異質な音楽を作っているつもりはない
──これはあくまで僕個人の考え方なんですけど、歌のある音楽が「明確なエースストライカーがいて、その人に点を取らせるために周りが動く音楽」だとしたら、フュージョンは「全員がシュートを打って点を取りにいく音楽」だと思うんですね。なんならゴールキーパーもシュートを打っちゃうような、違う種類の楽しみ方ができる競技というか。
向谷 それは言い得ていると思いますね。だから大人げない音楽になっちゃうんですよ(笑)。全員が攻め込んで、ゴール前ガラ空きみたいな感じで。
──そういう音楽の楽しみ方を、「わからない」んじゃなくて単に「知らない」だけの人も多いんじゃないかと個人的には感じていまして。
向谷 いや、でもそういうサウンドに皆さん慣れてはいらっしゃると思いますよ。例えば星野源さんの音楽なんて楽器のアレンジはすごくフュージョンっぽいし、Official髭男dismの演奏だってかなり高度なことをやっているじゃないですか。最近の人たちのアレンジは本当にカッコいいものが多い。
櫻井 ヒゲダンはカッコいいよね。あとKing Gnuとかも。
向谷 そうそう、驚くべき音楽性だよね。東京事変とかも相当すごいことをやってるし、皆さんそういう音楽に自然と触れているわけですから。今のJ-POPにはジャズっぽいアプローチがめちゃくちゃ多いんで、僕らも聴いていて気持ちいいんですよ。だからそういうものと異質な音楽を作っているつもりはまったくなくて、我々の音楽も今の時代にきっとフィットするだろうなというのはなんとなく感じているんですよね。具体的にどこがっていうのは、なかなか口で説明するのは難しいんですけど。
──いずれにせよ、フュージョンを知らない層にもフュージョンを楽しめるだけの素養は備わっているはずだと。そうなると、問題はそこにどう届けるかですね。
向谷 そうですね。まずは露出を増やしていくしかないでしょうけど、そのためにはツアーだったり、こういった取材だったり……一応これがメジャーデビューということになるので(笑)。メジャーレーベルからのデビューアルバムですからね。
──例えば70年代や80年代は、フュージョン系の音楽が普通にチャート上位をにぎわせていましたよね。ジェフ・ベックの「Blow By Blow」がゴールドディスクを獲ったりとか。
櫻井 ハーブ・アルパートの「Rise」が世界中で1位になったりしてましたね。
向谷 Shakatakの「Night Birds」とかも大ヒットしたよね。
神保 そういうものを求めている時代があった、ということでしょうね。またそういう時代が巡ってくるかもしれないし、来ないかもしれないし(笑)。
向谷 まあそうだね。当時はオーディオ機器の進歩と音楽の進化が密接に結び付いていた時代背景もあって、作り手側がけっこうみんな大胆なことをやっていたんですよ。ミュージシャンが新しい音楽をやれば、オーディオ好きの人たちがそれを聴きたがるっていう相関関係があったから。でも今はどちらかというと、音楽の聴き方を自分で工夫する時代ではなくなってるじゃないですか。YouTubeやサブスクで手軽に聴ける時代だから。
──それに、今の人たちはみんな忙しいですしね。「音楽だけにそんなに向き合っている暇はない」というのはあるかもしれないです。
神保 かつては音楽というものがエンタテインメントの頂点にありましたけど、今はいろんな選択肢がありますからね。自分から積極的に掘っていくものというよりは、受け身でいるところに自動的に降ってくるものになっていると言いますか。
櫻井 僕らは「SNSとかをメインに発信していこう」というスタンスでは全然ないんですけど、どこかでうまく噛み合いさえすれば、例えばTikTokでショート動画を楽しんでいる世代にも共感してもらえるんじゃないかと思っているんですよ。僕らは僕らで自分たちが楽しいと思うことをやっているだけで、その姿勢はまったく同じだと思いますから。
神保 たまたま彼らのところに僕らの音楽が……G-フュージョンが降ってきたら(笑)、中には刺さる若者もいるかもしれませんよね。
向谷 そうだね、G-フュージョンがね(笑)。
みんなと一緒に楽しむための音楽
