音楽ナタリー Power Push - 川村ゆみ
仮歌の名手が手に入れた自分が歌いたい歌
作家陣の個性が炸裂した楽曲
──ハードロックテイストの「WAKE UP NOW」、歌謡曲っぽい雰囲気のダンスナンバー「六本木サディスティックナイト」など幅広いジャンルの楽曲がそろっています。どんなテイストの曲も歌いこなせることに改めて驚きました。
特に今回は自分に合わせて書き下ろしてもらった曲ばかりですからね。私は「こう歌って、こういうコーラスを重ねれば、こういう仕上がりになる」という完成形を想像しながらいつも歌ってるんですよ。歌い方もそうで、「この感情で歌えばこういう声色になるな」とか想像しています。感情をドバっと出して歌うのか、ポーカーフェイスで歌うのか……それが私の歌の選び方なんですよ。
──それもこれまでの経験の中で得た方法論ですよね。
職人的なやり方なのかもしれないですね。これは余談ですけど、アーティストさんのレコーディングに参加して、同じメロディラインを歌うこともあるんです。ユニゾンしているんだけど、CDではアーティストさんが1人で歌ってるようにしか聴こえないように声を入れるんですよ。ご本人の声が骨だとしたら、その周りに筋肉を付けて、キレイに聴こえるようにするっていう作業なんですけど。
──そんなことが可能なんですか?
みたいですね(笑)。すごく面白い作業なんですけど、誰かに教えてもらったわけじゃないし、人に教えてあげることもできなくて。10代の男の子や女の子の声に合わせて、歌に筋肉を付けてあげるっていう、訳のわからないスキルが上がってます(笑)。
──そのテクニックを持ってしても、アルバムの中で「これは強敵だったな」という楽曲はありますか?
全部強敵でしたよ。例えば葉山さんが書いてくれた「RPW」。淡々とした雰囲気の中で最後に泣かせるという表現、その感情の込め方が非常に難しくて。同じく葉山さんが作曲してくれた「You're my home」もそうなんですけど、すごく暗いことを歌ってるのに、なんだか幸せな感じに聞こえるっていう。
──それが葉山さんの作家性なんでしょうね。
そうなんですよね。ほかの作曲家の皆さんも、一番クセの強い部分を出した曲を作ってきてくれて。TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDが参加してくれた「HUNGER GAME」もすごかったですね。彼らとは「おそ松さん」のエンディングテーマ(「SIX SHAME FACES ~今夜も最高!!!!!!~」)でご一緒したんです。すごくカッコいい英語詞の曲の上で声優さんたちが大声でセリフをしゃべり合う曲なんですが、私が歌っている歌詞は“怪しいツボを売りつける”という内容なんです(笑)。それを受けて、今回の「HUNGER GAME」は“ラッセンみたいな版画を売りつける”という歌詞になってます(笑)。マニアックな音階が重なり合っていて、それを覚えるだけで頭が割れそうになりましたね。元気な声、フワッとした声などを使い分けながら、自分なりにバランスを取っています。
──声優の緒方恵美さんとのコラボ曲「二人の方舟」も素晴らしいですよね。
緒方さんと仲良くなったのは最近なんですけど、2人の声の相性がすごくいいんです。「二人の方舟」もまったく練習せず、一発で素晴らしいコーラスを入れてくれて。緒方さんが主メロを歌ってるバージョンが彼女のアルバム(「real/dummy」)に入ってるんですけど、こういうコラボレーションができたのもよかったですね。
歌詞はまた書いてみたい
──川村さんが作詞した「kamikaze」「きらら」についても聞かせてください。これまでに歌詞を書いたことはあったんですか?
はい。昔少しだけ。これまでに何百曲、何千曲と歌ってきて「洗練された歌詞を歌わせてもらってるんだから、自分でも書けるはずだ」っていうわけのわからない自信があったし、書きたいこともあったから、今回ひさびさに作詞に挑戦させてもらいました。「kamikaze」は原一博さんが「どのプレゼンに出しても、とてもいい曲なんだけど、歌いこなすのが難しいという理由で戻ってくる曲」として手元にあったもの。その仮歌を歌ってるのは私なんですけど……(笑)。原さんに「この曲歌ってみない?」って言われて、以前から書きたかった内容の歌詞を乗せたのが「kamikaze」なんです。
──「きらら」に関しては?
