奇妙礼太郎が語る4年ぶりフルアルバム「たまらない予感」、全楽曲を手がけた早瀬直久(ベベチオ)による証言も (2/2)

周りの人はこういうことをサラッとできるのに

──今回、早瀬さんに事前にメールインタビューをさせてもらって、いくつか質問させていただいたんですけど、奇妙さんに会った最初の印象について、「気にしいな人なんかなって。優しさとか苦手そうな」と。で、「最初に出会ったのはもうだいぶ前だけど、ひさびさに再会したときにその印象はだいぶ変わってた。というか空気が広くなってて、なんかすごい気持ちよくって。それから一緒にお酒を飲んだりしてるときにふと『自分のこういうとこが嫌いで』とか実直に話してくれた姿に、すごく感銘を受けたのを覚えてます」とおっしゃっています。

飲みながらそういう話をしたかもしれないですね。例えば「周りの人はこういうことをサラッとできるのに、自分は異様に時間がかかった挙げ句、いびつな形になって採用されへん」とか(笑)。そういうことに対してしんどいなあと思っていたときもありましたけど、今は「周りの人ができることを無理にやらんでええな」と思っていて。あとは人のバンドのライブを観に行くと、基本的にシュッとしてる人が多いから「いいなあ」と思うんですけど、最終的に「でも、もう自分には無理や! ええわ!」ってなります(笑)。

──早瀬さんの歌を歌うときの感覚は奇妙さんの中ではどんな感じなんですか?

いろいろなタイプの曲があるんですけど、その中でもすんなり歌える曲と大変な曲があって。フィジカル的に大変な曲もあれば、その日の調子に左右される曲もあります。今回のアルバムに収録されている曲で言ったら、1人で歌うのが難しいのは「少女漫画」とか。頭から最後までちゃんと聴かせるのがちょっと難しいというか。本当のところはどうかわからないですけど、歌いながら「このへんで聴いてる人の心が離れていきそうやな」とか、なんとなく思うことがあるんです。でも同じ曲を歌っていても、うまくいくときは「気付いたら曲が終わっていた」という感覚になるんです。そういうときは、すごく音楽的に歌唱できているということやと思うんですけど。でも、どうしたらそういうふうに歌えるのかは今でも自分ではわからないし、神のみぞ知るという感じで。歌というものは難しいなと思いますね。「少女漫画」はアルバムに収録されているバンドアレンジだとすんなり歌えるんですけど、1人でギターで弾き語りをするときは難しいなあと思ったりしますし。

奇妙礼太郎

──「くじら」も変則的なところがあって難しそうですけど、とにかくグッドメロディだし引き込まれますね。

「くじら」の「誰も見ていない 布団の中で」のところ、張り切って歌うとだいたい失敗するんですよ(笑)。

──あの劇的に転調をするところですね。でも、あそこのメロディもすごくいい。

いいですよね。歌っていて気持ちいい。早瀬くんの曲やなあって思うし。でも、あそこで「ハッとさせるぞー!」と思って歌うと、失敗します(笑)。お客さんが「はいはい、その狙いはバレてますよ」という雰囲気になる。

──逆にスルッと歌えるのは?

「竜の落とし子」と「大事な話」は弾き語りで歌いやすいですね。

──「大事な話」は、音源上はなかなかの緊張感が漂ってる感じですけどね。

そうですね。このアルバムの曲はすでにライブで何度もやってるものが半分くらいで。録ったときと、ライブで弾き語りをしているときでまた違う感覚があるのかもしれないです。早瀬くんの作る曲は、どれも出だしのメロディで聴きたいと思わせる魅力があるなといつも思いますね。

──歌詞の筆致に関しても自由だなと思うし、早瀬さんも歌い手が奇妙さんだからこそ作れる歌なのかなと思います。

何かを直接言うような強い言葉が乗ってたりしますもんね。

──例えば今後の作品で奇妙さんが作詞作曲した曲と、早瀬さんの曲が共存するのも面白いかもしれないですよね。

ああ、そうですね。いろんな可能性があると思います。でも、自分の曲か……嫌だなあ(笑)。

──嫌ですか(笑)。

いや、やりたいけど嫌だなという。そういえば、去年打ち込みするためのマシンを買ったのに、まだ届いてないな。ローランドのSP-404SXというマシンを買ったんですけど。

──サンプラーだ。奇妙さんがサンプラーで曲を作るのも面白そうですね。

でも、届いてないんですよね(笑)。去年の11月に注文したんですけど。

──それは1回お店に連絡してみてください(笑)。届いたらライブで使ってみてもいいんじゃないですか?

