川嶋あい×藤巻亮太|“どうにか今日まで生きてきた”すべての人にこの曲を捧ぐ

川嶋あいが藤巻亮太とのコラボ曲「どうにか今日まで生きてきた feat. 藤巻亮太」をリリースした。

「どうにか今日まで生きてきた」は、藤巻がナビゲーターを務めていた東日本大震災の復興支援ラジオ番組に川嶋がゲスト出演した際に「音楽にできる社会貢献」について語り合ったことをきっかけに生まれたナンバー。川嶋の「ぜひ藤巻さんと一緒に曲を作ってみたい」というオファーにより、今回のコラボレーションが実現した。先が見えない社会を生きる人たちへのエールに満ちた「どうにか今日まで生きてきた」は、どのように作られたのか。川嶋と藤巻の2人に話を聞いた。

取材・文 / 森朋之 撮影 / 堀内彩香

藤巻さんにはまったく不純物がない

──「どうにか今日まで生きてきた feat. 藤巻亮太」が制作されたきっかけは、2019年に藤巻さんがナビゲーターを務めていたJ-WAVEの震災復興支援ラジオ番組「Hitachi Systems HEART TO HEART」に川嶋さんがゲスト出演したことだったと伺っています。

川嶋あい
藤巻亮太

川嶋あい はい。藤巻さんの楽曲は以前から聴かせてもらっていて、素晴らしい楽曲を書かれる方だなと思っていたんです。ラジオでご一緒させていただいたことで、さらに藤巻さんのパーソナルな部分に触れることができて。「まったく不純物のない、本当に優しい方だな」と感じたんですよね。

藤巻亮太 いえいえ、そんなことはないですよ(笑)。

川嶋 そのとき直感的に「藤巻さんと一緒に曲を書かせてもらえる機会があったら、ぜひチャレンジしたい」と思って、コラボレーションをご提案させてもらったんです。

藤巻 そのラジオ番組は、僕が東北の被災地を訪れて、そこでレポートしたことについてゲストの方と話すという内容のものでした。川嶋さんとはそのときが初対面だったんですが、けっこう深い話をさせてもらって。番組で紹介したのが、川嶋さんの「旅立ちの日に…」のエピソードだったんです。震災が起きた日、被災した小学校(宮城県南三陸町の戸倉小学校)の子供たちが学校の裏にある神社に避難して、不安な一夜を過ごした。寒さ、怖さの中で、子供たちは卒業式のために練習していた川嶋さんの「旅立ちの日に…」を歌って、朝まで励まし合ったそうなんです。

──まさに音楽の力を実感できるエピソードですよね。川嶋さんは後日、支援物資を集めて避難所にいた小学生を訪問しています。さらに翌年には卒業式に出席し、ライブも行ったそうですね。

川嶋 そうなんです。震災後すぐは自分の無力さを感じていたんですが、「旅立ちの日に…」を歌ってくれたというエピソードを知って、私にもやれることがあるのかなと気付けて。子供たちが教えてくれたんですよね。

藤巻 ラジオで話をさせてもらって、「この方があの素晴らしい曲を作った方なんだ」と納得できた。もともと川嶋さんの歌はキュートでありながらしっかりしたメッセージ性の両方があって、すごく好きだったんです。なので「楽曲を一緒に作りませんか」というお話をいただいたときは僕もすごくうれしかった。きっと素晴らしい曲になるだろうという予感がしていました。

川嶋 そう言ってもらえてうれしいです。私も制作を通して、かなり濃厚な時間を過ごすことができました。いろいろな学びをいただいたし、思い出がいっぱいある1曲になりました。

初めて生身の自分を刻んだ曲

──「どうにか今日まで生きてきた」は作詞が川嶋さん、作曲が藤巻さんというクレジットになっています。制作はどのように進めたんでしょうか?

藤巻 制作の中で少しずつ変化していった曲なんですが、最初のミーティングが重要だった気がします。

川嶋 そうですね。あの時間があったからこそ、どういう曲を作ればいいかイメージできたと思うので。私から声をかけてスタートした案件なんですが、藤巻さんが思い描いていらっしゃることを汲んで、お互いの作りたい音、世界観を重ねながら作ったイメージが強いです。

藤巻 最初は僕が歌詞を書いて、川嶋さんが曲を作るという案もあったんですよ。でも、いろいろと話し合う中で、それが逆になった。

──作り方をあらかじめ決め込むのではなくて、2人の話し合いの中で、少しずつ曲の形が見えてきたということですか?

藤巻 ええ。そうやって揺れ動くことが大事なのかなと。僕自身もレミオロメンからソロになって、20代、30代を経て、40代になって。その中で求められることとやりたいことのズレを感じることもあるし、いろんな出会いがあれば別れも経験する。年齢を重ねる中で、揺れながら生きているのがミュージシャンだと思うんですよ。今回のコラボレーションも、そういう揺らぎが必要だと思った。それに、今回一番大事なのは“川嶋さんの言葉”なんだと直感したんです。「旅立ちの日に…」から時間が経って、“今”にフォーカスした川嶋さんの言葉を大事にしたかったというか。

左から川嶋あい、藤巻亮太。

川嶋 藤巻さんと一緒じゃなかったから、そういう作り方はしなかったと思います。一昨年、コラボレーションアルバム「Ai X」を作って、いろんなアーティストの方と一緒に曲を制作させてもらったんですけど、今回はそのときよりももっとパーソナルな部分というか、自分の人生観を曲に反映させているんです。そこは藤巻さんに引き出していただいたんだと思います。

──曲を作るうえでは、まず川嶋さんが歌詞を書いたんですか?

