俺、みんなに喜んでほしいんだよ
寿 今年、山寺さんは声優活動40周年を迎えられて……。
高垣 おめでとうございます!
山寺 ありがとう!
寿 先ほど「自分から能動的に何かをやることはあまりない」とおっしゃいましたけど、長く活動を続けるうえで、何がモチベーションになっていると思われますか?
山寺 なんだろうね。これはカットされちゃうかもしれないけど、例えばコロナ禍で、YouTubeで稼いでいる後輩を見て「うらやましいな」と思ってたの(笑)。もちろんそれは簡単なことじゃないし、お金を稼げるということも評価の1つだよね。でも、「俺は金を稼ぎたいのか?」と自問すると、そうでもない。いや、稼ぎがなくなったら困るけれども、じゃあ俺はなんのために役者をやっているんだろうと考えたとき……よく「人を喜ばせたいから」とか言う人がいるじゃない? 自分はそんなたいそうな人間ではないと思っているんだけど、でも俺、みんなに喜んでほしいんだよ。
寿・高垣 うんうん。
山寺 「今日は楽しかった」とか、そういう感想が聞きたいからエゴサして、余計なことをして返り討ちにあうっていうね。周りから「やめなさい」って言われているんだけど。
寿・高垣 (笑)。
山寺 人に喜んでもらえると、自分もうれしい。だから、そのために全力を尽くすっていうことなのかな。今日の「声優口演」とか「ラフィングライブ」は、お客さんに笑ってもらえるかどうかにかかっているというか、それがすべてだから。そういう意味で、お客さんが笑っているところを想像することが、1つのモチベーションと言えるかも。なんかね、いい人ぶっているようだけど。
寿・高垣 いい人ですから!
山寺 結局、褒められたいっていうのはあるかも。うん、褒められたい。すっごい褒められたい。一生懸命がんばったのに、誰にも褒められなかったら悲しいじゃない。
高垣 私も褒められたいです。でも、褒められすぎると不安になります。「本当に?」って。
山寺 わかる! それでネットの世界に本音があると思ってエゴサして、また落ち込むの。だから面倒くさいんだよ、俺。
高垣 そこにすごくシンパシーを感じるんです!
寿 山寺さんと彩陽は、似ているところがあると思う。
山寺 彩陽は面倒くさいよね。対照的に、ブッキーは一歩引いて、客観的に分析できるタイプ。
高垣 そう。美菜子は冷静で、揺るがないんです。だから舞台のときも、山寺さんと私が2人してナーバスになるという。
山寺 確かに、彩陽と俺はすっげえ似てる。俺がいっつも「緊張する」とか「大丈夫かな?」と言っているとき、2人はどう思っていたの? 「また始まった……頼むよ先輩」と思っていたのか……。
高垣 いやいや! 山寺さんは私たちの想像が及ばないほど大きなものを背負われていて、だから緊張もされているのに、何も背負っていないに等しい私が折れていてはダメだと。
寿 たとえ緊張していても、本番は絶対に大丈夫なのはわかっているので。毎回「やっぱり敵わない」と思ってしまうぐらい、感動しちゃいます。
山寺 うれしいな。おかげで今日の疲れが全部吹き飛んじゃった(笑)。
何歳になっても、なんでもやっていたい
高垣 私の誕生日は野沢雅子さんと同じ10月25日で、つい先日40歳になったんですけど……。
山寺 おめでとう!
高垣 ありがとうございます! 30代から40代に突入すると、演じる役柄も変わってくると思っていまして。性別の違いはあるんですが、山寺さんが40代を迎えたときに目標にされていたことなど、覚えていらっしゃいます?
山寺 ええとね、一切覚えてない(笑)。30代も40代も50代も60代も、年齢を基準に何かを考えたことが一度もなくて。
高垣 だから若いんだ!