想像すると照れるんですよね。生ドラムを叩いてる人がいないのにどこかからドラムの音がするのは。「なんか、すいません」ってなる(笑)。いや、でもやってみようかな。

──ぜひ自信を持っていろいろやってみてください(笑)。

やってみます。「自信を持ってください」で終わるインタビュー(笑)。

早瀬直久 メールインタビュー

早瀬直久(ベベチオ)

早瀬直久(ベベチオ)

──奇妙礼太郎さんと出会ったときの印象を教えてください。

気にしいな人なんかなって。優しさとか苦手そうな。ちょっとだけ尖ってたような気もするけど、話すとすぐ丸くなって、でもまた尖ったような眼差しで。ロケット鉛筆みたいやなって。最初に出会ったのはもうだいぶ前だけど、ひさびさに再会したときにその印象はだいぶ変わってた。というか空気が広くなってて、なんかすごい気持ちよくって。それから一緒にお酒を飲んだりしてるときにふと「自分のこういうとこが嫌いで」とか実直に話してくれた姿に、すごく感銘を受けたのを覚えてます。だから「曲を書いて」と言ってもらえたときは余計にたまらなくうれしかったですね。

──奇妙さんは以前「早瀬くんってすごく優しい人なんですけど、それだけではなくて、時間が有限なのをすごくわかってる人だなと思う」と語っていて、確かにリスナーから捉えても、時の移ろいがもたらす絶対的に変化することと、不変なこと、そこにある悲喜こもごもの妙を表現されている音楽家という印象があります。そのあたりで意識していることはありますか?

単純に自分が生きていくうえで時間の有限さというものを痛感しているからかもしれないけど、時間って愛に変わるものだから、誰かと何かを一緒にやれる時間って実は本当にすごく貴重なことだと思っていて。人は街みたいに都合よく変わるから、変わらないほうが古くなっていくんだけど、センチメンタルな部分で先回りしちゃって無責任にはなれないというか。ちゃんと向き合って考えてしまう癖がある。でもメタ的な捉え方をする部分もあったりするので、そこに作家性が現れるのかもしれないです。

──「奇妙礼太郎だからこそ歌える歌」とはどのようなものだと思いますか?

奇妙くんは言葉をしっかりと自分の体に吸収させて発する人だなあといつも思うので(逆の要素もあるので両極端だけど)、歌の言葉がより強くなるし、奥まで届きやすい。そして、ふいに爆発するような感受性の豊かさを見せてくれるので、聴いている側はずっと言葉の行方を追ってしまう。奇妙くんは声にスポットを当てられることが多いけど(もちろん最高に素晴らしい!)、言葉を最大限に発揮してくれる歌うたいだと僕は思っています。みんながよく知る歌でも、誰も知らない歌でも、手が届くところまで運んでくれる人。それって奇妙くんだからこそだな、と。

──今作のアルバムの全体像として意識したポイントがあれば教えてください。

前作の「ハミングバード」を制作したときに強く感じたんですが、奇妙くんにはムチのような柔軟さと高い表現力があって、自分事の歌にしてくれる力がある。僕は比較的1曲1曲ちゃんとカラー(タイトル)を付けて曲を書く傾向があるので、そこは作り手として、今作もいろんな角度を感じられる曲たちで綴じたアルバムになればいいなと意識しました。

──今作のアレンジ面で意識したポイントを教えてください。「くじら」や「RH-」や「ランドリーナイト」のプログラミングサウンドの意匠も独特で印象的でした。

奇妙くんは弾き語りやバンドの印象が強いと思うんですが、例えば打ち込みっぽい狭さや、逆に海の底や宇宙みたいな広さを表現してもらうのも面白そうだなと思ってアレンジしました。声色のバリエーションを引き出したかったという狙いにも見事に応えてくれて、あとでコーラスを重ねたり、音色を足したりする際のアレンジの幅も広がりましたね。それと、ライブで曲を演奏する際の変化も醍醐味のひとつだと思うので、音の足し算引き算についても少し考えました。

