俳優・声優の伊波杏樹が1stフルアルバムをリリース、あらゆる経験が循環して生まれた10編のストーリー (3/3)

結末に至るまでの駆け引きにゾクゾクする

──「Dubbing Water」の主人公は男性でしたが、6曲目「I bet my life」と7曲目「VICTORIA」ではタイプは違えどいずれも強い女性が描かれていますね。

はい! 「I bet my life」の歌詞は渡邊亜希子さんとの共作になります。どちらかというと妖艶な、大人の色香が漂う女性ですね。渡邊さんは私を通して芯の強い女性像を見てくださったみたいで、ディレクターの(佐藤)純之介さんもレコーディングで「色気を出すためにブレスを多めにしたい」と提案してくださったり。お二人に伸ばしてもらった楽曲になりました!

──華やかなブラスロックで、カジノを舞台にした歌詞もフィットしていますね。それでいて「トカレフにひとつ 弾を込めて置いてくわ」なんていう強いフレーズもあり。

ちょっとロシアンルーレットっぽい雰囲気を出したくて。歌詞にも「game」というワードがあるように、人と人との駆け引きがめちゃくちゃカッコいいと私は思っているんです。ミステリー小説なんかにもよくある、結末に至るまでの駆け引きにゾクゾクするんですよね。それが「I bet my life」には込められているかなと。

──ボーカルも、今おっしゃったような色気もありつつ、ロングトーンはパワフルで、表情豊かですね。

もともと私はロングトーンがあまり得意ではなかったんですけど、この曲で完全に苦手意識を克服できたというか、「ここまで伸びるか!」というぐらい声がよく伸びたなと。そこにはやっぱりミュージカルでの経験が生きているし、曲調としても「ミュージカルのよさを引き出すような曲を」とお願いしていたので。

──ああー、「I bet my life」の華やかさはミュージカル由来なんですね。

そうなんです。「バーレスク」っぽさと言いますか。そういう好みが反映された楽曲になりますね。

──ロングトーンに関して言うと、僕は「An seule etoile」のロングトーンもきれいだと思ったので、むしろ得意なのかと。

とんでもないです! 歌を始めた当初はどうしてもしゃくるクセが抜けなくて、まっすぐに伸ばせなかったんですよ。ですが、作品の軸となるような役を演じるうえでは、まっすぐな歌声を届けられるようになることで、周りの個性を活かすことにもつながる。そういう意識の中で取り組んできた経験が今の伊波杏樹の歌につながっていますね。

──一方の「VICTORIA」は歌謡曲的なエキゾチシズムを感じるラテンナンバーです。こちらのボーカルは非常に情熱的で、ときに巻き舌でがなるように歌うなど、だいぶアクセントが多めの楽曲ですね。

これまでの経験でしっかりと基礎を築けたからこそ、こういったアクセントの多い楽曲にも挑戦できましたね。私の“強さ”を「好きだ」と言ってくださる方も多いので、それは私の持ち味のひとつかなと。なので、「VICTORIA」はアタックの強さを前面に押し出しました。歌詞にしてもほかの曲とはまったくテイストが違うものにしようと思って、例えば漢字を多めにしたり、曲名の通り勝ち気な女性像を目指しましたね。

伊波杏樹

伊波杏樹

主人公が替わるだけでボキャブラリーが増える

──そんなアタックの強い「VICTORIA」に続く8曲目「笑描き唄」はボサノバテイストのリラックスした曲で、かなりギャップがありますね。

ご時世的によく言われることですが、人とのつながりが希薄になってしまったじゃないですか。なので「笑描き唄」は人を包み込むような優しさを表現したくて、レコーディングでも座って歌ったんですよ。私のリラックスした歌声って、意外と皆さん聴いたことがないんじゃないかな。私はステージに立つとグッと力を入れちゃうタイプなので、スイッチがオンになりっぱなしの伊波杏樹を見てきたと思うんですよ。でも「笑描き唄」は完全にオフにした状態で、まるで家のソファでテレビでも見ながら口ずさむかのように歌いました。

──歌詞もいい感じにゆるいですよね。僕は特に「みじかい針は長くて 長い針はあっという間」というフレーズが好きで……。

本当ですか! そうやって意味が届いていくことはうれしいです。

──例えば動画サイトなどの数秒の広告がじれったく感じたり、あるいは原稿の執筆中、1文字も書いていないのに気付けば2時間ぐらい経っていたり。

そうそうそう(笑)。まさに、私は自宅のリビングで作詞をしているんですけど、ふと「陽が落ちてきたなあ」と思って時計を見たら「え! もうそんな時間!?」みたいな。そのアイデアを歌詞に落とし込もうと思ったとき、「笑描き唄」はすごくハマりがよかったんですよね。

──「笑描き唄」に限らず、どの曲の歌詞もそれぞれ個性的で驚きました。

私も、主人公が替わるだけでこんなにも自分の中でボキャブラリーが増えるんだなと、このアルバムを作りながら感じていました。これにも芝居の経験が生きていて、私にとって作詞は誰かの人生を描くことであり、それをやることで「Dubbing Water」のように勝手にその誰かが降りてきてくれるんだなって。もちろん多田さんの楽曲そのものからもたくさんヒントをもらったり、ピアノの1音からも想像が広がったり。例えば、楽器じゃなくても多田さんが譜面に何かメモしていたときに「その音、欲しいです!」と私が言ったこともありました。その場でマイクを立てて、曲を流してもらいながら自分で紙と鉛筆の音を鳴らして、その音が「Dubbing Water」のイントロに入っています。

──紙に鉛筆で何か書くときの音って気持ちいいし、イントロにあの音が入ることで想像も膨らみますね。

私は普段、芝居のアンテナを立てている自覚はあるんですけど、生活音にもアンテナを立て続けているみたいで。例えば眼鏡をかけるときの音やボールペンをノックする「カチッ」という音が大好きなんです。そこから音楽が始まったっておかしくないわけですし。でも、イライラしたり疲れたりしているときは嫌な音がいっぱい耳に入ってくるので、じゃあなんで嫌なのか考えてみたり。そういうところから想像が膨らむ人間なのかもしれないです。

愛が欠けている曲は1曲もない!

