iri|原点に立ち返る春、今は飾らずに

大切な人たちとのお別れを胸に

──ちなみに「はじまりの日」を作り始めたのはいつ頃だったんですか?

2020年の5月頃ですね。ちょうど緊急事態宣言が出ていた時期だったと思います。

──当時のマインドはどうでしたか?

すごくネガティブでした。私は今も地元に住んでいるんですが、近くに友達が住んでいないこともあって、かなり孤独でしたね。もちろん外出自粛期間中だったので友達に会えないのは当然なんですが、マネージャーさんや会社の方など普段会っている人たちにも長い間会えなくなったのはさすがに寂しくて。仕事をしてないと生きた心地がしないなあと。その間、家でずっとテレビを観て過ごしていたんですけど、流れてくるのは暗いニュースばかりで、かなりダウナーな気分でしたね。今回の作品にも、そのときのマインドが反映されていると思います。

──リリース直前にはTwitterに、「昼間にギター弾いてたら、ふと天国にいる大切な人たちが浮かんできて衝動的に作りました」とポストしていました。デリケートな部分だと思うので、可能な範囲でその心の動きについて聞かせてもらえますか?

最初は「シンプルに春らしい曲を作りたい」という考えがあって、それを自分の原点である弾き語りでやってみようと制作を始めました。それで、昼間に書いたほうが春らしい曲が書けるかなと思って曲作りを進めていったら、途中でこれまで自分が亡くした友達や、祖父、親族のことが自然と頭に浮かんできたんです。

──なるほど。

私はよくドキュメンタリー番組を観るんですが、その中に、コロナ禍で家族に会えずに最期を迎えたという方の映像があって。それを観てから、自分が過去に友達や家族といった大切な人とお別れしなければならなかったとき、どんな気持ちで明日を過ごそうと思ったか……そのときの気持ちを思い出しながら、改めて亡くした人たちへの思いを書いていったんです。カップリング曲の「room」「回る」でも、命のことを歌っていて。特に「room」は、去年自殺をする人が増えたり、そういうことでダメージを受けた人も多くいた状況を受けて、自分なりに感じたことを書いた曲なんです。

──確かに「room」「回る」には、前に進みたいけど進めないというジレンマが表出されていると感じました。そんな心情から抜け出せたきっかけはなんだったんですか?

やっぱり「はじまりの日」のリリースですね。それまではずっと不安やモヤモヤした思いが心に渦巻いていたんですが、発表が決まってからは「この曲が届いたらみんなはどんな気持ちになるかな」「早く聴いてもらいたい」という、リリースを楽しみにしている気持ちも出てきて。実際、みんなにこの曲を聴いてもらえたことで、以前抱いていた暗い感情からは脱出できたと思います。

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昔から私を知ってくれている人たち

──「はじまりの日」はiriさんにとっての盟友・TAARさん、ペトロールズのジャンボこと三浦淳悟さん(B)をアレンジャーに迎えていますが、ジャンボさんもアディショナルでギターを弾いていますね。

そうなんです。「ちょっと弾いてくれんかねー」とお願いしました(笑)。

──そのカジュアルな頼み方に関係性のよさが窺えます。

ご本人も楽しそうに弾いてくださったのでよかったです。三浦さんとは、仕事を一緒にし始めたのはわりと最近なんですが、地元が近いこともあって、昔私がバイトをしていたお店の近くでお会いしていて。飲みに行くお店が一緒だったり、共通の友人も多いんです。あと「はじまりの日」に参加してくれているドラムの堀(正輝)くんは、デビュー前から私のサポートで叩いてくれていましたし、TAARくんもその頃からの長い付き合い。キーボードのナッツくん(村岡夏彦)には、私が大学生の頃ジャズクラブでバイトをしていたときに出会いました。当時はエイミー・ワインハウスとかを好んで歌ってたんですが、そのときにサポートしてくれていたのが夏くんで。そういう昔から私を知ってくれている人たちと大事な曲を作れて、胸にグッとくるものがありました。曲ができあがったとき、バンドメンバーからも「昔のiriちゃんを思い出すね」と言われて……そういう意味でもすごく思い入れのある曲になりましたね。

──ライブでこの曲を演奏したら、きっとiriさんにとって感慨深いものになりますね。

そうですね。この曲は弾き語りでもできますし、今からすごく楽しみです。

──ライブといえば、今作の初回限定盤に付属するDVDには、2020年9月に開催された初の配信ワンマンライブ「iri Presents "ONLINE SHOW"」の映像が収録されます。改めて、オンラインライブの経験はどのような感覚としてご自身に残っていますか?