──今作の制作やレコーディングでの忘れがたいエピソードがあれば教えてください。

デモやプリプロは大阪にある自分の仕事場「ragumo」で制作したのですが、RECメンバーがほぼ関東在住なので、レコーディング自体は東京でやりました。その頃ちょうど街のごはん屋さんが閉まっていたので、REC中はほぼコンビニ三昧だったのが、まず忘れがたいですね(笑)。レコーディングにストイックに向き合う機会をもらえたのでよかったのかもしれないです。あと、アルバムのタイトル曲にもなっている「たまらない予感」の歌詞は最後に書こうと決めていて、歌録りの前日に書いて渡したのも功を奏した気がします。手ぶらでリラックスしてもらえたというか、いい具合に力が抜けていて、素敵な歌が録れたと思います。あとは、RECの演奏メンバーやエンジニアの皆さんと話をして深めていく作業も大好きなので、みんなのいろんな意見を取り入れながら作っていきました。僕が感覚的に伝えたことも、みんな演奏にして返してくれて非常に頼もしかったです。

──今後の奇妙さんに期待すること、こんな歌を歌ってみてほしい、あるいは一緒に制作したいというイメージがあれば教えてください。

大きくて広い曲を作りたいですね。少しイメージがあるので、それができたら歌ってほしい。奇妙くんはとにかくライブで忙しい人なので、どこかのタイミングで一緒にツアーとか回りながら深めていけたら純度が高いものができそうで最高やなあと思っています。

──奇妙さんは早瀬さんについて「すごく繊細なガキ大将」と言っていました。早瀬さんにとって奇妙さんはどのような存在でしょうか。

奇妙くんには学ぶところが本当に多いです。とても平等で自由な考え方で、「別にいいやん」と発する言葉がとても強くって。そして、サボり魔なのにすごい努力家で、それは実に素直なところから来ているものなので、憧れますね。どう言えばいいかな......「感度抜群な逃げ足の速い猫」かな(笑)、奇妙くんは。

奇妙礼太郎

奇妙礼太郎

奇妙礼太郎 公演情報

奇妙礼太郎「たまらない予感」Release One Man Live

  • 2022年5月27日(金)福岡県 BEAT STATION
  • 2022年6月8日(水)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
  • 2022年6月9日(木)大阪府 BIGCAT
  • 2022年6月19日(日)北海道 cube garden
  • 2022年6月25日(土)東京都 東京キネマ倶楽部

プロフィール

奇妙礼太郎(キミョウレイタロウ)

大阪府出身。2008年より奇妙礼太郎トラベルスイング楽団として活動し、バンド解散後は天才バンド、アニメーションズなどを経てソロアーティストとして活動している。2017年にメジャーデビューし、同年9月に1stアルバム「YOU ARE SEXY」、翌2018年9月に2ndアルバム「More Music」をリリース。 2021年6月にオリジナル作品としては約3年ぶりとなるミニアルバム「ハミングバード」をビクターエンタテイメントより発表し、翌2022年4月には4年ぶりのフルアルバム「たまらない予感」をリリースした。またボーカリストとして、サントリーBOSSゴールデンタイム「ザ・ドリフターズ編」、スズキ自動車「ショコラ」などさまざまなCM曲の歌唱を担当している。

早瀬直久(ハヤセナオキ)

学生の頃に制作していた自主映画の挿入歌を書いたことをきっかけに作曲を始め、音楽ユニット・ベベチオを結成。これまでに、映画「幸福のスイッチ」、JR東日本「エキナカ」、森永乳業「マウントレーニア」、三菱自動車「アウトランダー」、沢井製薬、大阪成蹊学園などさまざまな分野の楽曲を手がけている。2021年6月にリリースされた奇妙礼太郎のミニアルバム「ハミングバード」や、2022年4月に発表された奇妙のアルバム「たまらない予感」では全曲の作詞作曲およびプロデュースを担当。“暮らしをもっと掘り上げる”プロデュースユニット・ragumoの代表も務めており、ジャンルを問わない企画や制作を行うなど、その活動は多岐にわたる。