ギターを上半分と下半分に分けて、ピアノのように捉える奏法
──楽曲を制作するときは、まずリスナーに伝えたい感情を決めるんですか?
そうですね。普段の生活の中で「こういう感情のときはこんなメロディや和音が浮かんでくるな」ということがあって、それが曲のもとになるんです。例えば「forn」に収録されている「flowers」は、つぼみから花が咲いて散っていく、その流れを人の一生に例えているんですよ。そのストーリーをもとにして、曲を聴いてくれた人が最後に行き着く感情をしっかり定めて。それに合ったメロディ、ルート音、和音、リズムなどの要素を集約して、1つの曲にしていくという感じです。メロディだけではなく、リズム音やちょっとしたノイズにも感情が含まれていると思っているので。ほかの楽曲もストーリーやイメージ、受け取ってほしい感情を決めてから作ってます。「have a nice dream」は「気持ちよく眠ってほしい」という1点だけなので、特にストーリーはないんですが(笑)。
──ギターの音質も特徴的ですよね。曲によってはピアノのように聴こえる瞬間もあって。
音質、音色にもすごくこだわっているんですよ。「forn」はニュートラルなクリーンサウンドなんですけど、ずっと試行錯誤してきて、やっとこのトーンにたどり着いたんです。今もアップデートを続けてますが、同じような音を作れる人はたぶんいないと思いますね。それくらい複雑なことをやっているので。
──そんなにエフェクティブな音には聴こえませんが、実は作り込んでいるんですか?
プラグインエフェクトを使ってるんですが、正規の使い方ではないんですよ。理想の音をイメージしていろいろ試していときに、自分の意図とは違うセッティングで音を出してしまったことがあって、それがたまたまいい音だったんです。「これだ!」と思って、そのセッティングの何がよかったかを考えて、組み直すことで、今の音ができあがったんですよね。
──すごく聴きやすいのに個性もあって。「どうやって作ってるんですか?」と聞かれることはないですか?
しょっちゅうあります(笑)。Instagramのフォロワーはほとんど海外の方なんですが、ダイレクトメールで「手順を教えてください」とか「この音が出せるシステムを売ってほしい」という問い合わせが来るんですよ。もちろん、教えられないですけどね(笑)。最近はインドネシアの方からのメールが多いですね。インドネシアではギタープレイヤーが増えてるみたいです。
──演奏スタイルも本当に独創的ですよね。言葉で説明するのは難しいですが、右手でピッキングをして左手で弦を抑える、というベーシックな奏法ではなく、両手を使ってコードとメロディを同時に鳴らしているというか。
ピアノの場合「左手は和音とリズム、右手はメロディ」が基本ですが、ギターはそうじゃないですからね。まず気になったのは、コードを変えるときにどうしても音が途切れることだったんです。普通は左手をスライドさせてニュアンスを出すんですが、そこで雰囲気が変わることがどうしてもイヤで。例えば悲しい感情を表現したいと思っているのに、コードを変えるときにちょっとファンキーな音が出てしまったら、世界観が違ってくるので。
──普通はそこで「これはギターという楽器の構造上の問題だから、しょうがない」と思うわけですけど、ichikaさんは新たな演奏方法を編み出すことで解消しようとした。
はい。考え方としては、ギターを上半分(6弦、5弦、4弦)と下半分(3弦、2弦、1弦)に分けて、ピアノの低音と高音のように捉えていて。あとは右手と左手で交互に弦を押さえることで、音が途切れないようにしています。音数が多いのは弾き倒したいからではなくて、できるだけスムーズに音をつなぎたいからなんです。そういうワケのわからないことを試しながら(笑)、今のスタイルになったんですよね。
ギターを女性の声、ベースを男性の声に見立てた
──新作についても聞かせてください。ギター演奏による作品とベース演奏の作品を2作同時リリースしたのはなぜですか?
以前から、ベースの作品も作ってみたかったんです。「forn」が完成したときに「練習すれば、ベースでも同じことができるんじゃないか」と思って。かなり練習が必要でしたけど、「これなら形になる」という手応えがあったので、今回は2作同時にリリースさせてもらいました。ギターを女性の声、ベースを男性の声に見立てて制作したことで、楽曲の幅も広がったと思います。ベースの曲は熱さや激しさを表現した楽曲が多くて、落ち着きや深みを感じてもらえるんじゃないかなと。
──確かに、ギターで表現した「she waits patiently」は女性的で繊細な曲が中心ですね。
はい。音質に関しても、人の声を意識していました。ベースの音作りには男性の声の周波数を取り入れていて、ギターでは女性の声の特徴をイメージして。歌詞は乗せていないんですが、複数の旋律を同時に鳴らせる弦楽器の利点を生かして、新しい表現ができたんじゃないかと思います。もちろん、まだまだ試行錯誤の余地があるし、研究しなくてはいけないこともたくさんあるんですが。
──研究はまだまだ続く、と。次の作品の構想もあるんですか?