「きらら」の歌詞は「ザ・ノンフィクション」という番組で、地下アイドルのきららさんの存在を知ったことをきっかけに書いた歌詞ですね。きららさんは多額の借金を抱えているのに、絶対に債務整理をしなかったんです。不器用ながらにまっすぐ生きようとするきららさんの人生に衝撃を受けてしまったんですよね。で、彼女のことを歌にしたいなと思って、私が勝手に曲にさせてもらったんですけど、SNSを通じてつながることができて、きららさんがご自分のブログで紹介してくれたんです。その中できららさんは「歌詞が入ってきて、言葉を失いました」と言ってくださって、この曲を作ってよかったなと思いましたね。私のファンのみんなも、この曲に一番反応してるんじゃないかな。
──そういう反応も、オリジナル曲を発信するだいご味ですよね。
そうですね。また自分の中で「歌詞にしたい」と思えるような題材があれば、ぜひ書いてみたいですね。まあ、あまり先のことを考えないで、まずは「ゆみザウルス」を聴いてもらえるようにがんばらないと(笑)。
“いい歌”を聴かせるために
──初めてのオリジナルアルバムがリリースされ、リスナーからも反応もあって。感慨深さもあるのでは?
Twitterなどで感想が聞けるのは面白いですね。手応えもありますけど、「あまり期待しちゃいけない」と思ってる自分もいて、2つの気持ちがせめぎ合ってる感じです。ただ「やっと歌いたい曲ができた」という感覚はあります。先ほども言ったように、私から「歌いたい」と思ったことはほとんどないんですよ。与えられた曲を自分なりに表現するということを続けてきたし、自分から「歌いたいな」と思える曲というのは今回が本当に初めて。
──ライブ活動はいかがでしょうか?
対バン形式で、2、3曲くらいなら歌ってもいいかなと思っています。まあ、具体的なことは全然見えてないので、じっくり考えていきたいですね。もともとライブが好きではないし、表に出始めたのも「ペルソナ」のライブがきっかけだったので。もちろん「ペルソナ」シリーズのライブに参加させてもらったのは、すごくいい経験になってますけどね。武道館のステージに立たせてもらいましたし。
──トップアーティストの姿を間近で見てきた経験も生かされているのでは?
そうですね。浜崎あゆみさん、テゴマスもそうですけど、自分の責任でアリーナを背負ってライブをやってるわけじゃないですか。本物のスターだと思うし、そのときの覚悟、サービス精神からはすごくたくさんのものを学ばせてもらっていますね。
──川村さんご自身のライブも期待してます。川村さんはボイストレーナーとしても活動されていますが、どんな指導をなさってるんですか?
歌い方というよりも心構えを意識していますね。「すごくうまいんだけど、この人の歌を聴いても鳥肌が立たない」というときに、どうしたら鳥肌が立つような歌が歌えるのかを一緒に考えるというか。それは自分の中の戦いだから、その戦い方を一緒に探っていく感じですね。歌うっていう行為はちょっとカッコつけることでもあるから、どうしても心を置いていってしまうんですよ。そうなってしまう理由を探して、「この子には何が足りないだろう?」って判断して。ゾクッとくるような歌が歌えるようになれば、「もうレッスンに来なくていい」って伝えます。感覚をつかんで一気にブレイクする子もときどきいますよ。声優の潘めぐみちゃんもそうでした。
──技術だけでは聴く人を感動させることはできない、と。
みんな“うまい歌”が聴きたいんじゃなくて、“いい歌”が聴きたいわけですから。自分を偽っている間はダメだと思うんです。
収録曲
- WAKE UP NOW
- You're my home
- 六本木サディスティックナイト
- kamikaze
- きらら
- Beyond the monochrome
- HUNGER GAME
- 二人の方舟(feat. 緒方恵美)
- てぃーら・しーく
- KUMAKOI六調子 ~Remix 2017~
- RPW
川村ゆみ(カワムラユミ)
浜崎あゆみ、安室奈美恵、河村隆一、NEWS、テゴマスなど、数多くのアーティストのコーラス、仮歌、ボーカルディレクションを担当する一方で、「ペルソナ」シリーズをはじめとするゲーム、アニメ関連の楽曲、CMソングなどの歌唱でも知られるボーカリスト。1989年に行われたローソン主催のコンテスト入賞をきっかけにプロ活動をスタートさせ、1991年にアトラスのゲーム「雀偵物語2 宇宙探偵ディバン」のテーマ曲「君の笑顔がエネルギー」でCDデビューした。それ以降はソロアーティストとしての活動に加え、メジャーアーティストのコーラスを担当するようになる。2014年にキャリアを網羅するベストアルバム「ゆみ魂」を発表。2017年2月に初のオリジナルアルバム「ゆみザウルス」をリリースした。