世界なんです。毎月アンケートで感想が届いて人気順がわかるし。若い頃の私はけっこうギラギラしていて、周りのマンガ家さんや編集者さんからしたらかなり感じ悪いやつだっただろうな。たぶん嫌われてたと思う。でもね、あるとき急に「どうでもいいや」って思うようになったの。だってこっちは技術的に未熟だし、ファンがついてるわけでもない。そこに食い込めるわけないじゃんって。それなら私は毎月締切を守って、描けるものを描いて、別に目立たなくていいやってあきらめた。そしたらなぜか調子よくなってきたんだよね。若い頃は尖ってたからがんばれていたとこもあるけどさ。

金田 最初は承認欲求が強かった?

東村 うん。そうだと思う。

金田 承認欲求って厄介ですよね。そういうのが嫌で芸術をやってたはずなのに、数字を見ちゃうといつのまにか競走に巻き込まれてる。俺、承認欲求より表現欲求を大事にしたいなと思ってるんです。誰かに認められるために、数字のために作るのではなく、自分が自分を知るために作ったり、純粋なクオリティを高めるためにがんばるというか。辻やんが言ってた工夫の話にも通じると思う。

 そうやな。

フォークに刺さったイチゴを……

フォークに刺さったイチゴを……

こうすればTHEラブ人間「21世紀“楽勝“宣言」ジャケットオマージュに。

こうすればTHEラブ人間「21世紀“楽勝“宣言」ジャケットオマージュに。

咀嚼中の感情を歌う

東村 ジャケットを描くために「ハートのコア」を繰り返し聴いてたんだけど、5年前に別れた彼女はこれを聴いたらどう思うんだろう。

金田 その女性とは「メケメケ」(2016年2月発売のアルバム)の頃からお付き合いしてたんです。お別れしたあと、たまたま僕らが出てるイベントに来ていて、そのときに今回のアルバムに入ってる曲を何曲か歌ってたんですね。

東村 自分のことを歌ってるってわかるよね。私だったら泣いちゃう。

金田 イベントが終わったあと、LINEが来て「なんとなく私とのことを歌ってると思ったけど、『身も心も』を聴いたときはその場で座り込みそうになった」と書いてありました。

東村 そっかあ……。

金田 そのLINEを読んだ自分の感情はまだ咀嚼中っす。「ざまあみろ」じゃないし、「悪いことをした」でもない。なんかこう「書いちゃったな」「歌っちゃったな」「出しちゃったな」って感じ。うまく言葉にできない。

東村 私、好きな人が自分のために曲を書くっていうことに憧れてたの。大学生のときに付き合ってた人が「アキコちゃんのために書いた」って曲を聴かせてくれたんですよ。でもそれ、打ち込みのインストだったんですよね。

 歌詞ないんや(笑)。

東村 ピー、ヒャラヒャラヒャラ、ピー、ドカーみたいな(笑)。「ハートのコア」は、彼女にとってつらい思い出になり得る作品かもしれないけど、一方で2人で過ごした証として残ったという側面もあると思うの。私は第三者だからこんなふうに言える部分はあるけど、関係性が作品として残ってるのはすごくうらやましくもあるんですよね。

金田 そう思ってもらえたらいいけど……。

東村 まだまだ咀嚼中だもんね。

金田 そんな簡単に答えは出せないですからね。THEラブ人間を組んで最初に書いた曲も、そもそも13歳から今まで書いてきた曲すべてが咀嚼中なんです。自分について歌うことで感じるこの気持ちをなんとも形容できなくて。

 うんうん。

金田 メジャーデビュー曲の「これはもう青春じゃないか」はライブでも盛り上がる曲なんですけど、この曲はいろんな女性と寝まくってた時期に書いてて。ある朝、寝てたらガチャっとドアを開ける音が聞こえて、「帰るね」「わかったー」と見送ったあと、なんか書けそうだなとアコギを持って、タバコを吸いながら、昨晩の余韻が残る部屋で作った曲。「こんなの全然青春じゃねえな」って気分で書いたのに、15年歌い続けるうちにみんなで大合唱するハッピーな感じの曲になって、俺もすっかりそういうものとして受け入れて、ライブの沸点で披露してて。でもそこが音楽のいいところなんですよ。受け取る側が決めたものがその曲に対しての答えだから。作り手はずっと咀嚼しながら悶々としてても別にいいと思ってる。

東村 私が描いた「ハートのコア」のジャケットは女の子が笑ってないのがポイントなんです。アルバムを聴いて、イラストのジャケットでよくある微笑んでる女の子を描くのは違うと思ったから、あの表情にして。あの日々はなんだったんだろうと振り返るような感じを入れたかった。