これまではギター単体、ベース単体の作品をリリースしてきましたが、並行して打ち込みを使った楽曲も制作しているんです。プログラミングしたトラックの上でギターを弾いているのですが、その中にはヘヴィメタルの曲もエレクトロニカもあって。そういう作品も発表していきたいですね。
──ジャンルの枠も広げたい?
はい。普段からいろんな音楽を聴いているので。最近はデスコアとアフリカの民族音楽にハマってます(笑)。
──極端ですね(笑)。シンガーやラッパーなどと組むことは?
それも考えてます。自分が作った曲に歌を乗せても面白いと思うし、今「誰に歌ってもらったらいいかな」って勝手に考えていて(笑)。ソロとして活動することが基本ですが、いろいろなアーティストとコラボレーションしたいし、楽器、音楽を通してコミュニケーションを取っていきたいんですよね。もしアフリカの民族音楽のプレイヤーと一緒にやれたら、楽しそうじゃないですか。
川谷絵音との新バンドの今後
──インストバンド“ichikoro”の結成も発表されましたね。
メンバーはゲスの極み乙女。の川谷絵音さん、ちゃんMARIさん、休日課長さん、indigo la Endの佐藤栄太郎さん、Nabowaの景山奏さんで、トリプルギター、ドラム、ベース、キーボードという編成のバンドです。3月に行われた「東京コレクション」のショーが初ライブだったんですが、楽曲の制作も進んでいるし、フェスにも出演します。バンドではアンサンブルの中でギターを弾きますが、クリーンな音はそのままだし、ずっとギターソロを演奏している感じなんですよ。バンド名も僕の名前を取り入れたichikoroなので「謎のギタリストichikaを擁したインストバンド」みたいなイメージですね。今回リリースするソロの2作もそうですが、去年から準備してきたことが徐々に表に出てきて、ワクワクしてます。
──ライブやインタビューなど、外に出る機会も増えそうですね。
はい。今までの僕はどちらかというと引きこもり気味だったと言うか(笑)、大学のときもサークルなどには入らず、ずっとウイルスの研究と音楽制作に没頭する生活だったんですよ。研究が忙しいときも、寝る時間を削って音楽を作っていたし。
──そこまで強く音楽にのめり込んで、自分の表現を追求し続ける一番の動機はなんですか?
たぶん、生きていく中で一番楽しいことが音楽だからでしょうね。高校のときに「これから自分は何をやっていこう?」と考えたんですよ。働いてお金を稼いでいても、細々とした楽しいことはある。でも、目の前に音楽というこんなに素晴らしいものがあって、やればやるほど楽しくなる可能性に満ちあふれてるんだから、打ち込まずにはいられないなと。しかも、今はたくさんの人に自分の音楽を聴いてもらえますからね。「自分が作りたい曲が作れた」という実感があって、それに対して感想やリアクションが戻ってくる。そんなに幸せなことはないですね。
- ichika「she waits patiently - EP」
- 2018年4月1日発売 / TaWaRa
-
1200円
- 収録曲
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- salvation
- illusory sense
- farewell
- circle
- euphoria
- ichika「he never fades - EP」
- 2018年4月1日発売 / TaWaRa
-
1200円
- 収録曲
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- town
- clash
- he waits patiently
- phantom
- terminal
- ichikoro「ichiroove」
- 2018年3月25日配信 / Warner Music Japan
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600円
- 収録曲
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- Wager
- ichigeki
- Q
- ichika 初ワンマンライブ「Signal」
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- 2018年6月17日(日)東京都 青山 月見ル君想フ
- ichika(イチカ)
- 2016年にInstagramにてギターやベースを演奏する動画の投稿を開始。タッピングなどを駆使した独創的な奏法によるテクニカルな演奏、想像力を掻き立てる個性的なメロディで、その動画の多くが3万再生を超えて世界的に話題になる。2017年1月に初のミニアルバム「forn」を配信リリースし、2018年4月にはギター演奏による「she waits patiently」、ベース演奏による「he never fades」という配信アルバムを同時リリース。また2018年3月より、ゲスの極み乙女。の川谷絵音(G)とちゃんMARI(Key)、休日課長(B)、indigo la Endの佐藤栄太郎(Dr)、Nabowaの景山奏(G)と共にichikoroというバンドでも活動している。