俳優、声優など幅広いジャンルで活動を展開する伊波杏樹が、自身名義として初のオリジナルアルバム「NamiotO vol.0.5 ~Original collection~『Fly Out!!』」を完成させた。
声優や舞台女優としての活動に主軸を置きながら、2018年より単独ライブイベントを行い、これまで2枚の3曲入りCDでオリジナル楽曲を発表してきた伊波。満を持してフルアルバムリリースの運びとなったが、ソロアーティストとして活動することに関しては、思い入れの強さゆえに慎重になっていたという。音楽ナタリー単独初登場となるこのインタビューでは、アルバム全10曲に込められた思いと音楽活動へのこだわりをじっくりと話してもらった。
取材・文 / 須藤輝撮影 / 臼杵成晃
簡単に足を踏み入れられる世界ではない
──伊波さんはAqoursや舞台での歌唱で音楽に携わってきましたが、ソロ名義では過去に3曲入りのCDを2枚リリースしてはいるものの、フルアルバムは今作が初めてですね。
はい、今回が初めてのチャレンジとなりました。
──フルアルバムを発表することに至った動機は?
私自身、もともと歌を歌うことが大好きで、夢の1つとして「ミュージカルに出たい」という目標を持ったりしながら役者として活動してきましたし、全曲カバーの「An seule etoile」というライブイベントも継続して開催してきました。なので、歌うことに対してとても深い思いがあったと自分では感じていて。その中で私は役者として、お芝居を軸に活動している人間なので、歌もそれに付随するものでありたいし、そもそもアーティストとして自分の名前で楽曲をリリースすることにはとても大きな責任が伴うと常々思っていたんです。
──大きな責任ですか。
シンガーソングライターやバンドなど、さまざまな形で歌に向き合って表現されている方がたくさんいる中で、簡単に足を踏み入れられる世界ではないと思っていて。まずは伊波杏樹という1人の人間を自分で理解し、知り、構築したうえで歌う歌でないと、味もなければ語れることも何もないなと。例えば、私のことを「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品、Aqoursとしての活動をきっかけに知ってくださった方がいらっしゃったり。そうしたさまざまな活動をきっかけに出会った皆さんに伊波杏樹自身としての歌を表現できるかと自分に問うたとき、「今の私は自身の歌よりも作品や役に一番に専念すべきである」と遠ざけていたところはあります。
──歌に対して意欲的だからこそ。
はい。私が所属するソニー・ミュージックアーティスツのアーティストの方々を見ていて、直に感じていました。ですが、「伊波杏樹の歌が好き」と言ってくださる人がそばにいてくれるから、ファンクラブ限定という形でCDをお届けしていたんですね。だから、今回は初めてファンクラブ以外の方にも手に取っていただける形でリリースするということで正直ドキドキしていましたけど、応援してくださる皆さんがSNSなどを通して「伊波杏樹のここがいいぞ!」と声を大にして言ってくれたことでほんの少し、ほんの少しだけ自信がついて、ようやく今、はっきり「うれしい」と思えるようになりました!