THEラブ人間「ハートのコア」配信ジャケット

THEラブ人間「ハートのコア」配信ジャケット

金田 1人でたたずんでるようにも見えるし、彼氏に言われて映える画角で撮った写真のようにも見える。もうこのアルバムのすべてが表現できてるなと思いました。あと女の子のファッションがサブカルっぽい感じじゃないのも完璧でした。

東村 そうそうそう(笑)。意図的にコンサバ要素も加えた。

金田 このジャケをひと目見て、CDでリリースするという選択肢はなくなりました。今回は配信とLPだけなんです。

東村 自分の作品がレコードジャケットになるなんて初めてですよ。

金田 ニッポンの社長とツアーを回るので、辻やんと一緒に日本中売り歩きます(笑)。

東村アキコ「まるさんかくしかく」1巻の表紙を再現。

東村アキコ「まるさんかくしかく」1巻の表紙を再現。

──「ラブ・ニッポン2025」ですね。このツアーはどんな内容になりそうですか?

 コント、演奏、コント、演奏……と、お笑いと音楽が交差する感じです。

東村 それすごくない?

 この形式でのライブは、下北沢の空き地ってイベントスペースで何回かやっていて。これまでは野外だったけど、今回はライブハウスなのでセットを組んだり、音響を使った演出をしたり、また違うことができそう。

金田 空き地では僕らはアコースティックだったけど、今回はフル編成で臨みます。やっぱ野外でアコースティックだと60%くらいのパワーしか出せないんですよね。

 フリースペースだとお客さんの往来もあるし、ご機嫌をうかがいつつやってたとこがあって。THEラブ人間とは共演しまくってるから、自己紹介的なネタではなくわりとがっつり自信のあるやつを見てもらおうと思ってます。

金田 それはもうまったく一緒っすね。きっと会場に来るお客さんは、俺らの関係性を理解していると思うから、かなり作り込んだ、来てくれた人にとって特別な1日になるような公演にしたい。MCもいろいろ考えなきゃな。ニッポンの社長ともしっかり稽古したいよね。お互いのMAXをぶつけられるように。

東村 ケツ(ニッポンの社長)に即興ソングを歌わせたほうがいいよ。

金田 そのアイデア、いただきます(笑)。あとは映画版「かくかくしかじか」が公開されたら、別荘メンバーみんなで観に行きましょう!

左から辻皓平、金田康平、東村アキコ。

左から辻皓平、金田康平、東村アキコ。

公演情報

THEラブ人間×ニッポンの社長東名阪ツアー「ラブ・ニッポン2025」

  • 2025年5月29日(木)兵庫県 MUSIC ZOO KOBE 太陽と虎
  • 2025年5月31日(土)愛知県 CLUB ROCK'N'ROLL
  • 2025年6月20日(金)東京都 下北沢 近道
  • 2025年6月21日(土)東京都 下北沢 近道

プロフィール

THEラブ人間(ザラブニンゲン)

2009年1月に金田康平(歌手)を中心に結成されたロックバンド。2010年より、下北沢が舞台のサーキットイベント「THEラブ人間決起集会『下北沢にて』」を毎年開催している。2011年5月にインディーズ1stシングル「砂男・東京」をリリースし、同年8月にビクターエンタテインメントからミニアルバム「これはもう青春じゃないか」でメジャーデビュー。結成10周年を迎えた2019年10月にはベストアルバム「PAST MASTERS」を発表した。2025年3月に5年ぶりのニューアルバム「ハートのコア」をリリース。同年5月よりニッポンの社長とのツーマンツアー「ラブ・ニッポン2025」を東名阪で開催する。

東村アキコ(ヒガシムラアキコ)

1975年10月15日宮崎県生まれのマンガ家。自身の半生を描いた「かくかくしかじか」が「第8回マンガ大賞」「第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞」を受賞。代表作に「海月姫」や「東京タラレバ娘」「まるさんかくしかく」などがある。「かくかくしかじか」は永野芽郁主演で実写映画化が決定。5月に全国の劇場で公開される。

ニッポンの社長(ニッポンノシャチョウ)

NSC大阪校32期生の辻皓平と33期生のケツが2013年11月に結成したお笑いコンビ。2018年に「ytv漫才新人賞決定戦」の決勝に進出し、2020年には2度目の決勝で準優勝した。2021年には「NHK新人お笑い大賞」で優勝。また2022年に「上方漫才大賞」で新人賞を獲得した。「キングオブコント」では2020年から2024年まで5年連続で決勝に進出している。