──最後の曲「また会えるよ。」は伊波さんが作曲もしています。この曲はひたすらに元気というか、躍動感がすごい。

「伊波、めっちゃ走ってんなー」みたいな(笑)。実はこの楽曲は2年前に、つまりコロナ禍になる前に作曲しているんですよ。当時、こういう状況になることを知らない伊波杏樹は颯爽と駆け抜けて、誰の手でも引いていくし自分の夢にも手を伸ばすという、もう「手が何本あるの?」と言われそうなぐらいわがままで、希望にあふれていたんです。その希望が砕けてしまい落ち込むことも多かったんですけど、そのとき自分の背中を押してくれたのはこの「また会えるよ。」だったと思っていて。

──そういう背景があったんですね。

レコーディングのときも2年前に見えていたはずの、あるいは見たかった景色をはっきり思い浮かべながら歌を吹き込めましたね。立ち止まってしまいそうな自分を励ましてくれた曲を、今の自分が歌ったらどれだけの人に活力を与えられるだろうと思ったら飛び出さないわけにはいかなかったし、アルバムタイトルも「Fly Out!!」という言葉を掲げてよかったなって。

──作曲は以前からしていたんですか?

いえ、まったくです。当時のマネージャーさんから「作詞してみたら?」と言われ、始めてみたら歌詞そっちのけで「メロディはこういう感じがいいんじゃないかな」とボイスメモを録っていて。小さい頃から鼻歌をよく歌っていたので、その延長ですね。そうやって自由に、やりたい放題に作ったメロディを多田さんが曲に仕上げてくださったのでかなり大変だったと思うんですけど、おかげで素晴らしいものになったし、やっと日の目を見ることができました。もし2年前にアルバムを出すことになっていたら全曲こういった感じの曲になっていたかもしれないなあとも思いました。

──それはそれで聴いてみたい気もしますが、本作の楽曲群における感情のアップダウンやそれに沿った多彩なボーカルは、伊波さんおっしゃるところの“味”になっているのではないかと。

ありがとうございます。アルバム制作中は、人に寄り添うことを常に考えていた気がします。仕事柄、役に寄り添い、自分がその人物の一番の理解者でありたいと思っているので、そういう気持ちがどの曲にも詰まっているというか、愛が欠けている曲は1曲もないです!

──そんなアルバムのリリースライブ「Fly Out!! ~Reach out your hand!~」が1月29日に予定されています。

もう、自信と楽しみしかないですね! 飛び出す勇気を皆さんからいただいて、「伊波杏樹が好きだ!」という声に支えられてこのアルバムができました。私も皆さんに手を差し伸べ、その手を優しく引っ張り上げるような存在であり続けるために「Reach out your hand!」というタイトルを付けました。本当に最高なアルバムに仕上がって、その中で私も成長させてもらって、今、珍しくちょっとだけ自分を褒めてあげたい気分です。だからライブも応援してくださる皆さんが胸を張って「伊波杏樹すげえぞ!」と言えるものにします! ライブから1週間と少し経ったら私は26歳の誕生日を迎えているので、25歳の伊波杏樹の集大成をお見せしたいです。

伊波杏樹

伊波杏樹

ライブ情報

伊波杏樹「Fly Out!! ~Reach out your hand!~」

2022年1月29日(土)千葉県 舞浜アンフィシアター

プロフィール

伊波杏樹(イナミアンジュ)

1996年2月7日生まれの声優 / 俳優 / アーティスト。2012年にソニー・ミュージックアーティスツ主催のアニメオーディション「第2回アニストテレス」で準グランプリを受賞し、2013年公開の短編アニメ映画「陽なたのアオシグレ」の主人公・ヒナタ役で声優デビュー。以降、テレビアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」の高海千歌役、舞台「NARUTO-ナルト-」の山中いの役、舞台「銀河鉄道999 さよならメーテル~僕の永遠」のメーテル役、ミュージカル「INTERVIEW ~お願い、誰か僕を助けて~」のジョアン・シニア役など声優 / 俳優として幅広く活躍している。「ラブライブ!サンシャイン!!」では劇中ユニット・Aqoursのリーダーとして音楽活動も精力的に展開。2018年にはAqoursで「第69回NHK紅白歌合戦」初出場を果たした。2021年12月にソロ名義で初のオリジナルアルバム「NamiotO vol.0.5 ~Original collection~『Fly Out!!』」をリリース。2022年1月に千葉・舞浜アンフィシアターでワンマンライブ「Fly Out!! ~Reach out your hand!~」を行う。また舞台女優としては2021年12月に東京と京都で上演される舞台「『僕のヒーローアカデミア』The “Ultra”Stage 本物の英雄(ヒーロー)PLUS ULTRA」にトガヒミコ役で出演する。