井上ヨシマサ|職業作家40周年アルバム「Y-POP」に見られるヒットメイカーの真髄 (3/3)

井上ヨシマサの作るポップス「Y-POP」の真髄

──「ノンアルコールで乾杯」や「上がってなんぼ」にはジャズのルーツを感じますし、「上がってなんぼ」は「JAZZ」に収録されていた「赤と金のツイスト」に通じる雰囲気もあって。

なるほどね。「赤と金のツイスト」はその後、トシちゃん(田原俊彦)もリリースした曲ですね(※阿久悠が改詞を施し「KID」として1987年1月にシングルリリースされた)。

──この中盤のゾーンは「JAZZ」時代からのリスナーはちょっと懐かしさを感じるんじゃないかなと。

確かに。そうかもしれない。

──そのあとの「融合」はある意味トンチキソングというか(笑)、ノベルティ感の強い打ち込みのダンストラックですけど、これは歌謡曲の伝統的な“ちょっと変な曲”の流れも感じるし、その中でもやっぱり豪速球的に飛び込んでくるメロディのキャッチーさは井上ヨシマサ節だなと思いました。

「融合」は以前、融合ライブというのがありまして(2023年7月開催「ヨシマサ生誕祭2023~融合」)。ロボットだ人間だと言わず仲よくしようよと。今もAIが話題ですけど、争わないで融合していこう、僕らだって男と女が融合して生まれたんじゃないか、みたいなテーマを考えて、それに合わせて作った曲。一聴すると面白ソングなので、特にリリースすることも考えてなかったんですけど、実は普遍的なテーマを歌ってるし「Y-POP」は何が入っちゃいけないということもない箱だから。僕のアルバムとして出すのならそういうのは入れてほしくないと思う人もいるかもしれないけど、そこは「Y-POP」なのよ。何年も僕のライブを観に来てくれているファンにはまったく違和感なく受け入れられるナンバーとなっております(笑)。

井上ヨシマサ

──同じくダンスナンバーの「Unlimited」では柏木由紀さんがボーカルを担当しています。

彼女とは「来年ユニットでもやろうか!」などと会話していて、「Unlimited」はそのあとに作った曲です。ユニットの実現は実際、未知ですが作曲家として提供した曲を柏木さんに歌ってもらうのではなく、自分のオリジナルアルバムにゲストボーカルとして参加いただくことがとても新鮮で。今後の音楽制作スタイルを広げていくためのいいきっかけになった曲です。

──「井上ヨシマサの作るポップス」を追求すると、混沌としたものになる。「Y-POP」は「シンガーソングライターのアルバム」としては異質だし、完全に「JAZZ」の続きのような作品を期待している人にとっては違和感があるかもしれないけど、今の井上さんにとってはこれが自然なんですね。

みんなカテゴリー分けが好きですからね! ソロはソロ、作家は作家と分けていた壁を取っ払ってひとつの部屋に押し込んだのが「Y-POP」なんですよ。

アーティスト / 作家という区別が要らなくなった

──一方で次の「BANZAI」からの流れは非常にシンガーソングライター的というか、井上さんが個としてメッセージを発している楽曲という印象を受けました。とはいえそれが歌謡曲とかけ離れたものではなく、むしろド王道のポップスであるというのが面白いなと。

「ブルーウォーター」を作ったとき、自分の心に素直に作ったものがポップスになっているという発見がありました。でも、なぜか自分で歌うオリジナルアルバムでは無意識にわかりやすさや歌いやすさを避けてきたようです。今回、ヨシマサなりのポップスという枠の中で解放され、「BANZAI」のような曲を自演できたのは、ひとつ大きくなれたということなのかな?と思ってます。王道を作ろうと思って作った曲じゃなくて、パッと作った曲が王道と呼ばれる。ずいぶん遠回りしましたが、この先のオリジナルアルバムへの道筋も見えてきたかもしれません。

──「リハーサルタイム」もド王道と言えるバラードで、井上さんのスウィートなボーカルが印象的です。ちなみに作曲家の井上さんは、ボーカリスト井上ヨシマサをどう評していますか?