──実際、テクニカルで複雑な演奏ではあるんですけど、皆さんとしては別に難解な音楽をやっているつもりは毛頭ないわけですよね? みんなで楽しめる、楽しい音楽をやっているだけで。
向谷 うん、そうですね。
神保 フュージョンはよく「ジャズ / フュージョン」というふうに書かれたりもするんですけど、やっぱり「ジャズ」という言葉が入るとすごく敷居の高いイメージになるのかもしれないですね。
向谷 我々はあまりジャズ的な要素を打ち出していなくて。ちょっとはあるんですけど、インプロビゼーション中心ではなく、ある程度コードや展開に決まり事を作るのがフュージョンという音楽の特徴なんです。気が済むまでアドリブのソロを弾きまくる、みたいなことはあまりやらないんですよね。やってもいいんですけど、たぶん帰ってこられなくなる(笑)。
神保 変拍子とかも、あんまりやってみようと思わないんですよ。
向谷 1回作りかけてやめたことあるよね。変拍子の曲。
櫻井 やっぱり4分の4拍子が基本になりますね。たまにハチロク(8分の6拍子)があるくらいで……なんかね、頭で考えないと面白さがわからないようなものじゃなくて、素直に楽しいと思える音楽が好きなんですよ。「どういうコードで、どういうスケールになってるんだろう?」という方向の興味じゃなくて、複雑なコードを使っていたとしても、それが鳴った瞬間の「なんかパンチあるね!」「はじけてるね!」みたいなシンプルな喜びのほうが大事というか。そういう価値観で作られる音楽をG-フュージョンと呼ぶのかな、と(笑)。
向谷 例えば今回のアルバムに入れた「Route K3」という曲で言えば、分析したらしたで面白いこともやってはいるんですよ。コードネームで言い表せないようなコードを使っていて、マイナーのようなメジャーのような、ちょっと変わったボイシングになっている。でも、そういう狙いで作ったフレーズというわけじゃなくて、適当にキーボードを演奏してたら神保くんに「それいい!」って言われて採用しただけだったりするんですよね。だいたいそんな感じで作ってるんですよ。
──アイデアの土台にあるものが理屈じゃないってことですよね。肝になる部分がそうだから、上に乗る音がどんなにテクニカルで複雑なものであっても、普通に楽しく聴けてしまうという。
櫻井 そうですね。どの曲もいろんな音楽要素がありますけど、リズムは基本的にシンプルでノリやすいグルーヴであることを意識しています。
向谷 そこにときどき、神保さんの破壊的なドラムソロが入ってくるから面白いんですよ。
神保 はははは。
櫻井 神保くんが最近よくやる……あれ、なんて言うの? ちゃんと聴いてると拍がわかんなくなっちゃうやつ。
向谷 ちゃんと聴いちゃうとダメなんだよな(笑)。
神保 たぶんあれですね、専門用語で言うとメトリックモジュレーションと呼ばれる手法なんですけど。要は8分音符を3連符と捉えてグルーピングしていくみたいな、ちょっとトリッキーなリズムの取り方がありまして。そうすると、演奏が進むごとにどんどんアクセントの位置がズレていくわけです。
櫻井 だまし絵みたいな感じだよね。
神保 そうそう。普通に聴くと3連リズムに聴こえるんだけど、本当は4分の4拍子みたいな。いわゆるポリリズムの一種なんですけど、それをもうちょっと進めた考え方ですね。
──そういうテクニカルな演奏って、普通にやると難解な音楽になりやすいですけど……。
神保 そうですね。
──それを難しく感じさせず、ただ楽しいものとして聴かせるコツって何かあるんでしょうか。
神保 意識の問題かもしれないですね。若い頃にEarth, Wind & Fireとかを聴いて「うわーカッコいい!」と思ったときの、なんて言うんですかね……高度なことをやっていてもシンプルに聴かせる美学みたいな、そういうのが根底にあるのかなと思います。
櫻井 このバンドで技術的に一番高度なことをやっているのは神保くんなんですけど……。
神保 そんなことはないと思いますよ(笑)。
櫻井 向谷さんにしても僕にしても、3人とも共通して「難しいからすごい」という方向には考えないんですよね。それはたぶん、もともとライブミュージシャンとして育ったからというのが大きいと思います。20代の頃からすごい数のライブをやってきて、ワールドツアーも経験して、体感として「音楽とは何も考えずにお客さんとみんなで楽しむものだ」という感覚が染み付いているんだと思うんですよ。
