ナタリー PowerPush - 映画「今日、恋をはじめます」

音楽プロデューサーが語る12のテーマ曲の舞台裏

水波風南の人気マンガを原作とし、武井咲と松坂桃李がダブル主演を務める純愛ムービー「今日、恋をはじめます」が12月8日に公開される。今作のテーマソングには12組ものJ-POPアーティストがオリジナル曲を提供し、うち10組は完全書き下ろし。この前代未聞の豪華さに、主人公2人の心の機微が聴覚からもダイレクトにしみこむ未だかつてない“音楽映画”としても注目が集まっている。本作の音楽プロデューサーを務めた溝口大悟に、今回のプロジェクトの発端や楽曲制作の秘話をたっぷり語ってもらった。

取材・文 / 川倉由起子

映画『今日、恋をはじめます』恋するMUSIC MOVIE

最初に聞いたときは正直「無理だな」って(笑)

──1本の映画のテーマ曲を12組のアーティストが歌うというアイデアは、どんなところから生まれたんですか?

「今日、恋をはじめます」のワンシーン

この映画の企画プロデューサー、平野隆さんはこれまで数々のヒット映画を生み出されてる方なんですけど、過去の平野さん作品も含め、これまでの映画の主題歌はエンタテインメントとしてのポップスと組ませる形で盛り上げていくという手法を常にとってきたんですね。今回の作品には原作の輝度というか、キラキラしたとても無垢な質感を感じたので、それをポップスの力と合体させることで作品の輝度をますます高めていけないだろうか……と。元々は、そういったことを平野さんが思い立ったことが始まりでした。ただ、そこで平野さんが用意したハードルがかなりのもので。既成曲を当てはめていくのではなく、シーンごとに合う曲をアーティストが書き下ろすということを最初に聞いたときは、正直「無理だな」って思いました(笑)。

──一言で12曲といっても、それらを準備を用意するのは想像を超える大変さがあるのでしょうか?

最近の例でいうと「モテキ」とか、クリエイティブの感性に従って既成曲をチョイスしていくような映画は洋画も含めてたくさんあると思うんです。でも、全くの新曲を作品のイメージに合わせて作っていくのは、よほど作品のカタルシスがあったり、「この部分にフォーカスして書いてください」という的確なものがないと難しい。それを12個もやるということなので……(笑)。スタッフ間でも作品をどうしていきたいか、共有するイメージが定まらないとなかなか進んでいかない困難な仕事でしたね。でも、エンドロールで主題歌が流れて映画の余韻に浸るというのが通常のセオリーだとしたら、それを超越したものができそうだなっていう楽しみはあって。余韻どころか、鑑賞中から観てる人の気持ちをどんどん物語や登場人物の気持ちにコミットさせていくことがポップスの力でできないか?ということで、それを実現するために僕が音楽プロデューサーという立場で関わらせていただいたんです。

当てはめる曲のイメージは何度も変わった

──続いては具体的な楽曲の制作工程を伺いたいのですが、まず、音楽をつけるシーンのセレクトはどのように進めていきましたか?

台本が上がった段階で、「どのシーンをどういう音楽で演出していくか?」というのを、監督、プロデューサー、僕でディスカッションしながら決めていきました。その時点ではポップスかインストゥルメンタルかはひとまず無視して、単純に「ここに音楽欲しいよね」っていう箇所を3人の目線を合わせながらジャッジしていって。

──その作業はこのプロジェクトの根っ子の部分だと思うのですが、最初から意見はスムーズにまとまったんですか?

なんとなく割れるところもあれば、最初からバシッと一致するところもありました。濃淡は当然ありますけど、そこは喧々諤々とディスカッションしながら形なきもののイメージを少しずつ統一していくというか。

──なるほど。

「今日、恋をはじめます」のワンシーン

でも、映画がクランクインしてキャストの芝居を見ると、シーンのニュアンスがどんどん変化していくのを監督が実体験するんですよ。で、「実はこうじゃなかったかもしれない」っていうところも当然出てきて、それをまたディスカッションしながらイメージをまた膨らませていく……という散漫な時期が結構続いてましたね。

──なかなか思うようには進まないんですね。

ええ。ただその一方で、ここはキャストもイメージ通りのお芝居ができてるし、こういうトーンに固まってきたなって思えるシーンも少しずつ出てきて。そしたら次は僕がそこにガイドとなる既成曲を仮で当てはめていくんです。で、それを撮り終えたシーンにラフではめて精査して、っていうのを、アーティストへのオファー前にずっと繰り返してた気がします。

──ちなみに、その段階でもまた変更点が生まれたり?

もちろん。まだこんなに解釈が広げられる余地があったんだっていう発見があったり、よりリアルなものも見えてきて。元々決めていたものが180度イメージの違う曲に変わったり、予定にはないシーンに音を入れることになったり、話し合いはもう数えきれないくらいやりましたね(笑)。

CD収録曲
  1. SCANDAL / ハッピーコレクター
  2. Perfume / ナチュラルに恋して
  3. bomi / エクレア
  4. LGMonkees / NAGISA
  5. たむらぱん / ぼくの
  6. SEKAI NO OWARI / スターライトパレード-CAN'T SLEEP FANTASY NIGHT Version-
  7. MAY'S / ダイヤモンド
  8. さよならポニーテール / きみに、なりたい
  9. back number / 笑顔
  10. 中島美嘉 / 初恋
  11. ねごと / ながいまばたき
  12. 7!! / 弱虫さん
今日、恋をはじめます

  • 出演:武井咲、松坂桃李他
  • 原作:水波風南「今日、恋をはじめます」(小学館Sho-Comiフラワーコミックス刊)
  • 監督:古澤健
  • 企画プロデュース:平野隆、森川真行
  • 脚本:浅野妙子
  • 音楽:Flying Pan
  • (C)2012映画『今日、恋をはじめます』製作委員会
    (C)水波風南/小学館
あらすじ

真面目だけが取り柄の古風な高校1年生、日比野つばき(武井咲)は高校の入学式当日、成績優秀で学校一のイケメン・椿京汰(松坂桃李)に、クラスの皆の前でファーストキスを奪われてしまう。しかも京汰はつばきを「自分の女にする」と宣言。軽くて強引な京汰に反発しながらも、彼の優しい一面に触れたつばきは次第に京汰を好きになっていく。恋することで次第に変わっていくつばきと、そんな彼女の姿に惹かれていく京汰。しかし京汰の抱えた過去の秘密や、美しく変身したつばきの前に広がった新たな世界が、2人の恋路に大きく立ちはだかる。つばきと京汰、2人の恋の行方は……?

溝口大悟(みぞぐちだいご)

1992年、TBS系列の音楽出版社である株式会社日音に入社。テレビドラマや映画の主題歌コーディネート、劇伴制作を数多く手がける傍ら、ポップスの原盤ディレクターとしても多くの作品を制作している。過去に音楽コーディネートやプロデュースを手がけた主な映画作品は「恋空」(2007年)、「ハナミズキ」(2010年)、「アントキノイノチ」(2011年)、「ガール」(2012年)など。