歌うためにメロディがあるのではなく、メロディのために歌があると思っているので、「ここはこう歌ったほうが曲が生きるんじゃないか?」とか、自分でほかのボーカリストをディレクションするときと一緒の感覚で録音を進めてます。

井上ヨシマサ

──自分で自分に指導するわけですね。

めっちゃやりますよ(笑)。「リハーサルタイム」の初期のデモテープはもうちょっと熱い感じで歌ってましたが、届いた歌詞を読んだら泣けちゃって。だからあまり声を張らないように歌詞を届けることに集中しました。

──「僕の居場所」は特に井上さん個人の実感が詰まっているようで、この曲でアルバムが締めくくられる流れがすごくいいなと感じました。アルバム全体の流れもすごくいいですね。この10曲が1つのアルバムとして完成した今、井上さんご自身は今どんなお気持ちですか?

ミックスを終えて2、3週間くらい経ったけど、まだ総括できる感じじゃなくて……今は聴き直したくないし、聴いたら「あそこのキック、デカすぎないかな」とか細かいところが気になっちゃうと思うので。曲順も本当にこれで正しかったんだろうか?と分析に入ってしまう。まあでも、遊び心も含めて「59歳の今、こんな感じだな」というのはありますね。このあと自分がどっちに行くのかも楽しみですし、これはこれで意味があったなって。

──この先のアーティスト / 作家としての人生設計図はどの程度まで考えているんですか?

この作品ができて思ったのは、アーティスト / 作家という区別がいらなくなったということですね。そう考えると、これからは自分用に作ったものも作家として提出できるし、提供曲のつもりで作った曲を自分で歌うかもしれない。歌う人ありきの作り方じゃなくてね。作り方は以前と変わらず、生きているからこそ起きる出来事と向き合い、嘆き、笑い、泣くような感情に出会ったときに曲を作っていきますよ。

──シンガーソングライターとしても職業作家としても語れる、あるいはどちらでも語れない、不思議なスタンスに到達しているなと今日お話を聞いて改めて感じました。

いい曲を出したい、というそれだけなんです。

──アルバム発売後の12月14日にはライブも決定していますし、さらにリリースイベントもやるんですよね。ネットサイン会をやっていると聞いてびっくりしたんですけど(笑)。それはもうアイドルですね。

カテゴリー分けがお好きですね? キングレコードさんのアイデアですが、喜んでいただける人が1人でもいるならやりますよ! 少ない人数ですが長年応援してくれているファンもいますので、今回は私物もプレゼントしようと思っていて……ピアノアレンジ譜面の現物をあげちゃおうかと。実際に使った手書きのラフなやつですけど(笑)。

──ワンマンライブはやはり「Y-POP」の楽曲を中心に?

さっきもバンドメンバーに「セトリどうすんの」って言われたんだけど、まだ決まってないんですよ(※取材は11月中旬に実施)。まあ過去に出した曲もあるので、いろいろ織り交ぜながらやろうかなと。

井上ヨシマサ

公演情報

井上ヨシマサ40周年アルバム 第3弾発売記念ライブ「ヨシマサがやって来る YYY」

2025年12月14日(日)東京都 Club Mixa
OPEN 15:00 / START 16:00

プロフィール

井上ヨシマサ(イノウエヨシマサ)

1966年生まれ、東京都出身のシンガーソングライター / 作詞家・作曲家・編曲家。大阪芸術大学客員教授も務める。1987年にソロアーティストとして“ジャズ”をポピュラー的視点から捉え直した1stソロアルバム「JAZZ」をリリース。その後は主に作家として活動し、荻野目洋子「スターダスト・ドリーム」、小泉今日子「Smile Again」「Someday」、光GENJI「Diamondハリケーン」、中山美穂「Rosa」、森川美穂「ブルーウォーター」のほか、少年隊、沢田研二、田原俊彦、イ・ビョンホン、CHEMISTRY、郷ひろみ、橋幸夫ら幅広いアーティストの楽曲を手がける。2007年以降はAKB48の作曲および編曲を担当し、「Everyday、カチューシャ」「River」「Beginner」などのシングル楽曲はミリオンセラーに。2014年にはAKB48に提供した「真夏のSounds good!」が「第54回日本レコード大賞」を受賞し、2019年にもAKB48「サステナブル」が「61回日本レコード大賞」の優秀作品賞を受賞。2021年の「東京2020オリンピック」では聖火リレー公式BGMを作曲。2024年には作家デビュー40周年を迎え、同年7月にさまざまなアーティストとのコラボレーションアルバム「再会~Hello Again~」、2025年2月に48グループへの提供曲をセルフカバーしたアルバム「井上ヨシマサ48G曲セルフカヴァー」を発表した。12月には作家デビュー40周年記念アルバム3部作の締めくくりとしてオリジナルアルバム「Y-POP」をリリースした。