あのタイミングで配信ライブを実施できてよかったと思っています。ファンの方々も自分のライブを待っていてくれていると感じていたので……でも、そのうえで「やっぱりライブは生音じゃないと」という気持ちが残っていたんですよね。だから去年の12月に有観客でZeppツアー(「iri Presents "Five Zepp Tour 2020"」)を開催できたときは、すごくうれしかったです。実際、お客さんの前に立ってのライブは1年以上ぶりだったので、体がなまっていたというか(笑)。「ライブのときってどうするんだっけ?」と、これまでの感覚がわからなくなってましたけど、やっぱり本来のライブがやれてよかったと思います。

足されたものを減らしていって

──その一方で、今作の4曲目であるTAARさんがプロデュースを手がけた「doyu」のサウンドは、これまでの作品の系譜に連なっているし、リスナーにとってもライブの感覚やフロアの熱を取り戻すような曲だと感じました。

もともと新作には、外出自粛期間中に書いた曲と、今まで通り一発踊れる曲を入れようと思っていたんです。というのも、季節は春なのに作品のムードが全体的に重すぎるのもどうなんだろうと思って。それで、「はじまりの日」を作り終えたタイミングで、TAARくんと「ちょっと肩の力を抜いて、ブチ踊りできる曲を作るか!」という話になり、バーッと作ったのが「doyu」なんです。これまでリリースしてきた曲のテイストに近いもので、「まっ、がんばろうや!」みたいなテンションの曲にしたいなと。

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──そして、ラスト5曲目にはフランスの音楽レーベル・Kitsune所属のカナダ人アーティストであるパット・ロークによる、「言えない」(2020年11月に配信リリースされた楽曲)のリミックスが収録されています。

そもそも私がパット・ロークのファンで……「言えない」を誰にリミックスしてもらおうかとスタッフと相談しているときに、ダメ元で彼の名前を出したら、オファーが通って実現しました。

──変な言い方になりますが、気合いの入ったリミックスだなという印象を受けました(笑)。

ですよね! 彼にはある程度のイメージを伝えただけで、基本的にはお任せしていたんですが、ちゃんと歌詞を読み込んで作ってくれたのが伝わってきてうれしかったです。

──スペイン・セリビア出身のイラストレーターであるマリア・メデムが描き下ろしたジャケットも素敵ですね。

かわいいでしょ(笑)。今回のジャケは自分の写真じゃなくてイラストがいいなと思っていて。マリアさんの作品って、すごく懐かしい感じがするので、「はじまりの日」のテーマや曲調にぴったりだなと思ってお願いしたんです。制作中、彼女も歌詞をちゃんとシェアしたいと言ってくれて、丁寧にテーマを詰めていってくれました。それにしても、今回の作品は「はじまりの日」から始まってパット・ロークのリミックスで終わるというのは、なかなかカオスな作品になったなと……(笑)。

──でもこのカオティックな様相こそ、今のiriさんのリアルですよね。

間違いないですね。

──ちなみに現在、新曲の制作などは進んでいますか?

今はこの作品ですべてを出し切ったという感覚で、ひたすらボーッとしています(笑)。このあと自分が何について悩むのか、何に興味を持つのか、どんなことに不安を覚えるのか、今はわからないんですが、それらにリンクして曲ができてあがっていくと思います。それと、今年は自分の中のいろいろなものを削っていこうと考えていて。それは楽曲制作だけではなく、生活や衣装、メイクについてもそうなんですが、自分のパブリックイメージとして必要以上に足されていた部分をなるべく減らしていきたい。そういう思いもあって、最新のアー写もバッチリメイクをしていないんですよ。なるべく飾らずにいたい。今はそういうモードになっていますね。

公演情報

iri Spring Tour 2021
  • 2021年4月28日(水)神奈川県 CLUB CITTA'
  • 2021年4月30日(金)愛知県 名古屋・DIAMOND HALL
  • 2021年5月6日(木)広島県 広島CLUB QUATTRO
  • 2021年5月8日(土)福岡県 DRUM LOGOS
  • 2021年5月9日(日)大阪府 なんばHatch
  • 2021年5月13日(木)宮城県 チームスマイル・仙台PIT
  • 2021年5月21日(金)北海道 札幌PENNY LANE24
  • 2021年5月29日(土)東京都 USEN STUDIO COAST
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