──声優アーティストと呼ばれる人たちは自分名義で歌う前にキャラクターソングを歌っている場合が多く、いざ「自分の声で歌ってください」と言われると戸惑うという話もよく聞きます。伊波さんも先ほど「伊波杏樹としての歌を表現できるかと自分に問うた」とおっしゃっていましたが……。
もちろん、戸惑いもありましたし、この先にもそういった壁にぶつかることがあるかもしれません。でも、私が演じた役と私自身では見ている世界も歩いてきた道も違う。私は舞台や作品で出会ったいろんな女性の人生を生き、匂いを嗅いで、触れてきて。だからこそ、このアルバムを完成させられたと思っているんですよね。彼女たちは一度きりの人生をそれぞれ全力で生きていて、それに応えたくて私は歌という形でも試行錯誤しながら表現してきました。それぞれの人生に寄り添って歌うことで、技術的にも自分の声の音域がどんどん広くなっているんですよね、いまだに。ミュージカルをやったことで太くて強い声の出し方も身に付いていたり。あらゆる経験が礎となり、循環し続けて伊波杏樹の歌になっていると思います。
伊波杏樹(CV:伊波杏樹)
──「歌も芝居に付随するものでありたい」とおっしゃったように、この「Fly Out!!」は役者が作ったアルバムという印象を受けました。楽曲ごとにボーカルスタイルや表情の付け方も異なりますし。
あえて、いろいろな表情を楽しんでもらえるように変えています。
──それゆえ起伏の激しいアルバムになっていながらも、全体のトーンは統一感があって。そこは全曲の作曲・編曲を多田三洋さんが担当していることも関係していると思いますが。
多田さんとは私が17歳で事務所に入ったとき、初めてボイストレーナーとして出会いました。自己流で大して歌えもしなかった頃からずっと私のことを知っていて、当時のマネージャーに「そんなんじゃダメだよ」とかどんなに強い言葉を言われても、根性で這い上がろうとしていた姿も見てくれていた方です。今まで私に起こったすべてを見届けてきた人であり、「悔しい」も「悲しい」も「うれしい」もすべて共有してきた人だからこそ、いろんな色の楽曲をくれたんだろうなと。順番としては多田さんの曲に私が歌詞を付けるという流れだったんですが、「音程も変えて、遊んでいいよ」と言われていたので、自分なりに手を加えながら一緒に楽しんで作ることができました。
──今作では全10曲中、9曲で伊波さんが作詞を担当し、そのうち1曲は作曲までなさっています。なので制作に対してかなり前のめりになっていたのかなと。
作詞に関しては、自分でも9曲も作詞できるとは思っていなかったんですよ。最初に4曲目に入っている「I Copy ! You Copy ?」という楽曲が多田さんからあがってきたんですけど、この楽曲のポップさやキャッチーさが妙に体に馴染んで。
──ちょっとボカロっぽい曲ですね。
そうなんですよ。学生時代にボーカロイド楽曲が流行っていて、私も好きでよく聴いていたこともあり、ビビッときたんですよね! 楽曲を聴かせてもらいながら多田さんに「私、たぶんこれ書けるかも」と言って、その場で湧いてくるアイデアを書き留めて3時間ぐらいでブワーっと歌詞としてまとめ上げて。家に帰ってから少し手直しをして、トータル4時間ぐらいで完成していました。わりと妄想に重きを置いて描いているんですが、女の子が恋に落ちた一瞬や恋をしているとき、乙女ゲームとかに夢中なときって、なんだかかわいくて、とてもイキイキと輝いている瞬間だと思うんですよね。
──歌詞の1行目から「ばんざい ジェットコースター 胸にひとっとび。」と、なかなかイカれています。
我ながら、このフレーズが降りてきたときは「天才かも!」と思いました(笑)。曲ごとにテーマカラーみたいなものをバチッと決めたい場合とふんわりさせたい場合があるんですけど、「I Copy ! You Copy ?」は完全に前者で、歌っていても楽しかったですね。
──この曲のボーカルは比較的キャラソンのそれに近いですよね。
2枚目のCD「NamiotO vol 0.5 ~Original collection~」(2019年8月発売)に「意味ナクナイ?」という曲が入っているんですけど、その楽曲もキャラクター感の強い仕上がりになっていて。当時、レコーディングのときにディレクターさんから「“伊波杏樹(CV:伊波杏樹)”で歌えばいいんじゃない?」とアドバイスをいただいたんです。要は伊波杏樹が伊波杏樹のキャラクターソングを歌うという、とても面白い、私にはなかった発想で。「I Copy ! You Copy ?」も同じように「CV:伊波杏樹」で歌っていて、こういうポップなかわいらしさを期待している方もいらっしゃるかなと思い、私も絶対に欲しいと思っていたのでアルバムの前半に持ってきました。
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