K|揺れる音楽へのひたむきな愛情

カッコつけない歌詞、カッコつけない歌、カッコつけない演奏

──前作「Storyteller」の「Louder」「GATE11」はシティポップ調に落ち着かせている感じですが、今回のアルバムは音楽的にR&Bやファンクにグッと踏み込んだ印象です。

まさにそうです。来年デビュー15周年になるんですけど、ありがたいことにデビュー当時から聴いてくださっている方も多くて。今までは自分で勝手に枠を作って、その内側でいろいろな音楽を研究することが多かったんですよ。だけど今回は、「いい意味で何も考えずに、自分がいいと思えるものを自由に作って、スタッフが理解してくれたら最高だ」というくらいの気持ちで制作しました。

──まさに好奇心の赴くままに。

たまにほかのアーティストの方に楽曲を提供させてもらう機会があるんですけど、すごく楽しいんです。曲を書くときに「Kが歌ったらどうなんだろう」と考えずに自由にやれるから。その経験ですごく幅が広がって、「なんで自分の作品はそういうふうに作れないんだろう?」という疑問があったのも事実です。

──ご自分を枠にハメてしまうというのは、Kさんなりのファンへの誠意だと思うんです。「期待に沿わなくちゃ」という。でも今回はそれをあえて外してみたんですね。

はい。今回「自分は追われてやるタイプじゃないな」と改めて強く思ったので、これからもずっとこういうやり方で作っていきたいなと思いました。常に曲を書いて溜まったらアルバムを出す、という方法が自分には合ってるなと。僕は人に気を遣ってしまうタイプなので、スタジオにたくさん人がいると「早く仕上げなきゃ」と焦ってしまうんですけど、家ですべてを完成させるようにしたらとにかくリラックスできて、制作期間はひたすらに楽しい日々でした(笑)。スタッフもサポートしてくれましたし。

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──サポートといえば、「光るソラ蒼く」と「Close to me」の2曲を除くと、参加ミュージシャンはギターの江部和幸さんとベースのYuki "Lin" Hayashiさんだけですよね。

はい。例えば最近のアメリカの音楽って、クレジットを見るとアルバムの最初から最後まで全員同じ人が演奏しているじゃないですか。アルバムの統一感を作れないのが悩みだった僕は、それが素敵だなと思ったんです。「光るソラ蒼く」と「Close to me」は最初から生で録りたいという思いがあったのでバンドメンバーにお願いしましたが、そのほかの打ち込みをベースにした楽曲のギターとベースはそれぞれ同じ人にお願いすることを1つのルールにしていました。どの曲も家でほぼ完成形を作っていくつもりだったので、2人には最初から来てもらって。それを僕が編集して、さらに2人に演奏してもらうというやりとりを何度もしましたね。

──ギターとベース以外はKさんの打ち込みですか?

そうです。ギターも僕がフレーズを全部決め込んで「これを弾いてほしい」とお願いしました。そしてトラックを完成させて、スタジオでのレコーディングのときにもう1回来てもらって。あと、実はドラムのハイハットやスネアのゴーストノートも僕が生で叩いてるんですよ。リズムのズレでグルーヴを出すために。

──「光るソラ蒼く」は映画「閉鎖病棟 -それぞれの朝-」の主題歌ですね。どういった経緯で制作されたんでしょうか?

主題歌は映画に寄り添う楽曲であることが大前提だと思ったので、企画書や台本を読んだり、撮影現場に足を運んだりして書いたんですけど「主人公になりきるのは違うな」と。そして平山秀幸監督と話して一致したのが、映画を観た方の立場で曲を書こうということでした。映画を観終わった方が優しい気持ちで帰れるように、カッコつけない歌詞、カッコつけない歌、カッコつけない演奏を意識しました。僕はアルバムの制作が終わるといつもパソコンを1回整理するんですけど、今回も整理してみたらこの曲の仮音源のフォルダが25個もあって……それだけ修正も多くて苦労したんですけど、エンドロールで曲が流れるのを聴いて「ああ、がんばってよかったな」と思いました。

──「Close to me」はその流れで録ったもの?

曲自体は今回のアルバムの流れで書いたんですが、生音で録った前作の「GATE11」とつながる曲にしたいと思って、家で作ったトラックから生演奏に差し替えたんです。

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とにかくリズム、リズム、リズム

──今までのお話で制作のあらましはだいたい把握できた気がしますが、「そんなもんで納得してもらっちゃ困る。まだまだあるよ」ということはありますか?