山寺 いや、考えたけど忘れたのかもしれない。自分が40代に入った頃を振り返ると、たぶん洋画の吹き替えをたくさんやっていたんじゃないかな。30代後半から40代前半までは吹き替えの仕事が多くて、逆にアニメは少なかった気がする。今に至るまで吹き替えはずっとやっているけど、それは40歳前後のときにいっぱいチャレンジさせてもらったおかげかもしれない。ただ、なるようになると思っていたから「アニメに飽きられてきたみたいだから、これからは吹き替えにシフトしていこう」とか考えたことはなくて。何歳になっても、なんでもやっていたいのかな。ごめんね、ちゃんとした答えになっていなくて。
高垣 いえいえ。私は年齢に囚われすぎていたのかも。
山寺 囚われたことは俺もあるんだよ。確か30代後半あたりで「もう30歳を過ぎてしまった」みたいな歌詞を、ふざけて書いたことがあって。今思うと「何言ってんだよ?」っていう話だよね。「若手も若手だろ!」って。
高垣 でも、30歳になったときは「30になっちゃった!」と焦るんですよね。
山寺 あ、そうだ。たぶん40歳ぐらいのときに「合言葉は勇気」という、三谷幸喜さん脚本のドラマに出させてもらったと思うんだけど、何年に放送されたかわかるかな?
寿 (スマホで調べて)2000年ですね。
山寺 ということは、当時は39歳か。このとき、戸田恵子さんと親交があったおかげで三谷さんからお声がけいただいて。三谷さんは声優にすごく興味がおありで、吹き替えの映画も大好きで俺よりずっと詳しいの。そんな三谷さんが「自分と同い年の山寺宏一さんという声優をいろんな洋画で見かけるんだけど、あの人はドラマには出ないのかな?」と戸田さんに聞いてくださって。このドラマ出演をきっかけに、以降も三谷さんの舞台に呼んでもらえるようになったんだけど、三谷さんのドラマに出た俳優はブレイクするじゃない。戸田さんもそうだし、東京サンシャインボーイズの皆さんもそう。
高垣 確かに。
山寺 しかも「合言葉は勇気」は役所広司さん主演で、鈴木京香さん、香取慎吾さん、津川雅彦さん、寺尾聰さん、國村隼さんといった名優と肩を並べる形で、レギュラー役をいただいたの。だから内心「俺もついに来ちゃったか!」と浮かれていたんだけど、これが一番いい役だったね。津田健次郎はそうじゃないもんな。
寿・高垣 (笑)。
高垣 でも、近年もいろんなドラマに出演なさっていますよね?
山寺 三谷さんのおかげで「鎌倉殿の13人」のお話をいただいたり、「アンパンマン」のおかげで「あんぱん」のお話をいただいたり、本当にご縁に生かされているだけで、俺自身にステップアップしている自覚はないんだよね。でも、「合言葉は勇気」の撮影はとっても楽しくて、役所さんとの絡みがもう……こんな話ばかりしていて大丈夫?
寿・高垣 聞きたいです。
山寺 役所さんは、弁護士だと勘違いされて裁判に臨むハメになる売れない役者の役で、裁判のことなんか何も知らないから、友人で構成作家の毛野智光という男を頼るの。その毛野を俺が演じさせてもらったんだけど、撮影は2人が喫茶店で話すシーンから始まって。リハーサルなしでいきなり本番だったから、めちゃくちゃ緊張していたんだよね。でも、役所さんが「毛野ちゃん、俺さ、どうすればいい?」というセリフを言った瞬間、「ああ、そうか!」と。つまり、役所さんの声の調子とか温度感に「俺、この人と友達だ」と思わされたというか、錯覚させられたというか。
寿・高垣 へえええ!
