KKが2ndアルバム「世の霧を抱きよせ」をリリースした。
2009年に動画共有サイトで“歌ってみた”動画を投稿し、一躍人気の歌い手として注目されたKK。2015年に上北健名義でシンガーソングライターとしての活動をスタートさせてからはKKとしての動画投稿などの頻度は少なくなってしまったが、2019年に入り動画の投稿を再開させ、12月にはKKとして約5年ぶりのアルバム「世の霧を抱きよせ」を完成させた。本作の制作にあたってはKKの活動を支えていた針原翼(はりーP)、yukkedoluce、前略P、Heavenz、koyoriといったボカロPが集結し、書き下ろしの新曲を提供した。
5年の歳月を経て、KKがアルバムを作るに至った理由はなんなのか? 制作の背景を切り口に、2つの顔を持つシンガーの活動スタンスに迫った。
取材・文 / 森朋之
今の世の中にマッチするKKを
──KKとして約5年ぶりのアルバムリリースを思い立ったきっかけはなんだったんですか?
アルバムに楽曲提供してくれたボカロPの皆さんが「KKとして、ひさしぶりにどう?」とアプローチしてくれたのがきっかけですね。それを受けて「じゃあ、やりますか」と動き出しました。この5年間、上北健として活動しながらも心の中にずっとKKはいて。もしかしたらKKとしてもう一度動き出すためのきっかけを探していたのかもしれないです。
──アルバムはどう制作を進めていったんですか?
まずは彼らに直接会って、どういうアルバムにしたいかを話し合いました。彼らは上北健としての活動も知ってくれていたので、「KKが(上北の活動と)同じようなこと、似たようなことをやるのは違う」という話をまずしました。そのうえで「KKというのは、どういう人だったか?」とか、リスナーのみんなが求めているKKの姿を改めて話し合ったんです。
──KKのイメージを再確認することが必要だったわけですね。
入り口としては、思い出話をしていたイメージですね。「あのスタジオで歌入れしたよね」「こういうことをリスナーは喜んでくれていた」「KKはこんな歌い方をしていた」と。あとは当時使っていた機材やマイクの話もしました。僕の代表曲と呼ばれるものの中にHeavenzさんが作った「それがあなたの幸せとしても」という曲があるんですが、この包み込むような雰囲気の歌を評価してもらうことが多くて。そういう思い出話の中に出てくるキーワードをアルバム制作のヒントにしていきました。ただ、当時のKKをそのままコピーするのは避けたかった。この5年の間に世の中も、生活する人たちも大きく変わったし、今の世の中にマッチするKK像をちゃんと示したかったんです。
──この5年間で音楽シーンの在り方も大きく変化したように思いますが、KKさんはその変化をどう捉えていますか?
世の中に点在している“色”が増えたという印象はあります。例えば同じ青にしてもいろんな種類があるし、「この色とこの色の組み合わせはよくない」みたいなことも気にならなくなりつつある。とにかく新しい色を塗ればいい、みたいな風潮もありますよね。簡単に言うと「いろいろ複雑になりましたね」ということだと思います。
──あらゆるジャンルで細分化がさらに進み、シーンの移り変わりも早くなった印象があります。
ただKKとしては「音楽のジャンルが複雑になって、次の展開が難しい」みたいなことはあまりないんです。どういうものを歌いたいかをはっきりさせて、あとは皆さんに作っていただいた曲、書いてもらった言葉と向き合いながら、ベストなパフォーマンスをするだけなので。確かに5年前はもっとシンプルだったんです。楽しみながら歌って、それをみんなが「好きだ」って言ってくれることが単純にうれしくて、それに応えるようにまた歌う。今回も、僕がもともと歌を歌っていた理由を改めて噛みしめながら制作を進めていたんですが、今はちょっとアーティストイズムが入ってしまっていると思う瞬間もありました。「世の中がどうなったか」みたいなことも少しは考えるようになったし、その意味ではこの5年で自分自身も変わったのかもしれないですね。
KKの視点と上北健の視点
──プロデューサーの皆さんとの話し合いで見えてきたアルバムの方向性は、どういうものでしたか?
KKの視点ではなく、少し上北健の視点が入ってしまうのですが、上北健から制作陣に向けていくつかキーワードを出させてもらったんです。それは上北健としての活動に関するキーワードで、「KKの楽曲を制作にするにあたっては、これに当てはまらないものをお願いしたいです」という依頼をさせてもらいました。例えば「常に苦悩することを忘れてはならない」といったキーワードを渡したとしたら、その言葉を完全に否定してくれてもいいし、キーワードが示す概念にメスを入れてもらう形でもいい。「こういう考え方もある」と提言するというアプローチでもいい。上北健の活動とは違うもの、アンチテーゼと言うと言葉が強くなってしまうのですが、お渡ししたキーワードをもとに視点を変えて曲作りをしてもらいたかったんです。ただ、この方法を取ることに関して最初は不安だったんですよ。
──なぜ不安だったんですか?
もしかしたら否定的な反応があるかもしれないと思ったんです。実際のやり方としては、名刺サイズのカードにテーマを書いて、皆さんに1枚ずつ取ってもらったんですよ。カードを配るときはどういう反応があるかドキドキしていましたが、こちらの予想に反してカードを受け取った皆さんが面白がってくれて。みんな快く引き受けてくださいました。
──あらかじめキーワードを用意していたわけですから、アルバムの青写真はだいたいイメージできていたわけですよね?
難しい質問ですね。上北健としては、アルバムの完成形のイメージはしていました。でもKKとしては、昔から知っている仲間と集まって作品を作れることに対してワクワクしている感情が大きいから、完成のイメージとかは考えていなくて……今日の取材は難しいですね(笑)。上北健として、KKとして、スイッチを入れたり切ったりしないといけない。
1つひとつの曲がバトンを手渡していく
──アルバムの収録曲について聞かせてください。リリースに先駆けて、10月に「ステラーバース」のミュージックビデオが公開されましたが、これはアルバムの軸になる曲として最初に公開したのでしょうか?
「アルバムのリード曲かどうか」という意味の質問だとすれば、今回のアルバムにリード曲は存在しないと思っています。というのも、アルバム全体で1つの物語が成立していて、1つの曲がリード曲として先導して、ほかの曲が後ろに続くという構図の作品ではないんです。1つひとつの曲がバトンを手渡してリレーをして、1つの物語を紡いでいるイメージに近い。そんな中で「ステラーバース」は“歌ってみた”などで一緒に作品作りをしてきたyukkedoluceくんの曲で、KKがひさびさに歌うことに意味がある曲なので、みんなに最初に聴いてもらうことにしました。
──―アルバムの1曲目「残光のラン」とラストを飾る曲「グッドラッカーズ」はどちらもはりーPさんが手がけたものです。先ほど「はりーPさんが率いてくれた」とお話していましたが、はりーPさんの楽曲を最初と最後に収録することは決めていたんですか?
いえ、すべての曲が出そろって曲順を考えたとき、結果的に「残光のラン」が最初に、「グッドラッカーズ」が最後に収録されることになっただけなんです。ただ、最初と最後にはりーPの曲を置いたのにはやっぱり意味があるようにも感じていて。実ははりーPは「上北健とは違うことをやる」というテーマで曲を作ることに対して難しく感じたと思うんです。というのも、彼にとっては上北の考えとはりーPの考えにあまり違いがなくて、与えられたキーワードに対するアンチテーゼを示すのに苦労したようでした。ただ完成した曲をいただいて、書いてほしいと思っていたフレーズがはりーPの曲には含まれている気がしました。
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前略Pが引き出すKKの新しい一面