藤巻 同時に進めたんですよ。川嶋さんに歌詞を書いてもらいながら、僕のほうでも「川嶋さんと一緒に歌うんだったら、こういうメロディがいいな」と考えていた。でも、軸になったのはやっぱり川嶋さんの言葉だったと思います。最初に送ってもらった歌詞の中に「それでも今日まで生きてきた」という言葉があって、すぐに「これだ!」と感じて。この言葉って、今、多くの人が感じてることだと思うんです。日本中、世界中が大変な状況の中、「それでも今日まで生きてきた」って。

──本当にそうだと思います。

藤巻 川嶋さんはたぶん「みんなが感じていることを言葉にしよう」と狙ったわけではなくて、自分自身の実感だったり、生き様だったり、自分の中にあるいろんなものを掘って掘って、この言葉にたどり着いたと思うんです。

川嶋 そうだと思います。誰かのために、誰かを思って曲を書くことはあったけど、「自分自身の人生をどう捉えて、それをどう曲にするか」ということはあまり考えたことがなかったんです。この曲の歌詞は、すごく自分に向き合いながら書いたんですよ。コロナ禍で大変な状況になったこともあって、幼少期の頃のことも含めて、これまでの人生をめちゃくちゃ振り返って……。それも初めてのことだったし、生まれてから今までの自分の経験、生身の自分が刻まれた歌詞になったと思います。

藤巻 本当に感動したし、すぐに「この言葉から歌詞を書いてみたらどうですか?」と提案させてもらったんです。川嶋さんはあのとき、どう思ってました?

川嶋 藤巻さんから「『それでも今日まで生きてきた』から歌詞を書いてほしい」と返事をもらって、「これぞまさに、骨太な藤巻亮太だな」と思いました(笑)。お互いの人間性や価値観が重なった瞬間だったし、だからこそ私も「この先にどんな世界が広がっているんだろう?」と思い描くことができた。

藤巻 もともと考えていたメロディにもピタッとハマって。「これは来たぞ!」と思いました。

散歩しながら電話で対話

藤巻 その後も何度かやり取りをしながら、少しずつメロディと歌詞を練って。ただ、状況的にも直接会うことができない時期だったから、ひたすら電話してたんですよ。

川嶋あい

川嶋 お互いに散歩していることが多くて、「今、こんなところを歩いてます」と話したり(笑)。

藤巻 そうそう。ちょうど秋から冬になる時期だったんですけど、歩きながら話すと、なぜかイメージが湧きやすくて。

──どんな話をしたんですか?

藤巻 歌詞やメロディの具体的な話よりも、お互いの人生観とか、今の社会や時代に対して思うことを話してましたね。「どうやって、みんな生きているんだろう?」とか。

川嶋 飲みの席でするような話を昼間、歩きながらしてました(笑)。毎回1時間くらいは話してましたよね?

藤巻 そうですね。お互いの人となり、思考、思想みたいなものをじっくり話して。普段は1人で書いているから、自然とモノローグになっていくんですよ。今回はダイアローグ、対話によって掘っていったので、そこはぜんぜん違いますね。

川嶋 まさにそれが楽しみだったんです。対話、ディスカッションによって楽曲の方向性が少しずつ変わっていって。まずは自分の中で思い付いたことを藤巻さんに投げるんですけど、どんな反応が返ってくるのかがホントに楽しみで。

藤巻亮太

藤巻 僕もすごく楽しんでました。対話によって川嶋さんが紡ぎ出す言葉が変わって、強さ、優しさ、豊かさが増していって。途中、いきなり英語のフレーズが送られてきたんですよ。

──冒頭の「Sunrise has come New day has come / Change our Tomorrow by ourself for yourself」ですね。

藤巻 はい。サビのあとに入れるメロディを考えてたんですけど、川嶋さんから「あのメロディには英語が合うと思って」とフレーズが送られてきて、それが本当に素晴らしかったんです。「だったら、これをイントロとアウトロにも使おう」と思ったんです。

川嶋 本当に最高なイントロにしてもらいました。

藤巻 春にリリースすることが決まっていたし、「この状況の中でどんな曲が聴きたいだろう?」と考えたときに、やっぱり明るい曲がいいなと。イントロのフレーズは最初ギターで作ったんですけど、あるとき「ホーンがいいな」と思い付いたんです。

川嶋 朗らかで陽気なイメージがあるホーンの音にしていただきました。しかもこの音、生で録ってくださったんですよね。

藤巻 そうですね。アレンジャーの河野伸さんと細かく精査して、編み込むようにホーンのフレーズを作ったんですが、威風堂々としたサウンドになりました。それもすべて、川嶋さんの言葉の力なんですよ。川嶋さんのフレーズによって、ホーリーな雰囲気が生まれたというか。

川嶋 教会で歌っているようなイメージは確かにありました。曲を作っていて感じたのは、藤巻さんはすごくプロデューサーっぽい人だということ。やり取りの中でいろんな言葉を引き出してもらいました。