山寺 「じゃあ、俺も友達相手にしゃべればいいんだ」「キャッチボールって、こういうことなんだ」と思ったの。もちろんセリフは決まっているんだけど、ドラマの撮影中ずっと、役所さんとの掛け合いが本当に楽しくて。このとき、役者としての新たな道が開けたかもしれないと思って40代に突入したけど、だからといって新しい仕事につながることもなく、何をやってもうまくいかない時期も当然あったからね。挫折も味わいながら、いつも緊張して今に至る感じかな。
高垣 そういうふうにあがき続けている、戦い続けている先輩の姿を見ると、私たちも「もっとあがかなきゃ、戦わなきゃ!」と思います。
寿 ファイターでい続けなきゃね。
「Beyond Days」で調和した異なる個性
山寺 2人には、音楽の場面でも芝居の場面でも、厳しく接してくれる人はいる? 本音を言ってくれる、信頼できる人の存在って本当に大事だと思うんだよね。
寿 音楽では、「Beyond Days」を録ってくれたディレクターの菅原拓さんが本当に包み隠さず、ストレートに言ってくれます。そうだ、この曲のレコーディングは2人で一緒にやったんですよ。ユニットとかグループのレコーディングって、メンバーが個別に録るのが一般的だと思うんですけど、今回は一緒にブースに入って、ガラス越しにお互いが見える形で録っていて。拓さんも2人同時にディレクションするという。
高垣 けっこう厳しいですよ。自分ではうまく歌えたと思ったら「彩陽、ピッチわりー」とか。
寿 「美菜子はさ、最初のところ以外、何もよくないけど大丈夫そう?」とか。
山寺 うわ、すげえ。でも、そのディレクターさんと信頼関係を築けているってことだよね。羽佐間さんも「山ちゃん、自分のことばっかり考えてちゃダメだよ」とか言ってくれるの。「業界全体のことも考えなきゃ」って。羽佐間さんは日俳連(日本俳優連合)を作った1人だし、そういう人の言葉には説得力がある。ブッキーと彩陽は15年以上一緒にいろんな仕事をしてきて、プライベートでも本当に仲がいいけど、お互いに本音を言い合う感じなの? それとも、そこはお互いを尊重してあんまりとやかく言わないとか?
高垣 けっこう言い合うよね? 言い合いというか、意見の出し合い?
寿 たぶんスフィアの4人の中で、私と彩陽の温度感が一番近いからなのか「私はこう感じた」「そういう捉え方もできるかも」「それも素敵だけど、私はこっちが好きかな」みたいな話はよくしていると思います。
高垣 「Beyond Days」の2番で、お互いのことを歌い合っているところがあるんですけど、私が「これだ!」「美菜子にふさわしい言葉がハマった!」と確信を持って書いた歌詞に、美菜子チェックが入りましたね。簡単に言うと「AとBなところがいい」みたいな歌詞で、それを美菜子に投げたら「ありがとう。でも、このままだと“AとB以外はよくない”というふうに思われちゃうかも」と。
山寺 でも、腑に落ちたんでしょ?
高垣 「なるほど!」と思いました。これは客観的な視点を持っている美菜子だからこそ気付けるところでもあるし、それをちゃんと伝えてくれる美菜子でよかったなって。あと、芝居の悩みとかもけっこう話したりしますね。「この現場でこういうことを言われたんだけど、どう思う?」とか。
山寺 そういう話をできる存在も、友達でも仕事仲間でも家族でも、本当に大事だと思う。俺も家に帰ったらつい「今日さ、こんなやつに会ったんだけど、どう思う?」とか妻に言っちゃうし、そうやって吐き出す相手がいないと、マネージャーに延々と愚痴をこぼし続けることになるからさ。
寿 あるあるですね(笑)。
山寺 ブッキーと彩陽を見ているといつも「いい関係だな」と思うんだけど、今日その思いがますます強くなりました。だからこそ今回のコラボシングルも素晴らしいものになったんじゃないかな。2人からそれぞれプレゼントしてもらった過去のアルバムとかを聴いても、芝居と同様に歌の個性も全然違っていて面白いけれども、その異なる個性が「Beyond Days」で調和していて。そこには4人でやっているスフィアともまた違う魅力がある。
寿・高垣 うれしい……。
高垣 (音楽ナタリーのスタッフのほうを向いて)このインタビューの録音データ、もらえませんか?
寿 AirDropで欲しいです!
高垣 いや、もちろん文章で残ることはわかっているんですけど、山寺さんの声で褒めてもらえた音声を! 私たちの今後の支えに!