いやいや、言い出したらすごくマニアックな話になっちゃうんで(笑)。ただ、今回のアルバムを作りながら一番考えていたのは、“ながら聴き”できるものにしたいということでした。今までは、自分の音楽をじっくり聴き込んでもらうものだと思っていたんです。でもそれはそれであっていいんですけど、やっぱりこれまで自分がカッコいいなと思って聴いてた音楽は、だいたい“ながら聴き”できるものだったんですよね。運転中にラジオから流れてきた曲だったり、ショッピングモールにいるときに聞こえてきた曲だったり。だから自分もそういうものが作りたいって思ったんです。「グルーヴを大前提として曲を作りたい」という思いが大きかったのかもしれないですね。

──今作をざっと分類しますと、“ながら聴き”もできそうだし、聴いていて踊り出しちゃうようなグルーヴィな曲が3曲ありますね。「Curious」と「MUSIC」と「LOOP」。

はい、そうですね。

──「the PURSUIT」と「LIFE」はマイナーで歌詞にも緊張感のある曲で、「光るソラ蒼く」は従来のKさんのイメージに近いバラード。「Close to me」と「It's a sunny day」はソウルフルなミディアムナンバー。そして「Street of love」はボサノヴァをシンセとキックでアップデートしたような感じ。

まさにその通りです。めっちゃうれしいです!

──そして「All of me」はゴスペルっぽい。曲調のバラエティにも曲順にも、Kさんがかなり心を配り丁寧に作られたアルバムだと思いました。あともう1つ思ったのは、どの曲にも明確にリファレンスがありそうだなと。

おっしゃる通りで、曲を書く前からほとんどの曲に「こういうものを作りたい」というリファレンスがありました。それこそテンポや質感、リバーブの深みとかまで。Apple Storeに行ってLogicのプリセットが表示された画面を写真に撮って家で真似したくらい、すごく明確に目標が決まっていたんです。

──例えば「the PURSUIT」はロッド・スチュアートの「Da Ya Think I'm Sexy?」を思い出すなあと……。

まさにあの曲を「今の時代に表現したらどうなるんだろう」と思って作りました。あの独特なシンセのフレーズをどうしても入れたかったんです(笑)。どうすれば当時のシンセのようなゴツさやいなたさのある音を出せるのか、エンジニアと一緒にめっちゃ研究しました。コンプレッサーをかけたり、ディストーションをかけてあえて汚くしたり。でもやっぱり現代らしさも出したくて、とにかくいろいろな方法を試しましたね。

──「MUSIC」はストリングスが70年代のフィリーソウルを彷彿とさせます。

この曲は、あえて「おしゃれに作らないこと」を心がけないと……って、こんなにマニアックな話でいいんですか?(笑)

──もちろんです!

じゃあ言っちゃいますけど、ハモり始めると70年代じゃなくなっちゃうんですよ。ついついおしゃれにしたくなっちゃうのがミュージシャンだと思うんですけど、そこはあえてダサい単純なメロディでいかないと、この味が出ないんです。いい意味でバカっぽいサウンドというか。その分、今風なおしゃれな要素はコーラスなどで作っていきました。

──「All of me」がゴスペルっぽいと言いましたが、これも具体的なリファレンスがありそうですね。

これはネタバレになってしまうかもしれないんですけど(笑)、ブルーノ・メジャーの「Easily」という曲。まさにハチロク(8分の6拍子)の、ゆるーく横に揺れるテンポの曲で、それに近いものをやりたかったんです。細かい話をすると、ハチロクに日本語を乗せるとベタッとして、どうしてもスイートな感じになるんですね。でも今回のアルバムのコンセプトはグルーヴだったので、ハチロクと同じように聴こえるけど実は倍の8分の12拍子にしてあるんです。歌詞も英語を多くして、日本語も響きを全部そろえて、とにかくリズム、リズム、リズム。バラードだけど最初から最後まで揺れるグルーヴを意識して作りました。

──「Street of love」もアルバムの中でとりわけ新鮮です。

TOTOの「Georgy Porgy」をエリック・ベネイがカバーしたことがあるでしょ。たぶん「Street of love」のキックの感じはそれと同じです。ドッ、ドドッ、ドッ、ドドッ、ていう。彼の音楽の中にある攻撃的な感じが面白くてね。ボサだと急にピースフルになっちゃうので、「どこにスネアとタムとキックがあれば、心地よさに収まらないビートになるか」ということを考えてそれぞれ並べていきました。ベースもちょっとトリッキーなパターンにしていて、レゲエみたいにキックと全然違うことをやるという概念で進めていくうちにこうなっちゃいました(笑)。シンセは「ボサからどう離れるか」という点においては一番効果的なので、トゲもあるけど温かみのある音色を探しました。

──「Curious」と「MUSIC」ではトークボックスを使っていますね。

大阪のNEIGHBORS COMPLAINという4人組のファンクバンドと一緒にイベントをやったときに、ボーカルのOtoくんが使ってたんです。昔はスティーヴィー・ワンダーもトークボックスを使ってたり、最近はブルーノ・マーズの「24K Magic」もあったり……僕自身も好きではあったんですけど、なかなか自分の作品では踏み出せなかったんです。でもOtoくんがトークボックスを使っているのを「ちょっと教えて」と写真を撮らせてもらって、ネットで調べて同じものを買って、家で研究したら鳴らせるようになりました。今は自分のライブでもバンバン使うくらいハマってます(笑)。