向谷 そうですね。自分的にこのかつしかトリオというバンドの最大の魅力は、自分自身がワクワクできるところなんです。「こんなことを一緒にできて楽しいな」っていう。
櫻井 とはいえいろいろやるのは好きなんで、結果として難しいことをやってはいるんですけど(笑)。基本的には「みんなと一緒に楽しみたい」というマインドでやってますね。
ライブ向きの曲がそろった
──10月28日には全国ツアーが始まりますね。
向谷 アルバムも完成して、10曲も作っちゃいましたからね。ほぼほぼこれだけでライブができる体制が整いました。実際にライブをどういう内容にするかというのは、今まさに検討しているところですけど。
──アルバム自体も、あくまで3人が同時に演奏できるだけの音数に収めて作られていますよね。そこにライブバンドとしての矜持をすごく感じました。
神保 録音だからといってあんまり音を積み上げすぎちゃうと、ライブとのギャップが出すぎてしまうので。それはなんとなく意識していましたね。
向谷 先日、YouTubeの生配信で今回のアルバムについて「ライブでやりやすい曲ができた」と言ったら、観てる人たちから「え、どこが?」みたいな反応をもらったんですけど(笑)、それは本当なんですよ。もちろん大変ですよ? 大変ではあるけど、根本的にライブ向きの曲がそろったなと思っているのは本当です。なんなら曲の骨格がしっかりしてるからアコースティック編成でもやれるんじゃないかと思って、ツアー明けの12月にはアコースティックライブもやることにしたんですよ。
──それはピアノとウッドベースみたいな感じで?
櫻井 ベースをどうするかはまだ思案中なんですけど。アップライトにするか、アコベにするか、コントラバスにするかの3択で今考えています。
向谷 エレベじゃダメなの? フレットレスのエレベとかでもいいと思うけど。
櫻井 エレベでもいいんだけど、アコピとジャズドラムセットに合わせるんだったら、やっぱりそれに寄せた楽器のほうが面白くない? ドラムは3点セットでやるんでしょ?
神保 うん。3点にこだわってやろうかなと。
向谷 まあ、そんなことを次のステップとしては考えてますよという。あとはね、再来年あたりにちょうど我々3人の合計年齢が200歳になるタイミングがあるんですよ。
──おお、立派なアニバーサリーですね。
向谷 そこで何か大々的にやれたらいいなと思い描いてはいたんですけど、今日それに見合うキャッチが生まれたんで。「G-フュージョン」という。
櫻井・神保 あははは。
向谷 「G-Fusion - We are just 200」みたいなタイトルを付けて、バーンと打ち出そうかなと。「Gとはなんの略ですか?」って聞かれたら、その場では「Grandです」とか適当に答えることにして。
神保 「Great」とかね。それっぽいことを言っといて……。
向谷 実はジジイのGっていう(笑)。
公演情報
かつしかトリオ LIVE TOUR 2023 出発進行!
- 2023年10月28日(土)東京都 かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール
- 2023年11月3日(金・祝)大阪府 なんばHatch
- 2023年11月5日(日)福岡県 電気ビルみらいホール
- 2023年11月11日(土)神奈川県 横浜ランドマークホール
- 2023年11月19日(日)愛知県 THE BOTTOM LINE
かつしかトリオ★X'mas Special Acoustic Live
2023年12月14日(木)神奈川県 Billboard Live YOKOHAMA
プロフィール
かつしかトリオ
元カシオペアのメンバーでもある向谷実(Key)、櫻井哲夫(B)、神保彰(Dr)によって結成されたインストゥルメンタルバンド。2021年に活動をスタートさせ、全国5カ所でライブを開催。2022年7月に新曲3曲入りの音源をリリースし、iTunes Storeのジャズチャートで1位を獲得した。2023年10月に1stアルバム「M.R.I_ ミライ」を発表し、同作を携えた全国5カ所でのライブツアーをスタートさせる。