寿 落ち込んだときに聞き返す用に。
山寺 じゃあ最後にもう1回、何か励みになりそうなこと言っとく?(笑)
寿美菜子&高垣彩陽 公演情報
LAWSON presents 寿美菜子×高垣彩陽 15th Anniversary Live 2025 "With"
2025年11月30日(日)東京都 Zepp Shinjuku(TOKYO)
[昼公演] OPEN 14:00 / START 15:00
[夜公演] OPEN 17:30 / START 18:30
プロフィール
寿美菜子(コトブキミナコ)
2009年にテレビアニメ「けいおん!」で主要キャラクターの1人、琴吹紬を演じ注目を浴び、同年に同じミュージックレインに所属する高垣彩陽、戸松遥、豊崎愛生とともにユニット・スフィアを結成した。2010年9月にシングル「Shiny+」でソロデビュー。2012年には1stアルバム「My stride」を携え、初のソロツアー「First Live Tour 2012 "Our stride"」を行った。その後もソロ、そしてスフィアとして幅広く音楽活動を行い、2018年1月に作詞に初挑戦した3thアルバム「emotion」を発表。2020年より1年半にわたってイギリスへ留学した。2023年10月に約5年ぶりの音楽作品となるEP「Curious」を発表。11月にライブツアー「LAWSON presents 寿美菜子 Zepp Live Tour 2023 "Golden hour"」を行った。2025年11月にソロアーティストデビュー15周年をして高垣とのコラボシングル「Beyond Days」をリリースし、ツーマンライブ「LAWSON presents 寿美菜子×高垣彩陽 15th Anniversary Live 2025 “With”」を開催する。
高垣彩陽(タカガキアヤヒ)
2006年2月に声優デビュー。音楽大学の声楽科出身で、その卓越した歌唱力を生かし舞台女優としても活躍している。2009年2月に同じミュージックレインに所属する寿美菜子、戸松遥、豊崎愛生とともに声優ユニット・スフィアを結成した。2010年7月にはシングル「君がいる場所」をリリースし、ソロデビュー。2011年11月にカバーミニアルバム「melodia」を発表し、12月に初のコンサートツアー「Memoria×Melodia」を開催した。その後もオリジナル楽曲はもちろん、カバーミニアルバム「melodia」をシリーズ化させ、定期的に音楽作品を発表。2016年11月に東京・Bunkamuraオーチャードホールでクラシカルコンサートを実施した。2019年8月に「戦姫絶唱シンフォギアXV」のエンディングテーマを表題曲としたシングル「Lasting Song」を発表。2021年4月にベストアルバム「Radiant Memories」をリリースした。2024年6月に豊崎とのコラボシングル「トゥインクルクス」を発表。2025年11月には寿とのコラボシングル「Beyond Days」をリリースし、ツーマンライブを行う。
高垣彩陽オフィシャルブログ「あやひごろ」Powered by Ameba
山寺宏一(ヤマデラコウイチ)
1985年に声優デビュー。40年にわたって声優界の第一線で活躍し続け、幅広い声色を使い分けることから“七色の声を持つ男”という異名を持つ。代表作に「それいけ!アンパンマン」(チーズ、カバおくん、ジャムおじさん役)、「新世紀エヴァンゲリオン」(加持リョウジ役)、「まじめにふまじめ かいけつゾロリ」(ゾロリ役)、「ルパン三世」(銭形警部役)、「攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL」(トグサ役)など。洋画ではジム・キャリー、ウィル・スミス、クリス・プラットなどの大物ハリウッドスター、アニメではドナルドダックや「アラジン」のジーニー、「リロ・アンド・スティッチ」のスティッチなど、数多の吹き替えを担当する。2000年に三谷幸喜から声がかかりドラマ「合い言葉は勇気」で俳優デビュー。俳優としての出演作は連続テレビ小説「なつぞら」「あんぱん」、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」など。映画「マーダーズ・イン・ビルディング」にて自身のキャリアで初めて海外映画作品の日本語吹替版の制作を発案。自ら声優陣のキャスティングも行った。



